人造人間事件4 海野十三

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人造人間事件/海野十三 著
青空文庫より引用

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(4)

4

(やがてはかせのおいのじょうたろうが、けいかんにまもられて、かいだんのしたからすがたをあらわした。)

やがて博士の甥の丈太郎が、警官に護られて、階段の下から姿を現わした。

(かれはきざではあるがおもいのほかきちんとしたふくそうをしているやせがたのせいねんだった。)

彼は気障ではあるが思いの外キチンとした服装をしている瘠せ型の青年だった。

(じょうたろうはおじのしたいをみると、はらはらとなみだをこぼした。そしてうしろをふりかえって)

丈太郎は伯父の死体を見ると、ハラハラと泪を滾した。そして後をふりかえって

(かかりかんのまえにつかつかとすすむより、ひすてりっくなこえでわめきたてた。)

係官の前にツカツカと進むより、ヒステリックな声で喚きたてた。

(「だ、だれが、このぜんりょうなるおじをころしたのです。ああぼくがしんぱいしていたことが)

「だ、誰が、この善良なる伯父を殺したのです。ああ僕が心配していた事が

(とうとうじじつになってあらわれたのです。だからぼくはおじさんのところからでてゆくのに)

到頭事実になって現れたのです。だから僕は伯父さんの所から出てゆくのに

(きがすすまなかったんです。さあ、はやくはんにんをたいほしてください」けんじとかちょうとは、)

気が進まなかったんです。さあ、早く犯人を逮捕して下さい」検事と課長とは、

(ちょっとかおをみあわせた。「おいじょうたろう。きみはなかなかしばいがうまいようだが、)

ちょっと顔を見合せた。「オイ丈太郎。君はなかなか芝居がうまいようだが、

(そのてにのるようなわれわれでないぞ」と、おおえやまはいっかつをくらわせた。)

その手に乗るようなわれわれでないぞ」と、大江山は一喝をくらわせた。

(「なにがしばいです。そんなことをいうひまがあったら、なぜあなたがたはもっと)

「なにが芝居です。そんなことを云う遑があったら、なぜ貴方がたはもっと

(たいきょくにめをそそがないのです。あなたがたのふちゅういで、いまこっかのために)

大局に目を濺がないのです。貴方がたの不注意で、いま国家のために

(かけがえのないじんぞうにんげんけんきゅうかがさつがいされたのです。こっかのだいなるそんしつです。)

懸けがえのない人造人間研究家が殺害されたのです。国家の大なる損失です。

(おじにひってきするけんきゅうかが、わがくににひとりでもいるとおもうのですか」)

伯父に匹敵する研究家が、わが国に一人でも居ると思うのですか」

(これにはおおえやまもまいってしまった。かねがねたけだはかせのしんぺんをほごするひつようの)

これには大江山も参ってしまった。かねがね竹田博士の身辺を保護する必要の

(あることをかんがえないではなかった。しかしいろいろなてぶそくのため、)

あることを考えないではなかった。しかしいろいろな手不足のため、

(しんぱいしていながらも、はかせのほごをじっせんしなかったことはたしかにておちである。)

心配していながらも、博士の保護を実践しなかったことは確かに手落である。

(おおえやまがはいしょくこいのをみてとって、かりがねけんじがかわってじょうたろうにたずねた。)

大江山が敗色濃いのを見てとって、雁金検事が代って丈太郎にたずねた。

(「するときみは、がいこくのすぱいかなんかのことをいっているようだが、)

「すると君は、外国のスパイかなんかのことを云っているようだが、

(なにかそんなはなしをしっているのかね」「そんなはなしは、こっちでうかがいたいくらいの)

なにかそんな話を知っているのかネ」「そんな話は、こっちで伺いたいくらいの

など

(ものですよ。しかしわたしだって、すこしはきがついていますよ。このむこうの)

ものですよ。しかし私だって、すこしは気がついていますよ。この向うの

(さんたまりあびょういんのないかいじょんまくれおなんざ、ずいぶんきかいなこうどうを)

サンタマリア病院の内科医ジョン・マクレオなんざ、ずいぶん奇怪な行動を

(しているじゃありませんか。ぼくはむこうのくにのこうしんろくをしらべてみましたが、)

しているじゃありませんか。僕は向うの国の興信録をしらべてみましたが、

(いしゃとしてまくれおのななんかみあたりませんよ。それにあいつのめの)

医者としてマクレオの名なんか見当りませんよ。それにあいつの目の

(するどいことはどうです。あいつはものさしこそもっていないが、ひとめにらめば)

鋭いことはどうです。彼奴は物差こそ持っていないが、ひと目睨めば

(たいほうのすんぽうもわかっちまうというもくそくのたいかにちがいありませんよ。あんなやつが、)

大砲の寸法も分っちまうという目測の大家に違いありませんよ。あんな奴が、

(ていとのはくちゅうをゆうゆうあるいているなんざ、まったくおどろきますよ」)

帝都の白昼を悠々歩いているなんざ、全く愕きますよ」

((そうか。あのじょんまくれおというないかいが、そうなのか)とほむらは)

(そうか。あのジョン・マクレオという内科医が、そうなのか)と帆村は

(むねのうちでみずからといみずからこたえた。それこそ、こんや、あのびょういんのげんかんでうららふじんを)

胸の中で自ら問い自ら答えた。それこそ、今夜、あの病院の玄関でウララ夫人を

(ようしていたおとこにちがいない。けんじはそこでぎろりとめをひからせ、そばにうまのような)

擁していた男に違いない。検事はそこでギロリと眼を光らせ、傍に馬のような

(あらいいきをたてているおびひろけいぶのふといはらをついていった。)

荒い息をたてている帯広警部の太い腹をついて云った。

(「ーーさんたまりあびょういんのじょんまくれおだ。ありばいを)

「ーーサンタマリア病院のジョン・マクレオだ。現場不在証明(アリバイ)を

(しらべること」けいぶはへんじのかわりに、おしりのぽけっとからてちょうをだして)

調べること」警部は返事の代りに、お尻のポケットから手帖を出して

(かきこんだ。まづめじょうたろうはたばこをいっぽんくちにくわえて、いささかとくいげであった。)

書きこんだ。馬詰丈太郎は煙草を一本口にくわえて、いささか得意げであった。

(「おいまづめ」ととつぜんさけんだのはおおえやまそうさかちょうであった。「たにんのはなしなんか、)

「オイ馬詰」と突然叫んだのは大江山捜査課長であった。「他人の話なんか、

(おまえにきかされないでもいいんだ。それよりおまえのありばいを)

お前に聞かされないでもいいんだ。それよりお前の現場不在証明を

(きこうじゃないか。はかせのさつがいされたこんやのはちじぜんご、おまえはいったいどこに)

聞こうじゃないか。博士の殺害された今夜の八時前後、お前は一体何処に

(いたんだ。それをいえ」「わたしがどこにいたというのですか。せっかくですが、)

いたんだ。それを云え」「私が何処にいたというのですか。折角ですが、

(それはべつにごさんこうにはなりませんよ」とじょうたろうはじしんたっぷりだった。)

それは別に御参考にはなりませんよ」と丈太郎は自信たっぷりだった。

(「くわしくいうと、わたしはこんやしちじさんじっぷんからはちじごじっぷんまでjoakに)

「くわしくいうと、私は今夜七時三十分から八時五十分までJOAKに

(いましたよ」「なんだほうそうきょくにか。そこでなにをしていたんだ」「なにって・・・・・・」)

いましたよ」「何だ放送局にか。そこで何をしていたんだ」「なにって……」

(とかれはこたえるのをやめて、たばこをくちにもっていっておいしそうにすった。)

と彼は答えるのをやめて、煙草を口に持っていって美味そうに喫った。

(「akのぶんげいぶにきいてごらんになればわかりますよ。つまりはやくいうと、)

「AKの文芸部に訊いてごらんになれば分りますよ。つまり早くいうと、

(わたしのかいたらじおどらまがこんやはちじからさんじっぷんかん、ほうそうされたのです。)

私の書いたラジオドラマが今夜八時から三十分間、放送されたのです。

(しゅつえんしゃはpclのれんちゅうでしたがね。そんなわけでわたしはずっとakのすたでぃおに)

出演者はPCLの連中でしたがネ。そんなわけで私はずっとAKのスタディオに

(つめていたんです。なんならもらってきたげんさくならびにえんしゅつりょうのふくろを)

つめていたんです。なんなら貰って来た原作ならびに演出料の袋を

(おめにかけてもいいのですが」「あああの「くうしゅうそうそうきょく」というやつですね」)

お目にかけてもいいのですが」「あああの『空襲葬送曲』というやつですネ」

(とほむらがよこあいからくちをだした。「そうです。おききくださったですか」)

と帆村が横合から口を出した。「そうです。お聞き下さったですか」

(「ええききました。なかなかおもしろかったですよ。あのじのぶんしょうを)

「ええ聞きました。なかなか面白かったですよ。あの地の文章を

(よんでいたのは、ちばさちこですか」「ええええそうです。どうかしましたか」)

読んでいたのは、千葉早智子ですか」「ええええそうです。どうかしましたか」

(「いや、こんやはおさちじょし、いやにゆうそうなこえをだしていましたね」「それは)

「いや、今夜はお早智女史、いやに雄壮な声を出していましたネ」「それは

(そうでしょう。せんそうものですからね。きんちょうするのもむりはありません」)

そうでしょう。戦争ものですからネ。緊張するのも無理はありません」

(ふたりはじけんをそっちのけにして、らじおどらまのはなしにねっちゅうしていた。)

二人は事件をそっちのけにして、ラジオドラマの話に熱中していた。

(こっちではおおえやまかちょうがかりがねけんじのまえにちかづいていった。「うららふじんを)

こっちでは大江山課長が雁金検事の前に近づいていった。「ウララ夫人を

(はやくさがしださにゃいけませんね。いちどそとからかえってきて、しんでいるはかせを)

早く捜しださにゃいけませんネ。一度外から帰って来て、死んでいる博士を

(そのままにしてそとへでたというこうどうはふにおちませんね。けいさつとかいしとかに)

そのままにして外へ出たという行動は腑に落ちませんネ。警察とか医師とかに

(すぐでんわすべきがほんとうですからね」「きみ、あのるすばんのばあやはだいじょうぶかね」)

すぐ電話すべきが本当ですからネ」「君、あの留守番のばあやは大丈夫かネ」

(「あああれはだいじょうぶですよ。ろうじんなんで、なにができるものですか」)

「あああれは大丈夫ですよ。老人なんで、なにが出来るものですか」

(「しかしきみ、じんぞうにんげんがはかせをころしたことがわかれば、そんないきたにんげんを)

「しかし君、人造人間が博士を殺したことが分れば、そんな生きた人間を

(しらべてもなんにもならんじゃないか」「いや、じんぞうにんげんにれいこんがないかぎり、これは)

調べても何にもならんじゃないか」「いや、人造人間に霊魂がない限り、これは

(いきたにんげんのしわざにちがいありませんよ」「うん、このてんをはっきり)

生きた人間の仕業に違いありませんよ」「うん、この点をハッキリ

(したいんだがね。どうもきかいというやつは、にがてだ。このじんぞうにんげんがどうして)

したいんだがネ。どうも機械というやつは、苦手だ。この人造人間がどうして

(うごくかということがはっきりわかるといいんだが。そうだ、ほむらにしらべさせよう」)

動くかということがハッキリ分るといいんだが。そうだ、帆村に調べさせよう」

(「それがいいですね」そこでほむらがよばれて、このじんぞうにんげんはどうしてうごくかを)

「それがいいですね」そこで帆村が呼ばれて、この人造人間はどうして動くかを

(しらべるようにめいぜられた。「さあぼくにも、まだわかってはいないが、)

調べるように命ぜられた。「さあ僕にも、まだ分ってはいないが、

(まづめじょうたろうしは、はかせのじょしゅをながらくしていたというから、ひとつきいて)

馬詰丈太郎氏は、博士の助手を永らくしていたというから、一つ訊いて

(みましょう」ほむらはまづめをつれて、じんぞうにんげんのまえへいった。そしてどうすれば)

みましょう」帆村は馬詰をつれて、人造人間の前へいった。そしてどうすれば

(うごくかとたずねた。「そうですね。ぼくはこのしんがたのじんぞうにんげんについては)

動くかと訊ねた。「そうですね。僕はこの新型の人造人間については

(しらないんだが、ひとつなかをあけてみてみましょう」そういってかれはものなれた)

知らないんだが、一つ中を開けて見てみましょう」そういって彼は物慣れた

(てつきでどらいばーをてにとり、じんぞうにんげんのどうなかをしめつけているてっぴのねじを)

手つきでドライバーを手にとり、人造人間の胴中をしめつけている鉄扉のネジを

(はずしていった。まもなくじんぞうにんげんのはらわたがろしゅつした。はらわたといっても)

外していった。間もなく人造人間の膓が露出した。膓といっても

(じんぞうにんげんのことだからこまごまとしたきかいがぎっしりつまっていて、そのあいだを)

人造人間のことだから細々とした機械がギッシリ詰っていて、その間を

(あかあおきむらさきといろとりどりのひもせんがじゅうおうむじんにひっぱりまわされているのであった。)

赤青黄紫と色とりどりの紐線が縦横無尽に引張りまわされているのであった。

(なんというふくざつなこうぞうだろう。たけだはかせのすばらしいのうりょくのほどがはっきり)

なんという複雑な構造だろう。竹田博士の素晴しい脳力のほどがハッキリ

(うかがわれるようなきがした。ことにほむらたちのちゅういをひいたものは、かふくぶに)

窺われるような気がした。ことに帆村たちの注意を引いたものは、下腹.部に

(おかれたでんちからのほうでんにより、しんぞうぶふきんにちいさいあかでんきゅうとあおでんきゅうとが)

置かれた電池からの放電により、心臓部附近に小さい赤電球と青電球とが

(ちかちかとかわりばんにてんめつし、そしてだいしょういくつかのはぐるまが、ぎりぎりぎりと)

チカチカと代り番に点滅し、そして大小いくつかの歯車が、ギリギリギリと

(せいかくにかいてんしているこうけいだった。れいこんはないにしても、このきかいにんげんの)

精確に廻転している光景だった。霊魂はないにしても、この機械人間の

(しんぞうもはいぞうも、まさにちゃんとかつどうしているのであった。)

心臓も肺臓も、まさにチャンと活動しているのであった。

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