もくねじ4(終) 海野十三

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もくねじ/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(「るてん」)

【流転】

(それからさきのはなしは、あまりしたくない。ぼくはにじゅうにち、こわれたきばこのしたにいた。)

それから先の話は、あまりしたくない。ぼくは二十日、壊れた木箱の下にいた。

(やがてこうじばのとりかたづけがはじまって、きばこはへやからそとへはこばれていった。)

やがて工事場の取片づけが始まって、木箱は部屋から外へ搬ばれていった。

(そのあとに、ぼくは、こんくりーとのかたまりやなわぎれなどといっしょにのこっていた。)

そのあとに、ぼくは、コンクリートの塊や縄片などと一緒に残っていた。

(ぼくのからだはもうほこりにまみれて、かつてそうこばんからほめちぎられたときのような)

ぼくの身体はもう埃にまみれて、かつて倉庫番から褒めちぎられたときのような

(きんいろのこうたくは、もうみようとしたってみられなかった。ぜんしんはつやをうしない、)

金色の光沢は、もう見ようとしたって見られなかった。全身は艶をうしない、

(へんにきいろくなっていた。ほこりといっしょに、ぼくははきだされた。そしてほうそうじょの)

変に黄色くなっていた。埃と一緒に、ぼくは掃き出された。そして放送所の

(あとにわにほってあるごみすてばのほうへもっていかれた。いろんなきたないものと)

後庭に掘ってあるごみ捨て場の方へ持っていかれた。いろんなきたないものと

(いっしょに、じめじめしたあなのなかに、ぼくはひさんなひをおくるようになった。からだは)

一緒に、じめじめした穴の中に、ぼくは悲惨な日を送るようになった。身体は

(だんだんとさびてきた。あおいろくしょうがふきだした。ぼくはじぶんのからだをみるのが)

だんだんと錆て来た。青い緑青がふきだした。ぼくは自分の身体を見るのが

(もういやになった。おもえば、ぼくほどふこうなものはない。こんなふこうに)

もういやになった。思えば、ぼくほど不幸な者はない。こんな不幸に

(うまれついたものが、またこのよにあるだろうか。ぼくをうんだにんげんがうらめしい。)

生れついた者が、またこの世にあるだろうか。ぼくを生んだ人間が恨めしい。

(もっときをつけてせんばんをつかってくれればよかったんだ。しかしぼくもとちゅうで)

もっと気をつけて旋盤を使ってくれればよかったんだ。しかしぼくも途中で

(ちょっぴりこうふくをあじわったことがあった。それはあのわかいしょっこうさんが、)

ちょっぴり幸福を味わったことがあった。それはあの若い職工さんが、

(くだらないはなしにむちゅうになって、ぼくをほうそうきのあなにとりつけてくれたからだ。)

くだらない話に夢中になって、僕を放送機の孔に取付けてくれたからだ。

(あれから、このほうそうじょへきて、しけんがおこなわれているあいだまでは、ぼくはたしかに)

あれから、この放送所へ来て、試験が行われている間までは、ぼくはたしかに

(こうふくであったといえる。だが、いまからかんがえてみると、それはまちがった)

幸福であったといえる。だが、今から考えてみると、それは間違った

(こうふくだった。もともとあのわかいしょっこうさんが、あやまってぼくをほうそうきにとりつけたので)

幸福だった。元々あの若い職工さんが、誤ってぼくを放送機にとりつけたので

(あった。だからぼくはとうぜんいまのようなみじめなきょうかいにてんらくすることは、)

あった。だからぼくは当然今のようなみじめな境界に顛落することは、

(はじめからわかりきっていたのである。まちがったこうふくをよろこんでいたぼくは、)

始めから分り切っていたのである。間違った幸福をよろこんでいたぼくは、

など

(なんというばかだったろうか。あるひ、このごみすてばに、しゃたくのこどもたちが)

何というばかだったろうか。或る日、このごみ捨て場に、舎宅の子供たちが

(さんよにんであそびにきた。きたないところだが、こどもたちには、たいへんきょうみのある)

三四人で遊びに来た。汚いところだが、子供たちには、たいへん興味のある

(あそびばであるらしい。こどもたちは、みんなおんなのこであった。ごみのやまのうえを、)

遊び場であるらしい。子供たちは、みんな女の子であった。ごみの山の上を、

(あがったりおりたりしてあそんでいるうちに、ひとりのはなたらしのななつくらいのこどもが、)

上ったり下りたりして遊んでいるうちに、一人の鼻たらしの七つ位の子供が、

(ふとぼくをみつけて、ちいさなてのひらのうえへひろいあげた。「いいものがあったわ。)

ふとぼくを見つけて、小さな掌の上へ拾い上げた。「いいものがあったわ。

(これは、きたないけれど、ねじくぎでしょう。おうちへもってかえって、おかあさんに)

これは、きたないけれど、ねじ釘でしょう。お家へ持ってかえって、お母さんに

(あげるわ。がくをかけるのにくぎがほしいっておかあさんいっていたのよ」ぼくは、)

あげるわ。額をかけるのに釘が欲しいってお母さんいっていたのよ」ぼくは、

(そのこどものちいさいてににぎられていた。そしてからだがぽかぽかとぬるくなった。)

その子供の小さい手に握られていた。そして身体がぽかぽかと温くなった。

(「どれ、みせてごらん」べつのこどもがやってきた。ぼくのしゅじんは、ちいさなてのひらを)

「どれ、見せてごらん」別の子供がやって来た。ぼくの主人は、小さな掌を

(ひらいた。するとあいてがおおきなこえをだした。「まあ、きたないねじくぎね。)

ひらいた。すると相手が大きな声を出した。「まあ、きたないねじ釘ね。

(そのあおいものはどくなのよ。そんなものをもっているとてがくさるから)

その青いものは毒なのよ。そんなものを持っていると手が腐るから

(すてちゃいなさい」「まあ・・・・・・」ぼくは、ぽいとすてられてしまった。)

捨てちゃいなさい」「まあ……」ぼくは、ぽいと捨てられてしまった。

(そこはしょないのつうろのうえで、あめふりのひのために、ほそうどうろになっていた。)

そこは所内の通路の上で、雨ふりの日のために、舗装道路になっていた。

(ぼくはせきめんした。もうなにもかんがえまい。ぼくはめをつぶってしんだように)

ぼくは赤面した。もう何も考えまい。ぼくは目をつぶって死んだように

(なっていた。が、さいごにりっぱなひとにひろいあげられた。それはこのほうそうじょの)

なっていた。が、最後にりっぱな人に拾い上げられた。それはこの放送所の

(しょちょうさんであった。どうしてこのちいさいぼくがみつかったんであろうか。)

所長さんであった。どうしてこの小さいぼくが見付かったんであろうか。

(しょちょうさんは、ひなたにたちどまって、ぼくをつまみあげ、つくづくとみていた。)

所長さんは、日向に立ち留って、ぼくを摘みあげ、つくづくと見ていた。

(「やれやれかわいそうに、このもくねじは・・・・・・。うまれながらのできそこないじゃな。)

「やれやれ可哀想に、このもくねじは……。生まれながらの出来損いじゃな。

(ここへすてられるまでは、さぞかなしいめにあったことじゃろう。おい、)

ここへ捨てられるまでは、さぞ悲しい目に会ったことじゃろう。おい、

(もくねじさん。おまえはこのままじゃ、どうにもうだつがあがらないよ。)

もくねじさん。お前はこのままじゃ、どうにもうだつが上らないよ。

(だからもういちどうまれかわってくることだね。しんちゅうのくずがねとして、もういちどせいれんじょへ)

だからもう一度生れ変ってくることだね。真鍮の屑金として、もう一度製錬所へ

(かえってるつぼのなかでおなかまといっしょにからだをとかすのだよ。そしてこのつぎは、)

帰って坩堝の中でお仲間と一緒に身体を熔かすのだよ。そしてこの次は、

(りっぱなもくねじになってうまれておいで」しょちょうさんのやさしいことばに、)

りっぱなもくねじになって生れておいで」所長さんのやさしい言葉に、

(ぼくはむねがつまって、なけてなけてしかたがなかった。さすがにぎじゅつでくろうした)

ぼくは胸がつまって、泣けて泣けて仕方がなかった。さすがに技術で苦労した

(しょちょうさんだ。ぼくのようなできそこないのもくねじのじんせいをかんがえてくださる、)

所長さんだ。ぼくのような出来損いのもくねじの人生を考えてくださる、

(このなさけぶかいしょちょうさんのことばによって、ぼくはこれまでのみをきられるような)

この情け深い所長さんの言葉によって、ぼくはこれまでの身を切られるような

(つらいことを、いっぺんにわすれてしまった。ああよかった。やがてしょちょうさんは)

つらいことを、一遍に忘れてしまった。ああよかった。やがて所長さんは

(たてもののなかにはいって、ぼくをきばこのなかにぽとんといれた。)

建物の中に入って、ぼくを木箱の中にぽとんと入れた。

(そのはこには「くずがねいれ」とふだがかかっていた。)

その箱には「屑金入れ」と札がかかっていた。

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