夜泣き鉄骨1 海野十三

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夜泣き鉄骨/海野十三 著
青空文庫より引用

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問題文

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(まよなかに、だいきゅうこうじょうのだいてっこつが、きーっとこえをたててなくーーといううわさが、)

真夜中に、第九工場の大鉄骨が、キーッと声を立てて泣くーーという噂が、

(ちらりと、わしのみみに、はいった。「そんな、ばかなはなしが、あるもんか!」)

チラリと、わしの耳に、入った。「そんな、莫迦な話が、あるもんか!」

(わしは、けんさはんまーをふるてをとめて、からからとわらった。)

わしは、検査ハンマーを振る手を停めて、カラカラと笑った。

(「そうわらいなさるけどな、くみちょうさん」そのうわさをもってきたしょっこうは、おびえためを、)

「そう笑いなさるけどナ、組長さん」その噂を持ってきた職工は、慄えた眼を、

(わしのほうにむけていった。「さくやのことなんだよ、それは・・・・・・。ひのばんの、)

わしの方に向けて云った。「昨夜のことなんだよ、それは……。火の番の、

(つねじいが、りょうほうのみみで、たしかに、そいつをきいたよって、あおいかおをして、)

常爺が、両方の耳で、たしかに、そいつを聴いたよッて、蒼い顔をして、

(このおいらにはなしたんだ。まんざら、いつわりをいっているんだたぁ、おもえねぇ」)

此のおいらに話したんだ。満更、偽りを云っているんだたァ、思えねぇ」

(いつのまにか、わしたちのまわりには、おおぜいのしょっこうが、つどってきた。「くみちょうさん、)

いつの間にか、わし達の周りには、大勢の職工が、集ってきた。「組長さん、

(それぁほんとうなんだ」べつのこえがさけんだ。「なんだとぉーー」おれは、そのこえの)

それァ本当なんだ」別の声が叫んだ。「なんだとォーー」おれは、その声の

(するほうをみた。「てめえは、うんてきだな。うんてきともあろうものが、かるはずみなことを)

する方を見た。「てめえは、雲的だな。雲的ともあろうものが、軽率なことを

(しゃべって、あとでわらわれんな」「だいじょうぶですよーー」うんてきはおおいにじしんありげに、)

喋って、後で笑われンな」「大丈夫ですよーー」雲的は大いに自信ありげに、

(ことばをかえした。「それについちゃ、ちぃっとばかり、てめえのはじも、)

言葉をかえした。「それについちゃ、ちィっとばかり、手前の恥も、

(さらけださなきゃならねえが、もういつかほどまえのことでさぁ。よあかししょうぶのそれが、)

曝けださなきゃならねえが、もう五日ほど前のことでさァ。徹夜勝負のそれが、

(じゅうにじをすぎたばかりに、すっからかんでよ、ばにかしてやろうてえしんせつものも)

十二時を過ぎたばかりに、スッカラカンでヨ、場に貸してやろうてえ親切者も

(なしさ、やむなく、こうじょうのしゅくちょく、たあさんのところへ、まよなかというのに、)

なしサ、やむなく、工場の宿直、たあさんのところへ、真夜中というのに、

(むしんにきたというわけ。さ、そのむしんをかなえてもらってのかえりさ、とおりかかったのが)

無心に来たというわけ。さ、その無心を叶えて貰っての帰りさ、通り懸ったのが

(いまはなしのだいきゅうこうじょうのよこて。だしぬけに、きーいっというきしるようなものおとを)

今話しの第九工場の横手。だしぬけに、キーイッという軋るような物音を

(きいた。(おや、どこだろう)と、あっしはたちどまった。しばらくは、なんにも)

聴いた。(オヤ、何処だろう)と、あっしは立停った。暫くは、何にも

(おとがしねえ。(そらみみかな?)とおもって、あるきだそうとすると、そこへ、)

音がしねえ。(空耳かな?)と思って、歩きだそうとすると、そこへ、

など

(きーいっとな、またきこえたじゃねえか。ものおとのするばしょは、たしかにわかった。)

キーイッとな、又聞えたじゃねえか。物音のする場所は、たしかに判った。

(だいきゅうこうじょうのないぶからだっ。(なんのおとだろう?やぎょうをやってんのかな))

第九工場の内部からだッ。(何の音だろう?夜業をやってんのかな)

(そうおもったのであっしは、かおをあげて、がらすのはってあるこうじょうのたかまどを)

そう思ったのであっしは、顔をあげて、硝子の貼ってある工場の高窓を

(みあげたんだが、ないぶはまっくらとみえて、なんのひかりもうつらない。(こりゃ、)

見上げたんだが、内部は真暗と見えて、なんの光もうつらない。(こりゃ、

(へんだ!)にわかにせすじが、ぞくぞくとさむくなってきた。そこへまたその)

変だ!)俄に背筋が、ゾクゾクと寒くなってきた。そこへ又その

(あやしいものおとが・・・・・・。こわいとなると、なおききたい。おもいてっぴにみみたぶをおっつけて、)

怪しい物音が……。恐いとなると、尚聴きたい。重い鉄扉に耳朶をおっつけて、

(あっしぁ、たしかにきいた。きーいっ、かんかんかん、かたいきんぞくが、)

あっしァ、たしかに聴いた。キーイッ、カンカンカン、硬い金属が、

(きしみあい、かみあうような、するどいひめいだった」「おおかた、こうじょうに、ねずみが)

軋み合い、噛み合うような、鋭い悲鳴だった」「大方、工場に、鼠が

(あばれてるんだろう」わしは、ふきげんにいいはなった。「どうして、くみちょう!」)

暴れてるんだろう」わしは、不機嫌に云い放った。「どうして、組長!」

(うんてきははっきりけいべつのいろをみせて、さけびかえした。「あっしにぁ、)

雲的はハッキリ軽蔑の色を見せて、叫びかえした。「あっしにァ、

(あのものおとが、どこからおこるのか、ちゃんとけんとうがついてるのでさ」「んじゃ、)

あの物音が、どこから起るのか、ちゃんと見当がついてるのでサ」「ンじゃ、

(はやくしゃべれってことよ」「こう、みんなもきけよ」かれは、まわりのかぼちゃづらを、)

早く喋れッてことよ」「こう、みんなも聴けよ」彼は、周囲の南瓜面を、

(ずーっとねめまわした。「ありゃな、くれーんが、うごいているおとさ!」)

ずーッと睨めまわした。「ありゃナ、クレーンが、動いている音さ!」

(「なに、くれーんが!?」いちどうが、おもわずこえをあわせて、さけんだ。)

「なに、クレーンが!?」一同が、思わず声を合わせて、叫んだ。

(くれーんというのは、かくのうこのようにきょだいな、あのだいきゅうこうじょうのないぶへはいって、)

クレーンというのは、格納庫のように巨大な、あの第九工場の内部へ入って、

(たかさがひゃくしゃくちかいてんじょうをみあげるとわかるのだが、そこにはたくましいてっこつで)

高さが百尺近い天井を見上げると判るのだが、そこには逞しい鉄骨で

(くみたてられたおおきなきょうりょうのようなかたちのきじゅうしゃが、なんぼくのほうこうに)

組立てられた大きな橋梁のような形の起重車が、南北の方向に

(わたしかけられている。それが、くれーんだった。そのきょうりょうのしたには、)

渡しかけられている。それが、クレーンだった。その橋梁の下には、

(おもいぶったいをひっかけるばけもののようにでっかいかぎが、ふといよりろーぷで)

重い物体をひっかける化物のようにでっかい鈎が、太い撚り鋼線(ロープ)で

(つってあり、またきょうりょうのいちぐうには、てっぱんでかこったこやがのっていて、)

吊ってあり、また橋梁の一隅には、鉄板で囲った小屋が載っていて、

(そのなかには、このくれーんをうごかすもーとるとそのせいどうきとがすえてあった。)

その中には、このクレーンを動かすモートルと其の制動機とが据えてあった。

(せいどうきをうごかすと、このてっきょうは、あたかもかわのなかではしをよこにながすように、)

制動機を動かすと、この鉄橋は、あたかも川の中で箸を横に流すように、

(ひろいだいきゅうこうじょうのとうたんからせいたんまで、ごーっとおとをたててよこにうごくのだった。)

広い第九工場の東端から西端まで、ゴーッと音をたてて横に動くのだった。

(「おい、まさっ!」わしは、くれーんのうんてんしゅをやっているおとこを、)

「おい、政ッ!」わしは、クレーンの運転手をやっている男を、

(ひとがきのなかによんだ。「へえーー」まさは、かみのように、しろいかおをして、)

人垣の中に呼んだ。「へえーー」政は、紙のように、白い顔をして、

(おずおずと、まえへでてきた。「くれーんが、まよなかにうごきだすてのは、)

おずおずと、前へ出てきた。「クレーンが、真夜中に動き出すてのは、

(ほんとうかな」「わたしは、ななんにも、ぞんじませんです。しかし、くれーんの)

本当かな」「わたしは、ナなんにも、存じませんです。しかし、クレーンの

(すうぃっちは、かならずきってかえりますで、まよなかに、ひょろひょろ)

スウィッチは、必ず切って帰りますで、真夜中に、ヒョロヒョロ

(うごきだすなんて、そんなみょうなことが・・・・・・」そこまでいったまさは、ほっさみたいな)

動き出すなんて、そんな妙なことが……」そこまで云った政は、発作みたいな

(ようすとなり、ことばのあとをぶつぶつくちのなかでつぶやいて、それからきゅうに)

様子となり、言葉のあとをブツブツ口の中で呟いて、それから急に

(きがついたかのように、わなわなふるえるりょうてを、あわててはいごに)

気がついたかのように、ワナワナ慄える両手を、周章てて背後に

(かくしたのだった。「よぉし。こんやは、ひとつしょうたいをたしかめてやろう。いいか、)

隠したのだった。「よォし。今夜は、一つ正体を確かめてやろう。いいか、

(みんなよなかのじゅうにじをまわったら、うらもんまえにあつまるんだ!」)

みんな夜中の十二時を廻ったら、裏門前に集るんだ!」

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