山本周五郎 赤ひげ診療譚 むじな長屋 14

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投稿者投稿者uzuraいいね1お気に入り登録
プレイ回数729難易度(4.4) 2803打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第三話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 ちっちき 5377 B++ 5.7 94.0% 485.0 2783 175 57 2024/11/06

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問題文

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(「そのままにしといてください」とさはちがいった、)

「そのままにしといて下さい」と佐八が云った、

(「それでねむってしまうでしょう、ーーすみませんがみずをいっぱいいただけませんか」)

「それで眠ってしまうでしょう、ーー済みませんが水を一杯いただけませんか」

(のぼるはへいきちのねぐあいをなおしてやり、それからびょうにんのゆのみをとって、)

登は平吉の寝ぐあいを直してやり、それから病人の湯呑を取って、

(ひばちにかかっているてつびんのゆをそそごうとした。)

火鉢にかかっている鉄瓶(てつびん)の湯を注ごうとした。

(しかしさはちはみずがほしいといった。)

しかし佐八は水が欲しいと云った。

(「もう、なにをのんでもいいのじゃありませんか」さはちはよわよわしくびしょうした、)

「もう、なにを飲んでもいいのじゃありませんか」佐八は弱よわしく微笑した、

(「どうぞおねがいします」)

「どうぞお願いします」

(のぼるはかってへいってみずをくんできてやった。)

登は勝手へいって水を汲んで来てやった。

(「わたしはあなたが、そのうわぎをきてくださるようになったので、)

「私は貴方が、その上衣を着て下さるようになったので、

(うれしくおもってました」さはちはみずをひとくちすすってからいった、)

うれしく思ってました」佐八は水を一と口すすってから云った、

(「それでまたなんじゅうにんかのびんぼうにんがたすかることでしょう」)

「それでまた何十人かの貧乏人が助かることでしょう」

(のぼるはくるとちゅうのことをおもいだし、おまえのいうとおりだった、)

登は来る途中のことを思いだし、おまえの云うとおりだった、

(とこころのなかでこたえた。)

と心の中で答えた。

(「いまへいきちのいったことも、ただのんだくれのくだだと、)

「いま平吉の云ったことも、ただ飲んだくれのくだだと、

(わらってしまわないでください、)

笑ってしまわないで下さい、

(びんぼうにんはたいてい、あんなふうにかんがえているものです」とさはちはまたいった、)

貧乏人はたいてい、あんなふうに考えているものです」と佐八はまた云った、

(「いちにちいちにちがぎりぎりいっぱい、くうことだけにおわれていると、)

「一日々々がぎりぎりいっぱい、食うことだけに追われていると、

(せめてよいでもしなければいきてはいられないものです」)

せめて酔いでもしなければ生きてはいられないものです」

(「それもわからないことはないが、なかにはさはちさんのようなひともいるからな」)

「それもわからないことはないが、中には佐八さんのような人もいるからな」

(「わたしですか」)

「私ですか」

など

(さはちはぼんやりとそういい、ゆのみをとって、)

佐八はぼんやりとそう云い、湯呑を取って、

(ねたままたくみにもうひとくちみずをすすった。)

寝たまま巧みにもう一と口水をすすった。

(「わたしは、このながやのひとたちに、じぶんがなんといわれているか、しっています」)

「私は、この長屋の人たちに、自分がなんと云われているか、知っています」

(さはちはゆのみをおいていった、)

佐八は湯呑を置いて云った、

(「さはいのじへえさんが、にいでせんせいやあなたにはなしたことも、)

「差配の治兵衛さんが、新出先生や貴方に話したことも、

(みんなきいていました、ーーとんでもない、もったいない、)

みんな聞いていました、ーーとんでもない、勿体ない、

(みなさんはなにもしらないから、わたしのことをほめたりするんです、)

みなさんはなにも知らないから、私のことを褒めたりするんです、

(ほんとうのことをしったら、わたしがどんなひとでなしかということをしったら、)

本当のことを知ったら、私がどんな人でなしかということを知ったら、

(みんなはつばもひっかけやしないでしょう」)

みんなは睡もひっかけやしないでしょう」

(「はなしというのはそのことか」)

「話というのはそのことか」

(「そうです」とさはちはうなずいた、)

「そうです」と佐八は頷いた、

(「これまではだれにもいわなかったし、ひとにきづかれはしないかと、)

「これまでは誰にも云わなかったし、人に気づかれはしないかと、

(いつもはらはらしていました、しかしもう、わたしもながいことはない、)

いつもはらはらしていました、しかしもう、私も長いことはない、

(きょうのうちか、もってもあしたいっぱいでしょう、)

今日のうちか、もっても明日いっぱいでしょう、

(いや、なにもおっしゃらないでください、)

いや、なにも仰しゃらないで下さい、

(つまらないことをいうとおおもいになるかもしれませんが、)

つまらないことを云うとお思いになるかもしれませんが、

(きのうからむかえがきているんです」)

昨日から迎えが来ているんです」

(のぼるはだまっていた。さはちのくちぶりはむぞうさだが、)

登は黙っていた。佐八の口ぶりはむぞうさだが、

(ひやりとするほどじっかんがこもっていて、のぼるはいっしゅのあっぱくをかんじたのであった。)

ひやりとするほど実感がこもっていて、登は一種の圧迫を感じたのであった。

(「きいていただきたいのはにょうぼうのことです」とさはちはおだやかにはなしだした、)

「聞いていただきたいのは女房のことです」と佐八は穏やかに話しだした、

(「なまえはおなかといって、わたしとはみっつちがい、)

「名前はおなかといって、私とは三つ違い、

(しりあってからいちねんめにふうふになりました」)

知りあってから一年めに夫婦になりました」

(のろけのようにきこえるかもしれないが、)

のろけのように聞えるかもしれないが、

(そこをはなさないとわかってもらえないから、ふゆかいだろうが、)

そこを話さないとわかってもらえないから、不愉快だろうが、

(しんぼうしてもらいたい。そうことわってから、さはちはかたりだした。)

辛抱してもらいたい。そう断わってから、佐八は語りだした。

(かれはもとしたやのかなすぎにすんでいた。)

彼はもと下谷(したや)の金杉に住んでいた。

(おやかたのいえにすみこみで、やはりくるまのやをつくるしょくにんだったが、)

親方の家に住込みで、やはり車の輻(や)を作る職人だったが、

(はやくなくなったりょうしんは、おうしゅうのどこやらのでだときいただけで、)

早く亡くなった両親は、奥州のどこやらの出だと聞いただけで、

(かれはじゅうごのとしにみなしごになり、おやかたふうふをおやともみよりともたのんでそだった。)

彼は十五の年にみなし児になり、親方夫婦を親ともみよりとも頼んで育った。

(おなかはとなりまちの「えちとく」というごふくやのじょちゅうで、)

おなかは隣り町の「越徳(えちとく)」という呉服屋の女中で、

(しりあったときはにじゅういちになっていた。)

知りあったときは二十一になっていた。

(はじめてくちをきいたのははるのそうちょうのことで、)

初めて口をきいたのは春の早朝のことで、

(さはちはしんよしわらからのかえりだった。)

佐八は新吉原からの帰りだった。

(ーーともだちとのつきあいで、まえのばんおそくきょうまちのぎろうにあがり、)

ーー友達とのつきあいで、前の晩おそく京町の妓楼(ぎろう)にあがり、

(ともだちはいつづけときめたが、かれはおやかたのきをかねて、ひとりだけさきにかえった。)

友達は居続けときめたが、彼は親方の気を兼ねて、一人だけさきに帰った。

(そとはようやくしらみかけたじこくで、だいおんじのまえまでくると、あめがぱらついてき、)

外はようやく白みかけた時刻で、大音寺の前まで来ると、雨がぱらついて来、

(かれはすそをはしょって、こばしりにみちをいそいだ。)

彼は裾を端折(はしょ)って、小走りに道をいそいだ。

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