「心理試験」1 江戸川乱歩
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問題文
(いち)
一
(ふきやせいいちろうが、なぜこれからしるすようなおそろしいあくじをおもいたったか、)
蕗谷清一郎が、何故これから記す様な恐ろしい悪事を思立ったか、
(そのどうきについてはくわしいことはわからぬ。またたといわかったとしても)
その動機については詳しいことは分らぬ。又仮令分ったとしても
(このおはなしにはたいしてかんけいがないのだ。かれがなかばくがくみたいなことをして、)
このお話には大して関係がないのだ。彼がなかば苦学見たいなことをして、
(あるだいがくにかよっていたところをみると、がくしのひつようにせまられたのかとも)
ある大学に通っていた所を見ると、学資の必要に迫られたのかとも
(かんがえられる。かれはまれにみるしゅうさいで、しかもひじょうなべんきょうかだったから、)
考えられる。彼は稀に見る秀才で、而も非常な勉強家だったから、
(がくしをえるために、つまらぬないしょくにときをとられて、すきなどくしょやしさくが)
学資を得る為に、つまらぬ内職に時を取られて、好きな読書や思索が
(じゅうぶんできないのをざんねんにおもっていたのはたしかだ。だが、そのくらいのりゆうで、)
十分出来ないのを残念に思っていたのは確かだ。だが、その位の理由で、
(にんげんはあんなたいざいをおかすものだろうか。おそらくかれはせんてんてきのあくにんだったのかも)
人間はあんな大罪を犯すものだろうか。恐らく彼は先天的の悪人だったのかも
(しれない。そして、がくしばかりでなくほかのさまざまなよくぼうをおさえかねたのかも)
知れない。そして、学資ばかりでなく他の様々な欲望を抑え兼ねたのかも
(しれない。それはともかく、かれがそれをおもいついてから、もうはんとしになる。)
知れない。それは兎も角、彼がそれを思いついてから、もう半年になる。
(そのあいだ、かれはまよいにまよい、かんがえにかんがえたあげく、けっきょくやっつけることに)
その間、彼は迷いに迷い、考えに考えた揚句、結局やッつけることに
(けっしんしたのだ。あるとき、かれはふとしたことから、どうきゅうせいのさいとういさむと)
決心したのだ。ある時、彼はふとしたことから、同級生の斉藤勇と
(したしくなった。それがことのおこりだった。はじめはむろんなにのせいしんがあったわけでは)
親しくなった。それが事の起りだった。初めは無論何の成心があった訳では
(なかった。しかしちゅうとから、かれはあるおぼろげなもくてきをいだいてさいとうに)
なかった。併し中途から、彼はあるおぼろげな目的を抱いて斉藤に
(せっきんしていった。そして、せっきんしていくにしたがって、そのおぼろげなもくてきが)
接近して行った。そして、接近して行くに随って、そのおぼろげな目的が
(だんだんはっきりしてきた。さいとうは、いちねんばかりまえから、やまのてのあるさびしい)
段々はっきりして来た。斉藤は、一年ばかり前から、山の手のある淋しい
(やしきまちのしろうとやにへやをかりていた。そのいえのあるじは、かんりのみぼうじんで、)
屋敷町の素人屋に部屋を借りていた。その家の主は、官吏の未亡人で、
(といっても、もうろくじゅうにちかいろうばだったが、ぼうふののこしていったすうけんの)
といっても、もう六十に近い老婆だったが、亡夫の遺して行った数件の
(しゃくやからあがるりえきで、じゅうぶんせいかつができるにもかかわらず、こどもをめぐまれなかった)
借家から上る利益で、十分生活が出来るにも拘らず、子供を恵まれなかった
(かのじょは、「ただもうおかねがたよりだ」といって、かくじつなしりあいにこがねを)
彼女は、「ただもうお金がたよりだ」といって、確実な知合いに小金を
(かしたりして、すこしずつちょきんをふやしていくのをこのうえもないたのしみにしていた。)
貸したりして、少しずつ貯金を殖やして行くのを此上もない楽しみにしていた。
(さいとうにへやをかしたのも、ひとつはおんなばかりのくらしではぶようじんだからという)
斉藤に部屋を貸したのも、一つは女ばかりの暮しでは不用心だからという
(りゆうもあったのだろうが、いっぽうではへやだいだけでも、まいつきのちょきんがくが)
理由もあったのだろうが、一方では部屋代丈毛でも、毎月の貯金額が
(ふえることをかんじょうにいれていたにそういない。そしてかのじょは、いまどきあまり)
殖えることを勘定に入れていたに相違ない。そして彼女は、今時余り
(きかぬはなしだけれども、しゅせんどのしんりは、ここんとうざいをつうじておなじものとみえる、)
聞かぬ話だけれども、守銭奴の心理は、古今東西を通じて同じものと見える、
(ひょうめんてきなぎんこうよきんのほかに、ばくだいなげんきんをじたくのあるひみつなばしょへ)
表面的な銀行預金の外に、莫大な現金を自宅のある秘密な場所へ
(かくしているといううわさだった。ふきやはこのかねにゆうわくをかんじたのだ。)
隠しているという噂だった。蕗谷はこの金に誘惑を感じたのだ。
(あのおいぼれが、そんなたいきんをもっているということになにのかちがある。)
あのおいぼれが、そんな大金を持っているということに何の価値がある。
(それをおれのようなみらいのあるせいねんのがくひにしようするのは、きわめてごうりてきな)
それを俺の様な未来のある青年の学費に使用するのは、極めて合理的な
(ことではないか。かんたんにいえば、これがかれのりろんだった。そこでかれは、)
ことではないか。簡単に云えば、これが彼の理論だった。そこで彼は、
(さいとうをつうじてできるだけろうばについてのちしきをえようとした。)
斉藤を通じて出来る丈け老婆についての智識を得ようとした。
(そのたいきんのひみつなかくしばしょをさぐろうとした。しかしかれは、あるときさいとうが、)
その大金の秘密な隠し場所を探ろうとした。併し彼は、ある時斉藤が、
(ぐうぜんそのかくしばじょをはっけんしたということをきくまでは、)
偶然その隠し場所を発見したということを聞くまでは、
(べつにかくていてきなかんがえをもっていたわけでもなかった。)
別に確定的な考を持っていた訳でもなかった。