「心理試験」3 江戸川乱歩

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江戸川乱歩の小説「心理試験」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(どうしてもろうばをやっつけるほかはない。かれはついにこのおそろしいけつろんにたっした。)

どうしても老婆をやっつける外はない。彼は遂にこの恐ろしい結論に達した。

(ろうばのかねがどれほどあるかよくわからぬけれど、いろいろのてんからかんがえて、)

老婆の金がどれ程あるかよく分らぬけれど、色々の点から考えて、

(さつじんのきけんをおかしてまでしゅうちゃくするほどたいしたきんがくだとはおもわれぬ。)

殺人の危険を犯してまで執着する程大した金額だとは思われぬ。

(たかのしれたかねのためになんのつみもないひとりのにんげんをころしてしまうというのは、)

たかの知れた金の為に何の罪もない一人の人間を殺して了うというのは、

(あまりにざんこくすぎはしないか。しかし、たといそれがせけんのひょうじゅんからみては)

余りに残酷過ぎはしないか。併し、仮令それが世間の標準から見ては

(たいしたきんがくではなくとも、びんぼうなふきやにはじゅうぶんまんぞくできるのだ。)

大した金額ではなくとも、貧乏な蕗谷には十分満足出来るのだ。

(のみならず、かれのかんがえによれば、もんだいはきんがくのたしょうではなく、ただはんざいの)

のみならず、彼の考によれば、問題は金額の多少ではなく、ただ犯罪の

(はっかくをぜったいにふかのうならしめることだった。)

発覚を絶対に不可能ならしめることだった。

(そのためには、どんなおおきなぎせいをはらっても、すこしもさしつかえないのだ。)

その為には、どんな大きな犠牲を払っても、少しも差支ないのだ。

(さつじんは、いっけん、たんなるせっとうよりはいくそうばいもきけんなしごとのようにみえる。)

殺人は、一見、単なる窃盗よりは幾層倍も危険な仕事の様に見える。

(だが、それはいっしゅのさっかくにすぎないのだ。なるほど、はっかくすることをよそうして)

だが、それは一種の錯覚に過ぎないのだ。成程、発覚することを予想して

(やるしごとなればさつじんはあらゆるはんざいのなかでもっともきけんにそういない。しかし、)

やる仕事なれば殺人はあらゆる犯罪の中で最も危険に相違ない。併し、

(もしはんざいのけいちょうよりも、はっかくのなんいをめやすにしてかんがえたならば、)

若し犯罪の軽重よりも、発覚の難易を目安にして考えたならば、

(ばあいによっては(たとえばふきやのばあいのごときは)むしろせっとうのほうが)

場合によっては(例えば蕗谷の場合の如きは)寧ろ窃盗の方が

(あぶないしごとなのだ。)

危ない仕事なのだ。

(これにかえして、あくじのはっけんしゃをばらしてしまうほうほうは、ざんこくなかわりにしんぱいがない。)

これに反して、悪事の発見者をバラして了う方法は、残酷な代りに心配がない。

(むかしから、えらいあくにんは、へいきでずばりずばりとひとごろしをやっている。)

昔から、偉い悪人は、平気でズバリズバリと人殺しをやっている。

(かれらがなかなかつかまらぬのは、かえってこのだいたんなさつじんのおかげなのではなかろうか。)

彼らが却々つかまらぬのは、却ってこの大胆な殺人のお陰なのではなかろうか。

(では、ろうばをやっつけるとして、それにははたしてきけんがないのか。)

では、老婆をやっつけるとして、それには果して危険がないのか。

(このもんだいにぶっつかってから、ふきやはすうかげつのあいだかんがえとおした。そのながいあいだに、)

この問題にぶッつかってから、蕗谷は数ヶ月の間考え通した。その長い間に、

など

(かれがどんなふうにかんがえをそだてていったか。それはものがたりがすすむにしたがって、)

彼がどんな風に考を育てて行ったか。それは物語が進むに随って、

(どくしゃにわかることだから、ここにはぶくが、ともかく、かれは、とうていふつうじんの)

読者に分ることだから、ここに省くが、兎も角、彼は、到底普通人の

(かんがえおよぶこともできないほど、びにいりさいをうがったぶんせきならびにそうごうのけっか、)

考え及ぶことも出来ない程、微に入り細を穿った分析並に綜合の結果、

(ちりひとすじのてぬかりもない、ぜったいにあんぜんなほうほうをかんがえだしたのだ。)

塵一筋の手抜かりもない、絶対に安全な方法を考え出したのだ。

(いまはただ、じきのくるのをまつばかりだった。が、それはあんがいはやくきた。)

今はただ、時機の来るのを待つばかりだった。が、それは案外早く来た。

(あるひ、さいとうはがっこうかんけいのことで、じょちゅうはつかいにだされて、ふたりともゆうがたまで)

ある日、斉藤は学校関係のことで、女中は使に出されて、二人共夕方まで

(けっしてきたくしないことがたしかめられた。それはちょうどふきやがさいごのじゅんびこういを)

決して帰宅しないことが確かめられた。それは丁度蕗谷が最後の準備行為を

(おわったひからふつかめだった。そのさいごのじゅんびこういというのは)

終った日から二日目だった。その最後の準備行為というのは

((これだけはまえもってせつめいしておくひつようがある)かつてさいとうにれいのかくしばしょを)

(これ丈けは前以て説明して置く必要がある)嘗つて斉藤に例の隠し場所を

(きいてから、もうはんとしもけいかしたきょう、それがまだとうじのままであるか)

聞いてから、もう半年も経過した今日、それがまだ当時のままであるか

(どうかをたしかめるためのあるこういだった。かれはそのひ(すなわちろうばごろしのふつかまえ))

どうかを確める為の或る行為だった。彼はその日(即ち老婆殺しの二日前)

(さいとうをたずねたついでに、はじめてろうばのへやであるおくざしきにはいって、かのじょと)

斉藤を訪ねた序に、初めて老婆の部屋である奥座敷に入って、彼女と

(いろいろせけんばなしをとりかわした。かれはそのせけんばなしをじょじょにひとつのほうこうへおとしていった。)

色々世間話を取交した。彼はその世間話を徐々に一つの方向へ落していった。

(そして、しばしばろうばのざいさんのこと、それをかのじょがどこかへかくしているという)

そして、屡々老婆の財産のこと、それを彼女がどこかへ隠しているという

(うわさのあることなぞくちにした。かれは「かくす」ということばのでるごとに、)

噂のあることなぞ口にした。彼は「隠す」という言葉の出る毎に、

(それとなくろうばのめをちゅういした。すると、かのじょのめは、かれのよきしたとおり、)

それとなく老婆の眼を注意した。すると、彼女の眼は、彼の予期した通り、

(そのつど、とこのまのうえきばち(もうそのときはこうようではなく、)

その都度、床の間の植木鉢(もうその時は紅葉ではなく、

(まつにうえかえてあったけれど)にそっとつがれるのだ。ふきやはそれを)

松に植えかえてあったけれど)にそっと注がれるのだ。蕗谷はそれを

(すうかいくりかえして、もはやすこしもうたがうよちのないことをたしかめることができた。)

数回繰返して、最早や少しも疑う余地のないことを確めることが出来た。

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