山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 5
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | baru | 3872 | D++ | 4.2 | 92.2% | 628.0 | 2655 | 223 | 59 | 2024/11/20 |
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問題文
(まぐちごけんばかり、にかいだてのおおきなかまえで、)
間口五間ばかり、二階建ての大きな構えで、
(にまいあけてあるしょうじに「だいまさ」とかいてある。)
二枚あけてある障子に「大政」と書いてある。
(はいっていったとうきちはすぐにでてきて、ほりにそったみちをみなみのほうへあるきだした。)
はいっていった藤吉はすぐに出て来て、堀に沿った道を南のほうへ歩きだした。
(「しっているふなやどがあるんです、そこでいっぱいやりながらはなしましょう」)
「知っている船宿があるんです、そこで一杯やりながら話しましょう」
(「こんなじこくにか」)
「こんな時刻にか」
(「みずをながめながらのあさざけ」といいかけて、とうきちはくしょうした、)
「水を眺めながらの朝酒」と云いかけて、藤吉は苦笑した、
(「こいつはつきなみすぎたか」)
「こいつは月並すぎたか」
(ふなやどはこぶなちょうさんちょうめのほりばたにあった。)
船宿は小舟町三丁目の堀端にあった。
(ふるぼけたちいさないえで、それでもにかいにふたまあり、)
古ぼけた小さな家で、それでも二階に二た間あり、
(とおされたおもてのろくじょうのしょうじをあけると、ほりのたいがんにまきのかわちのひろいやしきがあり、)
とおされた表の六帖の障子をあけると、堀の対岸に牧野河内の広い屋敷があり、
(ていないのふかいこだちがながめられた。)
邸内の深い樹立(こだち)が眺められた。
(「とにかくかっこうだけつけましょう」)
「とにかく恰好だけつけましょう」
(とうきちはそういってさけをちゅうもんした。)
藤吉はそう云って酒を注文した。
(「いのがよめにほしいというのは、)
「猪之が嫁に欲しいというのは、
(おなじたどころちょうにあるいざかやのむすめでした」ととうきちははなしつづけた、)
同じ田所町にある居酒屋の娘でした」と藤吉は話し続けた、
(「としはじゅうしちだったでしょう、おこうというなで、)
「年は十七だったでしょう、お孝という名で、
(かおもからだもまるまるとこえた、おそろしくがらっぱちなおんなでした」)
顔も躯もまるまると肥えた、おそろしくがらっぱちな女でした」
(とうきちはじょうだんはよせといった。)
藤吉は冗談はよせと云った。
(よりによってあんなおんなをもらうなんて、ばかにでもなったのか。)
選(よ)りに選ってあんな女を貰うなんて、ばかにでもなったのか。
(じょうだんじゃねえほんきだ、といのはいきりたった。)
冗談じゃねえ本気だ、と猪之はいきり立った。
(あにきにはあんなおんなかもしれないが、おれはどうしてもにょうぼうにしたいんだ、)
あにきにはあんな女かもしれないが、おれはどうしても女房にしたいんだ、
(たのむからいってはなしをまとめてきてくれ。)
頼むからいって話をまとめて来てくれ。
(そういうようすがまさしくしんけんそのもので、)
そう云うようすが正しくしんけんそのもので、
(めのいろさえかわっているようにみえた。)
眼の色さえ変っているようにみえた。
(ーーほんとうにほんきなんだな。)
ーー本当に本気なんだな。
(とうきちはねんをおし、それからそのはなしをもっていった。)
藤吉は念を押し、それからその話を持っていった。
(むすめのおやはだいきちといい、これもはじめはじょうだんだとおもった。)
娘の親は大吉といい、これも初めは冗談だと思った。
(むすめのおこうも「からかっちゃいやだよ」などといっていたが、)
娘のお孝も「からかっちゃいやだよ」などと云っていたが、
(ははおやのおらくはとうきちをしんじて、じぶんからていしゅやむすめをくどいた。)
母親のおらくは藤吉を信じて、自分から亭主や娘をくどいた。
(それでだいきちはおれたが、ひとりむすめだからよめにはやれない、)
それで大吉は折れたが、一人娘だから嫁にはやれない、
(むこにくるならしょうちしよう、というじょうけんをだした。)
婿に来るなら承知しよう、という条件を出した。
(そこまではこぶのにいつかばかりかかった。)
そこまではこぶのに五日ばかりかかった。
(むこときいて、さすがにいのもかんがえこんだが、すぐいをけっしたといったかおつきで、)
婿と聞いて、さすがに猪之も考えこんだが、すぐ意を決したといった顔つきで、
(むこでもいい、といいきった。)
婿でもいい、と云いきった。
(ーーよくかんがえてみろ、いの、おめえはまだこれからっていうからだだぞ、)
ーーよく考えてみろ、猪之、おめえはまだこれからっていうからだだぞ、
(いちにんまえのしょくにんになるつもりなら、これからがうでのみがきどきだ、)
いちにんまえの職人になるつもりなら、これからが腕のみがきどきだ、
(ここでふたおやつきのかみさんなんぞしょいこんだら、)
ここで二た親付きのかみさんなんぞ背負(しょ)いこんだら、
(いっしょううだつがあがらなくなるぞ。)
一生うだつがあがらなくなるぞ。
(ーーこのおれがかい、へっ。)
ーーこのおれがかい、へっ。
(いのはそういって、かたをゆりあげただけであった。)
猪之はそう云って、肩を揺りあげただけであった。
(とうきちはそのえんだんをまとめた。)
藤吉はその縁談をまとめた。
(ーーしゅうげんはいつにするつもりだ。)
ーー祝言はいつにするつもりだ。
(はなしがまとまったのでそうきくと、いのはそうせかせるなとこたえた。)
話がまとまったのでそう訊くと、猪之はそうせかせるなと答えた。
(はなしはきまったんだから、いそぐこたあねえさ。しかし、ととうきちはいった。)
話はきまったんだから、いそぐこたあねえさ。しかし、と藤吉は云った。
(むこうだってつごうがあるだろうし、)
向うだって都合があるだろうし、
(およそのひどりをしらせるのはおれのやくめだ、どうする。)
およその日取を知らせるのはおれの役目だ、どうする。
(そうさなといのはくびをひねった。)
そうさなと猪之は首をひねった。
(そうさな、それならあきということにでもしておくか。)
そうさな、それなら秋ということにでもしておくか。
(あきだって。)
秋だって。
(うん、おれにだってつごうはあるからな、といのはいった。)
うん、おれにだって都合はあるからな、と猪之は云った。
(「とうぶんのうちみんなにだまっていてくれ、といのはくどくいいました」)
「当分のうちみんなに黙っていてくれ、と猪之は諄(く)どく云いました」
(といってとうきちはぬるくなったちゃをすすった、「するとはんつきばかりして」)
と云って藤吉はぬるくなった茶を啜った、「すると半月ばかりして」
(ふなやどのにょうぼうがさけをはこんできた。ふたつのぜんにはそれぞれかんどっくりと、)
船宿の女房が酒をはこんで来た。二つの膳にはそれぞれ燗徳利と、
(つまみものがさんぴんばかりならべてあった。)
摘み物が三品ばかり並べてあった。
(かってにやるからかまわないでくれ、ととうきちがいい、にょうぼうはすぐにさっていった。)
勝手にやるから構わないでくれ、と藤吉が云い、女房はすぐに去っていった。
(「ひとつだけいかがですか」)
「一つだけいかがですか」
(「わたしはだめだ」)
「私はだめだ」
(「じゃあ、しつれいします」)
「じゃあ、失礼します」
(とうきちはてじゃくで、なめるようにのみながら、はなしをつづけた。)
藤吉は手酌で、舐めるように飲みながら、話を続けた。