山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 5

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投稿者投稿者uzuraいいね2お気に入り登録
プレイ回数681難易度(4.1) 2647打 長文
映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 baru 3872 D++ 4.2 92.2% 628.0 2655 223 59 2024/11/20

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問題文

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(まぐちごけんばかり、にかいだてのおおきなかまえで、)

間口五間ばかり、二階建ての大きな構えで、

(にまいあけてあるしょうじに「だいまさ」とかいてある。)

二枚あけてある障子に「大政」と書いてある。

(はいっていったとうきちはすぐにでてきて、ほりにそったみちをみなみのほうへあるきだした。)

はいっていった藤吉はすぐに出て来て、堀に沿った道を南のほうへ歩きだした。

(「しっているふなやどがあるんです、そこでいっぱいやりながらはなしましょう」)

「知っている船宿があるんです、そこで一杯やりながら話しましょう」

(「こんなじこくにか」)

「こんな時刻にか」

(「みずをながめながらのあさざけ」といいかけて、とうきちはくしょうした、)

「水を眺めながらの朝酒」と云いかけて、藤吉は苦笑した、

(「こいつはつきなみすぎたか」)

「こいつは月並すぎたか」

(ふなやどはこぶなちょうさんちょうめのほりばたにあった。)

船宿は小舟町三丁目の堀端にあった。

(ふるぼけたちいさないえで、それでもにかいにふたまあり、)

古ぼけた小さな家で、それでも二階に二た間あり、

(とおされたおもてのろくじょうのしょうじをあけると、ほりのたいがんにまきのかわちのひろいやしきがあり、)

とおされた表の六帖の障子をあけると、堀の対岸に牧野河内の広い屋敷があり、

(ていないのふかいこだちがながめられた。)

邸内の深い樹立(こだち)が眺められた。

(「とにかくかっこうだけつけましょう」)

「とにかく恰好だけつけましょう」

(とうきちはそういってさけをちゅうもんした。)

藤吉はそう云って酒を注文した。

(「いのがよめにほしいというのは、)

「猪之が嫁に欲しいというのは、

(おなじたどころちょうにあるいざかやのむすめでした」ととうきちははなしつづけた、)

同じ田所町にある居酒屋の娘でした」と藤吉は話し続けた、

(「としはじゅうしちだったでしょう、おこうというなで、)

「年は十七だったでしょう、お孝という名で、

(かおもからだもまるまるとこえた、おそろしくがらっぱちなおんなでした」)

顔も躯もまるまると肥えた、おそろしくがらっぱちな女でした」

(とうきちはじょうだんはよせといった。)

藤吉は冗談はよせと云った。

(よりによってあんなおんなをもらうなんて、ばかにでもなったのか。)

選(よ)りに選ってあんな女を貰うなんて、ばかにでもなったのか。

(じょうだんじゃねえほんきだ、といのはいきりたった。)

冗談じゃねえ本気だ、と猪之はいきり立った。

など

(あにきにはあんなおんなかもしれないが、おれはどうしてもにょうぼうにしたいんだ、)

あにきにはあんな女かもしれないが、おれはどうしても女房にしたいんだ、

(たのむからいってはなしをまとめてきてくれ。)

頼むからいって話をまとめて来てくれ。

(そういうようすがまさしくしんけんそのもので、)

そう云うようすが正しくしんけんそのもので、

(めのいろさえかわっているようにみえた。)

眼の色さえ変っているようにみえた。

(ーーほんとうにほんきなんだな。)

ーー本当に本気なんだな。

(とうきちはねんをおし、それからそのはなしをもっていった。)

藤吉は念を押し、それからその話を持っていった。

(むすめのおやはだいきちといい、これもはじめはじょうだんだとおもった。)

娘の親は大吉といい、これも初めは冗談だと思った。

(むすめのおこうも「からかっちゃいやだよ」などといっていたが、)

娘のお孝も「からかっちゃいやだよ」などと云っていたが、

(ははおやのおらくはとうきちをしんじて、じぶんからていしゅやむすめをくどいた。)

母親のおらくは藤吉を信じて、自分から亭主や娘をくどいた。

(それでだいきちはおれたが、ひとりむすめだからよめにはやれない、)

それで大吉は折れたが、一人娘だから嫁にはやれない、

(むこにくるならしょうちしよう、というじょうけんをだした。)

婿に来るなら承知しよう、という条件を出した。

(そこまではこぶのにいつかばかりかかった。)

そこまではこぶのに五日ばかりかかった。

(むこときいて、さすがにいのもかんがえこんだが、すぐいをけっしたといったかおつきで、)

婿と聞いて、さすがに猪之も考えこんだが、すぐ意を決したといった顔つきで、

(むこでもいい、といいきった。)

婿でもいい、と云いきった。

(ーーよくかんがえてみろ、いの、おめえはまだこれからっていうからだだぞ、)

ーーよく考えてみろ、猪之、おめえはまだこれからっていうからだだぞ、

(いちにんまえのしょくにんになるつもりなら、これからがうでのみがきどきだ、)

いちにんまえの職人になるつもりなら、これからが腕のみがきどきだ、

(ここでふたおやつきのかみさんなんぞしょいこんだら、)

ここで二た親付きのかみさんなんぞ背負(しょ)いこんだら、

(いっしょううだつがあがらなくなるぞ。)

一生うだつがあがらなくなるぞ。

(ーーこのおれがかい、へっ。)

ーーこのおれがかい、へっ。

(いのはそういって、かたをゆりあげただけであった。)

猪之はそう云って、肩を揺りあげただけであった。

(とうきちはそのえんだんをまとめた。)

藤吉はその縁談をまとめた。

(ーーしゅうげんはいつにするつもりだ。)

ーー祝言はいつにするつもりだ。

(はなしがまとまったのでそうきくと、いのはそうせかせるなとこたえた。)

話がまとまったのでそう訊くと、猪之はそうせかせるなと答えた。

(はなしはきまったんだから、いそぐこたあねえさ。しかし、ととうきちはいった。)

話はきまったんだから、いそぐこたあねえさ。しかし、と藤吉は云った。

(むこうだってつごうがあるだろうし、)

向うだって都合があるだろうし、

(およそのひどりをしらせるのはおれのやくめだ、どうする。)

およその日取を知らせるのはおれの役目だ、どうする。

(そうさなといのはくびをひねった。)

そうさなと猪之は首をひねった。

(そうさな、それならあきということにでもしておくか。)

そうさな、それなら秋ということにでもしておくか。

(あきだって。)

秋だって。

(うん、おれにだってつごうはあるからな、といのはいった。)

うん、おれにだって都合はあるからな、と猪之は云った。

(「とうぶんのうちみんなにだまっていてくれ、といのはくどくいいました」)

「当分のうちみんなに黙っていてくれ、と猪之は諄(く)どく云いました」

(といってとうきちはぬるくなったちゃをすすった、「するとはんつきばかりして」)

と云って藤吉はぬるくなった茶を啜った、「すると半月ばかりして」

(ふなやどのにょうぼうがさけをはこんできた。ふたつのぜんにはそれぞれかんどっくりと、)

船宿の女房が酒をはこんで来た。二つの膳にはそれぞれ燗徳利と、

(つまみものがさんぴんばかりならべてあった。)

摘み物が三品ばかり並べてあった。

(かってにやるからかまわないでくれ、ととうきちがいい、にょうぼうはすぐにさっていった。)

勝手にやるから構わないでくれ、と藤吉が云い、女房はすぐに去っていった。

(「ひとつだけいかがですか」)

「一つだけいかがですか」

(「わたしはだめだ」)

「私はだめだ」

(「じゃあ、しつれいします」)

「じゃあ、失礼します」

(とうきちはてじゃくで、なめるようにのみながら、はなしをつづけた。)

藤吉は手酌で、舐めるように飲みながら、話を続けた。

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