山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 11

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映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。

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問題文

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(けれどもやがて、とうきちはしんぼうがきれてきた。)

けれどもやがて、藤吉は辛抱がきれてきた。

(いのはたくみにとうきちのきをひき、じわじわとせめて、)

猪之は巧みに藤吉の気をひき、じわじわと攻めて、

(しろありがはしらのしんにくいこむように、とうきちのこころのなかにくいこんできた。)

白蟻が柱の芯にくいこむように、藤吉の心の中にくいこんで来た。

(ーーはあっ、といのはためいきをつき、ぜんのうえをながめながら、しんとしたこえで、)

ーーはあっ、と猪之は溜息をつき、膳の上を眺めながら、しんとした声で、

(けれどもとうきちにはきこえるていどにひとりごとをつぶやく。)

けれども藤吉には聞える程度に独り言を呟く。

(だめだ、そんなことはできねえ、やくそくしたんだからな、)

だめだ、そんなことはできねえ、約束したんだからな、

(おとこがいったんやくそくしたんだから、いくらなんだってもういけねえ。)

男がいったん約束したんだから、いくらなんだってもういけねえ。

(そしてまたおおきなためいきをつき、ぼんやりとぜんのうえをみまもっている、)

そしてまた大きな溜息をつき、ぼんやりと膳の上を見まもっている、

(というぐあいであった。)

というぐあいであった。

(あるひ、みすみすわなにかかるとしりながら、ついにとうきちはくちをきった。)

或る日、みすみす罠にかかると知りながら、ついに藤吉は口を切った。

(ーーどこのおんなだ。)

ーーどこの女だ。

(いのはしらばっくれたかおで、「え」とふしんそうにとうきちをみた。)

猪之はしらばっくれた顔で、「え」と不審そうに藤吉を見た。

(ーーとぼけるな、またおんなだろう。)

ーーとぼけるな、また女だろう。

(いのはあたまをたれた。)

猪之は頭を垂れた。

(「あいつもずるいがあっしもりこうじゃあねえ、)

「あいつも猾(ずる)いがあっしも利巧じゃあねえ、

(かたちからするとこっちがのりだしたかっこうで、)

かたちからするとこっちが乗り出した恰好で、

(あいつのいいぐさじゃねえが、まったくなっちゃあいません」)

あいつの云い草じゃねえが、まったくなっちゃあいません」

(いのはしぶしぶへんじをした。)

猪之はしぶしぶ返辞をした。

(あいてはせんたくちょうというところのこりょうりやのおんなで、)

相手はせんたく町というところの小料理屋の女で、

(としははたち、なはおせいといった。)

年は二十、名はおせいといった。

など

(そのみせへはとうきちもよくのみにゆくので、おせいともかおなじみだった。)

その店へは藤吉もよく飲みにゆくので、おせいとも顔なじみだった。

(「いなば」というそのみせはかたいこりょうりやだが、)

「いなば」というその店は堅い小料理屋だが、

(せんたくちょうはえどのおかばしょににたようなところだから、)

せんたく町は江戸の岡場所に似たようなところだから、

(そんなにむずかしくかまえるひつようはない。じぶんであたってみろ、ととうきちはいった。)

そんなにむずかしく構える必要はない。自分で当ってみろ、と藤吉は云った。

(いのは「うん」といったまま、しょげきったかおでためいきをつくばかりだった。)

猪之は「うん」といったまま、しょげきった顔で溜息をつくばかりだった。

(どうしたんだ、じぶんじゃあやれねえのか。)

どうしたんだ、自分じゃあやれねえのか。

(うんだめなんだ、かおをみるとものがいえなくなっちまう、)

うんだめなんだ、顔を見るとものが云えなくなっちまう、

(なをよぶこともできねえんだ。)

名を呼ぶこともできねえんだ。

(ーーことわっておくが、ととうきちはいった。)

ーー断わっておくが、と藤吉は云った。

(こんどはおれをたよりにしねえでくれよ、おれはもうまっぴらだからな。)

こんどはおれを頼りにしねえでくれよ、おれはもうまっぴらだからな。

(ーーわかってるよ、いいんだ、どうかおれのことはしんぱいしねえでくれ。)

ーーわかってるよ、いいんだ、どうかおれのことは心配しねえでくれ。

(そしていのはくちのなかで、「さんどめのしょうじきなんだがな」とつぶやいた。)

そして猪之は口の中で、「三度目の正直なんだがな」と呟いた。

(とうきちはききとがめた。さんどめのしょうじきとはなんだ。)

藤吉は聞き咎めた。三度目の正直とはなんだ。

(なんでもねえ、といのはひくいこえでこたえた。)

なんでもねえ、と猪之は低い声で答えた。

(これまですきになったおんながいくにんかいた、そのなかでいちばんすきになり、)

これまで好きになった女が幾人かいた、その中でいちばん好きになり、

(ほんとうにかみさんにほしいとおもったのはこれがさんどめで、)

本当にかみさんに欲しいと思ったのはこれが三度目で、

(おまけにこんどこそほんものだということがわかったんだ。)

おまけにこんどこそ本物だということがわかったんだ。

(ーーおい、よくかんがえてみろ、ととうきちはいった。)

ーーおい、よく考えてみろ、と藤吉は云った。

(なにがさんどめだ、こんどはもうよたびめになるぜ。)

なにが三度目だ、こんどはもう四たび目になるぜ。

(ーーそんなこたあねえさ、いいか、およのにおまつでにどだろう。)

ーーそんなこたあねえさ、いいか、およのにお松で二度だろう。

(ーーはじめのおこうはどうした。)

ーー初めのお孝はどうした。

(ーーおこうだって、へっ、といのはかたをすくめた。)

ーーお孝だって、へっ、と猪之は肩をすくめた。

(あんなのはかずのうちにへえりゃあしねえや。)

あんなのは数の内にへえりゃあしねえや。

(ーーだっておまつのときにじぶんで、これがさんどめのしょうじきっていったじゃあねえか。)

ーーだってお松のときに自分で、これが三度目の正直って云ったじゃあねえか。

(ーーのぼせてたからそんなきがしたんだろう、)

ーーのぼせてたからそんな気がしたんだろう、

(こんどこそほんとうにさんどめのしょうじきなんだ。)

こんどこそ本当に三度目の正直なんだ。

(ほんとうだぜ、といのはちからをこめていった。)

本当だぜ、と猪之は力をこめて云った。

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