山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 14

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映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。

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問題文

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(のぼるはけげんそうにきょじょうをみかえした。)

登はけげんそうに去定を見返した。

(「いのはちいさいじぶんからおんなにちやほやされた、おとなになってからも、)

「猪之は小さいじぶんから女にちやほやされた、おとなになってからも、

(おんなのほうからほれてくるという、おれはしんさつをしながらようすをみたが、)

女のほうから惚れてくるという、おれは診察をしながらようすをみたが、

(いのはすっかりとうきちにおぼれているのだ」ときょじょうはいった、)

猪之はすっかり藤吉におぼれているのだ」と去定は云った、

(「おんなにすかれるあまり、おんなにむけるあいじょうがとうきちのほうにひきつけられた、)

「女に好かれるあまり、女に向ける愛情が藤吉のほうにひきつけられた、

(これはむろんしきじょうではない、おとこがおとこにかんじるあいじょうだが、)

これはむろん色情ではない、男が男に感じる愛情だが、

(いののばあいはそれがつよく、ふくざつになっているだけだ」)

猪之のばあいはそれが強く、複雑になっているだけだ」

(「そうしますと、いまはとうきちといっしょにくらしているのですから、)

「そうしますと、いまは藤吉といっしょにくらしているのですから、

(しょうじょうがよくなるはずではないでしょうか」)

症状がよくなる筈ではないでしょうか」

(「いや、はんたいだ、とうきちからはなさなければいけない」ときょじょうはいった、)

「いや、反対だ、藤吉からはなさなければいけない」と去定は云った、

(「これまでいののしてきたいろいろなことは、)

「これまで猪之のして来たいろいろなことは、

(みんなとうきちをこまらせるためにやったことだ、)

みんな藤吉を困らせるためにやったことだ、

(じぶんではもちろんそうはおもわないだろう、)

自分ではもちろんそうは思わないだろう、

(しぜんにそうなったとしんじているだろうが、)

しぜんにそうなったと信じているだろうが、

(こころのそこではとうきちをこまらせることでとうきちにあまえ、)

心の底では藤吉を困らせることで藤吉にあまえ、

(とうきちとじぶんとをつないでおこうとしていたのだ」)

藤吉と自分とを繋いでおこうとしていたのだ」

(のぼるはだまってめをおとしたが、やがてそっと、あいまいにうなずいた。)

登は黙って眼をおとしたが、やがてそっと、あいまいに頷いた。

(「あしたこっちへひきとってやろう」ときょじょうはつくえのほうへむきなおって、)

「明日こっちへ引取ってやろう」と去定は机のほうへ向き直って、

(ふでをとりながらいった、)

筆を取りながら云った、

(「とうきちとはなして、しばらくほうっておけばよくなるだろう、)

「藤吉とはなして、暫く放っておけばよくなるだろう、

など

(ーーにんげんのずのうのからくりほど、しんみょうでふしぎなものはないな」)

ーー人間の頭脳のからくりほど、神妙でふしぎなものはないな」

(よくじつ、いのはようじょうしょへひきとられた。)

翌日、猪之は養生所へ引取られた。

(とうきちにはきょじょうのみたてをつげて、けっしてみまいにこないように、とねんをおした。)

藤吉には去定の診たてを告げて、決してみまいに来ないように、と念を押した。

(のぼるはきょじょうのしんだんをあまりしんじなかった。)

登は去定の診断をあまり信じなかった。

(なんとなくりづめすぎるし、つごうよくふかいしているようにおもわれたので、)

なんとなく理詰めすぎるし、都合よく付会しているように思われたので、

(のぼるはのぼるのたちばからちりょうのてがかりをつけようとかんがえた。)

登は登の立場から治療の手掛りをつけようと考えた。

(ーーいのはひとりだけべつのへやへいれた。)

ーー猪之は一人だけべつの部屋へ入れた。

(とうにんがほかのものといっしょではいやだ、とくにびょうにんでもとしよりでも、)

当人がほかの者といっしょではいやだ、特に病人でも年寄でも、

(おんなのいるところはこまるといいはったし、きょじょうもそれがよかろうと、)

女のいるところは困ると云い張ったし、去定もそれがよかろうと、

(すきなようにさせたのである。)

好きなようにさせたのである。

(それからなついっぱい、のぼるはひまをみつけてはかれのへやへゆき、)

それから夏いっぱい、登は暇をみつけては彼の部屋へゆき、

(ちゃがしをすすめたりしながら、さりげなくはなしかけ、)

茶菓子をすすめたりしながら、さりげなく話しかけ、

(またかれからはなしをひきだすようにした。)

また彼から話をひき出すようにした。

(「だれもみまいにこないな」とあるひ、のぼるはあんじをかけた、)

「誰もみまいに来ないな」と或る日、登は暗示をかけた、

(「だれかみまいにきてもらいたいものはないのか」)

「誰かみまいに来てもらいたい者はないのか」

(いのはむずかしいかおつきでかんがえこんだ。)

猪之はむずかしい顔つきで考えこんだ。

(「さくまちょうがきそうなものじゃないか」とのぼはもうひとかわきりこんでみた、)

「佐久間町が来そうなものじゃないか」と登はもう一と皮切り込んでみた、

(「きてくれるようにつかいをだそうか」)

「来てくれるように使いを出そうか」

(「いや、よしましょう」いのはきっぱりとくびをふった、)

「いや、よしましょう」猪之はきっぱりと首を振った、

(「あにきはいそがしいからだだし、)

「あにきはいそがしいからだだし、

(きてもらったってどうということもねえから」)

来てもらったってどうということもねえから」

(のぼるはそこでそのはなしをうちきった。)

登はそこでその話を打ち切った。

(なつをこすころになってもようすにへんかはなかった。)

夏を越すころになってもようすに変化はなかった。

(ほとんどへやにこもったきりで、ゆうがたちょっとにわへでるほかは、)

殆んど部屋にこもったきりで、夕方ちょっと庭へ出るほかは、

(なにもしないでぼんやりときをすごしている。)

なにもしないでぼんやり時をすごしている。

(いぜんのようなききょうなまねをしないというだけで、)

以前のような奇矯なまねをしないというだけで、

(かいふくにむかうというきざしはすこしもみとめられなかった。)

恢復(かいふく)に向かうという兆(きざ)しは少しも認められなかった。

(「どうしておんながきらいなんだ」のぼるはそうきいてみた、)

「どうして女が嫌いなんだ」登はそう訊いてみた、

(「おとこでいておんながきらいだなんておかしいじゃないか」)

「男でいて女が嫌いだなんておかしいじゃないか」

(「きらいじゃねえさ」といのはこたえた、「おんなはきらいじゃありませんよ」)

「嫌いじゃねえさ」と猪之は答えた、「女は嫌いじゃありませんよ」

(「だってここへはいるとき、)

「だってここへはいるとき、

(びょうにんでもとしよりでもおんなのいるところはいやだといったろう」)

病人でも年寄でも女のいるところはいやだと云ったろう」

(いのはちょっとかんがえてからうなずいた、)

猪之はちょっと考えてから頷いた、

(「ああそうか、そんなところがおかしいんだな」)

「ああそうか、そんなところがおかしいんだな」

(「おかしいとは、じぶんのことをいうのか」)

「おかしいとは、自分のことをいうのか」

(「わけはあるんですよ」といのはいった、)

「わけはあるんですよ」と猪之は云った、

(「こんなことはひとにはなすもんじゃねえだろうが、)

「こんなことは人に話すもんじゃねえだろうが、

(おいしゃのせんせいにはなすんならいいでしょう」)

お医者の先生に話すんならいいでしょう」

(「もちろんだ」とのぼるはいった。)

「もちろんだ」と登は云った。

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