山本周五郎 赤ひげ診療譚 三度目の正直 15

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映画でも有名な、山本周五郎の傑作連作短編です。
赤ひげ診療譚の第四話です。

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問題文

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(「あっしがじゅうはちのとしのことでした」といのはいった、)

「あっしが十八の年のことでした」と猪之は云った、

(「とうりょうのうちにむすめがふたりいるので、)

「頭梁のうちに娘が二人いるので、

(きんじょのおんなのこがよくあそびにくるんです」)

近所の女の子がよく遊びに来るんです」

(のぼるはとうきちのはなしをおもいだしたが、むろんそんなけぶりはみせず、)

登は藤吉の話を思いだしたが、むろんそんなけぶりはみせず、

(できるだけむかんしんをよそおってきいていた。)

できるだけ無関心をよそおって聞いていた。

(「そのなかにたまがわやというこうやのむすめで、)

「その中に玉川屋という紺屋(こうや)の娘で、

(ここのつになるおたまというこがいたんです、)

九つになるおたまという子がいたんです、

(からだもかおもまるくぽっちゃりとしていて、)

からだも顔もまるくぽっちゃりとしていて、

(きしょうもおとなしいすなおなこでしたが、)

気性もおとなしいすなおな子でしたが、

(ーーいやだな」といっていのはあかくなった、「ここからがいいにくいんだ」)

ーーいやだな」と云って猪之は赤くなった、「ここからが云いにくいんだ」

(「わたしはいしゃだよ」)

「私は医者だよ」

(「わるくおもわないでください」といのはうしろくびをてでなでながらいった、)

「悪く思わないで下さい」と猪之はうしろ頸(くび)を手で撫でながら云った、

(「そのおたまがひどくあっしになついちゃって、)

「そのおたまがひどくあっしになついちゃって、

(まあそんなことはどうでもいいが、)

まあそんなことはどうでもいいが、

(あっしのほうでもかわいいこだとおもってました、それでまあいろいろあるんだが、)

あっしのほうでも可愛い子だと思ってました、それでまあいろいろあるんだが、

(あるときだきついてきたんで、ひょいとくちびるをすってやったんです、)

或るとき抱きついてきたんで、ひょいと唇を吸ってやったんです、

(いえ、かんちげえをしねえでください、)

いえ、勘ちげえをしねえで下さい、

(けっしていやらしいきもちでやったんじゃあねえ、いつもかわいいとおもっていたし、)

決していやらしい気持でやったんじゃあねえ、いつも可愛いと思っていたし、

(だきつかれたとたんなんのきもなく、)

抱きつかれたとたんなんの気もなく、

(ただひょいとやっちゃっただけなんですから」)

ただひょいとやっちゃっただけなんですから」

など

(「めずらしくはないさ」とのぼるがいった、)

「珍らしくはないさ」と登がいった、

(「だれにだってそのくらいのおぼえはあるだろう」)

「誰にだってそのくらいの覚えはあるだろう」

(「ところがそのあとがいけねえ」といのはひどくはやくちでつづけた、)

「ところがそのあとがいけねえ」と猪之はひどく早口で続けた、

(まるではなしているそのことからにげだそうとでもするように、)

まるで話しているそのことから逃げだそうとでもするように、

(「あっしがくちびるをすったとたんに、おたまがあっしのくちへしたをいれてきた、)

「あっしが唇を吸ったとたんに、おたまがあっしの口へ舌を入れて来た、

(ここのつのこですぜ」そしてかれはぐいとくちびるをふき、)

九つの子ですぜ」そして彼はぐいと唇を拭き、

(つばでもはきそうにかおをゆがめた、)

唾でも吐きそうに顔を歪めた、

(「ーーあっしはじゅうはちだったが、そんなことはなんにもしらなかった、)

「ーーあっしは十八だったが、そんなことはなんにも知らなかった、

(ことにあいてはまだここのつだったし、ただおとなしくってすなおな、)

ことに相手はまだ九つだったし、ただおとなしくってすなおな、

(かわいいこだとおもっていただけなんですから、)

可愛い子だと思っていただけなんですから、

(やわらかくてあついちいさなしたがすべりこんできたときには、)

柔らかくて熱い小さな舌がすべりこんできたときには、

(あっしはとびあがるほどびっくりして、)

あっしはとびあがるほどびっくりして、

(おたまをつきはなすなりにげだしちまいました」)

おたまを突き放すなり逃げだしちまいました」

(のぼるはしずかにわらいながらいった、「めずらしいことじゃあないさ」)

登は静かに笑いながら云った、「珍らしいことじゃあないさ」

(「めずらしいことじゃあねえって」)

「珍らしいことじゃあねえって」

(「わたしにもおぼえがある」とのぼるはいった、「にたようなことがわたしにもあったよ」)

「私にも覚えがある」と登は云った、「似たようなことが私にもあったよ」

(いのはいまめがさめたというようなかおで、へえといいながらのぼるをみた。)

猪之はいま眼がさめたというような顔で、へえといいながら登を見た。

(「それで」とかれはといかけた、)

「それで」と彼は問いかけた、

(「そんなことがあってもせんせいは、なんともかんじなかったんですか」)

「そんなことがあっても先生は、なんとも感じなかったんですか」

(「ちょっとまごついたかもしれないがね」)

「ちょっとまごついたかもしれないがね」

(「あっしはおっそろしくこわくなった」といのはいった、)

「あっしはおっそろしくこわくなった」と猪之は云った、

(「ここのつぐらいでこんなことをしってる、おんななんておっかねえもんだ、)

「九つぐらいでこんなことを知ってる、女なんておっかねえもんだ、

(ひでえもんだって、おぞげをふるいましたよ」)

ひでえもんだって、おぞ毛をふるいましたよ」

(「したまちそだちでしょくにんのくせに」とのぼるはまたわらいながらいった、)

「下町育ちで職人のくせに」と登はまた笑いながら云った、

(「おまえはまたひどくおくてだったとみえるな」)

「おまえはまたひどくおくてだったとみえるな」

(「そうですかね、へえ」といのはくびをかしげた、「そんなもんですかね」)

「そうですかね、へえ」と猪之は首をかしげた、「そんなもんですかね」

(「そんなものらしいな」とのぼるはいった。)

「そんなものらしいな」と登は云った。

(のぼるはここがちりょうのてがかりだとおもった。)

登はここが治療の手掛りだと思った。

(きょじょうのしんだんにもいちめんのりはあるが、それだけではない、おんなにほれてはにげる、)

去定の診断にも一面の理はあるが、それだけではない、女に惚れては逃げる、

(ということのくりかえしには、おたまとのできごとがふかくあたまにひっかかっている。)

ということの繰り返しには、おたまとの出来事が深く頭にひっかかっている。

(それさえのぞけばかいふくにむかうだろう、とのぼるはしんじた。)

それさえ除けば恢復(かいふく)に向かうだろう、と登は信じた。

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