山本周五郎 赤ひげ診療譚 徒労に賭ける 3
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | ゆずもも | 5189 | B+ | 5.4 | 95.1% | 684.3 | 3741 | 190 | 71 | 2024/11/13 |
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問題文
(にっこうもんぜきのしもやしきのあるみくみちょうに、)
日光門跡(もんぜき)の下屋敷のあるみくみ町に、
(ちいさなしょうかのかたまったいっかくがある。)
小さな娼家のかたまった一画がある。
(おかばしょといわれるもので、むねわりながやがならんでおり、)
岡場所といわれるもので、棟割り長屋が並んでおり、
(いっけんにおんながふたりときめられていた。)
一軒に女が二人ときめられていた。
(むろんそれはおもてむきのことで、ていしされたかとおもうと、)
むろんそれは表向きのことで、停止されたかと思うと、
(いつかきょかになったり、つねにとりしまりのかんげんがくりかえされるから、)
いつか許可になったり、つねに取締りの寛厳が繰り返されるから、
(しょうかのけんすうもおんなたちのかずもいっていしてはいなかった。)
娼家の軒数も女たちの数も一定してはいなかった。
(きょじょうはとおかにいちどくらいのわりで、そのしょうかがいへがいしんにいき、)
去定は十日に一度くらいの割で、その娼家街へ外診にいき、
(きょうせいてきにおんなたちをしんさつしちりょうしてやっていた。)
強制的に女たちを診察し治療してやっていた。
(それはにねんまえからのことだそうで、もりはんだゆうのはなしによると、いっさくねんのあきに、)
それは二年まえからのことだそうで、森半太夫の話によると、一昨年の秋に、
(さんにんのしょうふがようじょうしょへすくいをもとめてきた。さんにんともびょうどくにおかされているし、)
三人の娼婦が養生所へ救いを求めて来た。三人とも病毒に冒されているし、
(きょくどのえいようぶそくのため、ほとんどがきのようになっていた。)
極度の栄養不足のため、殆んど餓鬼のようになっていた。
(きょじょうはおうきゅうのてあてをしておいて、かのじょたちのやといぬしをよびだしたが、)
去定は応急の手当をしておいて、彼女たちの雇い主を呼びだしたが、
(そんなおんなはしらないといってでてこなかった。)
そんな女は知らないといって出て来なかった。
(そこでまちかたのやくにんにどうこうをたのみ、みくみちょうへでかけていってみた。)
そこで町方の役人に同行を頼み、みくみ町へでかけていってみた。
(ーーこのよにあくにんはない、このせかいにあくにんというものはいない。)
ーーこの世に悪人はない、この世界に悪人という者はいない。
(ようじょうしょへかえってきたきょじょうは、ひとりでしきりにそうつぶやいていたそうである。)
養生所へ帰って来た去定は、独りでしきりにそう呟いていたそうである。
(それは「あくにんがいない」ことをみとめたのではなく、あくにんなどいるはずがない、)
それは「悪人がいない」ことを認めたのではなく、悪人などいる筈がない、
(ということをじぶんにいいきかせているようなちょうしだった、ともりはんだゆうはかたった。)
ということを自分に云い聞かせているような調子だった、と森半太夫は語った。
(すくいをもとめてきたさんにんのうち、ひとりはしにふたりははんとしばかりりょうようしたうえ、)
救いを求めて来た三人のうち、一人は死に二人は半年ばかり療養したうえ、
(ほぼけんこうをとりもどし、ひとりはみとざいのじっかへかえったが、)
ほぼ健康をとり戻し、一人は水戸在の実家へ帰ったが、
(のこったひとりはとうぼうしてしまった。)
残った一人は逃亡してしまった。
(ーーおやきょうだいのみよりもないというので、)
ーー親きょうだいの身寄りもないというので、
(にいでせんせいがここのまかないじょでてつだいでもしていろといわれた。)
新出先生がここの賄所で手伝いでもしていろと云われた。
(けれどもおんなはとうぼうし、どこへいったかいまだにふめいだということであった。)
けれども女は逃亡し、どこへいったかいまだに不明だということであった。
(これらのことははんだゆうからきいたし、ようじょうしょのびょうしつにはいまでもふたり、)
これらのことは半太夫から聞いたし、養生所の病室にはいまでも二人、
(きょじょうがひきとってきてりょうようしているおんながいた。)
去定が引取って来て療養している女がいた。
(のぼるはそのふたりのちりょうにはじょしゅをつとめているが、)
登はその二人の治療には助手を勤めているが、
(がいしんでみくみちょうへいったことはなかった。)
外診でみくみ町へいったことはなかった。
(ーーそしてそのひ、ほんごうのとおりをゆしまてんじんのほうへまがったとき、)
ーーそしてその日、本郷の通りを湯島天神のほうへ曲ったとき、
(かれはようやくきょじょうのいくさきにけんとうがついた。)
彼はようやく去定のいく先に見当がついた。
(「やすもとは、ーー」もんぜきしもやしきのみえるところまできたとき、)
「保本は、ーー」門跡下屋敷の見えるところまで来たとき、
(きょじょうはあしをゆるめながらのぼるにといかけた、)
去定は足を緩めながら登に問いかけた、
(「くるわとかおかばしょなどへいったことがあるか」)
「廓(くるわ)とか岡場所などへいったことがあるか」
(のぼるはちょっとくちごもった、「はあ、ながさきにいたとき、さんどばかり」)
登はちょっと口ごもった、「はあ、長崎にいたとき、三度ばかり」
(「いしゃとしてか、きゃくとしてか」 )
「医者としてか、客としてか」
(のぼるはあせをふいた、「がくゆうにさそわれましたのであそびにいったのですが、むろん」)
登は汗を拭いた、「学友にさそわれましたので遊びにいったのですが、むろん」
(とかれはちからをこめていった、「おんなにはふれませんでした」)
と彼は力をこめていった、「女には触れませんでした」
(「ほう」ときょじょうがいった。)
「ほう」と去定が云った。
(「わたしにはえどにやくそくしたむすめがいたのです」のぼるはむきになっていった、)
「私には江戸に約束した娘がいたのです」登はむきになって云った、
(「そのむすめはわたしのるすちゅうにほかのおとこと、)
「その娘は私の留守ちゅうに他の男と、
(ーーいや、そのむすめはやくそくをやぶりましたが、)
ーーいや、その娘は約束をやぶりましたが、
(わたしはまっていてくれるものとしんじていたものですから、)
私は待っていてくれるものと信じていたものですから、
(さそわれてゆうりへはいっても、おんなにふれるきにはならなかったのです」)
さそわれて遊里へはいっても、女に触れる気にはならなかったのです」
(きょじょうはしばらくあるいてからいった、)
去定は暫く歩いてから云った、
(「わるいことをきいたようだな、いまのしつもんはとりけしにしよう、わすれてくれ」)
「悪いことを訊いたようだな、いまの質問は取消しにしよう、忘れてくれ」
(のぼるはまたあせをふいた。)
登はまた汗を拭いた。
(みくみちょうのそのいっかくには、ひくいくろいたべいがまわしてあり、)
みくみ町のその一画には、低い黒板塀(くろいたべい)が廻してあり、
(いりぐちのもんのわきにはひのばんごやがあった。)
入口の門の脇には火の番小屋があった。
(くろいたべいはすっかりふるびて、ぜんたいにかしがっているし、)
黒板塀はすっかり古びて、ぜんたいに傾(かし)がっているし、
(いたのはがれたところもあった。)
板の剥れたところもあった。
(ひのばんごやはあぶらしょうじがあいており、なかにおとこがさんにんばかりいるのがみえた。)
火の番小屋は油障子があいており、中に男が三人ばかりいるのが見えた。
(ふたりははだぬぎ、ほかのひとりははだかであったが、とおりすぎるきょじょうをみとめると、)
二人は肌脱ぎ、他の一人は裸であったが、通り過ぎる去定を認めると、
(ひとりがなにかささやき、さんにんがいっせいに、するどいめつきできょじょうをにらみ、)
一人がなにか囁やき、三人が一斉に、するどい眼つきで去定を睨み、
(そしてのぼるをにらんだ。「こんなきせつに」とのぼるがきいた、)
そして登を睨んだ。「こんな季節に」と登が訊いた、
(「ここではひのばんがひるからつめているのですか」)
「ここでは火の番が昼から詰めているのですか」
(「あれはおもてむきだ」ときょじょうがこたえた、)
「あれは表向きだ」と去定が答えた、
(「ここでもひのばんのやくはいぬがする、あのおとこたちはここのようじんぼうだ」)
「ここでも火の番の役は犬がする、あの男たちはここの用心棒だ」
(のぼるにはそのいみがわからなかった。)
登にはその意味がわからなかった。
(「ここのきゃくはぶけのこものやおりすけなどがおおい」ときょじょうがせつめいした、)
「ここの客は武家の小者や折助などが多い」と去定が説明した、
(「なかにはぶけのいをかりて、たちのわるいことをするものもあるが、)
「中には武家の威をかりて、たちの悪いことをする者もあるが、
(そんなときにはあのおとこたちがでてかたをつけるし、)
そんなときにはあの男たちが出て片をつけるし、
(また、おんなたちがにげるのをふせぐやくめもする、)
また、女たちが逃げるのを防ぐ役目もする、
(つまりこのいっかくのしょうかにやとわれているのだが、)
つまりこの一画の娼家に雇われているのだが、
(ーーそのかんけいはなかなかふくざつだからひとくちにはいえない、)
ーーその関係はなかなか複雑だから一と口には云えない、
(まあ、そのうちにわかるだろうが、ーーかれらがなにをいっても、)
まあ、そのうちにわかるだろうが、ーーかれらがなにを云っても、
(けっしてあいてになってはいけない、ということをおぼえておくがいい」)
決して相手になってはいけない、ということを覚えておくがいい」
(「なにかいうようなことがあるのですか」)
「なにか云うようなことがあるのですか」
(「ここではまだない」ときょじょうはいった、)
「ここではまだない」と去定は云った、
(「たぶんそんなことはないだろうが、ようじんのためにいっておくのだ」)
「たぶんそんなことはないだろうが、用心のために云っておくのだ」
(「わかりました」とのぼるはこたえた。)
「わかりました」と登は答えた。