「モノグラム」4 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(わたしたちはそうして、あさくさこうえんのまんなかでなのりあいをしたわけですが、みょうなことに、)

私達はそうして、浅草公園の真中で名乗り合いをした訳ですが、妙なことに、

(わたしのほうはもちろん、あいてのおとこも、そのなまえにちっともおぼえがないというのです。)

私の方は勿論、相手の男も、その名前にちっとも覚えがないというのです。

(ばかばかしくなって、わたしたちはおおごえをあげてわらいだしました。すると、)

馬鹿馬鹿しくなって、私達は大声を上げて笑い出しました。すると、

(するとですね。あいてのおとこの、つまりたなかさぶろうのそのわらいがおが、)

するとですね。相手の男の、つまり田中三良のその笑い顔が、

(ふとわたしのちゅういをひいたのです。おかしなことには、わたしまでが、なんだかかれに)

ふと私の注意を惹いたのです。おかしなことには、私までが、何だか彼に

(みおぼえがあるようなきがしだしたのです。しかも、それがごくしたしいきゅうちに)

見覚えがある様な気がし出したのです。しかも、それがごく親しい旧知に

(でもめぐりあったように、みょうになつかしいかんじなんですね。)

でも廻り合った様に、妙に懐かしい感じなんですね。

(そこで、とつぜんわらいをとめて、もういちどそのたなかとなのるおとこのかおを、)

そこで、突然笑いを止めて、もう一度その田中と名乗る男の顔を、

(つくづくながめたわけですが、どうじにたなかのほうでも、ぴったりとわらいをおさめ、)

つくづく眺めた訳ですが、同時に田中の方でも、ピッタリと笑を納め、

(やっぱりわらいごとじゃないといったひょうじょうなんです。これがほかのときだったら、)

やっぱり笑い事じゃないといった表情なんです。これが外の時だったら、

(それいじょうはなしをすすめないでわかれておわったことでしょうが、いまいうしつぎょうじだいで、)

それ以上話を進めないで別れて了ったことでしょうが、今云う失業時代で、

(たいくつでこまっていたさいですし、じこうはのんびりとしたはるなんです。)

退屈で困っていた際ですし、時候はのんびりとした春なんです。

(それに、みたところわたしよりもふうていのととのったわかいおとことはなすことは、)

それに、見た所私よりも風体のととのった若い男と話すことは、

(わるいきもちもしないものですから、まあひまつぶしといったあんばいで、)

悪い気持もしないものですから、まあひまつぶしといった鹽梅で、

(へんてこなかいわをつづけていきました。こういうぐあいにね。)

変てこな会話を続けていきました。こういう工合にね。

(「みょうですね。おはなししてるうちに、わたしもなんだかあなたをみたことがあるような)

「妙ですね。お話ししてる内に、私も何だかあなたを見たことがある様な

(きがしてきましたよ」これはわたしです。「そうでしょう。やっぱりそうなんだ。)

気がして来ましたよ」これは私です。「そうでしょう。やっぱりそうなんだ。

(しかもみちでゆきちがったというような、ちょっとかおをあわせたくらいのとこじゃありませんよ、)

しかも道で行違ったという様な、一寸顔を合せた位のとこじゃありませんよ、

(たしかに」「そうかもしれませんね。あなたおくにはどちらです」)

確に」「そうかも知れませんね。あなたお国はどちらです」

(「みえけんです。さいきんはじめてこちらへでてきまして、いまつとめぐちをさがしているような)

「三重県です。最近始めてこちらへ出て来まして、今勤め口を探している様な

など

(わけです」してみると、かれもやっぱりいっしゅのしつぎょうしゃなんですね。)

訳です」して見ると、彼もやっぱり一種の失業者なんですね。

(「わたしはとうきょうのものなんだが、で、ごじょうきょうなすったのはいつごろなんです」)

「私は東京の者なんだが、で、御上京なすったのはいつ頃なんです」

(「まだひとつきばかりしかたちません」「そのあいだにどっかでおあいしたのかも)

「まだ一月ばかりしか立ちません」「その間にどっかでお逢いしたのかも

(しれませんね」「いえ、そんなきのうきょうのことじゃないのですよ。)

知れませんね」「いえ、そんな昨日今日のことじゃないのですよ。

(たしかにすうねんまえから、あなたのもっとおわかいじぶんからしってますよ」)

確に数年前から、あなたのもっとお若い時分から知ってますよ」

(「そう、わたしもそんなきがする。みえけんと。わたしはいったいりょこうぎらいで、わかいじぶんから)

「そう、私もそんな気がする。三重県と。私は一体旅行嫌いで、若い時分から

(とうきょうをはなれたことはほとんどないのですが、ことにみえけんなんてかみがただという)

東京を放れたことは殆どないのですが、殊に三重県なんて上方だという

(ことをしっているくらいで、はっきりちりもわきまえないしまつですから、おくにであった)

ことを知っている位で、はっきり地理も弁えない始末ですから、お国で逢った

(はずはなし、あなたもとうきょうははじめてだといいましたね」「はこねからこっちは、)

筈はなし、あなたも東京は始めてだと云いましたね」「箱根からこっちは、

(ほんとうにはじめてなんです。おおさかできょういくをうけて、これまであちらではたらいて)

本当に始めてなんです。大阪で教育を受けて、これまであちらで働いて

(いたものですから」「おおさかですか、おおさかならいったことがある。)

いたものですから」「大阪ですか、大阪なら行ったことがある。

(でも、もうじゅうねんもまえになるけれど」「それじゃおおさかでもありませんよ。)

でも、もう十年も前になるけれど」「それじゃ大阪でもありませんよ。

(わたしはしちねんまえまで、つまりちゅうがくをでるまでくににいたのですから」)

私は七年前まで、つまり中学を出るまで国にいたのですから」

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