「モノグラム」7 江戸川乱歩

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タグ小説 長文
江戸川乱歩の小説「モノグラム」です。
今はあまり使われていない漢字や、読み方、表現などがありますが、原文のままです。

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問題文

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(そんなことわりをいったあとで、たなかはつくえのひきだしから、ひとつのしなものをとりだして、)

そんな断りを云ったあとで、田中は机の抽斗から、一つの品物を取出して、

(「これをごぞんじじゃないでしょうか」というのです。みると、それはなまめかしい)

「これを御存じじゃないでしょうか」というのです。見ると、それは艶かしい

(かいちゅうかがみなんですね。だいぶりゅうこうおくれのしなではありましたが、なかなかりっぱな、)

懐中鏡なんですね。大分流行遅れの品ではありましたが、なかなか立派な、

(わかいおんなのもっていたらしいものでした。わたしがいっこうしらないとこたえますと、)

若い女の持っていたらしいものでした。私が一向知らないと答えますと、

(「でも、これだけはごぞんじでしょうね」たなかはそういって、なんだかいみありげに)

「でも、これ丈は御存じでしょうね」田中はそういって、何だか意味ありげに

(わたしのかおをながめながら、そのふたつおりのかいちゅうかがみをひらき、しおぜらしいきれじに)

私の顔を眺めながら、その二つ折りの懐中鏡を開き、鹽瀬らしいきれ地に

(はめこみになったかがみを、きようにぬきだすと、そのうしろにかくされていたいちまいの)

はめ込みになった鏡を、器用に抜き出すと、そのうしろに隠されていた一枚の

(しゃしんをとりだして、わたしのまえにつきつけたものです。それが、おどろいたことには、)

写真を取り出して、私の前につきつけたものです。それが、驚いたことには、

(わたしじしんのわかいじぶんのしゃしんだったではありませんか。「このかいちゅうかがみはわたしの)

私自身の若い時分の写真だったではありませんか。「この懐中鏡は私の

(しんだあねのかたみです。そのしんだあねというのが、いまいったきたがわすみこ)

死んだ姉の形見です。その死んだ姉というのが、今云った北川すみ子

(なのですよ。びっくりなさるのはごもっともですが、じつはこういうわけなんです」)

なのですよ。びっくりなさるのは御尤もですが、実はこういう訳なんです」

(そこでたなかのせつめいをききますと、かれのあねのすみこは、あるじじょうのために)

そこで田中の説明を聞きますと、彼の姉のすみ子は、ある事情の為に

(ちいさいじぶんから、とうきょうのきたがわけにようじょになっていて、そこからばつばつじょがっこうにも)

小さい時分から、東京の北川家に養女になっていて、そこから××女学校にも

(かよわせてもらったのですが、かのじょがじょがっこうをそつぎょうするかしないに、きたがわけに)

通わせて貰ったのですが、彼女が女学校を卒業するかしないに、北川家に

(ひじょうなふこうがおこり、やむをえずきょうりのじっかに、つまりたなかのいえにひきとられて、)

非常な不幸が起り、止むを得ず郷里の実家に、つまり田中の家に引取られて、

(それからしばらくすると、かのじょはけっこんもしないうちにびょうきがでてしんでしまったと)

それから暫くすると、彼女は結婚もしない内に病気が出て死んで了ったと

(いうのです。わたしもわたしのかないも、うかつにも、そうしたできごとをすこしもしらないで)

いうのです。私も私の家内も、迂闊にも、そうした出来事を少しも知らないで

(いたのですね。じつにいがいなはなしでした。で、そのすみこがのこしていったもちものの)

いたのですね。実に意外な話でした。で、そのすみ子が残して行った持物の

(なかに、ひとつのちいさなてぶんこがあって、なかにはおんならしくこまごましたしなものが)

中に、一つの小さな手文庫があって、中には女らしくこまごました品物が

(いっぱいはいっていたそうですが、それをたなかはあねのかたみとしてたいせつにほぞんしていた)

一杯這入っていた相ですが、それを田中は姉の形見として大切に保存していた

など

(わけです。「このしゃしんにきがついたのは、あねがしんでからいちねんいじょうもたった)

訳です。「此写真に気がついたのは、姉が死んでから一年以上もたった

(じぶんでした」たなかがいうのですね。「こうしてかいちゅうかがみのうらにかくして)

時分でした」田中が云うのですね。「こうして懐中鏡の裏に隠して

(あるのですから、ちょっとわかりません。そのときはなんでも、ひまにあかして、)

あるのですから、一寸分りません。その時は何でも、ひまにあかして、

(てぶんこのなかのしなものをけんさしていたのですが、このかいちゅうかがみをひねくりまわして)

手文庫の中の品物を検査していたのですが、この懐中鏡をひねくり廻して

(いるうちに、ひょこりひみつをはっけんしてしまったのです。で、ゆうべねどこのなかで)

いる内に、ヒョコリ秘密を発見して了ったのです。で、昨夜寝床の中で

(そのしゃしんのことをおもいだし、それですっかりぎもんがとけたわけでした。)

その写真のことを思い出し、それですっかり疑問が解けた訳でした。

(なぜといって、わたしはそのあともおりがあるごとにこのあなたのしゃしんをぬきだして、)

なぜといって、私はその後も折がある毎にこのあなたの写真を抜き出して、

(しんだあねのことをおもいうかべていたのですから、あなたというひとは、)

死んだ姉のことを思い浮かべていたのですから、あなたという人は、

(わたしにとってはわすれることのできない、ふかいおなじみにそういないのです。)

私にとっては忘れることの出来ない、深いお馴染みに相違ないのです。

(せんじつおあいしたときには、それをどうわすれして、しゃしんではなくじつぶつのあなたに)

先日御逢いした時には、それを銅忘れして、写真ではなく実物のあなたに

(みおぼえがあるようにおもいちがえたわけなのです。またあなたにしても」)

見覚えがある様に思い違えた訳なのです。又あなたにしても」

(たなかはにやにやわらうのですね「しゃしんまでやったおんなのかおをおわすれになるはずはなく、)

田中はニヤニヤ笑うのですね「写真までやった女の顔を御忘れになる筈はなく、

(そのおんなのおとうとのことですから、わたしのあねのおもかげがあって、それをやっぱりいぜんに)

その女の弟のことですから、私の姉の面影があって、それをやっぱり以前に

(あったようにごかいなすったのではありますまいか」)

逢った様に誤解なすったのではありますまいか」

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