あばばばば 1/3

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投稿者投稿者鳴きウサギ(鹿の声)いいね3お気に入り登録
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芥川龍之介
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 7113 7.2 98.4% 733.7 5305 86 83 2024/08/13
2 てんぷり 5260 B++ 5.5 94.6% 942.1 5256 300 83 2024/09/28
3 kei 4085 C 4.3 94.3% 1226.7 5332 320 83 2024/09/17
4 ねね 3748 D+ 3.8 97.0% 1384.5 5355 165 83 2024/09/26

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問題文

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(やすきちはずっといぜんからこのみせのしゅじんをみしっている。)

保吉はずつと以前からこの店の主人を見知つてゐる。

(ずっといぜんから、ーーあるいはあのかいぐんのがっこうへふにんしたとうじつだったかもしれない。)

ずつと以前から、ーー或はあの海軍の学校へ赴任した当日だつたかも知れない。

(かれはふとこのみせへまっちをひとつかいにはいった。みせにはちいさいかざりまどがあり、)

彼はふとこの店へマツチを一つ買ひにはひつた。店には小さい飾り窓があり、

(まどのなかにはたいしょうばたをかかげたぐんかんみかさのもけいのまわりにきゅらそおのびんだの)

窓の中には大将旗を掲げた軍艦三笠の模型のまはりにキユラソオの壜だの

(ここあのかんだのほしぶどうのはこだのがならべてある。が、のきさきに「たばこ」とぬいた)

ココアの罐だの干し葡萄の箱だのが並べてある。が、軒先に「たばこ」と抜いた

(あかぬりのかんばんがでているから、もちろんまっちもうらないはずはない。かれはみせを)

赤塗りの看板が出てゐるから、勿論マツチも売らない筈はない。彼は店を

(のぞきこみながら、「まっちをひとつくれたまえ」といった。みせさきにはたかいかんじょうだいの)

覗きこみながら、「マツチを一つくれ給へ」と云つた。店先には高い勘定台の

(うしろにわかいすがめのおとこがひとり、つまらなそうにたたずんでいる。それがかれのかおをみると、)

後ろに若い眇の男が一人、つまらなさうに佇んでゐる。それが彼の顔を見ると、

(そろばんをたてにかまえたまま、にこりともせずにへんじをした。)

算盤を竪に構へたまま、にこりともせずに返事をした。

(「これをおもちなさい。あいにくまっちをきらしましたから。」)

「これをお持ちなさい。生憎マツチを切らしましたから。」

(おもちなさいというのはたばこにそえるいちばんこがたのまっちである。)

お持ちなさいと云ふのは煙草に添へる一番小型のマツチである。

(「もらうのはきのどくだ。じゃあさひをひとつくれたまえ。」)

「貰ふのは気の毒だ。ぢや朝日を一つくれ給へ。」

(「なに、かまいません。おもちなさい。」)

「何、かまひません。お持ちなさい。」

(「いや、まああさひをくれたまえ。」)

「いや、まあ朝日をくれ給へ。」

(「おもちなさい。これでよろしけりゃ、ーーいらぬものをおかいになるには)

「お持ちなさい。これでよろしけりや、ーー入らぬ物をお買ひになるには

(およばないです。」)

及ばないです。」

(すがめのおとこのいうことはしんせつづくなのにはちがいない。が、そのこえやかおいろはどうにも)

眇の男の云ふことは親切づくなのには違ひない。が、その声や顔色は如何にも

(ぶあいそうをきわめている。すなおにもらうのはいまいましい。といってみせをとびだすのは)

無愛想を極めてゐる。素直に貰ふのは忌いましい。と云つて店を飛び出すのは

(たしょうあいてにきのどくである。やすきちはやむをえずかんじょうだいのうえへいっせんのどうかを)

多少相手に気の毒である。保吉はやむを得ず勘定台の上へ一銭の銅貨を

(いちまいだした。)

一枚出した。

など

(「じゃそのまっちをふたつくれたまえ。」)

「ぢやそのマツチを二つくれ給へ。」

(「ふたつでもみっつでもおもちなさい。ですがだいはいりません。」)

「二つでも三つでもお持ちなさい。ですが代は入りません。」

(そこへさいわいとぐちにさげたきんせんさいだあのぽすたあのかげから、こぞうがひとり)

其処へ幸ひ戸口に下げた金線サイダアのポスタアの蔭から、小僧が一人

(くびをだした。これはひょうじょうのもうろうとした、にきびだらけのこぞうである。)

首を出した。これは表情の朦朧とした、面皰だらけの小僧である。

(「だんな、まっちはここにありますぜ。」)

「檀那、マツチは此処にありますぜ。」

(やすきちはないしんがいかをあげながら、おおがたのまっちをひとはこかった。だいはもちろんいっせん)

保吉は内心凱歌を挙げながら、大型のマツチを一箱買つた。代は勿論一銭

(である。しかしかれはこのときほど、まっちのうつくしさをかんじたことはない。ことに)

である。しかし彼はこの時ほど、マツチの美しさを感じたことはない。殊に

(さんかくのなみのうえにほまえせんをうかべたしょうひょうはがくぶちへいれてもいいくらいである。かれは)

三角の波の上に帆前船を浮べた商標は額縁へ入れても好い位である。彼は

(ずぼんのぽけっとのそこへちゃんとそのまっちをおとしたあと、とくとくとこのみせを)

ズボンのポケツトの底へちやんとそのマツチを落した後、得々とこの店を

(うしろにした。・・・・・・)

後ろにした。……

(やすきちははんとしばかり、がっこうへかようおうふくにたびたびこのみせへかいものによった。)

保吉は爾来半年ばかり、学校へ通ふ往復に度たびこの店へ買ひ物に寄つた。

(もういまではめをつぶっても、はっきりこのみせをおもいだすことができる。てんじょうの)

もう今では目をつぶつても、はつきりこの店を思ひ出すことが出来る。天井の

(はりからぶらさがったのはかまくらのはむにちがいない。らんまのいろがらすはしっくいぬりのかべへ)

梁からぶら下つたのは鎌倉のハムに違ひない。欄間の色硝子は漆喰塗りの壁へ

(みどりいろのひのひかりをうつしている。いたばりのゆかにちらかったのはこんでんすど・)

緑色の日の光を映してゐる。板張りの床に散らかつたのはコンデンスド・

(みるくのこうこくであろう。しょうめんのはしらにはとけいのしたにおおきいひごよみがかかっている。)

ミルクの広告であらう。正面の柱には時計の下に大きい日暦がかかつてゐる。

(そのほかかざりまどのなかのぐんかんみかさも、きんせんさいだあのぽすたあも、いすも、でんわも、)

その外飾り窓の中の軍艦三笠も、金線サイダアのポスタアも、椅子も、電話も、

(じてんしゃも、すこっとらんどのういすきいも、あめりかのほしぶどうも、まにらの)

自転車も、スコツトランドのウイスキイも、アメリカの乾し葡萄も、マニラの

(はまきも、えぢぷとのかみまきも、くんせいのにしんも、ぎゅうにくのやまとにも、ほとんどみおぼえのない)

葉巻も、エヂプトの紙巻も、燻製の鰊も、牛肉の大和煮も、殆ど見覚えのない

(ものはない。ことにたかいかんじょうだいのうしろにぶっちょうづらをさらしたしゅじんはあきあきするほど)

ものはない。殊に高い勘定台の後ろに仏頂面を曝した主人は飽き飽きするほど

(みなれている。いや、みなれているばかりではない。かれはいかにせきをするか、)

見慣れてゐる。いや、見慣れてゐるばかりではない。彼は如何に咳をするか、

(いかにこぞうにめいれいをするか、ここあをひとかんかうにしても、「fryよりは)

如何に小僧に命令をするか、ココアを一罐買ふにしても、「Fryよりは

(こちらになさい。これはおらんだのdrosteです」などと、いかにきゃくを)

こちらになさい。これはオランダのDrosteです」などと、如何に客を

(なやませるか、ーーしゅじんのいっきょいちどうさえことごとくとうにこころえている。こころえているのは)

悩ませるか、ーー主人の一挙一動さへ悉くとうに心得てゐる。心得てゐるのは

(わるいことではない。しかしたいくつなことはじじつである。やすきちはときどきこのみせへ)

悪いことではない。しかし退屈なことは事実である。保吉は時々この店へ

(くると、みょうにきょうしをしているのもひさしいものだなとかんがえたりした。(そのくせ)

来ると、妙に教師をしてゐるのも久しいものだなと考へたりした。(その癖

(まえにもいったとおり、かれのきょうしのせいかつはまだいちねんにもならなかったのである!))

前にも云つた通り、彼の教師の生活はまだ一年にもならなかつたのである!)

(けれどもばんぽうをしはいするへんかはやはりこのみせにもおこらずにはすまない。やすきちは)

けれども万法を支配する変化はやはりこの店にも起らずにはすまない。保吉は

(あるしょかのあさ、このみせへたばこをかいにはいった。みせのなかはふだんのとおりである。)

或初夏の朝、この店へ煙草を買ひにはひつた。店の中はふだんの通りである。

(みずをうったゆかのうえにこんでんすど・みるくのこうこくのちらかっていることもかわりは)

水を撒つた床の上にコンデンスド・ミルクの広告の散らかつてゐることも変りは

(ない。が、あのすがめのしゅじんのかわりにかんじょうだいのうしろにすわっているのはせいようがみにゆった)

ない。が、あの眇の主人の代りに勘定台の後ろに坐つてゐるのは西洋髪に結つた

(おんなである。としはやっとじゅうくくらいであろう。enfaceにみたかおはねこに)

女である。年はやつと十九位であらう。En faceに見た顔は猫に

(にている。ひのひかりにずっとめをほそめた、ひとすじもまじりけのないしろねこににている。)

似てゐる。日の光にずつと目を細めた、一筋もまじり毛のない白猫に似てゐる。

(やすきちはおやとおもいながら、かんじょうだいのまえへあゆみよった。)

保吉はおやと思ひながら、勘定台の前へ歩み寄つた。

(「あさひをふたつくれたまえ。」)

「朝日を二つくれ給へ。」

(「はい。」)

「はい。」

(おんなのへんじははずかしそうである。のみならずだしたのもあさひではない。ふたつとも)

女の返事は羞かしさうである。のみならず出したのも朝日ではない。二つとも

(はこのうらがわにきょくじつきをえがいたみかさである。やすきちはおもわずたばこからおんなのかおへめを)

箱の裏側に旭日旗を描いた三笠である。保吉は思はず煙草から女の顔へ目を

(うつした。どうじにまたおんなのはなのしたにながいねこのひげをそうぞうした。)

移した。同時に又女の鼻の下に長い猫の髭を想像した。

(「あさひを、ーーこりゃあさひじゃない。」)

「朝日を、ーーこりや朝日ぢやない。」

(「あら、ほんとうに。ーーどうもすみません。」)

「あら、ほんたうに。ーーどうもすみません。」

(ねこーーいや、おんなはあかいかおをした。このしゅんかんのかんじょうのへんかはしょうしんしょうめいにむすめじみ)

猫ーーいや、女は赤い顔をした。この瞬間の感情の変化は正真正銘に娘じみ

(ている。それもとうせいのおじょうさんではない。ごろくねんらいあとをたったけんゆうしゃしゅみのむすめ)

てゐる。それも当世のお嬢さんではない。五六年来迹を絶つた硯友社趣味の娘

(である。やすきちはばらせんをさぐりながら、「たけくらべ」、つばくろぐちのふろしきづつみ、)

である。保吉はばら銭を探りながら、「たけくらべ」、乙鳥口の風呂敷包み、

(かきつばた、りょうごく、かぶらぎきよかた、ーーそのほかいろいろのものをおもいだした。おんなはもちろん)

燕子花、両国、鏑木清方、ーーその外いろいろのものを思ひ出した。女は勿論

(このかんもかんじょうだいのしたをのぞきこんだなり、いっしょうけんめいにあさひをさがしている。)

この間も勘定台の下を覗きこんだなり、一生懸命に朝日を捜してゐる。

(するとおくからでてきたのはれいのすがめのしゅじんである。しゅじんはみかさをひとめみると、)

すると奥から出て来たのは例の眇の主人である。主人は三笠を一目見ると、

(たいていようすをさっしたらしい。きょうもあいかわらずにがりきったまま、かんじょうだいのしたへてを)

大抵容子を察したらしい。けふも不相変苦り切つたまま、勘定台の下へ手を

(いれるがはやいか、あさひをふたつやすきちへわたした。しかしそのめにはかすかにもしろ、)

入れるが早いか、朝日を二つ保吉へ渡した。しかしその目にはかすかにもしろ、

(ほほえみらしいものがうごいている。)

頬笑みらしいものが動いてゐる。

(「まっちは?」)

「マツチは?」

(おんなのめもまたねことすれば、のどをならしそうにこびをおびている。しゅじんはへんじをする)

女の目も亦猫とすれば、喉を鳴らしさうに媚を帯びてゐる。主人は返事をする

(かわりにちょいとただてんとうした。おんなはとっさに(!)かんじょうだいのうえへこがたのまっちをひとつ)

代りにちよいと唯点頭した。女は咄嗟に(!)勘定台の上へ小型のマツチを一つ

(だした。それからーーもういちどはずかしそうにわらった。)

出した。それからーーもう一度羞しさうに笑つた。

(「どうもすみません。」)

「どうもすみません。」

(すまないのはなにもあさひをださずにみかさをだしたばかりではない。やすきちはふたりを)

すまないのは何も朝日を出さずに三笠を出したばかりではない。保吉は二人を

(みくらべながら、かれじしんもいつかびしょうしたのをかんじた。)

見比べながら、彼自身もいつか微笑したのを感じた。

(おんなはそのごいつきてみても、かんじょうだいのうしろにすわっている。もっともいまではさいしょのよう)

女はその後いつ来て見ても、勘定台の後ろに坐つてゐる。尤も今では最初のやう

(にせいようがみなどにはゆっていない。ちゃんとあかいてがらをかけた、おおきいまるまげに)

に西洋髪などには結つてゐない。ちやんと赤い手絡をかけた、大きい円髷に

(かわっている。しかしきゃくにたいするたいどはあいかわらずみょうにういういしい。おうたいは)

変つてゐる。しかし客に対する態度は不相変妙にうひうひしい。応対は

(つかえる。しなものはまちがえる。おまけにときどきはあかいかおをする。ーーぜんぜんおかみさん)

つかへる。品物は間違へる。おまけに時々は赤い顔をする。ーー全然お上さん

(らしいおもかげはみえない。やすきちはだんだんこのおんなにあるこういをかんじだした。)

らしい面影は見えない。保吉はだんだんこの女に或好意を感じ出した。

(といってもれんあいにおちたわけではない。ただいかにもひとなれないところにきがるいなつかしみを)

と云つても恋愛に落ちた訣ではない。唯如何にも人慣れない所に気軽い懐しみを

(かんじだしたのである。)

感じ出したのである。

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