陰翳礼讃 3

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プレイ回数462難易度(4.5) 3106打 長文
谷崎潤一郎
現代では不適切な言葉を含みます。

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(すでにあんどんしきのでんとうがはやりだしてきたのは、われわれがいっときわすれていた)

既に行燈式の電燈が流行り出して来たのは、われ/\が一時忘れていた

(「かみ」というもののもつやわらかみとあたたかみにふたたびめざめたけっかであり、)

「紙」と云うものの持つ柔かみと温かみに再び眼ざめた結果であり、

(それのほうががらすよりもにほんかおくにてきすることをみとめてきたしょうこであるが、)

それの方がガラスよりも日本家屋に適することを認めて来た証拠であるが、

(べんきやすとーヴは、いまもってしっくりちょうわするようなけいしきのものがうりだされて)

便器やストーヴは、今以てしっくり調和するような形式のものが売り出されて

(いない。だんぼうはわたしがこころみたようにろのなかへでんきたんをしこむのが)

いない。煖房は私が試みたように炉の中へ電気炭を仕込むのが

(いちばんいいようにおもうけれども、かかるかんたんなくふうをすらほどこそうとするものがなく、)

一番いゝように思うけれども、かゝる簡単な工夫をすら施そうとする者がなく、

((ひんじゃくなでんきひばちというものはあるが、あれはだんぼうのようをなさないこと、)

(貧弱な電気火鉢と云うものはあるが、あれは煖房の用をなさないこと、

(ふつうのひばちとおなじである)できあいのしなといえば、みなあのぶかっこうな)

普通の火鉢と同じである)出来合いの品と云えば、皆あの不恰好な

(せいようふうのだんろである。が、こういうさまつないしょくじゅうのしゅみについてあれこれと)

西洋風の煖炉である。が、こう云う些末な衣食住の趣味について彼れ此れと

(きをつかうのはぜいたくである。かんしょやきがをしのぐにさえたりればようしきなどはとうところで)

気を遣うのは贅沢である。寒暑や飢餓を凌ぐにさえ足りれば様式などは問う所で

(ないというひともあろう。じじつ、いくらやせがまんをしてみても)

ないと云う人もあろう。事実、いくら痩せ我慢をしてみても

(「ゆきのふるひはさむくこそあれ」でがんぜんにべんりなきぐがあれば、ふうりゅうぶふうりゅうを)

「雪の降る日は寒くこそあれ」で眼前に便利な器具があれば、風流不風流を

(ろんじているひまはなく、とうとうとしてそのおんたくによくするきになるのは、)

論じている暇はなく、滔々としてその恩沢に浴する気になるのは、

(やむをえないすうせいであるけれども、わたしはそれをみるにつけても、もしとうように)

已むを得ない趨勢であるけれども、私はそれを見るにつけても、もし東洋に

(せいようとはぜんぜんべっこの、どくじのかがくぶんめいがはったつしていたならば、どんなに)

西洋とは全然別箇の、独自の科学文明が発達していたならば、どんなに

(われわれのしゃかいのありさまがこんにちとはちがったものになっていたであろうか、)

われ/\の社会の有様が今日とは違ったものになっていたであろうか、

(ということをつねにかんがえさせられるのである。たとえば、もしわれわれが)

と云うことを常に考えさせられるのである。たとえば、もしわれ/\が

(われわれどくじのぶつりがくをゆうし、かがくをゆうしていたならば、それにもとづくぎじゅつや)

われ/\独自の物理学を有し、化学を有していたならば、それに基づく技術や

(こうぎょうもまたおのずからべつようのはってんをとげ、にちようひゃっぱんのきかいでも、やくひんでも、)

工業もまた自ら別様の発展を遂げ、日用百般の機械でも、薬品でも、

(こうげいひんでも、もっとわれわれのこくみんせいにがっちするようなものが)

工藝品でも、もっとわれ/\の国民性に合致するような物が

など

(うまれてはいなかったであろうか。いや、おそらくは、ぶつりがくそのもの、)

生れてはいなかったであろうか。いや、恐らくは、物理学そのもの、

(かがくそのもののげんりさえも、せいようじんのみかたとはちがったみかたをし、こうせんとか、)

化学そのものの原理さえも、西洋人の見方とは違った見方をし、光線とか、

(でんきとか、げんしとかのほんしつやせいのうについても、いまわれわれが)

電気とか、原子とかの本質や性能についても、今われ/\が

(おしえられているようなものとは、ことなったすがたをろていしていたかもしれないと)

教えられているようなものとは、異った姿を露呈していたかも知れないと

(おもわれる。わたしにはそういうがくりてきのことはわからないから、ただぼんやりと)

思われる。私にはそう云う学理的のことは分らないから、たゞぼんやりと

(そんなそうぞうをたくましゅうするだけであるが、しかしすくなくとも、)

そんな想像を逞しゅうするだけであるが、しかし少くとも、

(じつようほうめんのはつめいがどくそうてきのほうこうをたどっていたとしたならば、いしょくじゅうのようしきは)

実用方面の発明が独創的の方向を辿っていたとしたならば、衣食住の様式は

(もちろんのこと、ひいてはわれらのせいじや、しゅうきょうや、げいじゅつや、じつぎょうなどのけいたいにも)

勿論のこと、引いてはわれらの政治や、宗教や、藝術や、実業等の形態にも

(それがこうはんなえいきょうをおよぼさないはずはなく、とうようはとうようでべっこのけんこんをだかいした)

それが廣汎な影響を及ぼさない筈はなく、東洋は東洋で別箇の乾坤を打開した

(であろうことは、よういにすいそくしえられるのである。ひきんなれいをとってみると、)

であろうことは、容易に推測し得られるのである。卑近な例を取ってみると、

(わたしはかつて「ぶんげいしゅんじゅう」にまんねんひつともうひつとのひかくをかいたが、)

私はかつて「文藝春秋」に万年筆と毛筆との比較を書いたが、

(かりにまんねんひつというものをむかしのにほんじんかしなじんがこうあんしたとしたならば、)

仮りに万年筆と云うものを昔の日本人か支那人が考案したとしたならば、

(かならずほさきをぺんにしないでもうひつにしたであろう。そしていんきもああいう)

必ず穂先をペンにしないで毛筆にしたであろう。そしてインキもあゝ云う

(あおいいろでなく、ぼくじゅうにちかいえきたいにして、それがじくからけのほうへにじみでるように)

青い色でなく、墨汁に近い液体にして、それが軸から毛の方へ滲み出るように

(くふうしたであろう。さすれば、かみもせいようしのようなものではふべんであるから、)

工夫したであろう。さすれば、紙も西洋紙のようなものでは不便であるから、

(たいりょうせいさんでせいぞうするとしても、わしににたししつのもの、)

大量生産で製造するとしても、和紙に似た紙質のもの、

(かいりょうばんしのようなものがもっともようきゅうされたであろう。)

改良半紙のようなものが最も要求されたであろう。

(かみやぼくじゅうやもうひつがそういうふうにはったつしていたら、ぺんやいんきが)

紙や墨汁や毛筆がそう云う風に発達していたら、ペンやインキが

(きょうのごときりゅうこうをみることはなかったであろうし、したがってまたろーまじろんなどが)

今日の如き流行を見ることはなかったであろうし、従ってまたローマ字論などが

(はばをきかすこともできまいし、かんじやかなもじにたいするいっぱんのあいちゃくも)

幅を利かすことも出来まいし、漢字や仮名文字に対する一般の愛着も

(つよかったであろう。いや、そればかりでない、われらのしそうやぶんがくさえも、)

強かったであろう。いや、そればかりでない、我等の思想や文学さえも、

(あるいはこうまでせいようをもほうせず、もっとどくそうてきなしんてんちへ)

或はこうまで西洋を模倣せず、もっと独創的な新天地へ

(つきすすんでいたかもしれない。かくかんがえてくると、ささいなぶんぼうぐではあるが、)

突き進んでいたかも知れない。かく考えて来ると、些細な文房具ではあるが、

(そのえいきょうのおよぶところはむへんさいにおおきいのである。)

その影響の及ぶところは無辺際に大きいのである。

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