『秋草の顆』佐左木俊郎2【完】

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プレイ回数384難易度(4.5) 4469打 長文
社交的な人とコミュ障が惹かれ合うと…
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております

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問題文

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(わたしとなんじかんものあいだ、むきあっていても、たがいにことばをかけあわないのは)

私と何時間もの間、向き合っていても、互いに言葉をかけ合わないのは

(もちろんであったが、わたしのつまがはなしかけることがあるとかれは、)

もちろんであったが、私の妻が話しかけることがあると彼は、

(しゅうし「いいえ」と「はい」とだけでおしとおすのであった。)

終始「いいえ」と「はい」とだけで押し通すのであった。

(つまが「たかしさんのしゃつはまっくろじゃないの。おぬぎなさい」といっても、)

妻が「タカシさんのシャツは真っ黒じゃないの。お脱ぎなさい」と言っても、

(かれは「かわりのしゃつがないんです」とはいうことができないのだ。)

彼は「代わりのシャツが無いんです」とは言うことが出来ないのだ。

(かおをあかくしてがくせいふくのぼたんをはずしたりかけたりしているだけなのだ。)

顔を赤くして学生服のボタンを外したりかけたりしているだけなのだ。

(そしてつまがわたしのふるいしゃつをだしてやると、はじめてはだかになるという)

そして妻が私の古いシャツを出してやると、始めて裸になるという

(しまつであった。つまはしばしば「あなたたち、いとこどうしなら)

始末であった。妻はしばしば「あなた達、いとこ同士なら

(ときどきはなにかいうものよ。まったくことばをはっすることができないひとだって、)

時々はなにか言うものよ。まったく言葉を発することができない人だって、

(いとこどうしなら、てまねでかたりあっているわよ」というような)

いとこ同士なら、手真似で語り合っているわよ」というような

(ひなんをあびせるのであった。わたしとたかしとが、ひどくめんくらわせされたのは、)

非難をあびせるのであった。私とタカシとが、ひどく面食らわせされたのは、

(つまのめいのさだこであった。さだこは、たかしよりもやくはんとしほどあとから)

妻の姪の貞子であった。貞子は、タカシよりも約半年ほど後から

(わたしのいえにきて、たかしとおなじようにわたしのいえからじょがっこうへかようことになった)

私の家に来て、タカシと同じように私の家から女学校へ通うことになった

(のであるが、じゅうななさいというのにわたしのまえへきて)

のであるが、十七歳というのに私の前へ来て

(「おじさま。では、どうぞおねがいいたします」というのである。)

「叔父様。では、どうぞお願いいたします」と言うのである。

(わたしは、このあとのことばをよういしていなかった。そのとっさのあいだに、)

私は、このあとの言葉を用意していなかった。そのとっさの間に、

(なにかいおうとかんがえたが、のどのおくのほうで「う、う、あ」というように、)

なにか言おうと考えたが、のどの奥の方で「う、う、あ」というように、

(けっきょくはのどをならしただけであかくなってしまった。)

結局はのどを鳴らしただけで赤くなってしまった。

(ちょうどそのとき、うんわるくたかしもわたしのそばにおり、)

ちょうどその時、運悪くタカシも私のそばにおり、

(さだこはたかしのまえでおじぎし「どうぞよろしくおねがいいたします」と)

貞子はタカシの前でお辞儀し「どうぞよろしくお願いいたします」と

など

(あいさつをした。たかしはまっかになって、なんかいもあたまをさげるようにしながら)

挨拶をした。タカシは真っ赤になって、何回も頭を下げるようにしながら

(「はい」とあいさつをかえした。さだこはきゅうにわらいだしてしまって)

「ハイ」と挨拶を返した。貞子は急に笑い出してしまって

(「あら。はいだって。おかしいわ。ねえ、おじさま」というのである。)

「あら。ハイだって。おかしいわ。ねえ、叔父様」と言うのである。

(わたしとたかしは、このくちがたっしゃなさだこに、すっかりよわらされた。)

私とタカシは、この口が達者な貞子に、すっかり弱らされた。

(わたしは、つまとさだこのえいきょうで、たかしのせいかくがすこしずつ)

私は、妻と貞子の影響で、タカシの性格が少しずつ

(かわっていくにちがいないとおもっていた。)

変わっていくに違いないと思っていた。

(さだこは、あさのでかけるときにはかならず「いってまいります」と)

貞子は、朝の出かける時には必ず「行って参ります」と

(おじぎしていうし、かえってくるとまた「ただいまかえりました」と)

お辞儀して言うし、帰ってくるとまた「ただ今帰りました」と

(いうのであるから、たかしもいまにきっとそんなふうになりはしないかと、)

言うのであるから、タカシも今にきっとそんな風になりはしないかと、

(わたしはないしんひどくおそれていた。わたしは、そのあいさつにたいするへんとうにとてもこまるのだ。)

私は内心ひどく恐れていた。私は、その挨拶に対する返答にとても困るのだ。

(つまのきてんで、さだこにたいしてわたしにはあいさつしないようにいいつけていたが、)

妻の気転で、貞子に対して私には挨拶しないように言いつけていたが、

(それでもつまががいしゅつしているときなどは、わたしはひどくへいせいさをうしなうのだった。)

それでも妻が外出している時などは、私はひどく平静さを失うのだった。

(しかし、よくかんがえてみると、わたしたちいっかのもののせいかくのどうこうは、)

しかし、よく考えてみると、私達一家の者の性格の動向は、

(せっきょくてきなつまとさだことのほうへはうごかずに、しょうきょくてきなわたしのせいかくにむけて)

積極的な妻と貞子との方へは動かずに、消極的な私の性格に向けて

(うごいているのであった。いつまでたっても、たかしはいぜんとして)

動いているのであった。いつまでたっても、タカシは依然として

(あいさつをせずにでかけていって、いつのまにかこっそりとかえってきては、)

挨拶をせずに出かけて行って、いつのまにかこっそりと帰ってきては、

(ほんにかじりついているというぐあいだった。そしてだいぶおそくかえってくる)

本にかじりついているという具合だった。そしてだいぶ遅く帰ってくる

(ようなこともたびたびであったが、わたしはもちろんのこと、さいきんはつまも)

ようなことも度々であったが、私はもちろんのこと、最近は妻も

(「どこへいってきたんです」というようなしつもんはしないようになっていた。)

「どこへ行って来たんです」というような質問はしないようになっていた。

(つまのそういうたいどは、さだこにたいしてまでだんだんわたしとおなじようになって)

妻のそういう態度は、貞子に対してまで段々私と同じようになって

(いることがかんじられた。さだこもしばしばおそくなってかえってくるらしいのに、)

いることが感じられた。貞子もしばしば遅くなって帰ってくるらしいのに、

(つまはけっして「どこにいったの」というようなしつもんをしないらしかった。)

妻は決して「どこにいったの」というような質問をしないらしかった。

(それが、たかしのおそいときにかぎって、さだこもまたおそくかえってくるらしいのに、)

それが、タカシの遅い時に限って、貞子もまた遅く帰ってくるらしいのに、

(つまはきがついていたのかどうか、それについてはなんのひとこともきかずに)

妻は気がついていたのかどうか、それについてはなんの一言も聞かずに

(いるらしかった。しょしゅうのばん、わたしはひとりだったので、げんかんにかぎをかけておいた。)

いるらしかった。初秋の晩、私は一人だったので、玄関に鍵をかけておいた。

(たかしもさだこもまだかえってはこなかった。)

タカシも貞子もまだ帰ってはこなかった。

(わたしはそして「たかしとさだこはいったいどこをあるいているのだろう」)

私はそして「タカシと貞子は一体どこを歩いているのだろう」

(というようなことをぼんやりとかんがえていた。くじがすぎてから、)

というようなことをぼんやりと考えていた。九時が過ぎてから、

(どちらかがげんかんをがちゃがちゃとゆすぶった。)

どちらかが玄関をガチャガチャと揺すぶった。

(やがて「だれかあけてちょうだいよ」というさだこのこえがしたので、)

やがて「誰か開けてちょうだいよ」という貞子の声がしたので、

(わたしはたっていってとびらをあけてやったのであるが、)

私は立って行って扉をあけてやったのであるが、

(むろん「どこをあるいていたんだね」などとはきかなかった。)

むろん「どこを歩いていたんだね」などとは聞かなかった。

(ただ、わたしはさだこのくつさきをみただけである。さだこのくつさきは、)

ただ、私は貞子の靴先を見ただけである。貞子の靴先は、

(よつゆのためしっとりとぬれていた。そしてそのうえに、)

夜露の為しっとりと濡れていた。そしてその上に、

(こまかなかっしょくのあきくさのみがいっぱいについていた。)

細かな褐色の秋草の実がいっぱいについていた。

(しょしゅうのこうげんちたいのそうげんのなかをあるくと、きっとくっついてくるみである。)

初秋の高原地帯の草原の中を歩くと、きっとくっついてくる実である。

(わたしはそしてすぐじぶんのしょさいにかえった。たかしはそれからいちじかんほどして)

私はそしてすぐ自分の書斎に帰った。タカシはそれから一時間ほどして

(かえってきた。これはひとばんじゅうよつゆにぬれてたっていようとけっして)

帰って来た。これは一晩中夜露に濡れて立っていようと決して

(「だれかあけてくれ」とこえをかけることのできるせいねんではない。)

「誰かあけてくれ」と声をかけることの出来る青年ではない。

(ただ、むやみとがちゃがちゃさせていた。しかし、さだこはどうしたのか)

ただ、むやみとガチャガチャさせていた。しかし、貞子はどうしたのか

(たってはいかないので、わたしはしかたなくまたたっていってそのとびらをあけた。)

立っては行かないので、私は仕方なくまた立って行ってその扉をあけた。

(そしてわたしはすぐにたかしのくつさきをみつめていた。)

そして私はすぐにタカシの靴先を見つめていた。

(やはりかれのくつさきもつゆでしっとりぬれ、そのうえにあきくさのみが)

やはり彼の靴先も露でしっとり濡れ、その上に秋草の実が

(いっぱいについていた。かっしょくの、だえんけいのはなのような、)

いっぱいについていた。褐色の、楕円形の花のような、

(こまかなこまかなそのみは、さだこのくつさきについていたのと、)

細かな細かなその実は、貞子の靴先についていたのと、

(まったくおなじものであった。おなじくさちからのみであった。)

全く同じものであった。同じ草地からの実であった。

(わたしはひどくあかるい、ほがらかなものをかんじさせられた。)

私はひどく明るい、朗らかなものを感じさせられた。

(そしてわたしははらのそこで「たかしもさだこも、ちゅういしてくつさきをぬぐってかえるものだよ」)

そして私は腹の底で「タカシも貞子も、注意して靴先を拭って帰るものだよ」

(というようなことをいわずにはいられなかった。)

というようなことを言わずにはいられなかった。

(しかし、それはれいによってことばにはならなかった。)

しかし、それは例によって言葉にはならなかった。

(ただひとこと「おそくなりました」とさえいうことのできないたかしにたいして、)

ただ一言「遅くなりました」とさえ言うことの出来ないタカシに対して、

(わたしはもちろん「どこをあるきまわっているんだ」というような)

私はもちろん「どこを歩き回っているんだ」というような

(しつもんのできるにんげんではない。わたしは、いっしょにあるいていたのなら)

質問の出来る人間ではない。私は、一緒に歩いていたのなら

(いっしょにかえってくればいいのにというようなことを)

一緒に帰ってくればいいのにというようなことを

(からだのなかのどこかでつぶやき、このふたりのかんけいになにかしらびしょうをかんじながら)

体の中のどこかでつぶやき、この二人の関係になにかしら微笑を感じながら

(しょさいにもどったのだった。)

書斎に戻ったのだった。

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