『赤い魚と子供』小川未明1【完】
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問題文
(かわのなかに、さかながすんでいました。はるになると、いろいろなはながかわのほとりに)
川の中に、魚が住んでいました。春になると、色々な花が川のほとりに
(さきました。きのえだをかわのうえにひろげて、そのえださきにさいたまっかなはなや、)
咲きました。木の枝を川の上にひろげて、その枝先に咲いた真っ赤な花や、
(うすべにいろのはなは、そのうつくしいすがたをすいめんにうつしています。)
薄紅色の花は、その美しい姿を水面に映しています。
(なんのたのしみもない、このかわのさかなたちは、どんなにうえをむいて、)
なんの楽しみもない、この川の魚たちは、どんなに上を向いて、
(すいめんにうつったはなをながめてうれしがったでありましょう。)
水面に映った花をながめて嬉しがったでありましょう。
(「なんときれいなはなだろう。みずのうえのせかいにはあんなにうつくしいものが、)
「なんときれいな花だろう。水の上の世界にはあんなに美しいものが、
(たくさんあるなんてうらやましい。いまはみずのなかのせかいにいるが、)
たくさんあるなんて羨ましい。今は水の中の世界にいるが、
(つぎのよではみずのうえのせかいにうまれかわりたいものです」と、)
次の世では水の上の世界に生まれ変わりたいものです」と、
(さかなたちははなしあっていました。なかでもさかなのこどもたちはおどりあがって、)
魚たちは話し合っていました。中でも魚の子供たちは躍りあがって、
(とどきもしないはなにむかって、とびつこうとさわいでいます。)
届きもしない花に向かって、飛びつこうと騒いでいます。
(さかなのこどもが「おかあさん、あのきれいなはながほしいです」といいました。)
魚の子供が「お母さん、あのきれいな花が欲しいです」と言いました。
(するとさかなのははおやは、そのこどもにこのようにいいきかせました。)
すると魚の母親は、その子供にこのように言い聞かせました。
(「あれは、ただとおくからながめるだけのものです。)
「あれは、ただ遠くからながめるだけのものです。
(けっして、みずのうえにあのはながおちても、たべてはいけません」とおしえました。)
けっして、水の上にあの花が落ちても、食べてはいけません」と教えました。
(こどもたちは、ははおやのいうことがしんじられませんでした。)
子供たちは、母親の言うことが信じられませんでした。
(「おかあさん、なんであのはなびらがおちても、たべてはいけないのですか」と)
「お母さん、なんであの花びらが落ちても、食べてはいけないのですか」と
(ききました。ははおやはしんぱいそうなかおをして、こどもたちをみまもりながら、)
聞きました。母親は心配そうな顔をして、子供たちを見守りながら、
(「むかしから、はなをたべてはいけないといわれています。)
「昔から、花を食べてはいけないと言われています。
(あれをたべると、からだがかわるのです。それに、たべるなと)
あれを食べると、体が変わるのです。それに、食べるなと
(いわれているものは、すべてたべないほうがいいのです」といいました。)
言われているものは、すべて食べないほうがいいのです」と言いました。
(「なんで、あんなにもきれいなはなをたべてはいけないのだろう」と、)
「なんで、あんなにもきれいな花を食べてはいけないのだろう」と、
(いっぴきのさかなのこどもは、くびをかしげてふしぎそうにしています。)
一匹の魚の子供は、首をかしげて不思議そうにしています。
(「あのはながみんな、このみずのうえにおちたら、どんなにきれいだろう」と、)
「あの花がみんな、この水の上に落ちたら、どんなにきれいだろう」と、
(ほかのいっぴきがめをかがやかしながらいいました。)
ほかの一匹が目を輝かしながら言いました。
(そしてこどもたちは、まいにちすいめんをみあげて、はながちるひを)
そして子供たちは、毎日水面を見上げて、花が散る日を
(たのしみにまっていました。ただ、ははおやだけは、こどもたちが)
楽しみに待っていました。ただ、母親だけは、子供たちが
(じぶんのいうことをきいているかどうか、しんぱいしていました。)
自分の言うことを聞いているかどうか、心配していました。
(「どうかこどもたちが、はなをわたしのしらないあいだにたべなければいいのだけど」と、)
「どうか子供たちが、花を私の知らない間に食べなければいいのだけど」と、
(ひとりごとをいいました。きぎにさいたはなは、あさからばんにかけて)
独り言を言いました。木々に咲いた花は、朝から晩にかけて
(ちょうやはちがきて、にぎやかでしたが、ひがたつにつれて、)
蝶や蜂が来て、にぎやかでしたが、日がたつにつれて、
(はながひらききってしまいました。)
花がひらききってしまいました。
(そして、あるひのこと、しばらくかぜがふいたあと、はなはこぼれるように)
そして、ある日のこと、しばらく風が吹いた後、花はこぼれるように
(すいめんにちったのであります。)
水面に散ったのであります。
(「ああ、はながふってきた」と、かわのなかのさかなはみんなおおさわぎしています。)
「ああ、花が降ってきた」と、川の中の魚はみんな大騒ぎしています。
(「まあ、なんとりっぱなこうけいでしょう。しかし、こどもたちが、)
「まあ、なんと立派な光景でしょう。しかし、子供たちが、
(うっかりこのはなをのまなければいいが」と、おおきなさかなはしんぱいしていました。)
うっかりこの花を飲まなければいいが」と、大きな魚は心配していました。
(まもなくして、みずのうえにうかんでいたはなは、ながれてゆきました。)
まもなくして、水の上に浮かんでいた花は、流れてゆきました。
(しかし、はなはたびたびみずのうえにこぼれおちてきました。)
しかし、花は度々水の上にこぼれ落ちてきました。
(「たべたら、きっとおいしいにちがいない」といって、さんびきのさかなのこどもが)
「食べたら、きっとおいしいに違いない」と言って、三匹の魚の子供が
(ついに、そのはなびらをのんでしまいました。そのこどもたちのははおやは、)
ついに、その花びらを飲んでしまいました。その子供たちの母親は、
(そのよくじつ、わがこのすがたをみて、さめざめとなきました。)
その翌日、我が子の姿を見て、さめざめと泣きました。
(「あれほど、はなびらをたべてはいけないといったのに」といいました。)
「あれほど、花びらを食べてはいけないと言ったのに」と言いました。
(なぜなら、くろいこどものからだがいつのまにか、にひきはあかいろに、もういっぴきは)
なぜなら、黒い子供の体がいつの間にか、二匹は赤色に、もう一匹は
(しろとあかのぶちいろになっていたからです。)
白と赤のぶち色になっていたからです。
(ははおやがなげいたのも、むりはありませんでした。)
母親がなげいたのも、無理はありませんでした。
(このさんびきのこどもが、かわのなかでいちばんめだってうつくしくみえたからです。)
この三匹の子供が、川の中で一番目立って美しく見えたからです。
(そして、かわのみずは、よくすんでいましたから、うえからのぞいても)
そして、川の水は、よく澄んでいましたから、上からのぞいても
(このさんびきのこどもたちがあそんでいるすがたはよくわかるのです。)
この三匹の子供たちが遊んでいる姿はよく分かるのです。
(「にんげんが、おまえらをみつけたら、きっとつかまえるから、)
「人間が、おまえらを見つけたら、きっと捕まえるから、
(けっしてみずのうえへういてはならないぞ」と、)
けっして水の上へ浮いてはならないぞ」と、
(ははおやは、そのこどもたちにいいつけました。)
母親は、その子供たちに言いつけました。
(それからなんにちかたち、まちからにんげんのこどもたちが、)
それから何日かたち、町から人間の子供たちが、
(まいにちかわへあそびにやってきました。)
毎日川へ遊びにやってきました。
(まちのこどもたちのなかで、かわにすむあかいさかなを、みつけたものがいました。)
町の子供たちの中で、川に住む赤い魚を、見つけた者がいました。
(「このかわのなかに、きんぎょがいるよ」と、そのさかなをみたこどもがいいました。)
「この川の中に、金魚がいるよ」と、その魚を見た子供が言いました。
(「こんなかわのなかにきんぎょなんかがいるもんか、きっとひごいだろう」と、)
「こんな川の中に金魚なんかがいるもんか、きっとヒゴイだろう」と、
(ほかのこどもがいいました。「ひごいなんか、このかわのなかにいるもんか。)
ほかの子供が言いました。「ヒゴイなんか、この川の中にいるもんか。
(それはおばけだよ」と、ほかのこどもがいいました。)
それはオバケだよ」と、ほかの子供が言いました。
(けれど、こどもたちは、どうにかして、そのあかいさかなをつかまえたいばかりに、)
けれど、子供たちは、どうにかして、その赤い魚を捕まえたいばかりに、
(まいにちかわのほとりへやってきました。まちでは、こどもたちのははおやが)
毎日川のほとりへやってきました。町では、子供たちの母親が
(しんぱいしております。「どうして、そうまいにちかわへばかりゆくのかい」と、)
心配しております。「どうして、そう毎日川へばかりゆくのかい」と、
(こどもたちをしかりました。「だって、あかいさかながいるんですもの」と、)
子供たちをしかりました。「だって、赤い魚がいるんですもの」と、
(こどもはこたえました。「ああ、むかしから、あのかわにはあかいさかながいるんですよ。)
子供は答えました。「ああ、昔から、あの川には赤い魚がいるんですよ。
(しかし、それをつかまえると、よくないことがおこるから、)
しかし、それを捕まえると、よくないことが起こるから、
(けっして、かわへいってはいけません」と、ははおやはいいました。)
けっして、川へ行ってはいけません」と、母親は言いました。
(こどもたちは、ははおやのいったことをしんじていませんでした。)
子供たちは、母親の言ったことを信じていませんでした。
(どうにかして、あかいさかなをつかまえたいものだと、まいにちかわのふちへきては)
どうにかして、赤い魚を捕まえたいものだと、毎日川のふちへ来ては
(うろついていました。あるひのこと、こどもたちは、とうとうあかいさかなを)
うろついていました。ある日のこと、子供たちは、とうとう赤い魚を
(さんびきともつかまえてしまいました。そして、いえへもってかえりました。)
三匹とも捕まえてしまいました。そして、家へ持って帰りました。
(「おかあさん、あかいさかなをつかまえてきましたよ」と、こどもたちはいいました。)
「お母さん、赤い魚を捕まえてきましたよ」と、子供たちは言いました。
(おかあさんは、こどもたちのつかまえてきた、あかいさかなをみました。)
お母さんは、子供たちの捕まえてきた、赤い魚を見ました。
(「おお、ちいさくてかわいらしいさかなだね。いまごろ、このさかなのははおやは、)
「おお、小さくて可愛らしい魚だね。今頃、この魚の母親は、
(かなしんでいるでしょう」と、おかあさんはいいました。)
悲しんでいるでしょう」と、お母さんは言いました。
(「おかあさん、このさかなにもおかあさんがいるのですか」と、)
「お母さん、この魚にもお母さんがいるのですか」と、
(こどもたちはききました。「いますよ。そしていまごろ、こどもがいなくなったと)
子供たちは聞きました。「いますよ。そして今頃、子供がいなくなったと
(しんぱいしているでしょう」と、おかあさんはこたえました。)
心配しているでしょう」と、お母さんは答えました。
(こどもたちは、そのはなしをきくと、かわいそうになりました。)
子供たちは、その話を聞くと、可哀想になりました。
(「このさかなをにがしてやろうか」と、ひとりがいいました。)
「この魚を逃がしてやろうか」と、一人が言いました。
(「ああそうだな、だれもつかまえないようにおおきなかわへにがしてやろう」と、)
「ああそうだな、だれも捕まえないように大きな川へ逃がしてやろう」と、
(もうひとりがいいました。こどもたちは、さんびきのきれいなさかなを、まちはずれの)
もう一人が言いました。子供たちは、三匹のきれいな魚を、町はずれの
(おおきなかわへにがしてやりました。)
大きな川へ逃がしてやりました。
(そのあとこどもたちは、はじめてきがついて、いいました。)
そのあと子供たちは、はじめて気がついて、言いました。
(「あのさんびきのあかいさかなは、ぶじにおかあさんにあえただろうか」)
「あの三匹の赤い魚は、無事にお母さんに会えただろうか」
(しかし、それはだれにもわからなかったのです。)
しかし、それはだれにも分からなかったのです。
(こどもたちは、そのあともきになって、あのさんびきのあかいさかなをつかまえたかわに)
子供たちは、そのあとも気になって、あの三匹の赤い魚を捕まえた川に
(いってみましたが、ふたたびあかいさかなのすがたをみることはありませんでした。)
行ってみましたが、ふたたび赤い魚の姿を見ることはありませんでした。
(なつのゆうぐれどき、にしのそらの、ちょうどまちのとがったとうのうえに、)
夏の夕暮れどき、西の空の、ちょうど町の尖った塔の上に、
(そのあかいさかなのようなくもが、たびたびうかぶことがありました。)
その赤い魚のような雲が、度々浮かぶことがありました。
(こどもたちは、それをみると、なんとなくかなしくなるのでした。)
子供たちは、それを見ると、なんとなく悲しくなるのでした。