『一本の釣りざお』小川未明1【完】
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問題文
(あるさびしいかいがんに、ふたりのりょうしがすんでいました。)
ある寂しい海岸に、二人の漁師が住んでいました。
(ふたりともまずしいせいかつをしていましたから、まちやみやこにすんでいるひとびとのように、)
二人とも貧しい生活をしていましたから、町や都に住んでいる人々のように、
(うつくしいきものをきたり、うまいものをたくさんたべたりといった、)
美しい着物を着たり、うまいものをたくさん食べたりといった、
(ぜいたくなくらしとはえんどおいものだと、おもっておりました。)
ぜいたくな暮らしとは縁遠いものだと、思っておりました。
(ふたりは、どうにかもっといいくらしをしたいものだと、おもいましたけれども、)
二人は、どうにかもっといい暮らしをしたいものだと、思いましたけれども、
(どうすることもできなかったのです。あおいうみをみつめながら、)
どうすることも出来なかったのです。青い海を見つめながら、
(ふたりは、そのようなこうふくになれるひのことばかり、かんがえていました。)
二人は、そのような幸福になれる日のことばかり、考えていました。
(「いくらかんがえたって、しかたがないことだ。おれたちは、はたらくしかみちがないのだ」)
「いくら考えたって、仕方がないことだ。俺たちは、働くしか道がないのだ」
(と、おつはこうにいい、またじぶんをゆうきづけるためにもいいました。)
と、乙は甲に言い、また自分を勇気づけるためにも言いました。
(「それはそうだが、おれたちはこのしごとしかできないじゃないか」と、)
「それはそうだが、俺たちはこの仕事しか出来ないじゃないか」と、
(こうは、ためいきをしながらこたえた。)
甲は、ため息をしながら答えた。
(ふたりは、あめのふるひも、またかぜがふいて、すこしなみがたかいようなひでも、)
二人は、雨の降る日も、また風が吹いて、少し波が高いような日でも、
(ふねにのっておきにでて、あみをうったり、さかなをつったりしておりました。)
船に乗って沖に出て、網を打ったり、魚を釣ったりしておりました。
(なにがあっても、ふたりはたがいにたすけあいました。)
なにがあっても、二人は互いに助け合いました。
(そして、たいていいつもいっしょにはたらいておりました。)
そして、たいていいつも一緒に働いておりました。
(けれど、にんげんの「うん」というものは、まことにふしぎなものでありました。)
けれど、人間の「運」というものは、まことに不思議なものでありました。
(こうして、おなじふねにのって、おなじくはたらいていても、ひとりにはしあわせ、)
こうして、同じ船に乗って、同じく働いていても、一人には幸せ、
(ひとりにはなにもおこらないものもあるものです。)
一人にはなにも起こらないものもあるものです。
(あるはるのひのことでした。りくには、さくらのはながさいておりました。)
ある春の日のことでした。陸には、桜の花が咲いておりました。
(ふたりは、きたのあおいうみのうえにでて、つりをしていました。)
二人は、北の青い海の上に出て、釣りをしていました。
(たいがつれるきせつでした。ですが、ふたりがいっしょうけんめいになって)
タイが釣れる季節でした。ですが、二人が一生懸命になって
(たいをつっても、それをじぶんたちがたべられるわけでは、ありませんでした。)
タイを釣っても、それを自分たちが食べられるわけでは、ありませんでした。
(みんなまちのさかなやにうって、そのおかねでかぞくをやしなわなければならなかったのです。)
みんな町の魚屋に売って、そのお金で家族を養わなければならなかったのです。
(「おれたちは、こうしてまいにちたいをとっても、じぶんたちのくちにははいらないと)
「俺たちは、こうして毎日タイをとっても、自分たちの口には入らないと
(かんがえると、つまらないことだ。きょうは、じぶんがたいをりょうりして、)
考えると、つまらないことだ。今日は、自分がタイを料理して、
(こどもらにたべさせてやろう」と、こうがいいました。)
子供らに食べさせてやろう」と、甲が言いました。
(「そうだな。わたしも、いえへかえったら、たいをりょうりして、)
「そうだな。私も、家へ帰ったら、タイを料理して、
(こどもやつまにたべさしてやろう」と、おつがいいました。)
子供や妻に食べさしてやろう」と、乙が言いました。
(そのひのふたりは、うみではたらいて、たがいにいえへかえりました。)
その日の二人は、海で働いて、互いに家へ帰りました。
(そしてこうもおつも、じぶんたちがとってきた、おおきなたいをりょうりしました。)
そして甲も乙も、自分たちがとってきた、大きなタイを料理しました。
(すると、こうのたいのはらから、こゆびのさきほどのしんじゅがとびだしたのであります。)
すると、甲のタイの腹から、小指の先ほどの真珠が飛び出したのであります。
(「これは、たいへんなものがでてきた」といって、)
「これは、たいへんなものが出てきた」と言って、
(こうはよろこんで、おどりあがりました。そして、いえのものはおおさわぎをしました。)
甲は喜んで、おどりあがりました。そして、家の者は大騒ぎをしました。
(こうは、さっそくおつのところへやってまいりました。)
甲は、さっそく乙の所へやってまいりました。
(それは、おつのところのたいからもしんじゅがでたかを、きくためでした。)
それは、乙の所のタイからも真珠が出たかを、聞くためでした。
(するとおつは、こうにおきたできごとをよろこんで、いいました。)
すると乙は、甲に起きた出来事を喜んで、言いました。
(「こうさん、そんないいことはめったにあるもんではない。)
「甲さん、そんないいことは滅多にあるもんではない。
(おそらく、それいこう、たいのはらをわっても、しんじゅがはいっていることはない。)
おそらく、それ以降、タイの腹を割っても、真珠が入っていることはない。
(これはかみさまが、あなたにおあたえなさったのです」といいました。)
これは神様が、あなたにお与えなさったのです」と言いました。
(こうは、これをきくと、いっそうよろこんでいえへかえりました。)
甲は、これを聞くと、一層喜んで家へ帰りました。
(こうは、このできごとにより、おもいもよらないたいきんがてにはいりました。)
甲は、この出来事により、思いもよらない大金が手に入りました。
(そのよくじつからこうは、しばらくうみのうえにでることをやすみました。)
その翌日から甲は、しばらく海の上に出ることを休みました。
(「こんなときは、やすまなければならない」と、こうはいいました。)
「こんなときは、休まなければならない」と、甲は言いました。
(おつは、ひとりでうみのうえにでてゆきました。あめがふっても、かぜがふいても、)
乙は、一人で海の上に出てゆきました。雨が降っても、風が吹いても、
(でてゆきました。それをみるとこうは、あまりいいきもちがしませんでした。)
出てゆきました。それを見ると甲は、あまりいい気持ちがしませんでした。
(なんだかじぶんひとりが、らくをしているようにおもわれたからです。)
なんだか自分一人が、楽をしているように思われたからです。
(「おつさん、あまりこうがくなおかねはわたせないが、すこしくらいならあげます」と、)
「乙さん、あまり高額なお金は渡せないが、少しくらいならあげます」と、
(あるひ、こうはおつにいいました。おつはかんがえて、こういいました。)
ある日、甲は乙に言いました。乙は考えて、こう言いました。
(「それでは、まことにすまないが、わたしにつりざおをかうだけのおかねをください。)
「それでは、まことにすまないが、私に釣り竿を買うだけのお金をください。
(いまのつりざおでは、おもうようにつりができないから、)
今の釣り竿では、思うように釣りが出来ないから、
(もっといいのがほしいのです」と、こたえた。)
もっといいのが欲しいのです」と、答えた。
(こうはこころのなかで、いくらいいつりざおをかっても、つれるときはつれるが、)
甲は心の中で、いくらいい釣り竿を買っても、釣れるときは釣れるが、
(つれないときはつれない。すべてはおれのような、「うん」だとおもいながら、)
釣れないときは釣れない。すべては俺のような、「運」だと思いながら、
(「それはおやすいことだ」といって、わずかばかりのおかねをあげました。)
「それはお安いことだ」と言って、わずかばかりのお金をあげました。
(おつは、そのおかねで、てごろなかかくのつりざおをかいました。)
乙は、そのお金で、手ごろな価格の釣り竿を買いました。
(いっぽう、たいきんをてにしたこうは、いままでのようにじっとしていることが)
一方、大金を手にした甲は、今までのようにじっとしていることが
(できませんでした。じょうとうなあみをかい、いえのものみんながいいきものをかいました。)
出来ませんでした。上等な網を買い、家の者みんながいい着物を買いました。
(また、まちへでて、けんぶつにもいきました。)
また、町へ出て、見物にも行きました。
(「おかねがなくなったら、またはたらけばいい」と、こうはいいました。)
「お金が無くなったら、また働けばいい」と、甲は言いました。
(そうするうちに、しんじゅをうったおかねは、すっかりなくなってしまいました。)
そうするうちに、真珠を売ったお金は、すっかり無くなってしまいました。
(こうは、ふたたびおつといっしょに、うみのうえへでて、はたらくことになりました。)
甲は、ふたたび乙と一緒に、海の上へ出て、働くことになりました。
(けれど、むかしのように、おちついてつりをしたり、あみをうったりすることが)
けれど、昔のように、落ち着いて釣りをしたり、網を打ったりすることが
(できませんでした。さかながとれると、かたっぱしからはらをわって、みていきました。)
出来ませんでした。魚がとれると、片っ端から腹を割って、見ていきました。
(そして、しんじゅをのんでいないと、みんなそのさかなのしたいを、)
そして、真珠を飲んでいないと、みんなその魚の死体を、
(うみのなかへほうりこんでしまいました。)
海の中へほうりこんでしまいました。
(「こうさん、なんでそんならんぼうなことをするんですか」と、)
「甲さん、なんでそんな乱暴なことをするんですか」と、
(おつはびっくりしていいます。)
乙はびっくりして言います。
(「こんど、しんじゅをみつけたら、そのおかねでまちへでて、しょうばいをするのです。)
「今度、真珠を見つけたら、そのお金で町へ出て、商売をするのです。
(もうわたしは、さかなとりなんかしない」といって、ところかまわずあみをうちました。)
もう私は、魚とりなんかしない」と言って、ところかまわず網を打ちました。
(けれど、もうにどとしんじゅをのんでいるさかなは、いなかったのです。)
けれど、もう二度と真珠を飲んでいる魚は、いなかったのです。
(こうは、とうとうじぶんがおろかであると、わかるひがきました。)
甲は、とうとう自分が愚かであると、分かる日が来ました。
(そして、おちついてさかなをとって、それをまちにうってせいかつをするときには、)
そして、落ち着いて魚をとって、それを町に売って生活をするときには、
(むかしよりもびんぼうになって、じょうとうなあみにやぶれめができました。)
昔よりも貧乏になって、上等な網に破れ目が出来ました。
(おつは、こうのおかねでかったつりざおをだいじにして、つりをしました。)
乙は、甲のお金で買った釣り竿を大事にして、釣りをしました。
(そして、こうのしんせつさをながくかんじて、こうのこまったときはたすけてやりましたので、)
そして、甲の親切さを長く感じて、甲の困ったときは助けてやりましたので、
(こうはいまさらながら、いっぽんのつりざおがきちょうなものにおもったのであります。)
甲は今更ながら、一本の釣り竿が貴重なものに思ったのであります。