葬祭-2-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(かわをこえてくらやみのなかをすすんだ。むかったさきはてらだった。)

川を越えて暗闇の中を進んだ。向かった先は寺だった。

(「れいのじょうどしゅうのてらだよ。どうこうせいをかけたのかしらないが、)

「例の浄土宗の寺だよ。どう攻勢をかけたのか知らないが、

(めいじきにくだんのあやしげなどちゃくしんこうをはいして、だんとにくわえることに)

明治期にくだんの怪しげな土着信仰を廃して、壇徒に加えることに

(せいこうしたんだ。だからいまはあのあたりはみんなぶっしき」)

成功したんだ。だから今はあのあたりはみんな仏式」

(いきをひそめてやまもんをくぐった。かえりたかった。)

息をひそめて山門をくぐった。帰りたかった。

(「そのあと、そうさいをとりしきっていたきのいちぞくはちすじもたえていまは)

「そのあと、葬祭をとりしきっていたキの一族は血筋も絶えて今は

(のこっていない。ということになってるけど、おそらくはくがいがあっただろうね。)

残っていない。ということになってるけど、恐らく迫害があっただろうね。

(というわけでくだんのきばこだけど、どうもしょぶんされてはいないようだ。)

というわけでくだんの木箱だけど、どうも処分されてはいないようだ。

(しゅうしのちがうまいそうぶつだけどあっさりとはいきするほどにはじょうどしゅうはこころが)

宗旨の違う埋葬物だけどあっさりと廃棄するほどには浄土宗は心が

(せまくなかった。ただそのままにもしておけないのでとうじのじゅうしょくが)

狭くなかった。ただそのままにもしておけないので当時の住職が

(ひきとり、てらのちかのくらにとりあえずおいていたようだが、)

引き取り、寺の地下の蔵にとりあえず置いていたようだが、

(どうするかきまらないままだいがかわりいつのまにやらもじどおり)

どうするか決まらないまま代が変わりいつのまにやら文字どおり

(しぞうされてしまっていまにいたる、というわけ」よくもしらべたものだとおもった。)

死蔵されてしまって今に至る、というわけ」よくも調べたものだと思った。

(じしょにあかりがともっていないことをかくにんしながら、)

地所に明かりがともっていないことを確認しながら、

(ちいさなぺんらいとでそろそろとすすんだ。)

小さなペンライトでそろそろと進んだ。

(ちいさなほんどうのくろぐろとしたかげをよこめでみながら、おれはしんぞうがばくばくしていた。)

小さな本堂の黒々とした影を横目で見ながら、俺は心臓がバクバクしていた。

(どうかんがえてもまともなほうほうできばこをみにきたかんじじゃない。)

どう考えてもまともな方法で木箱を見に来た感じじゃない。

(「ぼくのせんこうはぶっきょうびじゅつだから、そのあたりからせめて)

「僕の専攻は仏教美術だから、そのあたりから攻めて

(ここのじゅうしょくとなかよくなってかぎをかりたんだ」そんなわけない。)

ここの住職と仲良くなって鍵を借りたんだ」そんなワケない。

(ねしずまってからどろぼうのようにやってくるりゆうがない。そこだ。とししょうがいった。)

寝静まってから泥棒のようにやって来る理由がない。そこだ。と師匠がいった。

など

(ほんどうのそばにかわやのようなやねがあり、したにてつのじょうまえがついたとびらがあった。)

本堂のそばに厠のような屋根があり、下に鉄の錠前がついた扉があった。

(「ふくぞうだよ」)

「伏蔵だよ」

(どうもきばこのなかみについてはとうじからしょみんはしらなかったらしい。)

どうも木箱の中身については当時から庶民は知らなかったらしい。

(しることはきんきだったようだ。そこがきみょうだ。とししょうはいう。)

知ることは禁忌だったようだ。そこが奇妙だ。と師匠はいう。

(そのひとをそのひとたらしめるいんてぐらるなぶぶんがあるとして、)

その人をその人たらしめるインテグラルな部分があるとして、

(それがなになのかしりもせずにてをあわせてまたおそれるというのは。)

それが何なのか知りもせずに手を合わせてまた畏れるというのは。

(やはりへんなきがする。それがなになのかしっているとしたら、)

やはり変な気がする。それが何なのか知っているとしたら、

(それを「ぬいた」というしゃーまんと、あるいはきばこをいしのしたから)

それを「抜いた」というシャーマンと、あるいは木箱を石の下から

(ほりだしてふくぞうにおさめたとうじのじゅうしょくもか・・・)

掘り出して伏蔵に収めた当時の住職もか・・・

(ししょうがごそごそととびらをいじり、おとをたてないようにあけた。)

師匠がごそごそと扉をいじり、音を立てないように開けた。

(すえたにおいがするちかへのかいだんをふたりでしずかにおりていった。)

饐えた匂いがする地下への階段を二人で静かに降りていった。

(おりていくときにかいだんがいつまでもつきないかんかくにおそわれた。)

降りていくときに階段がいつまでも尽きない感覚に襲われた。

(じっさいはちかいっかいぶんなのだろうが、もっとながくはてしなくおりたようなきがした。)

実際は地下一階分なのだろうが、もっと長く果てしなく降りたような気がした。

(もともとはほんざんからちょうだいしたなけなしのきょうてんをおさめていたようだが、)

もともとは本山から頂戴したなけなしの経典を納めていたようだが、

(いまはそのしゅじんをかえている、とししょうはいった。いきょうのけがれをおさめているんだよ。)

今はその主人を変えている、と師匠は言った。異教の穢れを納めているんだよ。

(というささやくようなこえにいっしゅんきがとおくなった。)

というささやくような声に一瞬気が遠くなった。

(こうざんにちかいとちがらにくわえ、まよなかのちかしつである。まるでふゆのさむさだった。)

高山に近い土地柄に加え、真夜中の地下室である。まるで冬の寒さだった。

(おれはうすぎのかたをだきながら、ししょうのあとにびくびくしながらつづいた。)

俺は薄着の肩を抱きながら、師匠のあとにビクビクしながら続いた。

(ぺんらいとではくらすぎてよくわからないが、おもったよりおくゆきがある。)

ペンライトでは暗すぎてよく分からないが、思ったより奥行きがある。

(かべのりょうわきにたながなんだんにもあり、おもにしょもつやぶつぐがならべられていた。)

壁の両脇に棚が何段にもあり、主に書物や仏具が並べられていた。

(「それ」はいちばんおくにあった。ひひひというこえがどこからともなくきこえた。)

「それ」は一番奥にあった。ひひひという声がどこからともなく聞こえた。

(まさか、とおもったがやはりししょうのくちからでたのだろうか。)

まさか、と思ったがやはり師匠の口から出たのだろうか。

(あつでのぬのとあおいしーとでにじゅうになっているこやまがおくのかべぎわにある。)

厚手の布と青いシートで2重になっている小山が奥の壁際にある。

(やっぱりやめよう、とししょうのそでをつかんだつもりだったが、)

やっぱりやめよう、と師匠の袖をつかんだつもりだったが、

(なぜかてはくうをきった。てはかたにのったままうごいていなかった。)

なぜか手は空を切った。手は肩に乗ったまま動いていなかった。

(ししょうはゆっくりとちかづき、ぬのとしーとをめくりあげた。きばこがでてきた。)

師匠はゆっくりと近づき、布とシートをめくりあげた。木箱が出てきた。

(おおきい。しょうじきいって、ちいさなきばこからちいさなかんぞうのひもののようなものが)

大きい。正直言って、小さな木箱から小さな肝臓の干物のようなものが

(でてくることをそうぞうしていた。しかしここにあるはこはすくなかった。)

出てくることを想像していた。しかしここにある箱は少なかった。

(さんじゅうはないだろう。そのぶんひとつひとつがかかえなければならないほどおおきい。)

三十はないだろう。その分一つ一つが抱えなければならないほど大きい。

(いやなよかんがした。きばこのふしょくがすすんでいるようだった。)

嫌な予感がした。木箱の腐食が進んでいるようだった。

(いしのしたにうめられていたのだから、ほりだしたときにはこのていを)

石の下に埋められていたのだから、掘り出した時に箱のていを

(なしていないものはしょぶんしてしまったのかもしれない。)

成していないものは処分してしまったのかも知れない。

(ししょうがそのうちのひとつをてにとってらいとをかざした。)

師匠がその内の一つを手にとってライトをかざした。

(それをみたしゅんかん、あきらかにいままでとちがうとりはだがたった。)

それを見た瞬間、明らかに今までと違う鳥肌が立った。

(ぞんざいなおかれかたをしていたのに、きばこはぜんめんにすみがきのきょうもんで)

ぞんざいな置かれ方をしていたのに、木箱は全面に墨書きの経文で

(びっしりとおおわれていたからだ。にょぜがもんいちどきほとけみつる)

びっしりと覆われていたからだ。如是我聞一時佛在

(しゃえいくにかみいつきたまうことくそのあたふだいびくしゅうせんにひゃくごじゅうにんぐ・・・)

舍衞國祇樹給孤獨園與大比丘衆千二百五十人倶・・・

(ししょうがそれをよんでいる。やめてくれ。おきてしまう。そうおもった。)

師匠がそれを読んでいる。やめてくれ。起きてしまう。そう思った。

(ぺんらいとのかすかなあかりのしたで、ししょうがうれしそうなかおをして)

ペンライトの微かな明かりの下で、師匠が嬉しそうな顔をして

(ゆびにつばをつけ、はこのくちのきょうもんをこすりおとした。ほかにふういんはない。)

指に唾をつけ、箱の口の経文をこすり落とした。他に封印はない。

(ゆっくりとふたをあげた。おれはこわいというかしんぞうのあたりがつめたくなって、)

ゆっくりと蓋をあげた。俺は怖いというか心臓のあたりが冷たくなって、

(そっちをみられなかった。「う」というくぐもったおとがして、)

そっちを見られなかった。「う」というくぐもった音がして、

(おもわずふりむくとししょうがはこをのぞきこんだままくちをおさえていた。)

思わず振り向くと師匠が箱を覗き込んだまま口をおさえていた。

(おれはきがつくとでぐちへかけだしていた。あかりがないのでなんどもころんだ。)

俺は気がつくと出口へ駆け出していた。明かりがないので何度も転んだ。

(それでももう、そこにいたくなかった。)

それでももう、そこに居たくなかった。

(かいだんをはいのぼりわずかなつきあかりのしたにでると、)

階段を這い登りわずかな月明かりの下に出ると、

(さんもんのあたりまでもどりそこでうずくまっていた。どれくらいたっただろうか。)

山門のあたりまで戻りそこでうずくまっていた。どれくらい経っただろうか。

(ししょうがかたわらにたっていてあおじろいかおで「かえろう」といった。)

師匠が傍らに立っていて青白い顔で「帰ろう」と言った。

(けっきょくつぎのひおれたちはいっしゅうかんおせわになったいえをじした。)

結局次の日俺たちは1週間お世話になった家を辞した。

(またいらしてねとはいわれなかった。もうこない。くるわけがない。)

またいらしてねとは言われなかった。もう来ない。来るわけがない。

(かえりのでんしゃでもおれはきかなかった。きばこのなかみのことを。)

帰りの電車でも俺は聞かなかった。木箱の中身のことを。

(このとちにいるあいだはきいてはいけない、そんなきがした。)

この土地にいる間は聞いてはいけない、そんな気がした。

(なつやすみもおわりかけたあるひにおれはきけいのひとをたてつづけにみた。)

夏休みも終わりかけたある日に俺は奇形の人を立て続けに見た。

(そのことをししょうにはなしたおりに、きけいからのれんそうだろうか、)

そのことを師匠に話した折りに、奇形からの連想だろうか、

(そういえばあのきばこは・・・とくちばしってしまった。)

そういえばあの木箱は・・・と口走ってしまった。

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