雨上がり-2-(完)

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(あくむをたべるというあくまがよぶあくむ。あのひとをくるしめてきたあくむ。)

悪夢を食べるという悪魔が呼ぶ悪夢。あの人を苦しめてきた悪夢。

(あのつよいひとが、どんなことがあっても、もうにどと、)

あの強い人が、どんなことがあっても、もう二度と、

(ただのいちどでもみたくないといった、そのあくむを。かのじょはなにかをつぶやいている。)

ただの一度でも見たくないと言った、その悪夢を。彼女はなにかを呟いている。

(きこえているのにきこえない。まるでげんじつかんがない。)

聞こえているのに聞こえない。まるで現実感がない。

(ふとももをつねろうとして、ちゅうちょする。かのじょが、それをまっているようなきがして。)

太股を抓ろうとして、躊躇する。彼女が、それを待っているような気がして。

(あのひとの「はんしん」はかのじょによってしょうめつさせられた。)

あの人の「半身」は彼女によって消滅させられた。

(かのじょは、それをあのひとだとおもっていたのだ。)

彼女は、それをあの人だと思っていたのだ。

(あのひとが「すこしわかくみえるわたし」とひょうげんしていたのをおもいだす。)

あの人が「少し若くみえる私」と表現していたのを思い出す。

(つまり、あのひとにしかみえず、ふれず、ちかくできなかった「はんしん」は、)

つまり、あの人にしか見えず、触れず、知覚できなかった「半身」は、

(いつかきっさてんのだれもいないいすにすわっていたその「はんしん」は、)

いつか喫茶店の誰もいない椅子に座っていたその「半身」は、

(かみがながかったころのあのひとのすがたをしていたのだろう。)

髪が長かったころのあの人の姿をしていたのだろう。

(めがみえず、てがさわれられないばしょにいたかのじょは、じんちのおよばない)

目が見えず、手が触れられない場所にいた彼女は、人知の及ばない

(なんらかのほうほうでその「はんしん」をみ、そしてとらえた。)

何らかの方法でその「半身」を見、そして捕らえた。

(あのひとをてにいれたつもりで。そして「はんしん」と「あくむ」はきえた。)

あの人を手に入れたつもりで。そして「半身」と「悪夢」は消えた。

(あのひとは、あのひとをながねんくるしめまどわせたふたつのものからどうじにときはなたれた。)

あの人は、あの人を長年苦しめ惑わせたふたつのものから同時に解き放たれた。

(そしてさっていった。「らまんちゃのおとこはあいかわらずかしら」)

そして去っていった。「ラ・マンチャの男はあいかわらずかしら」

(うつくしいせんりつのようなこえがおどる。すぐにそのことばのいみをりかいする。)

美しい旋律のような声が踊る。すぐにその言葉の意味を理解する。

(ないとだといいたいのだろう。あのひとをまもったじんぶつのことを。)

ナイトだと言いたいのだろう。あの人を守った人物のことを。

(「あいかわらず、ほらをふいています」)

「あいかわらず、法螺を吹いています」

(すこしうわずってしまったそのことばに、かのじょはまんぞくしたようにかすかにうなずく。)

少し上擦ってしまったその言葉に、彼女は満足したようにかすかに頷く。

など

(いまにしてかんがえることであるが、かのじょがかれのことを)

今にして考えることであるが、彼女が彼のことを

(らまんちゃのおとこにたとえたうらには、あのひとの、どるしねあひめでありながら)

ラ・マンチャの男に例えた裏には、あの人の、ドルシネア姫でありながら

(またあるどんさでもあるというにめんせいをあんにものがたっている。)

またアルドンサでもあるという2面性を暗に物語っている。

(このことは、のちにかれのひみつにちかづいたときそのしんのいみを)

このことは、のちに彼の秘密に近づいたときその真の意味を

(しることになるのだが、それはまたべつのはなしだ。)

知ることになるのだが、それはまた別の話だ。

(ちんもくがあった。すこしまえにとびたったからすのきもちがわかる。)

沈黙があった。少し前に飛び立ったカラスの気持ちがわかる。

(いまこのばすていのしゅういには、ふたりのほか、うごくもののかげひとつない。)

いまこのバス停の周囲には、二人のほか、動くものの影ひとつない。

(ただやわらかなたいきにつつまれているだけだ。)

ただやわらかな大気に包まれているだけだ。

(かのじょのいるほうこうを「くうかんがゆがんでいる」といぜんあのひとがかたったことをおもいだす。)

彼女のいる方向を「空間が歪んでいる」と以前あの人が語ったことを思い出す。

(めをとじたままでいると、まるでねむっているようにおだやかなよこがおだった。)

目を閉じたままでいると、まるで眠っているように穏やかな横顔だった。

(かのじょはすくなくともこうこうじだいにはもうもくではなかったはずだ。)

彼女は少なくとも高校時代には盲目ではなかったはずだ。

(いったいなぜしりょくをうしなうにいたったか、そうぞうすることもためらわれる。)

いったいなぜ視力を失うに至ったか、想像することも躊躇われる。

(もししりょくをうしなっていなければ、そしてきせきのようなとりちがえが)

もし視力を失っていなければ、そして奇跡のような取り違えが

(おこらなければ、とてもあのひとやかれがかなうあいてではなかった。)

起こらなければ、とてもあの人や彼が敵う相手ではなかった。

(すいそくなどではなく、わかるのである。かくなどということばはつかいたくない。)

推測などではなく、わかるのである。格などという言葉は使いたくない。

(つかいたくはないけれど、つまりそういうことなのだった。)

使いたくはないけれど、つまりそういうことなのだった。

(はいがすのにおいをまといながらばすがやってきた。)

排ガスの匂いをまといながらバスがやって来た。

(そのしゅんかんに、このばすていをおおっていたふしぎなまくのような)

その瞬間に、このバス停を覆っていた不思議な膜のような

(くうきがむしょうしたようなさっかくがあった。かいほうされたのだろう。)

空気が霧消したような錯覚があった。解放されたのだろう。

(すこしはなれてばすはとまり、どあがひらいた。)

少し離れてバスは止まり、ドアが開いた。

(じぶんがのるつもりだったばすだろうか。なぜかおもいだせない。)

自分が乗るつもりだったバスだろうか。なぜか思い出せない。

(どこにいこうとしていたのか。しかしこれにのらなくてはならない。)

どこに行こうとしていたのか。しかしこれに乗らなくてはならない。

(そんなきがした。べんちからたちあがり、わらいそうなひざをふるいたたせてあるく。)

そんな気がした。ベンチから立ち上がり、笑いそうな膝を奮い立たせて歩く。

(「これを」かのじょがそういってすっきりとのびたくびもとから、)

「これを」彼女がそう言ってすっきりと伸びた首元から、

(ぺんだんとのようなものをとりだした。たりすまんだ。)

ペンダントのようなものを取り出した。タリスマンだ。

(あのひとがいぜん、ごしきちずのたりすまんとよんだもの。)

あの人が以前、五色地図のタリスマンと呼んだ物。

(「どこかにすてて。もうわたしにはいらないものだから」)

「どこかに捨てて。もうわたしにはいらないものだから」

(かのじょがはじめてこちらをむいた。あしをとめ、しょうめんからそのかおをみる。)

彼女がはじめてこちらを向いた。足をとめ、正面からその顔を見る。

(「さあ」といっててをのばし、めをとじたままびしょうをうかべるそのかおを)

「さあ」と言って手を伸ばし、目を閉じたまま微笑を浮かべるその顔を

(しょうがいわすれることはないだろう。こんなにきれいなひとを、みたことがない。)

生涯忘れることはないだろう。こんなに綺麗な人を、見たことがない。

(このあとのじんせいのなかで、どんなにうつくしいひとをみたとしてもあれほどの)

このあとの人生の中で、どんなに美しい人を見たとしてもあれほどの

(ふかいかんどうをうけることはないとおもう。)

深い感動を受けることはないと思う。

(きゅうけつきとそしられたことなど、まるでとるにたりない。)

吸血鬼と謗られたことなど、まるでとるに足りない。

(そんなことばではかのじょのそくめんをかたることさえできない。)

そんな言葉では彼女の側面を語ることさえできない。

(そうおもった。「さあ」もういちどかのじょはわらうようにいう。)

そう思った。「さあ」もう一度彼女は笑うように言う。

(ふるえるてで、うけとった。じゃらりとくさりがなる。かすかにさびのにおいがした。)

震える手で、受け取った。ジャラリと鎖が鳴る。かすかに錆の匂いがした。

(ふしぎなもようがえんけいのぷれーとのいちめんにえがかれている。けれど、それだけだ。)

不思議な模様が円形のプレートの一面に描かれている。けれど、それだけだ。

(「このよにあってはならないかたちをしている」としょうされたものとは)

「この世にあってはならない形をしている」と称された物とは

(とてもおもえない。へいめんにえがかれたどんなちずも、かならずよんしょくいないで)

とても思えない。平面に描かれたどんな地図も、必ず4色以内で

(ぬりわけられるという。ためすまでもなくわかる。)

塗り分けられるという。試すまでもなくわかる。

(きっとこれもよんしょくですんなりとぬりわけられるのだろう。)

きっとこれも4色ですんなりと塗り分けられるのだろう。

(すくなくとも、かのじょのてをはなれたいまは。えんりょがちにくらくしょんがならされる。)

少なくとも、彼女の手を離れた今は。遠慮がちにクラクションが鳴らされる。

(しょうこうぐちにそっとあしをかける。にどとあうことはないだろうかのじょにせをむけて。)

昇降口にそっと足を掛ける。2度と会うことはないだろう彼女に背を向けて。

(かわいたくうきのおととともにとびらがしまる。)

乾いた空気の音とともに扉が閉まる。

(べつのせかいへつうじるどあが、またひとつとじたのだった。)

別の世界へ通じるドアが、またひとつ閉じたのだった。

(やがてまのぬけたてーぷのおとがつぎのもくてきちをつげる。)

やがて間の抜けたテープの音が次の目的地を告げる。

(うごきだしたばすにゆられ、しょうどうてきにふりかえった。)

動き出したバスに揺られ、衝動的に振り返った。

(かのじょが、まるでさいしょからいなかったかのようにきえてしまっているきがして。)

彼女が、まるで最初からいなかったかのように消えてしまっている気がして。

(けれどゆれるしかいのなかで、いちまいのえのようにきりとられたまどのなかで、)

けれど揺れる視界の中で、一枚の絵のように切り取られた窓の中で、

(とおざかりつつあるあめあがりのばすていにかのじょはいる。)

遠ざかりつつある雨上がりのバス停に彼女はいる。

(そしてべんちからたちあがり、しろいつえをついて、ゆっくりと、)

そしてベンチから立ち上がり、白い杖をついて、ゆっくりと、

(ゆっくりとあるきだそうとしている。)

ゆっくりと歩き出そうとしている。

(そのほそくながいあしが、とまどうようなたよりないあしどりでみずたまりをはね、)

その細く長い足が、戸惑うような頼りない足取りで水溜りを跳ね、

(それがあわくぎんいろにかがやいてみえた。かのじょをみたさいごだった。)

それが淡く銀色に輝いて見えた。彼女を見た最後だった。

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