古い家-3-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(ただぼくとおなじように、そこかしこにひかりからにげるような)

ただ僕と同じように、そこかしこに光から逃げるような

(かげがあるようなきがしたのか、ししょうはむやみたらとあかりを)

影があるような気がしたのか、師匠はむやみたらと明かりを

(しほうはっぽうにむけては「うぅ」とうなっている。)

四方八方に向けては「うぅ」と唸っている。

(みせのしょうめんげんかんにあたるとのうらがわ(「ひしお」のじがかかれていたとか?)には、)

店の正面玄関にあたる戸の裏側(『醤』の字が書かれていた戸か?)には、

(やはりがんじょうそうなつっかえぼうがなんじゅうにもしてあるのがみえた。)

やはり頑丈そうなつっかえ棒が何重にもしてあるのが見えた。

(こっちにぜんりょくでたいあたりしてたら、とおもうとぼくはぞっとした。)

こっちに全力で体当たりしてたら、と思うと僕はぞっとした。

(そのあとも、ふたりでいえのなかのこべやなどをたんさくしたが、)

その後も、二人で家の中の小部屋などを探索したが、

(なにもめだったせいかはなかった。)

なにも目立った成果はなかった。

(つまり、「このよのものとはおもえないうめきごえがきこえる」という)

つまり、『この世のものとは思えない呻き声が聞こえる』という

(うわさにまつわるようななにごともおきなかったし、なにもみつからなかった。)

噂にまつわるような何事も起きなかったし、何も見つからなかった。

(「ひとのけはいはまったくないですね」ぼくのささやきにししょうは、「う~ん」とくびをひねる。)

「人の気配はまったくないですね」僕の囁きに師匠は、「う~ん」と首を捻る。

(なにかにがてんがいかないようすだ。たしかにこんなところまでえんせいしてきて、)

なにかに合点がいかない様子だ。確かにこんなところまで遠征して来て、

(ふほうしんにゅうまでしてなにもなかったではなっとくがいかないのだろう。)

不法侵入までしてなにもなかったでは納得がいかないのだろう。

(そうおもっていると、ししょうがくびをひねったままぽつりとつぶやいた。)

そう思っていると、師匠が首を捻ったままポツリと呟いた。

(「にかいへはどうやってあがるんだ」ぞくっとした。)

「2階へはどうやって上るんだ」ゾクッとした。

(にかい?そとからみえていたにかいのこうしど。あのおくにはへやがあるはずだ。)

2階?外から見えていた2階の格子戸。あの奥には部屋があるはずだ。

(あそこへはどうやってあがる?このいえにはかいだんがないじゃないか。)

あそこへはどうやって上る?この家には階段がないじゃないか。

(みおとしがあったのかもしれない。そうおもってもういちどいえのなかをぐるりとまわる。)

見落としがあったのかも知れない。そう思ってもう一度家の中をぐるりと回る。

(しかし、かいだんはおろか、そのあとさえみつからなかった。)

しかし、階段はおろか、その跡さえ見つからなかった。

(「こういうつくりのいえだと、かいだんはどこにあるのがふつうなんだ」)

「こういう造りの家だと、階段はどこにあるのが普通なんだ」

など

(ししょうのことばにこたえる。)

師匠の言葉に答える。

(「たいていはみせのまのはしです。まあだいどころのよこにあったりもしますが」)

「たいていは店の間の端です。まあ台所の横にあったりもしますが」

(「ないじゃないか。どこにも」)

「ないじゃないか。どこにも」

(おかしい。なわばしごででいりでもしているのかとおもっててんじょうをかんさつしたが、)

おかしい。縄梯子で出入りでもしているのかと思って天井を観察したが、

(そんなこんせきはみあたらなかった。ひょっとして、いえのそとがわから)

そんな痕跡は見当たらなかった。ひょっとして、家の外側から

(かけばしごなどででいりしていたのではないか。)

架け梯子などで出入りしていたのではないか。

(そうおもいはじめたころ、ぼくのみみはたましいのしんがひえるようなものをとらえた。)

そう思いはじめた頃、僕の耳は魂の芯が冷えるようなものを捉えた。

(うううううう・・・・・・・・・・・・)

うううううう…………

(そんな、うめきごえがどこからともなくきこえたきがした。おもわずみをかたくする。)

そんな、呻き声がどこからともなく聞こえた気がした。思わず身を硬くする。

(きのせいじゃない。そのしょうこがぼくのめのまえにある。)

気のせいじゃない。その証拠が僕の目の前にある。

(ししょうがくちびるにひとさしゆびをあてて、けわしいひょうじょうでしせいをひくくしているからだ。)

師匠が口唇に人差し指をあてて、険しい表情で姿勢を低くしているからだ。

(しずかに。そう、ぼくにめでしじをしてからししょうはゆっくりとすりあしですすみはじめた。)

静かに。そう、僕に目で指示をしてから師匠はゆっくりとすり足で進み始めた。

(いやなあせがこめかみをつたう。ぼくらがいたみせのあいだからとおりにわにはいり、)

嫌な汗がこめかみを伝う。僕らがいた店の間から通りにわに入り、

(かいちゅうでんとうのまるいひかりがつくるほこりのみちをいきをころしてすすむ。)

懐中電灯の丸い光がつくる埃の道を息を殺して進む。

(きゅうにくらやみがふかくなったきがした。)

急に暗闇が深くなった気がした。

(しつないには、たんいつのこうげんではとどかないやみがあるのだと、いまさらながらおもいしる。)

室内には、単一の光源では届かない闇があるのだと、今更ながら思い知る。

(いっしゅんめをはなしたすきに、そのやみのなかへなにかがみをかくしたような)

一瞬目を離した隙に、その闇の中へなにかが身を隠したような

(そうぞうがわきおこる。うううううう・・・・・・・・・・・・)

想像が沸き起こる。うううううう…………

(かすかなうめきごえにみみをそばだてながら、ししょうがあしをとめた。)

微かな呻き声に耳をそばだてながら、師匠が足を止めた。

(さいしょにあがったざしきのまえだ。ゆっくりとたたみにあしをのせ、ししょうはざしきにあがりこんだ。)

最初に上った座敷の前だ。ゆっくりと畳に足を乗せ、師匠は座敷に上り込んだ。

(たわんだたたみにひっぱられるようにほねだけのしょうじがかたりとおとをたてた。)

たわんだ畳に引っ張られるように骨だけの障子がカタリと音を立てた。

(「おい」というおしころしたこえにひっぱりあげられて、ぼくもざしきにあがる。)

「おい」という押し殺した声に引っ張り上げられて、僕も座敷に上る。

(ししょうはへやのすみの、おしいれのあとにひかりをむける。とりはずされたのか、ふすまもない。)

師匠は部屋の隅の、押入れの跡に光を向ける。取り外されたのか、襖もない。

(ただへやにぽっかりとあいたあなのようなくうかんだった。まだうめきごえはつづいている。)

ただ部屋にぽっかりと開いた穴のような空間だった。まだ呻き声は続いている。

(しかもあきらかにちかくなったようだ。)

しかも明らかに近くなったようだ。

(ししょうがおしいれのゆかをもぞもぞとなでまわしていたかとおもうと、)

師匠が押入れの床をモゾモゾと撫で回していたかと思うと、

(ずずず・・・・・・というきがすれるようなおととともに、)

ズズズ……という木が擦れるような音とともに、

(めにみえないくうきのながれがかおにおしよせてきた。ししょうがぼくのほうをふりかえる。)

目に見えない空気の流れが顔に押し寄せてきた。師匠が僕の方を振り返る。

(そしておしいれのゆかをあかりでてらす。)

そして押入れの床を明かりで照らす。

(ひかりはあるいってんですいこまれるようにきえている。)

光はある一点で吸い込まれるように消えている。

(そこにはかくしばんのふたをはずされたあながあった。)

そこには隠し板の蓋を外された穴があった。

(おおきさはひとがゆうにはいりこめるほどのもの。)

大きさは人が優に入り込めるほどのもの。

(ししょうのみぶりにちかくへよったぼくは、そのあなのなかをおそるおそるのぞきこんだ。)

師匠の身振りに近くへ寄った僕は、その穴の中を恐る恐る覗き込んだ。

(そこには、ちかへのびるもくせいのかいだんがあった。くうきがふきあがってくる。)

そこには、地下へ伸びる木製の階段があった。空気が吹き上がってくる。

(うううううう・・・・・・・・・・・・くうどうをぬけるかぜのおと。これがうなりごえのしょうたいか。)

うううううう…………空洞を抜ける風の音。これが唸り声の正体か。

(ごくりとつばをのみこむぼくに、ししょうがささやく。)

ごくりと唾を飲み込む僕に、師匠が囁く。

(めをらんらんとかがやかせて、「さあ、いこうか」と。ぼくはおもいだしていた。)

目を爛々と輝かせて、「さあ、行こうか」と。僕は思い出していた。

(ちちかたのそふのいえにあるふるいどぞう。そのおくにちかへのびるかくされたかいだんがある。)

父方の祖父の家にある古い土蔵。その奥に地下へ伸びる隠された階段がある。

(そのしたにはひみつのへやがあり、きょだいなつぼがおいてあった。)

その下には秘密の部屋があり、巨大な壷が置いてあった。

(こどものころ、ちちにつれられてそのかいだんをおりるときの、)

子どものころ、父に連れられてその階段を降りる時の、

(あの、きづかないほどゆるやかにすこしずつじぶんがしんでいくようなかんかく。)

あの、気づかないほどゆるやかに少しずつ自分が死んでいくような感覚。

(いたずらをしかられたぼくは、ちちにそのつぼのなかへおしこめられるのだ。)

いたずらを叱られた僕は、父にその壷の中へ押し込められるのだ。

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