古い家-7-(完)
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | じゅん | 4403 | C+ | 4.6 | 95.2% | 1089.2 | 5045 | 249 | 90 | 2024/09/26 |
2 | daifuku | 3849 | D++ | 4.0 | 94.9% | 1251.2 | 5089 | 272 | 90 | 2024/11/14 |
3 | daifuku | 3726 | D+ | 3.9 | 94.4% | 1286.2 | 5091 | 298 | 90 | 2024/10/24 |
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問題文
(このよのことわりがねじまがり、めにうつらなかったせかいが)
この世のことわりが捻じ曲がり、目に映らなかった世界が
(むきだしになるしゅんかんにさえ、じぶんのもどるべきばしょをふりかえってしまう、)
剥き出しになる瞬間にさえ、自分の戻るべき場所を振り返ってしまう、
(そんなくだらないにんげんだった。しょくだいをなげすて、こうしどのおおきくやぶれた)
そんなくだらない人間だった。燭台を投げ捨て、格子戸の大きく破れた
(ぶぶんにてをかけてそとへみをのりだそうとするししょうをひっしでとめる。)
部分に手をかけて外へ身を乗り出そうとする師匠を必死で止める。
(はがいじめにして、じたばたともがくからだをまどからひきはがす。)
羽交い絞めにして、ジタバタともがく身体を窓から引き剥がす。
(なにかをわめいているが、きかない。そのかっこうのままずるずるとひっぱって、)
なにかを喚いているが、聞かない。その格好のままズルズルと引っ張って、
(もときたへやのとぐちにむかう。ししょうをまえにむけてろうかをすすみ、)
もと来た部屋の戸口に向かう。師匠を前に向けて廊下を進み、
(かいだんのしたまでくるとななめぜんぽうにむりやりおしあげた。)
階段の下まで来ると斜め前方に無理やり押し上げた。
(そしてししょうのおしりにあたまのてっぺんをつけて、ぐいぐいとちからまかせにおしていく。)
そして師匠のお尻に頭のてっぺんをつけて、グイグイと力任せに押していく。
(「・・・・・・っ!・・・・・・っ!」なにかをさけんでいる。)
「……っ! ……っ!」何かを叫んでいる。
(おりかえしをいくつかすぎたあたりでようやくみみにはいった。)
折り返しをいくつか過ぎたあたりでようやく耳に入った。
(「わかった。わかったから。あぶないから、もうおすな」)
「わかった。わかったから。危ないから、もう押すな」
(それで、すこしいきおいをおとした。ししょうはためいきをつきながら、)
それで、少し勢いを落とした。師匠は溜息をつきながら、
(ぼくにおされないようにはやあしですすむ。)
僕に押されないように早足で進む。
(たったひとつのかいちゅうでんとうはふたたびししょうにわたしてしまった。)
たった一つの懐中電灯は再び師匠に渡してしまった。
(のぼってものぼってもかいだんはさきへつづいている。いきがあらくなりあせがひたいからしたたりおちる。)
昇っても昇っても階段は先へ続いている。息が荒くなり汗が額から滴り落ちる。
(でもとまれなかった。えたいのしれないきょうはくかんねんにおいたてられて。)
でも止まれなかった。得体の知れない強迫観念に追い立てられて。
(やがてぼくのみみは、ぼくのでもししょうのものでもないべつのあしおとをとらえる。)
やがて僕の耳は、僕のでも師匠のものでもない別の足音を捉える。
(さんそがたらなくなり、ぜんぽうのしかいがくらくなるなかで)
酸素が足らなくなり、前方の視界が暗くなる中で
(ぼくはそのおとがげんじつなのかどうかをかんがえる。)
僕はその音が現実なのかどうかを考える。
(まうえからきこえてくるようなきがした。そのあしおとがおりてきているような。)
真上から聞こえてくるような気がした。その足音が降りてきているような。
(つぎのかどをまがったときには、それとでくわしてしまうような・・・・・・)
次の角を曲がった時には、それと出くわしてしまうような……
(きゅうにまえをいくししょうがたちどまり、「めをとじていきもとめてろ」と)
急に前を行く師匠が立ち止まり、「目を閉じて息も止めてろ」と
(はやくちにいった。ぼくはとっさにはんのうし、みぎあしだけつぎのだんにかけたまま)
早口に言った。僕はとっさに反応し、右足だけ次の段に掛けたまま
(めをとじていきをとめる。くるしい。)
目を閉じて息を止める。苦しい。
(へいじょうじならともかく、いまは30びょうももちそうにない。)
平常時ならともかく、今は30秒ももちそうにない。
(そのくるしさがきょうふしんをいっしゅんわすれさせたとき、ぼくのからだのなかを)
その苦しさが恐怖心を一瞬忘れさせた時、僕の身体の中を
(あらしのようなこえがとおりすぎた。たくさんのにんげんのうなりごえのような、)
嵐のような声が通り過ぎた。たくさんの人間の唸り声のような、
(うめきごえのようなそれは、ぼくのからだをこおりつかせたあと、)
呻き声のようなそれは、僕の身体を凍りつかせた後、
(せなかからぬけてそのままかいかへときえていった。)
背中から抜けてそのまま階下へと消えていった。
(やがてそれは、ぼくらのあしもとのはるかしたのかいをおりていくあしおとにかわる。)
やがてそれは、僕らの足元の遥か下の階を降りていく足音に変わる。
(それは、すれちがうこともできないせまいいっぽんみちを、)
それは、すれ違うこともできない狭い一本道を、
(いちどもぼくのからだにふれないままとおりすぎていったのだった。)
一度も僕の身体に触れないまま通り過ぎて行ったのだった。
(「いこう」というようにふくをひっぱられ、めをあける。)
「行こう」と言うように服を引っ張られ、目を開ける。
(いったいなにがとおりぬけてちがったんですか?)
一体なにが通り抜けて違ったんですか?
(そんなといかけをくちにしようとして、ぼくのめのまえにいるそれが、)
そんな問い掛けを口にしようとして、僕の目の前にいるそれが、
(ししょうではないことにきづく。ひめいをあげそうになり、くちをおさえる。)
師匠ではないことに気づく。悲鳴をあげそうになり、口を押さえる。
(あおじろく、つめたいそうぼう。ぼくをふあんていにさせるこおりのようなかお。)
青白く、冷たい相貌。僕を不安定にさせる氷のような顔。
(ああ、これはちちだ。ぼくをこわいばしょへつれていくちちだ。)
ああ、これは父だ。僕を怖い場所へ連れて行く父だ。
(ぼくのてをつかんで、じめんのそこへと・・・・・・「どうした」いきなりひらてがとんできた。)
僕の手を掴んで、地面の底へと……「どうした」いきなり平手が飛んで来た。
(ほおのいたみにぼくはわれにかえり、そのしゅんかんにすいこんださんそがのうずいにいきわたる。)
頬の痛みに僕は我にかえり、その瞬間に吸い込んだ酸素が脳髄に行き渡る。
(しかいのはしにししんけいのひばながきらきらとちる。「げんかくでもみたか」)
視界の端に視神経の火花がキラキラと散る。「幻覚でも見たか」
(めのまえのにんげんがししょうのすがたにもどり、そのみぎてがぼくのてのこうをつかんだ。)
目の前の人間が師匠の姿に戻り、その右手が僕の手の甲を掴んだ。
(そしてぼくをひっぱりあげるように、たかいかいだんをのぼりはじめる。)
そして僕を引っ張りあげるように、高い階段を昇り始める。
(「さっきのは、なんだか、しょうじき、わからん」)
「さっきのは、なんだか、正直、わからん」
(ししょうのはぁはぁといういきづかいがらせんじょうのせまいつつのようなくうかんにひびく。)
師匠のハァハァという息遣いが螺旋状の狭い筒のような空間に響く。
(すすでよごれたてであせをふくので、ぼくらはかおじゅうがくろくなっていることだろう。)
煤で汚れた手で汗を拭くので、僕らは顔中が黒くなっていることだろう。
(おりるときにはゆうげんだったおりかえしが、こんどもゆうげんであるほしょうなんてどこにもない。)
降りる時には有限だった折り返しが、今度も有限である保障なんて
(けれど、ぼくはいまひとりではない、というそのいってんだけにしがみついて、)
けれど、僕は今一人ではない、というその一点だけにしがみついて、
(ひたすらあしをあげつづけた。)
ひたすら足を上げ続けた。
(あしがふるえ、いっぽもあるけなくなりかけたとき、かいちゅうでんとうのてらすじょうくうに)
足が震え、一歩も歩けなくなりかけた時、懐中電灯の照らす上空に
(ぽっかりとしかくくひらいたくうかんがしゅつげんした。)
ポッカリと四角く開いた空間が出現した。
(「もどったぞ」ししょうがそのあなからはいでる。ぼくもつづく。)
「戻ったぞ」師匠がその穴から這い出る。僕も続く。
(そこはざしきのおしいれで、わきにさけられたもくせいのふたも、)
そこは座敷の押し入れで、脇に避けられた木製の蓋も、
(すえたたたみのにおいも、もときたときのままだった。)
饐えた畳の匂いも、もと来た時のままだった。
(ずいぶんじかんがたったようなきがするし、あっというまだったようなきもする。)
随分時間が経ったような気がするし、あっという間だったような気もする。
(ただあれほどおっかなびっくりたんさくしていたふるいいえのなかが、)
ただあれほどおっかなびっくり探索していた古い家の中が、
(まるでじぶんのへやのようにかんじられてしまうのはふしぎだった。)
まるで自分の部屋のように感じられてしまうのは不思議だった。
(ししょうが「よっ」とちからをいれてふたをうごかし、ちかへのいりぐちをふういんする。)
師匠が「よっ」と力を入れて蓋を動かし、地下への入り口を封印する。
(ふたがとじきるすんぜんに、せまくなったくうきのとおりみちをなまあたたかいかぜがぬけて)
蓋が閉じきる寸前に、狭くなった空気の通り道を生暖かい風が抜けて
(いやなおとをたてた。うううううう・・・・・・・・・・・・そのうめきごえのようなおともやがてきえた。)
嫌な音を立てた。うううううう…………その呻き声のような音もやがて消えた。
(かんぜんにすきまなくふたをしめると、くうきはもれないようだ。)
完全に隙間なく蓋を閉めると、空気は漏れないようだ。
(これでこのいえにまつわるうわさもなくなるだろうか。)
これでこの家にまつわる噂もなくなるだろうか。
(そうおもったしゅんかん、ずずずずん、というちのそこからひびいてくるようなしょうげきが)
そう思った瞬間、ズズズズン、という地の底から響いてくるような衝撃が
(しゅういのやみをふるわせた。ほうらくをしめすしんどう。ちかのかいだんからだ。)
周囲の闇を振るわせた。崩落を示す振動。地下の階段からだ。
(それはすぐにちょっかんした。)
それはすぐに直感した。
(そして、もうじめんのおくそこのあのへやにはたどりつけなくなったことも。)
そして、もう地面の奥底のあの部屋にはたどり着けなくなったことも。
(つちぼこりのようなにおいがふたからしみだしてくる。)
土埃のような匂いが蓋から染み出してくる。
(ししょうは「あ~あ」といって、はなをならした。)
師匠は「あ~あ」と言って、鼻を鳴らした。
(そしていきをととのえるひまもなく、「でよう。いやなかんじだ」ということばに、)
そして息を整える暇もなく、「出よう。嫌な感じだ」という言葉に、
(ぼくはしたがう。はしらないていどにいそいで、はいるときにぼくがこわしたうらのとぐちから)
僕は従う。走らない程度に急いで、入る時に僕が壊した裏の戸口から
(そとにでた。うらにわをぬけ、ざっそうをかきわけてどべいのくちたきどをもぐる。)
外に出た。裏庭を抜け、雑草を掻き分けて土塀の朽ちた木戸を潜る。
(そのあいだ、ぼくらいがいのなんのけはいもかんじなかった。)
そのあいだ、僕ら以外のなんの気配も感じなかった。
(「おふろにはいりたい」ししょうがそういいながらいえにせをむけ、)
「お風呂に入りたい」師匠がそう言いながら家に背を向け、
(とおくのきいろいがいとうをめじるしにあぜみちのほうへすすむ。)
遠くの黄色い街灯を目印に畦道の方へ進む。
(ぼくはたちどまり、そのいえの「ひしお」とかかれたしょうめんのかまえをながめる。)
僕は立ち止まり、その家の「醤」と書かれた正面の構えを眺める。
(そのぼくのようすにきづいてししょうがふりかえり、かいちゅうでんとうをにかいにむけた。)
その僕の様子に気づいて師匠が振り返り、懐中電灯を二階に向けた。
(にかいのまどのこうしどはさいしょにみたときのまませいぜんとならんでいる。)
二階の窓の格子戸は最初に見た時のまま整然と並んでいる。
(「しらべてみたいなんていうなよ」ししょうのこえがつめたくひびく。)
「調べてみたいなんて言うなよ」師匠の声が冷たく響く。
(「あのぶどうはすっぱい、だ」ししょうはきびすをかえしてあるきだす。)
「あの葡萄は酸っぱい、だ」師匠は踵を返して歩き出す。
(おいていかれまいと、おいかける。)
置いていかれまいと、追いかける。
(かえるのなきごえをききながら、ぼくはおちこんでいた。)
蛙の鳴き声を聞きながら、僕は落ち込んでいた。
(あの、ちかしつのまどべでとりみだしていたのはぼくだった。)
あの、地下室の窓辺で取り乱していたのは僕だった。
(わめいて、はがいじめをふりほどこうとしていたししょうではなく。)
喚いて、羽交い絞めを振りほどこうとしていた師匠ではなく。
(それはぼくにもししょうにもよくわかっている。)
それは僕にも師匠にも良く分かっている。
(またしつぼうさせてしまったし、それをめんとむかって)
また失望させてしまったし、それを面と向かって
(せめられないこともぎゃくにつらかった。)
責められないことも逆に辛かった。
(けれどあのとき、ししょうをとめていなかったとしたら、)
けれどあの時、師匠を止めていなかったとしたら、
(ぼくにはそのあとのせかいをそうぞうできないのだ。)
僕にはその後の世界を想像できないのだ。
(「すみません」といって、ぼくはこうべをたれた。)
「すみません」と言って、僕は頭を垂れた。