怪物 「転」-5-
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問題文
(ふだんくらすめーととはきょりをおいているわたしが、)
普段クラスメートとは距離を置いている私が、
(ずかずかとぷらいべーとにふみこんでくるのをふかいそうにするれんちゅうから、)
ズカズカとプライベートに踏み込んで来るのを不快そうにする連中から、
(それでもなんとかじゅうようなぶぶんをききだす。)
それでもなんとか重要な部分を聞き出す。
(「みたよ。おかあさんをころしちゃうゆめ」そんなこたえをしたこが、ふくすういた。)
「見たよ。お母さんを殺しちゃう夢」そんな答えをした子が、複数いた。
(やっぱりだ。みんなおなじゆめをみている。さいぶまでおなじ。)
やっぱりだ。みんな同じ夢を見ている。細部まで同じ。
(どあのちぇーんをはずして、むかえいれたははおやにはものできりつけるゆめだ。)
ドアのチェーンを外して、迎え入れた母親に刃物で切りつける夢だ。
(わたしはきのうきょうとくりかえされたゆめのなかでげんじつとことなるばめんが)
私は昨日今日と繰り返された夢の中で現実と異なる場面が
(にどもつづいたことがひっかかっていた。)
2度も続いたことが引っ掛かっていた。
(わたしのいえのげんかんのどあには、ちぇーんなんかないのに。)
私の家の玄関のドアには、チェーンなんかないのに。
(そしてせのびをしてそのちぇーんにてをのばしたこと。)
そして背伸びをしてそのチェーンに手を伸ばしたこと。
(これはあきらかにおかしい。170せんちをこえるわたしが)
これは明らかにおかしい。170センチを超える私が
(せのびしなくてはいけないなんてことはないはずだ。)
背伸びしなくてはいけないなんてことはないはずだ。
(こどものころにうえつけられたきおくでもない。)
子どものころに植えつけられた記憶でもない。
(ずっとあのいえにすんでいるのだから。)
ずっとあの家に住んでいるのだから。
(だから、あのせのびをしてちぇーんをはずすかんかくは、)
だから、あの背伸びをしてチェーンを外す感覚は、
(わたしのなかではなくどこかそとがわからやってきたものなのだ。)
私の中ではなくどこか外側からやって来たものなのだ。
(そう。たとえば、ははおやをにくみ、ころしたがっているこどものいしきが、)
そう。例えば、母親を憎み、殺したがっている子どもの意識が、
(あるいはそのためにみているははおやごろしのゆめが、)
あるいはそのために見ている母親殺しの夢が、
(そのこのちいさなずがいこつからもれでて、よるのやみをさまよい、しんしょくし、ゆうかいし、)
その子の小さな頭蓋骨から漏れ出て、夜の闇を彷徨い、侵食し、融解し、
(わたしたちのゆめのなかへとこんせんするようにはいりこんでくるのだ。)
私たちの夢の中へと混線するように入り込んで来るのだ。
(それはよごとにわたしたちのしんそういしきへはきけのするようなくらいかんじょうを)
それは夜毎に私たちの深層意識へ吐き気のするような暗い感情を
(ひたひた、ひたひたとすりこんでいく。)
ひたひた、ひたひたと刷り込んでいく。
(わたしはきょうしつのまんなかで、ひじをかかえてうごけなくなった。)
私は教室の真ん中で、肘を抱えて動けなくなった。
(こわい。だれかこのふるえをとめてくれ。)
怖い。誰かこの震えを止めてくれ。
(くらすめーとたちのしせんがようしゃなくつきささる。へんなやつだろう。)
クラスメートたちの視線が容赦なく突き刺さる。変なヤツだろう。
(わたしもそうおもう。しばらくかたまったままこきゅうをととのえる。)
私もそう思う。しばらく固まったまま呼吸を整える。
(きょうふしんがきりのようにちっていくのをまつ。)
恐怖心が霧のように散っていくのを待つ。
(よし。まだがんばれる。そしてあるきだす。)
よし。まだ頑張れる。そして歩き出す。
(そのひのひるやすみ。わたしはじぶんのせきにのーとをひろげ、)
その日の昼休み。私は自分の席にノートを広げ、
(これまでにあつめたじょうほうをせいりしていた。)
これまでに集めた情報を整理していた。
(まずきいてまわった「こわいゆめ」について。)
まず聞いて回った「怖い夢」について。
(わかったことはみんなかなりいぜんから「こわいゆめをみている」という)
分かったことはみんなかなり以前から「怖い夢を見ている」という
(ばくぜんとしたきおくがあったこと。)
漠然とした記憶があったこと。
(そしてきのう、つまりもくようびのあさ、わたしのようにはじめてそのゆめのないようを)
そして昨日、つまり木曜日の朝、私のように初めてその夢の内容を
(おぼえていたというこがなんにんかいる。そのゆめはははおやをころすゆめ。)
覚えていたという子が何人かいる。その夢は母親を殺す夢。
(おぼえているせんめいさにさはあっても、ほぼおなじないようのゆめであることはまちがいない。)
覚えている鮮明さに差はあっても、ほぼ同じ内容の夢であることは間違いない。
(つまり、げんじつのげんかんのどあにちぇーんがあるこもないこもいちように、)
つまり、現実の玄関のドアにチェーンがある子もない子も一様に、
(ゆめのなかではげんかんにちぇーんがあり、それをはずしてははおやをむかえいれている。)
夢の中では玄関にチェーンがあり、それを外して母親を迎え入れている。
(ははおやのかおはそれぞれのははおやのものだ。)
母親の顔はそれぞれの母親のものだ。
(けれどまちがいなくじぶんのははおやのかおだったかととわれると、みんなくちごもる。)
けれど間違いなく自分の母親の顔だったかと問われると、みんな口ごもる。
(それは”ははおや”といういめーじそのものをちかくし、あさおきてから)
それは"母親"というイメージそのものを知覚し、朝起きてから
(それをおもいだそうとしたときにじぶんのなかのははおやのしかくじょうほうをあてはめて、)
それを思い出そうとしたときに自分の中の母親の視覚情報を当てはめて、
(きおくのなかでさいこうちくがおこなわれているということなのかもしれない。)
記憶の中で再構築が行われているということなのかも知れない。
(わたしもゆめのなかでどあをあけてはいってくるははおやのかおに、)
私も夢の中でドアを開けて入って来る母親の顔に、
(いや、そのひょうじょうにいわかんをかんじている。)
いや、その表情に違和感を感じている。
(ほんものそっくりだけれどりんかくのさだまらないかめんをつけているような、いわかん。)
本物そっくりだけれど輪郭の定まらない仮面を着けているような、違和感。
(「いわかん」とのーとにかこうとして、かんじがわからずなおしているうちに)
『違和感』とノートに書こうとして、漢字が分からず直しているうちに
(ぐしゃぐしゃにしてしまい、めだまをつけてけむしにした。)
グシャグシャにしてしまい、目玉をつけて毛虫にした。
(みんなははおやをころすゆめをみたことをしゅういにはなしていない。)
みんな母親を殺す夢を見たことを周囲に話していない。
(たしかにたにんにはなしてもきぶんのよいものではないだろう。)
確かに他人に話しても気分の良いものではないだろう。
(だから、おたがいがおなじゆめをみていることをまだしらない。)
だから、お互いが同じ夢を見ていることをまだ知らない。
(どうする?ちゅういをかんきするべきか。それはすぐにきゃっかする。)
どうする? 注意を喚起するべきか。それはすぐに却下する。
(いみがない。せめてこれからなにがおこるのか、あるいはなにもおこらないのか、)
意味がない。せめてこれから何が起こるのか、あるいは何も起こらないのか、
(わかってからだ。もうひとつじゅうようなことがある。)
分かってからだ。もう一つ重要なことがある。
(「こわいゆめ」をみていたというばくぜんとしたにんしきがあったこもいれば、)
「怖い夢」を見ていたという漠然とした認識があった子もいれば、
(そんなにんしきがないこもいる。そしてにんしきがあったこのなかでも、)
そんな認識がない子もいる。そして認識があった子の中でも、
(きのうのもくようびからゆめをおぼえているこもいれば、)
昨日の木曜日から夢を覚えている子もいれば、
(けさはじめておぼえていたというこもいるし、)
今朝初めて覚えていたという子もいるし、
(そしてまだ「なんかこわいゆめをみたけどわすれちゃった」というこもいるのだ。)
そしてまだ「なんか怖い夢を見たけど忘れちゃった」という子もいるのだ。
(このこじんさが、あるいはれいかんとよばれるもののさなのかもしれない。)
この個人差が、あるいは霊感と呼ばれるものの差なのかも知れない。
(けれどなぜかたんじゅんにそうおもえないのだ。)
けれど何故か単純にそう思えないのだ。
(その”れいかん”がえいきょうしているのもまちがいないだろう。)
その”霊感”が影響しているのも間違いないだろう。
(でも、ここにはなにかべつのようそがあるようにおもえてならない。)
でも、ここにはなにか別の要素があるように思えてならない。
(わたしはかばんから、おりたたんでつっこんでおいたしないのちずをとりだす。)
私は鞄から、折り畳んで突っ込んでおいた市内の地図を取り出す。
(そしていっさくじつからおこっているさまざまなかいげんしょうのしゅつげんぽいんとをちずじょうに)
そして一昨日から起こっている様々な怪現象の出現ポイントを地図上に
(おれんじいろのまーかーでおとしていく。)
オレンジ色のマーカーで落としていく。
(きのういちにちにもいろいろとおこっていたらしい。)
昨日一日にも色々と起こっていたらしい。
(これまでのやすみじかんにはじもがいぶんもなくかきあつめたじょうほうだけでも)
これまでの休み時間に恥も外聞もなく掻き集めた情報だけでも
(かなりのかずのいへんがかくにんできる。かぜもないりょくどうこうえんのじょうくうを、)
かなりの数の異変が確認できる。風もない緑道公園の上空を、
(おおきなもうふがふわふわとゆっくりとんでいたかとおもうときゅうにらっかして)
大きな毛布がふわふわとゆっくり飛んでいたかと思うと急に落下して
(かわにおちたというじけん。)
川に落ちたという事件。
(しかくしけんのためのよびこうで、こうしのまいくがげんいんふめいのうなりごえを)
資格試験のための予備校で、講師のマイクが原因不明の唸り声を
(ひろってしまいじゅぎょうにならなかったというじけん。)
拾ってしまい授業にならなかったという事件。
(じゅうたくがいのでんしんばしらが、だれもきづかないうちにひきぬかれ、)
住宅街の電信柱が、誰も気づかない内に引き抜かれ、
(そのばでこんくりーとべいにたてかけられていたというじけん。)
その場でコンクリート塀に立てかけられていたという事件。
(こんなきみょうなできごとがひんぱつしているというのだ。)
こんな奇妙な出来事が頻発しているというのだ。
(なかにはただのおもいちがいや、だれかのいたずらがまじっているかもしれない。)
なかにはただの思い違いや、誰かのイタズラが混じっているかも知れない。
(でもひとつひとつにしゅざいをしてかくにんしていくよゆうはない。)
でもひとつひとつに取材をして確認していく余裕はない。
(わたしはとにかくそうしたじょうほうがあったばしょをちずにかきいれつづけた。)
私はとにかくそうした情報があった場所を地図に書き入れ続けた。
(「できた」かおをのーとからはなし、ふかんしてみる。てんざいするおれんじいろ。)
「出来た」顔をノートから離し、俯瞰して見る。点在するオレンジ色。
(いっけんなんのほうそくもないようにみえるそれをしんちょうにゆびでおう。)
一見なんの法則もないように見えるそれを慎重に指で追う。
(いちばんみぎはし、つまりひがしのはしにあるてんにしゃーぺんのしんをたて、)
一番右端、つまり東の端にある点にシャーペンの芯を立て、
(そのひだりななうえめじょうにあるてんまでせんをひく。)
その左斜め上にある点まで線を引く。
(そのまますむーずにのばすとつぎのてんがある。かみをすべるしゃーぺんのおと。)
そのままスムーズに伸ばすと次の点がある。紙を滑るシャーペンの音。