怪物 「転」-6-
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問題文
(そうしてちずじょうのいちばんそとがわのおれんじいろをむすんでいくと、)
そうして地図上の一番外側のオレンジ色を結んでいくと、
(そこにはすこしいびつなかっこうの「えん」があらわれた。)
そこには少しいびつな格好の「円」が現れた。
(ほかのおれんじいろはすべてそのうちがわにある。)
他のオレンジ色はすべてその内側にある。
(そうぞうがげんじつになっていくことにぞくぞくする。)
想像が現実になっていくことにゾクゾクする。
(つぎにわたしはいえからもってきたどうきゅうせいのじゅうしょろくをかばんからとりだす。)
次に私は家から持って来た同級生の住所録を鞄から取り出す。
(まさかとおもいながらもきのうたてたかせつにやくだつかもしれないとよういしたのだが、)
まさかと思いながらも昨日立てた仮説に役立つかも知れないと用意したのだが、
(さっそくつかうばめんがきた。はじめてひらくじゅうしょろくをかたてに、きょうきいた)
さっそく使う場面が来た。初めて開く住所録を片手に、今日聞いた
(「こわいゆめ」をみていたというこのいえがあるあたりを、)
「怖い夢」を見ていたという子の家がある辺りを、
(ひとつひとつけいこうぺんでぬっていく。)
ひとつひとつ蛍光ペンで塗っていく。
(もくようびにみたこ。きんようびにみたこ。そしてまだないようをおもいだせないこ。)
木曜日に見た子。金曜日に見た子。そしてまだ内容を思い出せない子。
(それぞれあか、あお、みどりのみっつのいろをつかってぬりわける。)
それぞれ赤、青、緑の3つの色を使って塗り分ける。
(それらのいろとおれんじいろとのかんれんせいはみつけられない。)
それらの色とオレンジ色との関連性は見つけられない。
(せっきんしているのもあれば、まったくはなれているものもある。)
接近しているのもあれば、全く離れているものもある。
(おれんじのえんのそとがわにいちしているもさえある。)
オレンジの円の外側に位置しているもさえある。
(けれどあか、あお、みどりにはあきらかにそうかんせいがあった。)
けれど赤、青、緑には明らかに相関性があった。
(あかがもっともえんのちゅうしんにちかく、あお、みどりのじゅんにそこからはなれていっている。)
赤が最も円の中心に近く、青、緑の順にそこから離れていっている。
(はやいじきにゆめをおもいだせたひとほど、えんのちゅうしんにちかいばしょにすんでいるのだ。)
早い時期に夢を思い出せた人ほど、円の中心に近い場所に住んでいるのだ。
(ふぅ、といきをついてぺんをおく。)
ふぅ、と息をついてペンを置く。
(きのう、ぽるたーがいすとげんしょうについてのほんをよみながらわたしはかんがえていた。)
昨日、ポルターガイスト現象についての本を読みながら私は考えていた。
(もしかりに、まちじゅうでおきたかいげんしょうがそれぞれこべつのげんしょうでないとしたら。)
もし仮に、街中で起きた怪現象がそれぞれ個別の現象でないとしたら。
(もしかりに、このかいげんしょうのしょうてんとなっているのがたったひとりのにんげんだとしたら。)
もし仮に、この怪現象の焦点となっているのがたった一人の人間だとしたら。
(もしかりに、つうじょう、へいさてきなかおくのなかでしかえいきょうをおよぼさないはずの)
もし仮に、通常、閉鎖的な家屋の中でしか影響を及ぼさないはずの
(ぽるたーがいすとげんしょうが、かべをこえておくがいまでそのちからを)
ポルターガイスト現象が、壁を越えて屋外までその力を
(およぼしているのだとしたら。そしてもしかりに、ぽるたーがいすとげんしょうのしょうたいが、)
及ぼしているのだとしたら。そしてもし仮に、ポルターガイスト現象の正体が、
(rspk、はんぷくせいぐうはつせいねんりきによるむいしきのじこけんじせいとぼうりょくせいの)
RSPK、反復性偶発性念力による無意識の自己顕示性と暴力性の
(はつろだとしたならば・・・・・・とんでもないちからだ。そらおそろしくなるような。)
発露だとしたならば……とんでもない力だ。そら恐ろしくなるような。
(しないぜんいきのほぼはんぶんをそのえいきょうかにおいてしまっているなんて。)
市内全域のほぼ半分をその影響下に置いてしまっているなんて。
(さむけがあたまのしんにまではいあがってくる。)
寒気が頭の芯にまで這い上がってくる。
(「えきどなをさがせ」まさききょうこのこえがのうりをかすめる。)
『エキドナを探せ』間崎京子の声が脳裏を掠める。
(かいげんしょうをかいぶつになぞらえたあのおんなは、ひじょうかいだんではなしをした)
怪現象を怪物になぞらえたあの女は、非常階段で話をした
(きのうのあのじてんで、いまのわたしとおなじすいろんにたっしていたのだろうか。)
昨日のあの時点で、今の私と同じ推論に達していたのだろうか。
((まさかあいつが)とおもったが、じゅうしょろくにのっているまさききょうこのじゅうしょは)
(まさかあいつが)と思ったが、住所録に載っている間崎京子の住所は
(しないのはずれにあり、おれんじのえんのそとがわにいちしている。)
市内の外れにあり、オレンジの円の外側に位置している。
(ちがうな。あいつはちがう。なにより「こわいゆめ」とのせいごうせいがとれない。)
違うな。あいつは違う。なにより「怖い夢」との整合性が取れない。
(おそらく、そうぞうにそうぞうを、いやもうそうをかさねているが、)
恐らく、想像に想像を、いや妄想を重ねているが、
(「こわいゆめ」をみているしゅたいこそがえきどななのだろう。)
「怖い夢」を見ている主体こそがエキドナなのだろう。
(かのじょがみているゆめがめにみえないきりのようによるのまちにもれでて、)
彼女が見ている夢が目に見えない霧のように夜の街に漏れ出て、
(それをねむっているわたしたちののうのどこかがきゃっちする。)
それを眠っている私たちの脳のどこかがキャッチする。
(そしてまるでじぶんのことのように、あくむとしてそれがさいせいされる。)
そしてまるで自分のことのように、悪夢としてそれが再生される。
(そのもれでるゆめがきゅうにつよくなり、えいきょうするはんけいをひろげている。)
その漏れ出る夢が急に強くなり、影響する半径を広げている。
(そのたいみんぐはかいげんしょうがまちにふんしゅつしはじめたのとほぼおなじだ。)
そのタイミングは怪現象が街に噴出し始めたのとほぼ同じだ。
(わたしはちずにめをおとし、あか、あお、みどりのじゅんにそとへひろがっていくてんをみつめる。)
私は地図に目を落とし、赤、青、緑の順に外へ広がっていく点を見つめる。
(よごとにちくせきされていくみにおぼえのないははおやへのぞうお。)
夜毎に蓄積されていく身に覚えのない母親への憎悪。
(そしてそのあくいが、さついにかわったとき、いったいなにがおこるのか。)
そしてその悪意が、殺意に変わったとき、一体なにが起こるのか。
(ははおやのくびすじからふきだすせんけつのきおく。きけんだ。)
母親の首筋から吹き出す鮮血の記憶。危険だ。
(いぜんからばくぜんとかんじていたふあんなどより、はるかに。)
以前から漠然と感じていた不安などより、はるかに。
(そしてたぶんえきどなはちいさなこどもだ。)
そして多分エキドナは小さな子どもだ。
(どあのちぇーんをはずすためにせのびをしているから。)
ドアのチェーンを外すために背伸びをしているから。
(かのじょはなんらかのりゆうでははおやをにくみ、そのじょうきょうをだはできないでいる。)
彼女はなんらかの理由で母親を憎み、その状況を打破できないでいる。
(そのすとれすがぽるたーがいすとげんしょうのげんいんとなっている。)
そのストレスがポルターガイスト現象の原因となっている。
(かのじょ?そこまでかんがえて、ふとひっかかるものをかんじた。)
彼女?そこまで考えて、ふと引っ掛かるものを感じた。
(しぜんとうかんださんにんしょうだったが、これはぎりしゃしんわにでてくる)
自然と浮かんだ三人称だったが、これはギリシャ神話に出てくる
(かいぶつえきどながおんなだったからだろうか。)
怪物エキドナが女だったからだろうか。
(いや、わたしは”なった”からわかるんだとおもう。)
いや、私は"なった"から分かるんだと思う。
(ゆめのなかで、くらいへやにひとりでははおやをまっているこどもはおんなのこだ。)
夢の中で、暗い部屋に一人で母親を待っている子どもは女の子だ。
(そのこは、いまもそこにいるのかもしれない。)
その子は、今もそこにいるのかも知れない。
((みつけたい)そうおもった。みつけたとしても、すくえるとはおもわない。)
(見つけたい)そう思った。見つけたとしても、救えるとは思わない。
(わたしもただのこうこうせいいちねんせいにすぎないのだから。(でもみつけたい))
私もただの高校生1年生にすぎないのだから。(でも見つけたい)
(いたずらにせよ、rspkにせよ、ぽるたーがいすとげんしょうの)
イタズラにせよ、RSPKにせよ、ポルターガイスト現象の
(あせりてんになっているてぃーんえいじゃーたちのこころのさけびは、たぶんひとつだ。)
焦点になっているティーンエイジャーたちの心の叫びは、たぶん一つだ。
(「ぼくをみて」「わたしにきづいて」)
『ぼくを見て』『わたしに気づいて』
(そんなこえにならないこえがせかいにはみちている。)
そんな声にならない声が世界には満ちている。
(きゅうにかなしいきもちがむねにあふれてきて、おもわずせきをたった。)
急に悲しい気持ちが胸にあふれてきて、思わず席を立った。
(きょうしつでは、ひるのおべんとうをたべおわったくらすめーとたちが)
教室では、昼のお弁当を食べ終わったクラスメートたちが
(それぞれのむれをつくっておしゃべりにきょうじている。だれもわたしをみていない。)
それぞれの群れを作っておしゃべりに興じている。誰も私を見ていない。
(むれをさけるようにひとりでといれにむかう。わかっている。)
群れを避けるように一人でトイレに向かう。分かっている。
(くらすめーとたちとのあいだにかべをつくっているのはわたしじしんだ。)
クラスメートたちとの間に壁を作っているのは私自身だ。
(でもだれもそのうちがわにいれたくない。ひとりでいるかぎり、だれにもうらぎられない。)
でも誰もその内側に入れたくない。一人でいる限り、誰にも裏切られない。
(ろうかをあるくうわばきのおと。うしろからついてきているもうひとつのおとにふりかえる。)
廊下を歩く上履きの音。後ろからついて来ているもう一つの音に振り返る。
(「たかのさん」たかのしほはそのよびかけにびくりとしてたちどまった。)
「高野さん」高野志穂はその呼び掛けにビクリとして立ち止まった。
(おなじようなこうけいをさいきんみたきがする。)
同じような光景を最近見た気がする。
(かるいでじゃヴ。)
軽いデジャヴ。
(「なにかよう?」つっけんどんなくちょうでとうと、)
「なにか用?」つっけんどんな口調で問うと、
(かのじょは「いや、あ、べつに」といってくちごもってしまう。)
彼女は「いや、あ、別に」と言って口ごもってしまう。
(それでもかおをすっとあげたかとおもうと、「さいきん、すこしおかしいよね」といった。)
それでも顔をスッと上げたかと思うと、「最近、少しおかしいよね」と言った。
(おかしいとも。くらすのれんちゅうのようにうわさばなしがしたいんなら、ほかをあたってくれ。)
おかしいとも。クラスの連中のように噂話がしたいんなら、他を当たってくれ。
(そんないみのことばをくちにすると、)
そんな意味の言葉を口にすると、
(かのじょはてのひらをこちらにむけてふりながらいう。)
彼女は手のひらをこちらに向けて振りながら言う。
(「あ、そうじゃなくて、やまなかさんが。なんていうか。いつもはもっと、)
「あ、そうじゃなくて、山中さんが。なんていうか。いつもはもっと、
(まわりにきょうみがないっていうか。きのうもだけど、きょうもほかのこにはなしかけてたし」)
周りに興味がないっていうか。昨日もだけど、今日も他のコに話し掛けてたし」