怪物 「結」上-6-(完)

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(うそだ!これはうそだ。まさききょうこは、そんなゆめをみていないといったはずだ。)

嘘だ!これは嘘だ。間崎京子は、そんな夢を見ていないと言ったはずだ。

(それともけさわたしにそういってから、このよるまでのあいだにかのじょはねむり、)

それとも今朝私にそう言ってから、この夜までの間に彼女は眠り、

(えきどながみるゆめとしんくろしてははおやごろしをついたいけんしたというのか。)

エキドナが見る夢とシンクロして母親殺しを追体験したというのか。

(くす、くす、くす・・・・・・こん、こん、こん・・・・・・)

クス、クス、クス……コン、コン、コン……

(しのびわらいと、せきのおとがこうごにきこえる。)

忍び笑いと、咳の音が交互に聞こえる。

(「わたしは、うそなんてついてないわ。ただあなたが)

「わたしは、嘘なんてついてないわ。ただあなたが

(「ははおやをころすゆめをみたか」ときくから「みてない」といっただけよ」)

『母親を殺す夢を見たか』と聞くから『見てない』と言っただけよ」

(「それのどこがうそじゃないっていうんだ。おまえもはものできりつけるゆめを)

「それのどこが嘘じゃないって言うんだ。おまえも刃物で切りつける夢を

(みているじゃないか」こえをあらげかけるわたしに、たんたんとしたこえが)

見ているじゃないか」声を荒げかける私に、淡々とした声が

(いさめるようにふってくる。)

諌めるように降って来る。

(「わたしがみていたゆめは、「しらないおんなをころすゆめ」よ」)

「わたしが見ていた夢は、『知らない女を殺す夢』よ」

(なに?よそうがいのこたえにわたしはいっしゅんしこうていしじょうたいにおちいる。)

なに?予想外の答えに私は一瞬思考停止状態に陥る。

(「げつようびだったかしら、それともかようびだったかな?ちぇーんをはずして、)

「月曜日だったかしら、それとも火曜日だったかな? チェーンを外して、

(どあからくびをだすみおぼえのないおんなのくびすじにはものできりつけるゆめをみたのよ。)

ドアから首を出す見覚えのない女の首筋に刃物で切りつける夢を見たのよ。

(いちどみてからはまいにち。ほかのみんなはそれがははおやのかおだとおもっているみたいね」)

一度見てからは毎日。他のみんなはそれが母親の顔だと思っているみたいね」

(どういうことだ?まさききょうこだけは、ゆめのなかでころしたあいてが)

どういうことだ? 間崎京子だけは、夢の中で殺した相手が

(ははおやではないというのか?なぜだ。)

母親ではないと言うのか? 何故だ。

(「おかしいとおもわない?ゆめにでてくるちぇーんのついたどあだとか、)

「おかしいと思わない? 夢に出てくるチェーンのついたドアだとか、

(それにてをのばしてせのびをするかんかくは、みんなじっさいのじぶんのものではない、)

それに手を伸ばして背伸びをする感覚は、みんな実際の自分のものではない、

(いうならばこをちょうえつしたきょうつうげんごとしてでてくるのに、ころしたあいてのかおだけは)

言うならば個を超越した共通言語として出て来るのに、殺した相手の顔だけは

など

(げんじつのじぶんのははおやのかおだなんて」)

現実の自分の母親の顔だなんて」

(まて。それについてはかんがえたことがある。わたしはこうおもったのだ。)

待て。それについては考えたことがある。私はこう思ったのだ。

(「・・・・・・それは”ははおや”といういめーじそのものをちかくし、)

『……それは"母親"というイメージそのものを知覚し、

(あさおきてからそれをおもいだそうとしたときにじぶんのなかの)

朝起きてからそれを思い出そうとしたときに自分の中の

(ははおやのしかくじょうほうをあてはめて、きおくのなかでさいこうちくがおこなわれている)

母親の視覚情報を当てはめて、記憶の中で再構築が行われている

(ということなのかもしれない」と。)

ということなのかも知れない』と。

(「ちぇーんのついたどあ」や「とどかないて」というきごうが、)

「チェーンのついたドア」や「届かない手」という記号が、

(そのままのすがたでもそのほんしつをみうしなわれないのにたいし、)

そのままの姿でもその本質を見失われないのに対し、

(「ははおや」というきごうが、もしかりにべつのしらないおんなのかおであらわれたとしたならば、)

「母親」という記号が、もし仮に別の知らない女の顔で現れたとしたならば、

(それはほんしつをそうしつしわたしたちにそのいみをりかいさせることさえ)

それは本質を喪失し私たちにその意味を理解させることさえ

(できないにちがいない。「ははおや」であるために、ははおやのかめんをかぶっていたのだ。)

出来ないに違いない。「母親」であるために、母親の仮面を被っていたのだ。

(では、まさききょうこのみた「しらないおんな」とは・・・・・・)

では、間崎京子の見た「知らない女」とは……

(「わたしに、ははおやをころすゆめなんてみられるわけがないわ。)

「わたしに、母親を殺す夢なんて見られるわけがないわ。

(だって、わたしはままのかお、しらないんですもの」しずかに、かのじょはそういった。)

だって、わたしはママの顔、知らないんですもの」静かに、彼女はそう言った。

(「ままはわたしがうまれるときにしんだわ。いえにはしゃしんものこっていない」)

「ママはわたしが生まれる時に死んだわ。家には写真も残っていない」

(じゅわきからたんたんととうきがなるようなこえがきこえてくる。)

受話器から淡々と陶器が鳴るような声が聞こえて来る。

(「みたことはなくても、あんなみにくいかおのおんなが、)

「見たことはなくても、あんな醜い顔の女が、

(わたしのままではないことくらいわかるわ」)

わたしのママではないことくらい分かるわ」

(じぶんのびぼうのことをあんにいいながら、それをはなにかけるようないやみさを)

自分の美貌のことを暗に言いながら、それを鼻にかけるような嫌味さを

(まったくかんじさせないしぜんなくちょうだった。)

全く感じさせない自然な口調だった。

(まさききょうこのけーすは、ははおやとべっきょしているというぽるたーがいすとげんしょうの)

間崎京子のケースは、母親と別居しているというポルターガイスト現象の

(けいけんしゃでもあったせんぱいとは、あきらかにそのはいけいがことなっている。)

経験者でもあった先輩とは、明らかにその背景が異なっている。

(せんぱいはいえにいないはずのははおやをころすゆめを、「ありえないゆめ」としょうしたけれど、)

先輩は家にいないはずの母親を殺す夢を、『ありえない夢』と称したけれど、

(ころすあいてのかおは「ははおや」のかおとしてにんしきしている。)

殺す相手の顔は「母親」の顔として認識している。

(いまげんじつにははおやがいなくとも、そのかおをしってさえいればよいのだ。)

今現実に母親がいなくとも、その顔を知ってさえいれば良いのだ。

(まさききょうこはそのかおすらしらず、「しらないおんな」が「ははおや」といういみを)

間崎京子はその顔すら知らず、「知らない女」が「母親」という意味を

(もつためのかめんをかぶせることができなかったのだ。)

持つための仮面を被せることが出来なかったのだ。

(ならば、まさききょうこのゆめにあらわれたおんなこそ、えきどなにさついをいだかせた)

ならば、間崎京子の夢に現れた女こそ、エキドナに殺意を抱かせた

(ははおやそのものなのではないのか。「ははおや」というかめんのしたの、すがおだ。)

母親そのものなのではないのか。「母親」という仮面の下の、素顔だ。

(「そう。そのおんなが、かいぶつたちのははおやのははおや。つみぶかいがいあね」)

「そう。その女が、怪物たちの母親の母親。罪深いガイアね」

(つかまえた。ついにつかまえた。)

捕まえた。ついに捕まえた。

(まさききょうこにさえきょうりょくしてもらえれば、えきどなはみつけられる。)

間崎京子にさえ協力してもらえれば、エキドナは見つけられる。

(あるいは、きょうたずねてまわったいえいえのしゅふたちのなかのだれかが)

あるいは、今日訪ねて回った家々の主婦たちの中の誰かが

(そのははおやだったのかもしれない。)

その母親だったのかも知れない。

(「そのおんなのかおは、まだはっきりおぼえているか」)

「その女の顔は、まだはっきり覚えているか」

(おがむようなわたしのといかけに、かのじょはやさしいくちょうでこたえた。)

拝むような私の問い掛けに、彼女は優しい口調で答えた。

(「おぼえているわ。にがおえをかきましょうか。わたし、えはとくいなのよ」)

「覚えているわ。似顔絵を描きましょうか。わたし、絵は得意なのよ」

(よし。よし!わたしはおもわずじゅわきにきすしそうになる。)

良し。良し!私は思わず受話器にキスしそうになる。

(あんがいいいやつじゃないか。まさききょうこは。そんなことをあたまのなかでさけんでいた。)

案外いいヤツじゃないか。間崎京子は。そんなことを頭の中で叫んでいた。

(あとにしておもうと、われながらたんじゅんだったとおもう。「どっちにしてもあしたね。)

後にして思うと、我ながら単純だったと思う。「どっちにしても明日ね。

(こんなよるにはさがせないわ。あした、えをかいていくから」)

こんな夜には探せないわ。明日、絵を描いていくから」

(またこん、こん、というせきがもれる。)

またコン、コン、という咳が漏れる。

(「ああ、ありがとう。むりしなくてもいから。からだにきをつけて」)

「ああ、ありがとう。無理しなくてもいから。身体に気をつけて」

(じゃあ、あしたがっこうで。そういってわたしはじゅわきをおいた。)

じゃあ、明日学校で。そう言って私は受話器を置いた。

(あしただ。あしたにはみつけられる。めをとじて、それをいめーじする。)

明日だ。明日には見つけられる。目を閉じて、それをイメージする。

(「むりしなくてもいいから。からだにきをつけてぇ」)

「ムリしなくてもいいから。カラダに気をつけてぇ」

(こえにふりむくと、いもうとがろうかでくねくねとからだをゆらしながら)

声に振り向くと、妹が廊下でくねくねと身体を揺らしながら

(わたしのものまねをしていた。おとことのでんわだとじゃすいしているようだ。)

私の物真似をしていた。オトコとの電話だと邪推しているようだ。

(えきどなだとかははおやごろしだとかのあやしげなぶぶんはきかれていないらしい。)

エキドナだとか母親殺しだとかの怪しげな部分は聞かれていないらしい。

(「もうねろ、がき」「じぶんだってまだこどもじゃん」「きゃみそーるかえせ」)

「もう寝ろ、ガキ」「自分だってまだ子どもじゃん」「キャミソール返せ」

(「あ、やだ、もうちょいかして」)

「あ、やだ、もうちょい貸して」

(そんなくだらないやりとりをしたあと、わたしはへやにもどった。)

そんなくだらないやりとりをしたあと、私は部屋に戻った。

(つかれた。ばたりとべっどにたおれこむ。)

疲れた。ばたりとベッドに倒れ込む。

(ころがってあおむけにしせいをかえてから、きょうあったことをじゅんばんにおもいだしてみる。)

転がって仰向けに姿勢を変えてから、今日あったことを順番に思い出してみる。

(にどめの「ははおやをころすゆめ」。がっこうでのじょうほうしゅうしゅう。えんけいのちずのかんせい。)

2度目の『母親を殺す夢』。学校での情報収集。円形の地図の完成。

(せんぱいをおこらせたこと。ちゅうしんちのききこみ。むだあし。かったままのはさみ。)

先輩を怒らせたこと。中心地の聞き込み。無駄足。買ったままの鋏。

(はさみのきえたまち。まさききょうことのでんわ・・・・・・)

鋏の消えた街。間崎京子との電話……

((そういえば、せんぱいのへやにもはさみがあったな))

(そういえば、先輩の部屋にも鋏があったな)

(せんぱいがさいばばのまねをしていたときにてにもっていたはさみ。)

先輩がサイ・ババの真似をしていたときに手に持っていた鋏。

(てーぶるのうえにむぞうさにおかれていたものだったけれど、てのひらから)

テーブルの上に無造作に置かれていたものだったけれど、手のひらから

((わたしにはふくのすそからにしかみえなかったが)ほうせきやはいをだしてみせる)

(私には服の裾からにしか見えなかったが)宝石や灰を出してみせる

(というきせきのさいげんをするのに、かくしにくいはさみはてきせつなものだっただろうか。)

という奇蹟の再現をするのに、隠しにくい鋏は適切な物だっただろうか。

(けしごむやなんかのほうが、よほどうまくできるだろう。)

消しゴムやなんかの方が、よほど上手く出来るだろう。

((しんぴんにみえたけど、あのはさみもなんとなくかったのかな))

(新品に見えたけど、あの鋏もなんとなく買ったのかな)

(なぜそれがいるのか、ふかくかんがえもしないで・・・・・・)

何故それが要るのか、深く考えもしないで……

(ふと、でんわでちゅういしたほうがいいだろうか、とおもった。)

ふと、電話で注意した方がいいだろうか、と思った。

(いや、だめだな。ゆうがたにおこらせたばかりだし、こんなにおそいじかんに)

いや、駄目だな。夕方に怒らせたばかりだし、こんなに遅い時間に

(でんわしてまたへんなはなしをしたのでは、きっとまともにきいてくれないだろう。)

電話してまた変な話をしたのでは、きっとまともに聞いてくれないだろう。

(あれ?そういえば、わたしもまだもってたな、はさみ。)

あれ? そう言えば、私もまだ持ってたな、鋏。

(つくえのひきだしのどこかに、むかしからつかってるやつがあるはずだ。)

机の引き出しのどこかに、昔から使ってるやつがあるはずだ。

(あれもすててきたほうがよかったかも。)

あれも捨てて来た方が良かったかも。

(あ・・・・・・でもねむいや・・・・・・あしたにしよう・・・・・・あしたに・・・・・・ねむりにおちた。)

あ……でも眠いや……明日にしよう……明日に……眠りに落ちた。

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