怪物 「結」下-2-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(わたしはへやをとびだした。そしてかいだんをおりながら、ねむっているかぞくを)

私は部屋を飛び出した。そして階段を降りながら、眠っている家族を

(おこさないようにそのいきおいをゆるめる。いえのなかはしずまりかえっていて、)

起こさないようにその勢いを緩める。家の中は静まり返っていて、

(ちちおやのいびきだけがかすかにきこえてくる。)

父親のいびきだけが微かに聞こえてくる。

(わたしはげんかんにむかおうとしたあしをとめ、きゃくまのほうをのぞいてみた。)

私は玄関に向かおうとした足を止め、客間の方を覗いてみた。

(いつもはにかいでねているははおやだが、さいきんはねぐるしいからといって)

いつもは2階で寝ている母親だが、最近は寝苦しいからと言って

(かぜとおしのよいきゃくまでねているのだ。ふすまをそっとあけ、)

風通しの良い客間で寝ているのだ。襖をそっと開け、

(まめでんきゅうのしたでかけぶとんがきそくただしくじょうげしているのをかくにんする。)

豆電球の下で掛け布団が規則正しく上下しているのを確認する。

(よかった。なにごともなくて。そしてきびすをかえそうとしたとき、くらがりのなか、)

良かった。何事もなくて。そして踵を返そうとしたとき、暗がりの中、

(にぶくひかるものにきがついた。それはわたしのみぎてににぎられている。)

鈍く光るものに気がついた。それは私の右手に握られている。

(さっきからみぎてがみょうにふじゆうなかんじがしていた。)

さっきから右手が妙に不自由な感じがしていた。

(なのに、なぜかそれにきづかず、めにはいらず、あるいはめをそらし、)

なのに、何故かそれに気づかず、目に入らず、あるいは目を逸らし、

(きづかないふりをして、ずっとここまでもってきていた。)

気づかないふりをして、ずっとここまで持って来ていた。

(はさみだ。つくえのひきだしをしめながら、はさみはしまわなかったのだ。)

鋏だ。机の引き出しを閉めながら、鋏は仕舞わなかったのだ。

(みぎてにもったままで。ぎゃくさいせいのようにそのきおくがよみがえる。)

右手に持ったままで。逆再生のようにその記憶が蘇る。

(ぜんしんのけがさかだつようなさむけがはしり、ついで、)

全身の毛が逆立つような寒気が走り、ついで、

(めのまえがくらくなるようなめまいがして、わたしははさみをそのばにおっことした。)

目の前が暗くなるような眩暈がして、私は鋏をその場に落っことした。

(はさみはたたみのうえにちいさなおとをたててころがり、)

鋏は畳の上に小さな音を立てて転がり、

(わたしはあともみずにげんかんのほうへかけだす。さけびたいしょうどうをひっしでこたえる。)

私は後も見ずに玄関の方へ駆け出す。叫びたい衝動を必死で堪える。

(ぎぃ、というやけにおおきなおととともにどあがひらき、)

ギィ、というやけに大きな音とともにドアが開き、

(しめりけをふくんだなまあたたかいやきがほおをなでた。)

湿り気を含んだ生暖かい夜気が頬を撫でた。

など

(そとはくらい。げんかんぐちにすえおきのかいちゅうでんとうをてにして、ちゅうしゃじょうへむかう。)

外は暗い。玄関口に据え置きの懐中電灯を手にして、駐車場へ向かう。

(そしてじてんしゃのかごにそれをほうりこんで、さどるをまたぐ。)

そして自転車のカゴにそれを放り込んで、サドルを跨ぐ。

(はじめはゆっくり、そしてすぐにちからをこめて、ぐん、とかそくする。)

始めはゆっくり、そしてすぐに力を込めて、ぐん、と加速する。

((はさみをもってた!むいしきに!))

(鋏を持ってた! 無意識に!)

(こんらんするあたまをかぜにぶつける。いや、かぜがぶつかってくるのか。)

混乱する頭を風にぶつける。いや、風がぶつかって来るのか。

(わたしはいま、じぶんがしていることが、すべてじぶんじしんのいしによるものなのか)

私は今、自分がしていることが、すべて自分自身の意思によるものなのか

(わからなくなっていた。もうたくさんだ。こんなこと。もうたくさんだ。)

分からなくなっていた。もうたくさんだ。こんなこと。もうたくさんだ。

(ねしずまるよるのまちなみをつっきってじてんしゃをこぎつづける。)

寝静まる夜の街並みを突っ切って自転車を漕ぎ続ける。

(そらははれていて、はるかたかいところにあるわずかなくもがつきのひかりにはえている。)

空は晴れていて、遥か高い所にあるわずかな雲が月の光に映えている。

(このおなじそらのしたに、めにみえないさついのてが、)

この同じ空の下に、目に見えない殺意の手が、

(むすうのえだをのばすようにいまもうごめいているのか。)

無数の枝を伸ばすように今も蠢いているのか。

(それにさわられないように、みをねじりながら、まえへまえへとこぎすすむ。)

それに触られないように、身を捩りながら、前へ前へと漕ぎ進む。

(とみみのおくに、かぜのおととはちがうなにかがきこえてきた。)

と耳の奥に、風の音とは違うなにかが聞こえて来た。

(ききおぼえのあるような、ないような、おと。ひとをふあんなきもちにさせるおと。)

聞き覚えのあるような、ないような、音。人を不安な気持ちにさせる音。

(よるの、でんわのおとだ。じてんしゃのすぴーどをおとすわたしのめのまえに、)

夜の、電話の音だ。自転車のスピードを落とす私の目の前に、

(くらいがいとうがぽつんとあるそのむこう、こうしゅうでんわのぼっくすがあらわれた。)

暗い街灯がぽつんとあるその向こう、公衆電話のボックスが現れた。

(おとはそのぼっくすからもれている。dilililililili・・・・・・)

音はそのボックスから漏れている。DiLiLiLiLiLiLi……

(dilililililili・・・・・・と、いきつぎをするようにそのおとはつづく。)

DiLiLiLiLiLiLi……と、息継ぎをするようにその音は続く。

(ばっく、ばっく、としんぞうがみゃくうつ。おばけのでんわだ。)

ばっく、ばっく、と心臓が脈打つ。お化けの電話だ。

(そんなことばがあたまのどこかできこえる。だれもいない、よるのでんわぼっくす。)

そんな言葉が頭のどこかで聞こえる。誰もいない、夜の電話ボックス。

(わたしはじてんしゃをわきにとめ、なにかにみいられたようにふらふらと)

私は自転車を脇に止め、なにかに魅入られたようにフラフラと

(それにちかづいていくじぶんを、どこかげんじつではないようなきもちで、)

それに近づいていく自分を、どこか現実ではないような気持ちで、

(まるでひとごとのようにながめていた。)

まるで他人ごとのように眺めていた。

(すれるようなおとをたててうちがわにおれるどあ。なかにはいるとしぜんにどあはしまり、)

擦れるような音を立てて内側に折れるドア。中に入ると自然にドアは閉まり、

(みどりいろのでんわきがてんじょうのけいこうとうにてらされながら、)

緑色の電話機が天井の蛍光灯に照らされながら、

(ふかいなおとをはっしている。わたしはそろそろとみぎてをのばし、じゅわきをにぎりしめる。)

不快な音を発している。私はそろそろと右手を伸ばし、受話器を握り締める。

(ふっくのあげるおとがして、lin、というよいんをさいごによびだしおんはとだえる。)

フックの上る音がして、Lin、という余韻を最後に呼び出し音は途絶える。

(このじゅわきのむこうにいるのはだれだろう?)

この受話器の向こうにいるのは誰だろう?

(そんなぼんやりしたしこうとはべつに、しんぞうはこうそくでうごきつづけている。)

そんなぼんやりした思考とは別に、心臓は高速で動き続けている。

(「もしもし」こえがかすれた。もういちどいう。)

「もしもし」声が掠れた。もう一度言う。

(「もしもし」じゅわきのむこうで、わらうようなけはいがあった。)

「もしもし」受話器の向こうで、笑うような気配があった。

(「・・・・・・いってはいけない」このこえは。)

「……行ってはいけない」この声は。

(そうおもったしゅんかん、のうのきのうがさいきどうをはじめる。)

そう思った瞬間、脳の機能が再起動を始める。

(まさききょうこだ。このむこうにいるのは。)

間崎京子だ。この向こうにいるのは。

(「こうぶつのなかでねむり、しょくぶつのなかでめざめ、どうぶつのなかであるいたものが、)

「鉱物の中で眠り、植物の中で目覚め、動物の中で歩いたものが、

(ひとのなかでなにをしたか、わかって?」)

ヒトの中でなにをしたか、わかって?」

(ひえびえとしたこえが、のいずとともにひびいてくる。)

冷え冷えとした声が、ノイズとともに響いてくる。

(「なぜだ。どうやってここにかけた」)

「何故だ。どうやってここに掛けた」

(ちんもく。)

沈黙。

(「おまえもみたのか。あのゆめを。いくなとはどういうことだ」)

「お前も見たのか。あの夢を。行くなとはどういうことだ」

(こん、こん、こん、とせせらわらうようなせきがきこえる。)

コン、コン、コン、とせせら笑うような咳が聞こえる。

(「・・・・・・そのでんわきのひだりしたをみて」いわれたとおりしせんをおとす。)

「……その電話機の左下を見て」言われた通り視線を落とす。

(そこにはぎんいろのしーるがはってあり、でんわばんごうがしるされている。)

そこには銀色のシールが張ってあり、電話番号が記されている。

(このでんわきのばんごうだろうか。「みんなあんがいしらないのね。)

この電話機の番号だろうか。「みんな案外知らないのね。

(こうしゅうでんわにだって、そとからかけられるわ」)

公衆電話にだって、外から掛けられるわ」

(そのことばをききながら、わたしはあたまがくらくらしはじめた。)

その言葉を聞きながら、私は頭がクラクラし始めた。

(しこうのばらんすがくずれるようなかんかく。)

思考のバランスが崩れるような感覚。

(このでんわのむこうにいるのは、なまみのにんげんなのか?)

この電話の向こうにいるのは、生身の人間なのか?

(それとも、ひとのせかいにはぞくさないなにかなのか。)

それとも、人の世界には属さないなにかなのか。

(「ゆめをみて、あなたがそこへむかうことはすぐにわかったのよ。)

「夢を見て、あなたがそこへ向かうことはすぐに分かったのよ。

(そしたら、そのでんわぼっくすのまえをとおるでしょう。)

そしたら、その電話ボックスの前を通るでしょう。

(ひとことだけ、ちゅういしたくて、かけたの」「どうしてばんごうをしっていた」)

一言だけ、注意したくて、掛けたの」「どうして番号を知っていた」

(「あなたのことなら、なんでもしってるわ」)

「あなたのことなら、なんでも知ってるわ」

(あらかじめしらべておいたということか。)

あらかじめ調べておいたということか。

(いつやくにたつともしれないこんなこうしゅうでんわのばんごうまで。)

いつ役に立つとも知れないこんな公衆電話の番号まで。

(「いってはいけない。わたしも、すこしあまくみていた」)

「行ってはいけない。わたしも、少し甘く見ていた」

(「なにをだ」ふたたびちんもく。かすかなこきゅうおん。)

「なにをだ」再び沈黙。微かな呼吸音。

(「でもだめね。あなたはいく。だから、わたしはいのっているわ。)

「でもだめね。あなたは行く。だから、わたしは祈っているわ。

(ぶじでありますようにと」つうわがきれた。)

無事でありますようにと」通話が切れた。

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