怪物 幕のあとで-1-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。

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問題文

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(つかれはて、さいごのきりょくをふりしぼってじてんしゃをこいでいたわたしは、)

疲れ果て、最後の気力を振り絞って自転車を漕いでいた私は、

(いえまであとすこしというばしょまできていた。)

家まであと少しという場所まで来ていた。

(すべてがおわったというあんしんかんと、なにもできなかったというむりょくかんで、)

すべてが終わったという安心感と、なにもできなかったという無力感で、

(ちからがぬけそうになるあしをしったしてどうにかまえにすすんでいた。)

力が抜けそうになる足を叱咤してどうにか前に進んでいた。

(りょうがわにいえがたちならぶじゅうたくちだったが、がいとうのかずがたらないのか、)

両側に家が立ち並ぶ住宅地だったが、街灯の数が足らないのか、

(いつもよるにとおるとすこしこころぼそくなるいっかくだった。)

いつも夜に通ると少し心細くなる一角だった。

(そのくらいよみちのむこうに、みどりいろのひかりがみえる。こうしゅうでんわのぼっくすだ。)

その暗い夜道の向こうに、緑色の光が見える。公衆電話のボックスだ。

(こどものころのけいけんから、おばけのでんわとよんでいるれいのはこ。)

子どものころの経験から、お化けの電話と呼んでいる例の箱。

(いま、そのでんわぼっくすからひとをふあんにさせるようなおとがもれてきている。)

今、その電話ボックスからヒトを不安にさせるような音が漏れて来ている。

(dilililililili・・・・・・dilililililili・・・・・・と、)

DiLiLiLiLiLiLi……DiLiLiLiLiLiLi……と、

(いきつぎをするように。)

息継ぎをするように。

(それにきづいたとき、いっしゅんどきっとしたがすぐにそのしょうたいにおもいあたる。)

それに気づいたとき、一瞬ドキッとしたがすぐにその正体に思い当たる。

(またあのおんなだ。わたしがかえるじかんをみはからって、ずっとならしていたのだろうか。)

またあの女だ。私が帰る時間を見計らって、ずっと鳴らしていたのだろうか。

(それともいまも、わたしのいくさきをどこかでのぞきみているのだろうか。)

それとも今も、私の行く先をどこかで覗き見ているのだろうか。

(どっちにしろ、きんじょめいわくだ。こんなよなかに。)

どっちにしろ、近所迷惑だ。こんな夜中に。

(むししたいのはやまやまだったが、ためいきをついてじてんしゃをおりる。)

無視したいのは山々だったが、溜息をついて自転車を降りる。

(うちがわにおれるどあをぬけ、はこのなかにすべりこむ。べるのおとがおおきくなった。)

内側に折れるドアを抜け、箱の中に滑り込む。ベルの音が大きくなった。

(みどりいろのどんじゅうそうなそのふぉるむをいちべつしたあと、じゅわきをふっくからはずす。)

緑色の鈍重そうなそのフォルムを一瞥したあと、受話器をフックから外す。

(そしてみみとあごをくっつける。「もしもし」)

そして耳と顎をくっつける。「もしもし」

(わたしのよびかけに、じゅわきのむこうがわでだれかのこきゅうおんがかすかにきこえた。)

私の呼び掛けに、受話器の向こう側で誰かの呼吸音が微かに聞こえた。

など

(「もしもし?」もういちどくりかえす。みみをすましてすこしまつ。)

「もしもし?」もう一度繰り返す。耳を澄まして少し待つ。

(ようやく、じゅわきからこえがきこえてきた。)

ようやく、受話器から声が聞こえて来た。

(「あなたはだあれ?」まさききょうこじゃない。)

「あなたはだあれ?」間崎京子じゃない。

(いっきにきんちょうした。つまさきからあたままで、でんりゅうがはしりぬける。)

一気に緊張した。爪先から頭まで、電流が走り抜ける。

(「あなたはだれなのかな。わかいこね。おないどしくらいかな」)

「あなたは誰なのかな。若い子ね。同い年くらいかな」

(きいたことのないこえだ。けれどあいてはわかいじょせいであることだけはわかる。)

聞いたことのない声だ。けれど相手は若い女性であることだけは分かる。

(「まあいいわ。いうべきことをいうね。・・・・・・あなたはいま、)

「まあいいわ。言うべきことを言うね。……あなたは今、

(すべてがおわったとおもっているわね。でもだめ。おわってないの」)

すべてが終わったと思っているわね。でもだめ。終わってないの」

(たんたんとかたるくちょうは、いったいこのよのものなのだろうか。)

淡々と語る口調は、いったいこの世のものなのだろうか。

(わたしののうがうみだしたげんかくではないというほしょうは?なんというなまえだったか、)

私の脳が生み出した幻覚ではないという保障は? なんという名前だったか、

(あのきんじょのおとこのこ。おばけでんわからこえがきこえるといっておびえてにげだしたこ。)

あの近所の男の子。お化け電話から声が聞こえると言って怯えて逃げ出した子。

(わたしのみみにはきこえなかった。だれか、いますぐここへきて、わたしのかわりに)

私の耳には聞こえなかった。誰か、今すぐここへ来て、私の代わりに

(じゅわきにみみをあててくれないか。)

受話器に耳をあててくれないか。

(「あなたはしたいのかおをみたわね。すっかりちがぬけたみたいに)

「あなたは死体の顔を見たわね。すっかり血が抜けたみたいに

(つちけいろをしていた。いったいどれくらいまえにしんだのかしら。)

土気色をしていた。いったいどれくらい前に死んだのかしら。

(ろくじかん?はんにち?いちにち?どちらにしても、きっとあなたが)

6時間? 半日? 一日? どちらにしても、きっとあなたが

(かけつけるまえからとっくにしんでいたわね。そう、ししゅうもかいだはずよ」)

駆けつける前からとっくに死んでいたわね。そう、死臭も嗅いだはずよ」

(なんだ?なにをいってる?なにを、いってるんだ?)

なんだ? なにを言ってる?なにを、言ってるんだ?

(「あなたの、あなたがたのさいごにみたゆめは、)

「あなたの、あなたがたの最後に見た夢は、

(いったいだれのみたこうけいなんでしょうね」)

いったい誰の見た光景なんでしょうね」

(つまさきからあたままででんりゅうのはしりぬけたばしょに、)

爪先から頭まで電流の走り抜けた場所に、

(こんどはつめたいきんぞくをながしこまれたようなおかんがはっせいする。)

今度は冷たい金属を流し込まれたような悪寒が発生する。

(「おわってないのよ。とだえたはずのいしきに、つづきがあった。)

「終わってないのよ。途絶えたはずの意識に、続きがあった。

(そのかわいそうなこどものたましいは、にくたいのおりからときはなたれて、)

そのかわいそうな子どもの魂は、肉体の檻から解き放たれて、

(いまはよるのやみをさまよっているわ。そしてすこしずつ、とってもおそろしいものに)

今は夜の闇を彷徨っているわ。そして少しずつ、とっても恐ろしいものに

(うまれかわろうとしている。それはおりのなかにあってもまちじゅうにてがとどくような)

生まれ変わろうとしている。それは檻の中にあっても街中に手が届くような

(ちからをもっていた。なまえはまだない。かいぶつに、なまえをつけてはいけない。)

力を持っていた。名前はまだない。怪物に、名前をつけてはいけない。

(きっととりかえしのつかないことになるから」)

きっと取り返しのつかないことになるから」

(ねえ、きいてる?じゅわきのむこうでだれかがくびをかしげる。)

ねえ、聞いてる?受話器の向こうで誰かが首を傾げる。

(「あなたはもういちどそれにあうことになる。そしてやまいにもにた)

「あなたはもう一度それに遭うことになる。そして病いにも似た

(こくいんをおされ、まわたでしめられるようなくるしみのなかにみをおくことになる。)

刻印を押され、真綿で締められるような苦しみの中に身を置くことになる。

(わすれないで。こんやであったひとたちがきっとたすけになるでしょう。)

忘れないで。今夜出会った人たちがきっと助けになるでしょう。

(かおをよくおぼえておくことね。あ、でもだめ。ひとりはいなくなる。)

顔をよく覚えておくことね。あ、でもだめ。一人はいなくなる。

(「だいがかわる」のね」なにをいってるんだ、いったい。)

『代が替わる』のね」なにを言ってるんだ、いったい。

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