ビデオ 後編-2-

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師匠シリーズ
マイタイピングに師匠シリーズが沢山あったと思ったのですが、なくなってまっていたので、作成しました。
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1 berry 7616 7.7 97.7% 551.8 4304 101 76 2024/09/26

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問題文

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(きのせいだったようだ。そんなものはどこにもない。そもそも、いまはなつなのだ。)

気のせいだったようだ。そんなものはどこにもない。そもそも、今は夏なのだ。

(ぜんしんをおおうようなこーとなど、まともなにんげんがきているはずはない。)

全身を覆うようなコートなど、まともな人間が着ているはずはない。

(ふくざつなきもちでべんちにこしかける。おれはなにかおこってほしいのだろうか。)

複雑な気持ちでベンチに腰掛ける。俺はなにか起こって欲しいのだろうか。

(だいたい、ここにはなにをしにきたのか。)

だいたい、ここにはなにをしに来たのか。

(うつむきかげんのめのまえを、さまざまなかたちのくつがとおりすぎる。いえにかえるのだろうか。)

うつむき加減の目の前を、様々な形の靴が通り過ぎる。家に帰るのだろうか。

(だれもかれもあしばやにみえる。ふと、いぜんししょうとやったげーむをおもいだす。)

誰も彼も足早に見える。ふと、以前師匠とやったゲームを思い出す。

(ざっとうのなかで、むすうのつうこうにんのあしだけをみるやくと、かおだけをみるやくをきめて、)

雑踏の中で、無数の通行人の足だけを見る役と、顔だけを見る役を決めて、

(それぞれべつべつにとおったひとをかぞえるのだ。)

それぞれ別々に通った人を数えるのだ。

(つうろのようなあるていどせまいばしょでやってもふしぎなことに)

通路のようなある程度狭い場所でやっても不思議なことに

(けいすうしたすうじがことなることがある。たんなるかぞえまちがいのはずなのに、)

計数した数字が異なることがある。単なる数え間違いのはずなのに、

(なんだかうすきみのわるいおもいをしたものだ。)

なんだか薄気味の悪い思いをしたものだ。

(それからおれはべんちからこしをあげてえきのなかをあるきまわり、)

それから俺はベンチから腰を上げて駅の中を歩き回り、

(ゆうきをだしてえきいんにさとういちろうのうわさのことをきいたりした。)

勇気を出して駅員にサトウイチロウの噂のことを聞いたりした。

(けれどそのはいぞくされていちねんめだというわかいえきいんは、そのうわさをしらなかった。)

けれどその配属されて一年目だという若い駅員は、その噂を知らなかった。

(それどころかごねんまえのじこのこともしらなかった。)

それどころか五年前の事故のことも知らなかった。

(いまいるせんぱいもここさん、よねんでやってきたひとばかりだという。)

今いる先輩もここ三、四年でやってきた人ばかりだという。

(とうじのえきいんがいまどこにいるかしりませんか、ときいてみたが)

当時の駅員が今どこにいるか知りませんか、と聞いてみたが

(「さあ」とめんどくさそうなこたえがかえってくるだけだった。)

「さあ」とめんどくさそうな答えが返ってくるだけだった。

(そのじこのとき、したいをかたづけたひとのはなしをきけば)

その事故の時、死体を片付けた人の話を聞けば

(なにかわかるかもしれないとおもったのだが、かんたんにはいかないようだ。)

なにか分かるかも知れないと思ったのだが、簡単にはいかないようだ。

など

((さとういちろうをかたづけたらのろわれる))

(サトウイチロウを片付けたら呪われる)

(よしださんはそのしたいしょりをしたすうじつごに、)

吉田さんはその死体処理をした数日後に、

(じかようしゃのじこでゆびをさんぼんうしなうおおけがをおった。)

自家用車の事故で指を三本失う大怪我を負った。

(だが、「じぶんはまだいい」とかたる。なぜなら、いっしょににくへんをあつめた)

だが、「自分はまだいい」と語る。なぜなら、一緒に肉片を集めた

(せんぱいのえきいんは、そのいっかげつごにじたくのかもいでくびをつってじさつしたのだという。)

先輩の駅員は、その一ヵ月後に自宅の鴨居で首を吊って自殺したのだという。

(ぜんぜんそんなそぶりもみせなかったのにと、かんけいしゃはみんなくびをひねったけれど、)

全然そんなそぶりも見せなかったのにと、関係者はみんな首を捻ったけれど、

(よしださんだけはおもわずねんぶつをとなえた。)

吉田さんだけは思わず念仏を唱えた。

(むかんけいなはずはない。そうおもったのだという。「かたづけたら、のろわれる」)

無関係なはずはない。そう思ったのだという。「片付けたら、呪われる」

(ほーむのすみのべんちにこしかけ、さいだーのふたをあけながらくちにしてみる。)

ホームの隅のベンチに腰掛け、サイダーの蓋を開けながら口にしてみる。

(あたまのすみにあるひっかかりのひとつが、そこだった。)

頭の隅にある引っ掛かりの一つが、そこだった。

(かたづけたらのろわれる。あのびでおがてらにもちこまれたりゆうがそこにあるのか。)

片付けたら呪われる。あのビデオが寺に持ち込まれた理由がそこにあるのか。

(いや、ちがう。)

いや、違う。

(なぜなら、びでおをさつえいしていたふたりはしたいにふれられなかったはずなのだ。)

何故なら、ビデオを撮影していた二人は死体に触れられなかったはずなのだ。

(かめらをもってせんろにちかづこうとしたじてんでえきいんにせいしされている。)

カメラを持って線路に近づこうとした時点で駅員に制止されている。

(そこからせいしをふりきってせんろにふり、したいをかたづけるなんてことが)

そこから制止を振り切って線路に降り、死体を片付けるなんてことが

(できたとはおもえないし、そんなことをするりゆうもない。)

出来たとは思えないし、そんなことをする理由もない。

(では、なぜびでおはてらにもちこまれることになったのか。)

では、なぜビデオは寺に持ち込まれることになったのか。

(かんがえる。したいをかたづけていないのにのろいをうけたというのか。なぜ。)

考える。死体を片付けていないのに呪いを受けたというのか。なぜ。

(びでおにさつえいしたからか。それだけのことで?いや、まて。なにかわすれている。)

ビデオに撮影したからか。それだけのことで?いや、待て。何か忘れている。

(びでおでは、こーとのじんぶつがせんろにおちるまでだれもそちらをみていない。)

ビデオでは、コートの人物が線路に落ちるまで誰もそちらを見ていない。

(まるでそこにいてもめにはいらないかのように。)

まるでそこにいても目に入らないかのように。

(そして、とっきゅうれっしゃがとおりすぎてれきしたいがあらわれてはじめて、さわぎになったのだ。)

そして、特急列車が通り過ぎて轢死体が現れて初めて、騒ぎになったのだ。

(そうだ。よしださんもいった。だれもしぬしゅんかんをみていないと。)

そうだ。吉田さんも言った。誰も死ぬ瞬間を見ていないと。

(あれは、さいしょからさいごまでししゃだと。だからおれもおもったのだ。)

あれは、最初から最後まで死者だと。だから俺も思ったのだ。

(だれもみていないはずのししゃが、たってうごいているすがたをじぶんたちはみた。)

誰も見ていないはずの死者が、立って動いている姿を自分たちは見た。

(それは、とてもおそろしいことではないかと。おなじなのかもしれない。)

それは、とても恐ろしいことではないかと。同じなのかも知れない。

(びでおをさつえいしたふたりも、そのしゅんかんにはきづいていない。)

ビデオを撮影した二人も、その瞬間には気づいていない。

(けれどあとできづいただろう。いえにかえり、てーぷをさいせいしたときに。)

けれど後で気づいただろう。家に帰り、テープを再生した時に。

(はいいろのこーとのじんぶつが、ほーむのはしからふらりとせんろにおちるしゅんかんを。)

灰色のコートの人物が、ホームの端からふらりと線路に落ちる瞬間を。

(ただそれだけのことで。みたという、ただそれだけのことで、)

ただそれだけのことで。見たという、ただそれだけのことで、

(かれらのみになにかあったのだとすると。)

彼らの身に何かあったのだとすると。

(ほんにんではなく、みうちだとするとねんれいからしてははおやとおもわれるじょせいが、)

本人ではなく、身内だとすると年齢からして母親と思われる女性が、

(てらにくようをたのみにきたのだとすると。)

寺に供養を頼みに来たのだとすると。

(まるでいまわしいいひんをしょりするようではないか。)

まるで忌まわしい遺品を処理するようではないか。

(みたという、ただ、それだけのことで。)

見たという、ただ、それだけのことで。

(そんなことをかんがえていると、べんちにふれているこしのあたりに)

そんなことを考えていると、ベンチに触れている腰のあたりに

(じっとりとあせをかいてきた。おれもみた。かぜがやんでいる。)

じっとりと汗をかいてきた。俺も見た。風が止んでいる。

(どこからかひぐらしのなくこえがきこえる。すっかりくらくなり、)

どこからかひぐらしの鳴く声が聞こえる。すっかり暗くなり、

(ひとかげもまばらなえきのこうないに、そのこえだけがとおりぬけていった。)

人影もまばらな駅の構内に、その声だけが通り抜けていった。

(それからおれは、やけにつかれたあしをひきずるようにかえりのでんしゃにのった。)

それから俺は、やけに疲れた足を引きずるように帰りの電車に乗った。

(げんちにきたものの、ほとんどしゅうかくといえるものはなかった。)

現地に来たものの、ほとんど収穫と言えるものはなかった。

(うごきだしたでんしゃの、がたがたとゆれるまどをみながらほおづえをついて)

動き出した電車の、ガタガタと揺れる窓を見ながら頬杖をついて

(ものおもいにしずむ。なんじにつくだろう。おそくなりそうだ。)

物思いに沈む。何時に着くだろう。遅くなりそうだ。

(あしたがどようびでよかった。もっとも、へいじつでもかんけいなしに)

明日が土曜日でよかった。もっとも、平日でも関係なしに

(ばいとやあそびにうつつをぬかすがくせいなのであったが。)

バイトや遊びにうつつを抜かす学生なのであったが。

(よほどつかれていたのかきがつくとうとうとしていた。)

よほど疲れていたのか気がつくとウトウトしていた。

(しゃないはかんさんとしてきゃくのすがたもほとんどみえない。あたまをふる。)

車内は閑散として客の姿もほとんど見えない。頭を振る。

(むなさわぎのようなものをかんじた。そして、いまどのへんだろうかと)

胸騒ぎのようなものを感じた。そして、今どの辺だろうかと

(まどのそとにめをやったしゅんかんだ。あたまのなかをゆるやかなしょうげきがはしりぬけた。)

窓の外に目をやった瞬間だ。頭の中をゆるやかな衝撃が走り抜けた。

(そのえいきょうはじわじわとしんぞうふきんへおりてくる。どくどくとみゃくうちはじめる。)

その影響はじわじわと心臓付近へ降りてくる。ドクドクと脈打ち始める。

(やけいだ。どこかでみたことのある、くらやみのなか、)

夜景だ。どこかで見たことのある、暗闇の中、

(しかいのさゆうにのびるひかりのつぶ。まどのそとにながれるそのこうけいにめをうばわれていた。)

視界の左右に伸びる光の粒。窓の外に流れるその光景に目を奪われていた。

(あれはきたむらさんとはなしたひ。ねるまえにでんきをけしたときにみたまぼろし。)

あれは北村さんと話した日。寝る前に電気を消した時に見た幻。

(まぶたのうらにうつった、そこにみえるはずのないやけい。)

瞼の裏に映った、そこに見えるはずのない夜景。

(まったくおなじこうずだ。いや、あやふやなきおくがいまこのしゅんかんにしゅうせいされていくのか?)

全く同じ構図だ。いや、あやふやな記憶が今この瞬間に修正されていくのか?

(わからない。たちあがりそうになる。)

分からない。立ち上がりそうになる。

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