『白すみれとしいの木』小川未明1【完】
シイ=ドングリの木の花言葉「永遠の愛」
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております
関連タイピング
-
プレイ回数10万歌詞200打
-
プレイ回数3.2万歌詞1030打
-
プレイ回数4276かな314打
-
プレイ回数75万長文300秒
-
プレイ回数1.8万長文かな102打
-
プレイ回数25万長文786打
-
プレイ回数111歌詞かな240秒
-
プレイ回数2372歌詞かな1185打
問題文
(きたのほうにあるむらに、なかのよくないきょうだいがおりました。)
北のほうにある村に、仲のよくない兄弟がおりました。
(ちちおやがしんだあと、あにはおとうとをむごたらしいまでに、いじめました。)
父親が死んだあと、兄は弟をむごたらしいまでに、いじめました。
(おとうとは、どちらかといえば、きのきかない、のんびりとしたせいかくで、)
弟は、どちらかといえば、気のきかない、のんびりとした性格で、
(がっこうへいっても、あまりものごとをよくおぼえませんでした。)
学校へ行っても、あまり物事をよく覚えませんでした。
(なので、あにはおとうとをつねにばかものあつかいしていたのです。)
なので、兄は弟を常に馬鹿者扱いしていたのです。
(おとうとはきがやさしいので、けっしてあににはむかうことはしません。)
弟は気が優しいので、決して兄に歯向かうことはしません。
(いつもあににいじめられて、しくしくないていました。)
いつも兄にいじめられて、シクシク泣いていました。
(ふゆの、あるさむいばんのこと、かくべつおとうとがわるいことをしたのではないのに、)
冬の、ある寒い晩のこと、格別弟が悪いことをしたのではないのに、
(あにはおとうとをいじめました。)
兄は弟をいじめました。
(「おまえみたいなばかは、こんなさむいばんに、そとにたっているがいい。)
「おまえみたいな馬鹿は、こんな寒い晩に、外に立っているがいい。
(そして、こごえじんだって、おれはおまえをかわいそうとはおもわないぞ」と、)
そして、凍え死んだって、俺はおまえを可哀想とは思わないぞ」と、
(あにはののしりました。)
兄はののしりました。
(おとうとは、「どうかそんなことをいわずに、いえのなかにおいてくれ」とたのみますが、)
弟は、「どうかそんなことを言わずに、家の中に置いてくれ」と頼みますが、
(あには、むりにでもおとうとをそとにだして、かぎをかけてしまいました。)
兄は、無理にでも弟を外に出して、カギをかけてしまいました。
(いえのそとは、のにもやまにもゆきがつもっていました。)
家の外は、野にも山にも雪が積もっていました。
(そのばんはめったにないさむさで、そらはあおがらすをはったようにひえこみ、)
その晩は滅多にない寒さで、空は青ガラスを張ったように冷え込み、
(よぞらには、ほしがたくさんかがやいていました。)
夜空には、星がたくさん輝いていました。
(また、しろくひかりかがやくつきが、げかいをてらしていました。)
また、白く光り輝く月が、下界を照らしていました。
(おとうとがゆきのうえにぼうぜんとしていますと、)
弟が雪の上にぼうぜんとしていますと、
(めからながれでるなみだもこおってしまうほどでした。)
目から流れ出る涙も凍ってしまうほどでした。
(おとうとは、こんなふうんなら、いっそかわにでもはいってしんでしまったほうが)
弟は、こんな不運なら、いっそ川にでも入って死んでしまったほうが
(いいとおもいました。いつのまにかさむさで、ゆきはかたくこおってしまいました。)
いいと思いました。 いつのまにか寒さで、雪は堅く凍ってしまいました。
(それはこうてつのように、とびあがってもかんかんとひびくばかりで、)
それは鋼鉄のように、飛び上がってもカンカンと響くばかりで、
(うまることはありませんでした。)
埋まることはありませんでした。
(おとうとはゆきのうえをわたって、かわのあるほうへいきました。)
弟は雪の上を渡って、川のある方へ行きました。
(すると、かわのみずもまたこうてつのようにこおっていたのです。)
すると、川の水もまた鋼鉄のように凍っていたのです。
(みをなげてしのうにも、みずがないし、どうしたらいいだろうとおもって、)
身を投げて死のうにも、水がないし、どうしたらいいだろうと思って、
(とほうにくれていますと、はるかかなたに、)
途方に暮れていますと、遥か彼方に、
(きばのようにとがったたかいやまが、つきにてらされてみえました。)
牙のように尖った高い山が、月に照らされて見えました。
(むかしから、あのやまのしたには、おにがすんでいるといわれていました。)
昔から、あの山の下には、鬼が住んでいるといわれていました。
(ですがおとうとは、どうせしぬなら、いっそおににでもくわれて、)
ですが弟は、どうせ死ぬなら、いっそ鬼にでも食われて、
(しんでしまったほうがいいとおもいました。)
死んでしまったほうがいいと思いました。
(それにしても、そのもくてきちにつくには、なんきょりあるのかわかりませんでした。)
それにしても、その目的地に着くには、何距離あるのかわかりませんでした。
(げっこうにてらされている、そのとおいやまへは、)
月光に照らされている、その遠い山へは、
(ゆきをわたって、まっすぐいくことができれば、そんなにとおくもないだろう。)
雪を渡って、真っすぐ行くことが出来れば、そんなに遠くもないだろう。
(はしっていったら、こんやじゅうにでもいかれないことはないとおもいました。)
走って行ったら、今夜中にでも行かれないことはないと思いました。
(おとうとは、そうおもうと、ゆきのうえをひたすらはしりはじめたのです。)
弟は、そう思うと、雪の上をひたすら走りはじめたのです。
(かわものも、どこもへいたんなしろいたたみをしきつめたようでしたから、)
川も野も、どこも平坦な白い畳を敷き詰めたようでしたから、
(どんなちかみちもかのうでした。かれははしって、はしって、はしりぬきました。)
どんな近道も可能でした。 彼は走って、走って、走り抜きました。
(そしてつかれると、からだからあせがでて、)
そして疲れると、体から汗が出て、
(これほどのさむさでも、そんなにさむいとはおもいませんでした。)
これほどの寒さでも、そんなに寒いとは思いませんでした。
(かれは、ところどころでやすみました。)
彼は、ところどころで休みました。
(そして、ゆくてにそびえてみえる、たかいやまをあおぎました。)
そして、ゆく手にそびえて見える、高い山を仰ぎました。
(つきのひかりが、かすかにそのやまをうきだしていました。)
月の光が、かすかにその山を浮き出していました。
(おとうとは、じぶんでもどうしてこうよくはしれるか、わからないほどはしりました。)
弟は、自分でもどうしてこうよく走れるか、わからないほど走りました。
(そして、どこをどうはしってきたのか、わかりませんでした。)
そして、どこをどう走ってきたのか、わかりませんでした。
(よあけごろ、あかいひのたまがじぶんのまえで、ゆきのうえをころころころがっていきました。)
夜明け頃、赤い火の球が自分の前で、雪の上をコロコロ転がっていきました。
(かれは、これはなんだろうとおもいました。きっとまものにちがいない。)
彼は、これはなんだろうと思いました。きっと魔物に違いない。
(けれど、もうじぶんのいのちをおしいとはおもいませんでしたので、)
けれど、もう自分の命を惜しいとは思いませんでしたので、
(それをつかまえようと、いっしょうけんめいにあとをおいかけました。)
それをつかまえようと、一生懸命にあとを追いかけました。
(するとひのたまは、ころころとたにぞこにころがりおちました。)
すると火の球は、コロコロと谷底に転がり落ちました。
(かれも、ひのたまにつづいてたにへおりようとしますと、すでによるがあけていました。)
彼も、火の球に続いて谷へ下りようとしますと、既に夜が明けていました。
(そして、そこはまったくみちのないさんちゅうで、)
そして、そこはまったく道のない山中で、
(あのきばのようにたかいやまは、まだとおくにみえたのです。)
あの牙のように高い山は、まだ遠くに見えたのです。
(どうしたらいいかと、おろおろしていますと、)
どうしたらいいかと、おろおろしていますと、
(そのうちひのひかりがさしてきました。ゆきはしだいにやわらかくなって、)
そのうち日の光がさしてきました。雪は次第に軟らかくなって、
(おとうとは、もういっぽもみうごきすることができなくなりました。)
弟は、もう一歩も身動きすることができなくなりました。
(ちょうどそこへ、まきをせおったおじいさんがとおりかかりました。)
ちょうどそこへ、まきを背負ったおじいさんが通りかかりました。
(そしておとうとをみつけて、こんなところにしょうねんがいることにびっくりしました。)
そして弟を見つけて、こんな所に少年がいることにビックリしました。
(おじいさんは、このさんちゅうにただひとりすんでいる、ふしぎなにんげんでした。)
おじいさんは、この山中にただ一人住んでいる、不思議な人間でした。
(おとうとは、おじいさんのこやにつれていかれました。)
弟は、おじいさんの小屋に連れて行かれました。
(「こんなさんちゅうだけれど、なにふじゆうはない。)
「こんな山中だけれど、なに不自由はない。
(ながくここにすめば、しゅんかしゅうとう、いろいろなうつくしいながめもたのしめる。)
長くここに住めば、春夏秋冬、色々な美しい眺めも楽しめる。
(おまえがいいとおもったら、いつまでもすむがいい」と、)
おまえがいいと思ったら、いつまでも住むがいい」と、
(おじいさんはいいました。やまのしたのほうには、おんせんもわいていたのです。)
おじいさんは言いました。山の下のほうには、温泉も湧いていたのです。
(そのうちゆきがきえて、はるになりました。おとうとは、こきょうがこいしくなりました。)
そのうち雪が消えて、春になりました。弟は、故郷が恋しくなりました。
(いまごろ、にいさんはどうしているだろうかとおもいました。)
今頃、兄さんはどうしているだろうかと思いました。
(そのことをおじいさんにいいますと、きのみとくさのたねをおとうとにあたえました。)
そのことをおじいさんに言いますと、木の実と草の種を弟に与えました。
(「このくさのたねは、しろいすみれだ。おまえが、このたねをまきながらいけば、)
「この草の種は、白いスミレだ。おまえが、この種をまきながら行けば、
(またここへかえってくるようなときに、しろいはながさいているので、みちがわかる。)
またここへ帰ってくるような時に、白い花が咲いているので、道がわかる。
(このきのみは、おまえのはらがへったときにたべる、しいのみだ」といいました。)
この木の実は、おまえの腹が減った時に食べる、シイの実だ」と言いました。
(おとうとがさいしょ、このやまへきたときには、ゆきのうえをわたっていちやできましたが、)
弟が最初、この山へ来た時には、雪の上を渡って一夜で来ましたが、
(ゆきがきえてからは、もりやはやし、かわなどがあって、)
雪が消えてからは、森や林、川などがあって、
(ご、ろくにちもあるかないと、じぶんのうまれたむらにかえることができませんでした。)
五、六日も歩かないと、自分の生まれた村に帰ることが出来ませんでした。
(かれは、きのみとくさのたねをもらって、しゅっぱつしたのです。)
彼は、木の実と草の種をもらって、出発したのです。
(そして、あるひのくれかかったころ、ようやくなつかしいわがやへかえったのです。)
そして、ある日の暮れかかった頃、ようやく懐かしい我が家へ帰ったのです。
(「にいさん、ただいまかえりました」と、おとうとはいって、しきいをまたぐと、)
「兄さん、ただいま帰りました」と、弟は言って、敷居をまたぐと、
(なにかしていたあには、びっくりしてふりむいて、)
なにかしていた兄は、ビックリして振り向いて、
(「おまえは、まだしななかったのか。)
「おまえは、まだ死ななかったのか。
(もう、おまえみたいなばかにようじはないから、さっさとでていけ」といって、)
もう、おまえみたいな馬鹿に用事はないから、さっさと出ていけ」と言って、
(おとうとは、あににすがりつくひまもなかったのです。)
弟は、兄にすがりつくひまもなかったのです。
(「じぶんのまごころが、いつかにいさんにわかるときがくるだろう」と、)
「自分の真心が、いつか兄さんにわかる時が来るだろう」と、
(おとうとは、ひとつぶのしいのみをうらにわにうめて、どこへとなくたちさりました。)
弟は、一粒のシイの実を裏庭に埋めて、どこへとなく立ち去りました。
(それからながいねんげつがすぎ、あにはしろいすみれのはなをみて、)
それから長い年月が過ぎ、兄は白いスミレの花を見て、
(いじらしいはなだとおもいました。そして、おとうとのすがたをおもいだしました。)
いじらしい花だと思いました。そして、弟の姿を思い出しました。
(また、しいのきにかぜがあたるのをきいて、かなしいとおもい、)
また、シイの木に風が当たるのを聞いて、悲しいと思い、
(おとうとをいじめたことをこうかいしたそうです。)
弟をいじめたことを後悔したそうです。