谷崎潤一郎 痴人の愛 9

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数791難易度(4.5) 5743打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
最近読み終わりました
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5663 A 5.9 95.5% 963.9 5727 268 99 2024/11/13
2 kei 4649 C++ 4.8 96.1% 1187.1 5750 230 99 2024/12/10
3 sada 2886 E+ 3.0 95.0% 1893.6 5762 297 99 2024/11/18

関連タイピング

問題文

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(なおみのめにはなみだがながれていましたが、いつかわたしもないていました。そして)

ナオミの眼には涙が流れていましたが、いつか私も泣いていました。そして

(ふたりはそのばんじゅう、ゆくすえのことをあかずにかたりあかしました。)

二人はその晩じゅう、行くすえのことを飽かずに語り明かしました。

(それからまもなく、どようのごごからにちようへかけてきょうりへかえり、ははにはじめて)

それから間もなく、土曜の午後から日曜へかけて郷里へ帰り、母に始めて

(なおみのことをうちあけました。これはひとつには、なおみがくにのほうのおもわくを)

ナオミのことを打ち明けました。これは一つには、ナオミが国の方の思わくを

(しんぱいしているようすでしたから、かのじょにあんしんをあたえるためと、わたしとしても)

心配している様子でしたから、彼女に安心を与えるためと、私としても

(こうめいせいだいにじけんをはこびたかったので、できるだけははへのほうこくをいそいだわけでした。)

公明正大に事件を運びたかったので、出来るだけ母への報告を急いだ訳でした。

(わたしはわたしの「けっこん」についてのかんがえをしょうじきにのべ、どういうわけでなおみをつまに)

私は私の「結婚」に就いての考を正直に述べ、どう云う訳でナオミを妻に

(もちたいのか、としよりにもよくなっとくがいくようにりゆうをといてきかせました。ははは)

持ちたいのか、年寄にもよく納得が行くように理由を説いて聞かせました。母は

(まえからわたしのせいかくをりかいしており、しんようもしていてくれたので、)

前から私の性格を理解しており、信用もしていてくれたので、

(「おまえがそういうつもりならそのこをよめにもらうもいいが、そのこのさとがそういう)

「お前がそう云うつもりならその児を嫁に貰うもいいが、その児の里がそう云う

(いえだとめんどうがおこりやすいから、あとあとのめいわくがないようにきをつけて」)

家だと面倒が起り易いから、あとあとの迷惑がないように気を付けて」

(と、ただそういっただけでした。で、おおびらのけっこんはにさんねんさきのことにしても、)

と、ただそう云っただけでした。で、おおびらの結婚は二三年先の事にしても、

(せきだけははやくこちらへいれておきたいとおもったので、せんぞくちょうのほうにもすぐ)

籍だけは早く此方へ入れて置きたいと思ったので、千束町の方にも直ぐ

(かけあいましたが、これはもともとのんきなははやあにたちですから、わけなくすんで)

掛け合いましたが、これはもともと呑気な母や兄たちですから、訳なく済んで

(しまいました。のんきではあるが、そうはらのくろいひとたちではなかったとみえて、よくに)

しまいました。呑気ではあるが、そう腹の黒い人達ではなかったと見えて、慾に

(からんだようなことはなにひとついいませんでした。)

からんだようなことは何一つ云いませんでした。

(そうなってから、わたしとなおみのしんみつさがきゅうそくどにてんかいしたのはいうまでも)

そうなってから、私とナオミの親密さが急速度に展開したのは云うまでも

(ありません。まだせけんでしるものもなく、うわべはやはりともだちのようにしていました)

ありません。まだ世間で知る者もなく、うわべは矢張友達のようにしていました

(が、もうわたしたちはだれにはばかるところもないほうりつじょうのふうふだったのです。)

が、もう私たちは誰に憚るところもない法律上の夫婦だったのです。

(「ねえ、なおみちゃん」)

「ねえ、ナオミちゃん」

など

(と、わたしはあるときかのじょにいいました。)

と、私は或る時彼女に云いました。

(「ぼくとおまえはこれからさきもともだちみたいにくらそうじゃないか、)

「僕とお前はこれから先も友達みたいに暮らそうじゃないか、

(いつまでたっても。」)

いつまで立っても。」

(「じゃ、いつまでたってもあたしのことを「なおみちゃん」とよんでくれる?)

「じゃ、いつまで立ってもあたしのことを『ナオミちゃん』と呼んでくれる?

(「そりゃそうさ、それとも「おくさん」とよんであげようか?」)

「そりゃそうさ、それとも『奥さん』と呼んであげようか?」

(「いやだわ、あたし、」)

「いやだわ、あたし、」

(「そうでなけりゃ「なおみさん」にしようか?」)

「そうでなけりゃ『ナオミさん』にしようか?」

(「さんはいやだわ、やっぱりちゃんのほうがいいわ、あたしがさんにしてちょうだいって)

「さんはいやだわ、やっぱりちゃんの方がいいわ、あたしがさんにして頂戴って

(いうまでは」)

云うまでは」

(「そうするとぼくもえいきゅうに「じょうじさん」だね」)

「そうすると僕も永久に『譲治さん』だね」

(「そりゃそうだわ、そとによびかたはありゃしないもの」)

「そりゃそうだわ、外に呼び方はありゃしないもの」

(なおみはそおふぁへあおむけにねころんで、ばらのはなをもちながら、それをしきりに)

ナオミはソオファへ仰向けにねころんで、薔薇の花を持ちながら、それを頻りに

(くちびるへあてていじくっていたかとおもうと、そのときふいに、)

唇へあてていじくっていたかと思うと、そのとき不意に、

(「ねえ、じょうじさん?」と、そういって、りょうてをひろげて、そのはなのかわりにわたしの)

「ねえ、譲治さん?」と、そう云って、両手をひろげて、その花の代りに私の

(くびをだきしめました。)

首を抱きしめました。

(「ぼくのかわいいなおみちゃん」とわたしはいきがふさがるくらいしっかりといだかれたまま、)

「僕の可愛いナオミちゃん」と私は息が塞がるくらいシッカリと抱かれたまま、

(たもとのかげのくらいなかからこえをだしながら、)

袂の蔭の暗い中から声を出しながら、

(「ぼくのかわいいなおみちゃん、ぼくはおまえをあいしているばかりじゃない、ほんとうを)

「僕の可愛いナオミちゃん、僕はお前を愛しているばかりじゃない、ほんとうを

(いえばおまえをすうはいしているのだよ。おまえはぼくのたからものだ、ぼくがじぶんでみつけだして)

云えばお前を崇拝しているのだよ。お前は僕の宝物だ、僕が自分で見つけ出して

(みがきをかけただいやもんどだ。だからおまえをうつくしいおんなにするためなら、どんな)

研きをかけたダイヤモンドだ。だからお前を美しい女にするためなら、どんな

(ものでもかってやるよ。ぼくのげっきゅうをみんなおまえにあげてもいいが」)

ものでも買ってやるよ。僕の月給をみんなお前に上げてもいいが」

(「いいわ、そんなにしてくれないでも。そんなことよりか、あたしえいごとおんがくを)

「いいわ、そんなにしてくれないでも。そんな事よりか、あたし英語と音楽を

(もっとほんとにべんきょうするわ」)

もっとほんとに勉強するわ」

(「ああ、べんきょうおし、べんきょうおし、もうすぐぴあのもかってあげるから。そうして)

「ああ、勉強おし、勉強おし、もう直ぐピアノも買って上げるから。そうして

(せいようじんのまえへでてもはずかしくないようなれでぃーにおなり、おまえならきっと)

西洋人の前へ出ても耻かしくないようなレディーにおなり、お前ならきっと

(なれるから」)

なれるから」

(この「せいようじんのまえへでても」とか、「せいようじんのように」とかいうことばを、)

この「西洋人の前へ出ても」とか、「西洋人のように」とか云う言葉を、

(わたしはたびたびつかったものです。かのじょもそれをよろこんだことはもちろんで、)

私はたびたび使ったものです。彼女もそれを喜んだことは勿論で、

(「どう?こうやるとあたしのかおはせいようじんのようにみえない?」)

「どう?こうやるとあたしの顔は西洋人のように見えない?」

(などといいながらかがみのまえでいろいろひょうじょうをやってみせる。かつどうしゃしんをみるときに)

などと云いながら鏡の前でいろいろ表情をやって見せる。活動写真を見る時に

(かのじょはよほどじょゆうのどうさにちゅういをくばっているらしく、ぴくふぉーどはこういう)

彼女は余程女優の動作に注意を配っているらしく、ピクフォードはこう云う

(わらいかたをするとか、ぴな・めにけりはこんなぐあいにめをつかうとか、)

笑い方をするとか、ピナ・メニケリはこんな工合に眼を使うとか、

(じぇらるでぃん・ふぁーらーはいつもあたまをこういうふうにたばねているとか、もう)

ジェラルディン・ファーラーはいつも頭をこう云う風に束ねているとか、もう

(しまいにはむちゅうになって、かみのけまでもばらばらにとかしてしまって、それを)

しまいには夢中になって、髪の毛までもバラバラに解かしてしまって、それを

(さまざまのかたちにしながらまねるのですが、しゅんかんてきにそういうじょゆうのくせやかんじを)

さまざまの形にしながら真似るのですが、瞬間的にそう云う女優の癖や感じを

(とらえることは、かのじょはじつにじょうずでした。)

捉えることは、彼女は実に上手でした。

(「うまいもんだね、とてもそのまねはやくしゃにだってできやしないね、かおがせいようじんに)

「巧いもんだね、とてもその真似は役者にだって出来やしないね、顔が西洋人に

(にているんだから」)

似ているんだから」

(「そうかしら、どこがぜんたいにているのかしら?」)

「そうかしら、何処が全体似ているのかしら?」

(「そのはなつきとはならびのせいだよ」)

「その鼻つきと歯ならびのせいだよ」

(「ああ、このは?」)

「ああ、この歯?」

(そしてかのじょは「いー」というようにくちびるをひろげて、そのはならびをかがみへうつして)

そして彼女は「いー」と云うように唇をひろげて、その歯並びを鏡へ映して

(ながめるのでした。それはほんとにつぶのそろったひじょうにつやのある)

眺めるのでした。それはほんとに粒の揃った非常につやのある

(きれいなしれつだったのです。)

綺麗な歯列だったのです。

(「なにしろおまえはにほんじんばなれがしているんだから、ふつうのにほんのきものをきたんじゃ)

「何しろお前は日本人離れがしているんだから、普通の日本の着物を着たんじゃ

(おもしろくないね。いっそようふくにしてしまうか、わふくにしてもいっぷうかわったすたいるに)

面白くないね。いっそ洋服にしてしまうか、和服にしても一風変ったスタイルに

(したらどうだい」)

したらどうだい」

(「じゃ、どんなすたいる?」)

「じゃ、どんなスタイル?」

(「これからのおんなはだんだんかっぱつになるんだから、いままでのような、あんな)

「これからの女はだんだん活発になるんだから、今までのような、あんな

(おもっくるしいきゅうくつなものはいけないとおもうよ」)

重っ苦しい窮屈な物はいけないと思うよ」

(「あたしつつっぽのきものをきてへこおびをしめちゃいけないかしら?」)

「あたし筒ッぽの着物を着て兵児帯をしめちゃいけないかしら?」

(「つつっぽもわるくはないよ、なんでもいいからできるだけしんきなふうをしてみるんだよ)

「筒ッぽも悪くはないよ、何でもいいから出来るだけ新奇な風をして見るんだよ

(にほんともつかず、しなともつかず、せいようともつかないような、なにかそういう)

日本ともつかず、支那ともつかず、西洋ともつかないような、何かそう云う

(なりはないかな」)

なりはないかな」

(「あったらあたしにこしらえてくれる?」)

「あったらあたしに拵えてくれる?」

(「ああこしらえてあげるとも。ぼくはなおみちゃんにいろんなかたちのふくをこしらえて、)

「ああ拵えて上げるとも。僕はナオミちゃんにいろんな形の服を拵えて、

(まいにちまいにちとりかえひきかえきせてみるようにしたいんだよ。おめしだのちりめんだのって)

毎日々々取り換え引換え着せて見るようにしたいんだよ。お召だの縮緬だのって

(そんなたかいものでなくってもいい。めりんすやめいせんでたくさんだから、いしょうをきばつに)

そんな高い物でなくってもいい。めりんすや銘仙で沢山だから、意匠を奇抜に

(することだね」)

することだね」

(こんなはなしのすえに、わたしたちはよくつれだってほうぼうのごふくやや、)

こんな話の末に、私たちはよく連れ立って方々の呉服屋や、

(でぱーとめんと・すとーあへきれじをさがしにいったものでした。ことにそのころは、)

デパートメント・ストーアへ裂地を捜しに行ったものでした。殊にその頃は、

(ほとんどにちようびのたびごとにみつこしやしろきやへいかないことはなかったでしょう。とにかく)

殆ど日曜日の度毎に三越や白木屋へ行かないことはなかったでしょう。とにかく

(ふつうのおんなものではなおみもわたしもまんぞくしないので、これはとおもうがらをみつけるのは)

普通の女物ではナオミも私も満足しないので、これはと思う柄を見つけるのは

(よういではなく、ありきたりのごふくやではだめだとおもって、さらさやだの、しきものやだの)

容易ではなく、在り来りの呉服屋では駄目だと思って、更紗屋だの、敷物屋だの

(わいしゃつやようふくのきれをうるみせだの、わざわざよこはままででかけていって、)

ワイシャツや洋服の裂を売る店だの、わざわざ横浜まで出かけて行って、

(しなじんまちやきょりゅうちにあるがいこくじんむきのきれやだのを、いちにちがかりでたずねまわった)

支那人街や居留地にある外国人向きの裂屋だのを、一日がかりで尋ね廻った

(ことがありましたっけが、ふたりともくたびれきってあしをすりこぎのようにしながら)

ことがありましたっけが、二人ともくたびれ切って足を摺粉木のようにしながら

(それからそれへとどこまでもしなものをあさりにいきます。みちをとおるにもゆだんを)

それからそれへと何処までも品物を漁りに生きます。路を通るにも油断を

(しないで、せいようじんのすがたやふくそうにめをつけたり、いたるところのしょう・ういんどうに)

しないで、西洋人の姿や服装に目をつけたり、到る処のショウ・ウインドウに

(ちゅういします。たまたまめずらしいものがみつかると、)

注意します。たまたま珍しいものが見つかると、

(「あ、あのきれはどう?」)

「あ、あの裂はどう?」

(とさけびながら、すぐそのみせへはいっていってそのたんものをういんどうからだして)

と叫びながら、すぐその店へ這入って行ってその反物をウインドウから出して

(こさせ、かのじょのからだへあてがってみてあごのしたからだらりとしたへたらしたり、どうの)

来させ、彼女の身体へあてがって見て頤の下からだらりと下へ垂らしたり、胴の

(まわりへぐるぐるとまきつけたりする。それはまったく、ただそうやって)

周りへぐるぐると巻きつけたりする。それは全く、ただそうやって

(ひやかして、あるくだけでも、ふたりにとってはゆうにおもしろいあそびでした。)

冷かして、歩くだけでも、二人に取っては優に面白い遊びでした。

(ちかごろでこそいっぱんのにほんのふじんが、おるがんでぃーやじょうぜっとや、)

近頃でこそ一般の日本の婦人が、オルガンディーやジョウゼットや、

(こっとん・ぼいるや、ああいうものをひとえにしたてることがぽつぽつはやって)

コットン・ボイルや、ああ云うものを単衣に仕立てることがポツポツ流行って

(きましたけれども、あれにはじめてめをつけたものはわたしたちではなかった)

来ましたけれども、あれに始めて目をつけたものは私たちではなかった

(でしょうか。なおみはきみょうにあんなちしつがにあいました。)

でしょうか。ナオミは奇妙にあんな地質が似合いました。

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