谷崎潤一郎 痴人の愛 17

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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谷崎潤一郎の中編小説です
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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 やまちやまちゃん 4621 C++ 4.7 97.9% 1210.6 5712 117 100 2024/04/29

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問題文

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(とうようせきゆのかいしゃいんとそしある・だんす!ずいぶんみょうなとりあわせだと)

東洋石油の会社員とソシアル・ダンス!随分妙な取り合わせだと

(おもいながら、わたしはかさねてたずねました。)

思いながら、私は重ねて尋ねました。

(「じゃあなにですか、あのあすこにいるひげのはえたしんしも、)

「じゃあ何ですか、あのあすこに居る髭の生えた紳士も、

(やっぱりしゃいんなんですか」)

やっぱり社員なんですか」

(「いや、あれはちがいます、あのかたはどくとるなんです」)

「いや、あれは違います、あの方はドクトルなんです」

(「どくとる?」)

「ドクトル?」

(「ええ、やはりそのかいしゃのえいせいこもんをしておられるどくとるなんです。だんす)

「ええ、やはりその会社の衛生顧問をしておられるドクトルなんです。ダンス

(ぐらいからだのうんどうになるものはないというんで、あのかたはむしろそのために)

ぐらい体の運動になるものはないと云うんで、あの方は寧ろその為めに

(やっておられるんです」)

やっておられるんです」

(「そう?はまさん」)

「そう?浜さん」

(と、なおみがくちをはさみました。)

と、ナオミが口を挟みました。

(「そんなにうんどうになるのかしら?」)

「そんなに運動になるのかしら?」

(「ああ、なるとも。だんすをやってたらふゆでもいっぱいあせをかいて、しゃつが)

「ああ、なるとも。ダンスをやってたら冬でも一杯汗を掻いて、シャツが

(ぐちゃぐちゃになるくらいだから、うんどうとしてはたしかにいいね。おまけに)

ぐちゃぐちゃになるくらいだから、運動としては確かにいいね。おまけに

(しゅれむすかやふじんのは、あのとおりれんしゅうがもうれつだからね」)

シュレムスカヤ夫人のは、あの通り練習が猛烈だからね」

(「あのふじんはにほんごがわかるのでしょうか?」)

「あの夫人は日本語が分るのでしょうか?」

(わたしがそういってたずねたのは、じつはさっきからそれがきになっていたからでした。)

私がそう云って尋ねたのは、実はさっきからそれが気になっていたからでした。

(「いや、にほんごはほとんどわかりません、たいがいえいごでやっていますよ」)

「いや、日本語は殆ど分りません、大概英語でやっていますよ」

(「えいごはどうも、・・・・・・・・・すぴーきんぐのほうになると、ぼくは)

「英語はどうも、・・・・・・・・・スピーキングの方になると、僕は

(ぼくはふえてだもんだから、・・・・・・・・・」)

僕は不得手だもんだから、・・・・・・・・・」

など

(「なあに、みんなごどうようでさあ。しゅれむすかやふじんだって、ひじょうな)

「なあに、みんな御同様でさあ。シュレムスカヤ夫人だって、非常な

(ぶろーくん・いんぐりっしゅで、ぼくらよりひどいくらいですから、ちっとも)

ブロークン・イングリッシュで、僕等よりひどいくらいですから、ちっとも

(しんぱいはありませんよ。それにだんすのけいこなんか、ことばはなんにもいりゃ)

心配はありませんよ。それにダンスの稽古なんか、言葉はなんにも要りゃ

(しません。わん、とぅう、すりーで、あとはみぶりでわかるんですから。・・・」)

しません。ワン、トゥウ、スリーで、あとは身振りで分るんですから。・・・」

(「おや、なおみさん、いつおみえになりまして?」)

「おや、ナオミさん、いつお見えになりまして?」

(と、そのときかのじょにこえをかけたのは、あのしろべっこうのかんざしをさした、しなきんぎょの)

と、その時彼女に声をかけたのは、あの白鼈甲の簪を挿した、支那金魚の

(ふじんでした。)

婦人でした。

(「ああ、せんせい、ちょいと、すぎさきせんせいよ」)

「ああ、先生、ちょいと、杉崎先生よ」

(なおみはそういって、わたしのてをとって、そのふじんのいるそおふぁのほうへ)

ナオミはそう云って、私の手を執って、その婦人のいるソオファの方へ

(ひっぱっていきました。)

引っ張って行きました。

(「あの、せんせい、ごしょうかいいたします、かわいじょうじ」)

「あの、先生、御紹介いたします、河合譲治」

(と、すぎさきじょしはなおみがあかいかおをしたので、みなまできかずにそれといみを)

と、杉崎女史はナオミが赧い顔をしたので、皆まで聞かずにそれと意味を

(さとったらしく、たちあがってえしゃくしながら、)

悟ったらしく、立ち上がって会釈しながら、

(「おはつにおめにかかります、わたくし、すぎさきでございます。ようこそ)

「お初にお目に懸ります、わたくし、杉崎でございます。ようこそ

(おこしくださいました。なおみさん、そのいすをこちらへ)

お越し下さいました。ナオミさん、その椅子を此方へ

(もっていらっしゃい」)

持っていらっしゃい」

(そしてふたたびわたしのほうをふりかえって、)

そして再び私の方を振り返って、

(「さあ、どうぞおかけあそばして。もうじきでございますけれど、そうしてたって)

「さあ、どうぞおかけ遊ばして。もう直きでございますけれど、そうして立って

(おまちになっていらしっちゃ、おくたびれになりますわ」)

お待ちになっていらしっちゃ、おくたびれになりますわ」

(「・・・・・・・・・」)

「・・・・・・・・・」

(わたしはなんとあいさつしたかはっきりおぼえていませんが、たぶんくちのなかでもぐもぐやらせた)

私は何と挨拶したかハッキリ覚えていませんが、多分口の中でもぐもぐやらせた

(だけだったでしょう。この「わたくし」というようなきりこうじょうでやってこられる)

だけだったでしょう。この「わたくし」と云うような切口上でやって来られる

(ふじんれんが、わたしにはもっともにがてでした。そればかりでなく、わたしとなおみとのかんけいを)

婦人連が、私には最も苦手でした。そればかりでなく、私とナオミとの関係を

(どういうふうにじょしがかいしゃくしているのか、なおみがそれをどのてんまでほのめかして)

どう云う風に女史が解釈しているのか、ナオミがそれをどの点までほのめかして

(あるのか、ついうっかりしてただしておくのをわすれたので、なおさらどぎまぎしました)

あるのか、ついうっかりして質して置くのを忘れたので、尚更どぎまぎしました

(「あのごしょうかいいたしますが」)

「あの御紹介いたしますが」

(と。じょしはわたしのもじもじするのにとんぢゃくなく、れいのちぢれげのふじんのほうをさしながら)

と。女史は私のもじもじするのに頓着なく、例の縮れ毛の婦人の方を指しながら

(「このほうはよこはまのじぇーむす・ぶらうんさんのおくさんでいらっしゃいます。)

「この方は横浜のジェームス・ブラウンさんの奥さんでいらっしゃいます。

(このほうはおおいまちのでんきがいしゃにでていらっしゃるかわいじょうじさん、」)

この方は大井町の電気会社に出ていらっしゃる河合譲治さん、」

(なるほど、するとこのおんなはがいこくじんのさいくんだったのか、そういわれればかんごふよりも)

成る程、するとこの女は外国人の細君だったのか、そう云われれば看護婦よりも

(らしゃめんたいぷだとおもいながら、わたしはいよいよかたくなっておじぎをするばかりでした)

洋妾タイプだと思いながら、私はいよいよ固くなってお辞儀をするばかりでした

(「あなた、しつれいでございますけれど、だんすのおけいこをなさいますのは、)

「あなた、失礼でございますけれど、ダンスのお稽古をなさいますのは、

(ふぉいすと・たいむでいらっしゃいますの?」)

フォイスト・タイムでいらっしゃいますの?」

(そのちぢれげはすぐにわたしをつかまえて、こんなふうにしゃべりだしたが、)

その縮れ毛は直ぐに私を捕まえて、こんな風にしゃべり出したが、

(「ふぉいすと・たいむ」というところがいやにきどったはつおんで、ひどくはやくちに)

「フォイスト・タイム」と云うところがいやに気取った発音で、ひどく早口に

(いわれたので、)

云われたので、

(「は?」)

「は?」

(といいながらわたしがへどもどしていると、)

と云いながら私がへどもどしていると、

(「ええ、おはじめてなのでございますの」)

「ええ、お始めてなのでございますの」

(と、すぎさきじょしがそばからひきとってくれました。)

と、杉崎女史が傍から引き取ってくれました。

(「まあ、そうでいらっしゃいますか、でもねえ、なんでございますわ、そりゃ)

「まあ、そうでいらっしゃいますか、でもねえ、何でございますわ、そりゃ

(じぇんるまんはれでぃーよりももー・もー・でぃふぃかるとでございますけれど)

ジェンルマンはレディーよりもモー・モー・ディフィカルトでございますけれど

(おはじめになればじきになんでございますわ。・・・・・・・・・」)

お始めになれば直きに何でございますわ。・・・・・・・・・」

(この「もー・もー」というやつが、またわたしにはわかりませんでしたが、よく)

この「モー・モー」と云う奴が、又私には分りませんでしたが、よく

(きいてみると”moremore”といういみなのです。「じぇんとるまん」)

聞いて見ると“more more”と云う意味なのです。「ジェントルマン」

(を「じぇんるまん」、「りっとる」を「りるる」、すべてそういうはつおんのしかたで)

を「ジェンルマン」、「リットル」を「リルル」、総べてそう云う発音の仕方で

(はなしのなかへえいごをはさみます。そしてにほんごにもいっしゅきみょうなあくせんとがあって、)

話の中へ英語を挟みます。そして日本語にも一種奇妙なアクセントがあって、

(さんどにいちどは「なんでございますわ」をれんぱつしながら、あぶらがみへひがついたように)

三度に一度は「何でございますわ」を連発しながら、油紙へ火がついたように

(さいげんもなくしゃべるのです。)

際限もなくしゃべるのです。

(それからふたたびしゅれむすかやふじんのはなし、だんすのはなし、ごがくのはなし、おんがくのはなし、)

それから再びシュレムスカヤ夫人の話、ダンスの話、語学の話、音楽の話、

(・・・・・・・・・べとおヴぇんのそなたがなんだとか、だいさんしんふぉにーが)

・・・・・・・・・ベトオヴェンのソナタが何だとか、第三シンフォニーが

(どうしたとか、なになにがいしゃのれこーどはなになにがいしゃのれこーどよりよいとかわるいとか)

どうしたとか、何々会社のレコードは何々会社のレコードより良いとか悪いとか

(わたしがすっかりしょげてだまってしまったので、こんどはじょしをあいてにしてぺらぺら)

私がすっかりしょげて黙ってしまったので、こんどは女史を相手にしてぺらぺら

(やりだすそのくちぶりからすいさつすると、このぶらうんしのふじんというのは)

やり出すその口ぶりから推察すると、このブラウン氏の夫人というのは

(すぎさきじょしのぴあののでしででもありましょうか。そしてわたしはこんなばあいに、)

杉崎女史のピアノの弟子ででもありましょうか。そして私はこんな場合に、

(「ちょっとしつれいいたします」と、いいしおどきをみはからってせきをはずすというような、)

「ちょっと失礼いたします」と、いい潮時を見計って籍を外すと云うような、

(きようなまねができないので、このじょうぜついえのふじんのあいだにはさまったふうんをたんそく)

器用な真似が出来ないので、この饒舌家の婦人の間に挟まった不運を嘆息

(しながら、いやでもいおうでもそれをはいちょうしていなければなりませんでした。)

しながら、否でも応でもそれを拝聴していなければなりませんでした。

(やがて、ひげのどくとるをはじめとしてせきゆがいしゃのいちだんのけいこがおわると、じょしはわたしと)

やがて、髭のドクトルを始めとして石油会社の一段の稽古が終ると、女史は私と

(なおみとをしゅれむすかやふじんのまえへつれていって、さいしょになおみ、つぎにわたしを、)

ナオミとをシュレムスカヤ夫人の前へ連れて行って、最初にナオミ、次に私を、

(これはたぶんれでぃーをさきにするというせいようりゅうのさほうにしたがったのでしょう、)

これは多分レディーを先にすると云う西洋流の作法に従ったのでしょう、

(きわめてりゅうちょうなえいごでもってひきあわせました。そのときじょしはなおみのことを)

極めて流暢な英語で以て引き合わせました。その時女史はナオミのことを

(「みす・かわい」とよんだようでした。わたしはうちうち、なおみがどんなたいどをとって)

「ミス・カワイ」と呼んだようでした。私は内々、ナオミがどんな態度を取って

(せいようじんとおうたいするか、きょうみをもってまちうけていましたが、ふだんはうぬぼれの)

西洋人と応対するか、興味を持って待ち受けていましたが、ふだんは己惚れの

(つよいかのじょも、ふじんのまえへでてはさすがにちょっとろうばいのきみで、ふじんがなにか)

強い彼女も、夫人の前へ出てはさすがにちょっと狼狽の気味で、夫人が何か

(ひとことふたこといいながら、いげんのあるめもとにびしょうをふくんでてをさしだすと、)

一と言二た言云いながら、威厳のある眼元に微笑を含んで手をさしだすと、

(なおみはまっかなかおをしてなにもいわずにこそこそとあくしゅをしました。わたしときては)

ナオミは真っ赤な顔をして何も云わずにコソコソと握手をしました。私と来ては

(なおさらのことで、しょうじきのところ、そのあおじろいちょうこくのようなりんかくを、あおぎみることは)

尚更の事で、正直のところ、その青白い彫刻のような輪郭を、仰ぎ見ることは

(できませんでした。そしてだまってうつぶしむいたまま、だいやもんどのこまかいつぶが)

出来ませんでした。そして黙って俯向いたまま、ダイヤモンドの細かい粒が

(むすうにひかっているふじんのてを、そうっとにぎりかえしただけです。)

無数に光っている夫人の手を、そうッと握り返しただけです。

(わたしが、じぶんはやぼなにんげんであるにもかかわらず、しゅみとしてはいからをこのみ、)

九 私が、自分は野暮な人間であるにも拘わらず、趣味としてハイカラを好み、

(ばんじにつけてせいようりゅうをまねしたことは、すでにどくしゃもごしょうちのはずです。もしもわたしに)

万事につけて西洋流を真似したことは、既に読者も御承知の筈です。若しも私に

(じゅうぶんなきんがあって、きずいきままなことができたら、わたしはあるはせいようにいってせいかつをし、)

十分な金があって、気随気儘な事が出来たら、私は或は西洋に行って生活をし、

(せいようのおんなをつまにしたかもしれませんが、それはきょうぐうがゆるさなかったので、)

西洋の女を妻にしたかも知れませんが、それは境遇が許さなかったので、

(にほんじんのうちではとにかくせいようひとくさいなおみをつまとしたようなわけです。それに)

日本人のうちではとにかく西洋人くさいナオミを妻としたような訳です。それに

(もうひとつは、たといわたしにきんがあったとしたところで、おとこぶりについてのじしんが)

もう一つは、たとい私に金があったとしたところで、男振りに就いての自信が

(ない。なにしろせがごしゃくにすんというこおとこで、いろがくろくて、はならびがわるくて、あの)

ない。何しろ背が五尺二寸という小男で、色が黒くて、歯並びが悪くて、あの

(どうどうたるたいかくのせいようじんをにょうぼうにもとうなどとは、みのほどをしらなすぎる。やはり)

堂々たる体格の西洋人を女房に持とうなどとは、身の程を知らな過ぎる。矢張

(にほんじんにはにほんじんどうしがよく、なおみのようなのがいちばんじぶんのちゅうもんにはまって)

日本人には日本人同士がよく、ナオミのようなのが一番自分の注文に嵌まって

(いるのだと、そうかんがえてけっきょくわたしはまんぞくしていたのです。)

いるのだと、そう考えて結局私は満足していたのです。

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