谷崎潤一郎 痴人の愛 45

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数576難易度(4.5) 6086打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5766 A+ 6.0 95.6% 1006.3 6081 278 100 2024/11/26
2 sada 3032 E++ 3.1 96.0% 1933.0 6115 253 100 2024/12/01

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問題文

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(「しょうこがないのにうたぐるなんて、それはあなたがむりじゃないの。あなたが)

「証拠がないのに疑るなんて、それはあなたが無理じゃないの。あなたが

(あたしをしんようしないで、つまとしてのじゆうのけんりもあたえないでおきながら、)

あたしを信用しないで、妻としての自由の権利も与えないで置きながら、

(ふうふらしくしようとしたってそりゃだめだわ。ねえ、じょうじさん、あなたは)

夫婦らしくしようとしたってそりゃ駄目だわ。ねえ、譲治さん、あなたは

(あたしがなにもしらずにいるとおもって?ひとのてがみをないしょでよんだり、たんていみたいに)

あたしが何も知らずにいると思って?人の手紙を内証で呼んだり、探偵みたいに

(あとをつけたり、・・・・・・・・・あたしちゃんとしっているのよ」)

跡をつけたり、・・・・・・・・・あたしちゃんと知っているのよ」

(「それはおれもわるかったよ、けれどもおれもいぜんのことがあるもんだから、しんけいかびんに)

「それは己も悪かったよ、けれども己も以前の事があるもんだから、神経過敏に

(なっているんだ。それをさっしてくれないじゃこまるよ」)

なっているんだ。それを察してくれないじゃ困るよ」

(「じゃ、いったいどうしたらいいのよ?いぜんのことはもういわないって)

「じゃ、一体どうしたらいいのよ?以前の事はもう云わないッて

(やくそくじゃないの」)

約束じゃないの」

(「おれのしんけいがほんとうにやすまるように、おまえがこころからうちとけてくれ、)

「己の神経がほんとうに安まるように、お前が心から打ち解けてくれ、

(おれをあいしてくれたらいいんだ」)

己を愛してくれたらいいんだ」

(「でもそうするにはあなたのほうでしんじてくれなけりゃあ、・・・・・・・・・」)

「でもそうするにはあなたの方で信じてくれなけりゃあ、・・・・・・・・・」

(「ああしんじるよ、もうこれからきっとしんじるよ」)

「ああ信じるよ、もうこれからきっと信じるよ」

(わたしはここで、おとこというもののあさましさをはくじょうしなければなりませんが、)

私はここで、男と云うものの浅ましさを白状しなければなりませんが、

(ひるまはとにかく、よるのばあいになってくるとわたしはいつもかのじょにまけました。)

昼間はとにかく、夜の場合になって来ると私はいつも彼女に負けました。

(わたしがまけたというよりは、わたしのなかにあるじゅうせいがかのじょにせいふくされました。)

私が負けたと云うよりは、私の中にある獣性が彼女に征服されました。

(じじつをいえばわたしはかのじょをまだまだしんじるきにはなれない、にもかかわらず)

事実を云えば私は彼女をまだまだ信じる気にはなれない、にも拘わらず

(わたしのじゅうせいはもうもくてきにかのじょにこうふくすることをしい、すべてをすててだきょうするように)

私の獣性は盲目的に彼女に降伏することを強い、総べてを捨てて妥協するように

(させてしまいます。つまりなおみはわたしにとって、もはやたっといたからでもなく、)

させてしまいます。つまりナオミは私に取って、もはや貴い宝でもなく、

(ありがたいぐうぞうでもなくなったかわり、いっこのしょうふとなったわけです。そこには)

有難い偶像でもなくなった代り、一箇の娼婦となった訳です。そこには

など

(こいびととしてのきよさも、ふうふとしてのじょうあいもない。そんなものはむかしのゆめと)

恋人としての清さも、夫婦としての情愛もない。そんなものは昔の夢と

(きえてしまった!それならどうしてこんなふていな、よごれたおんなにみれんを)

消えてしまった!それならどうしてこんな不貞な、汚れた女に未練を

(のこしているのかというと、まったくかのじょのにくたいのみりょく、ただそれだけに)

残しているのかと云うと、全く彼女の肉体の魅力、ただそれだけに

(ひきずられつつあったのです。これはなおみのだらくであって、どうじに)

引き摺られつつあったのです。これはナオミの堕落であって、同時に

(わたしのだらくでもありました。なぜならわたしは、だんしとしてのせっそう、けっぺき、じゅんじょうを)

私の堕落でもありました。なぜなら私は、男子としての節操、潔癖、純情を

(すて、かこのほこりをほってしまって、しょうふのまえにみをくっしながら、それをはじとも)

捨て、過去の誇りを抛ってしまって、娼婦の前に身を屈しながら、それを耻とも

(おもわないようになったのですから。いやときとしてはそのいやしむべきしょうふのすがたを、)

思わないようになったのですから。いや時としてはその卑しむべき娼婦の姿を、

(さながらめがみをうちあおぐようにすうはいさえしたものですから。)

さながら女神を打ち仰ぐように崇拝さえしたものですから。

(なおみはわたしのこのじゃくてんをつらのにくいほどしりぬいていました。じぶんのにくたいが)

ナオミは私のこの弱点を面の憎いほど知り抜いていました。自分の肉体が

(おとこにとってはていこうしがたいこわくであること、よるにさえなればおとこをうちまかして)

男にとっては抵抗し難い蠱惑であること、夜にさえなれば男を打ち負かして

(しまえること、こういういしきをもちはじめたかのじょは、ひるまはふしぎなくらい)

しまえること、こう云う意識を持ち始めた彼女は、昼間は不思議なくらい

(ぶあいそうなたいどをしめしました。じぶんはここにいるひとりのおとこにじぶんの「おんな」を)

不愛想な態度を示しました。自分はここにいる一人の男に自分の「女」を

(うっているのだ、それいがいにはなにもこのおとこにきょうみもなければいんねんもない、と、)

売っているのだ、それ以外には何もこの男に興味もなければ因縁もない、と、

(そんなようすをありありとみせて、あたかもろぼうのひとのようにむうっとそっけなく)

そんな様子をありありと見せて、あたかも路傍の人のようにむうッとそっけなく

(すましこんで、たまにわたしがはなしかけてもろくすっぽうもへんじもしません。)

済まし込んで、たまに私が話しかけてもろくすッぽうも返辞もしません。

(ぜひひつようなばあいにだけ「はい」とか「いいえ」とかこたえるだけです。)

是非必要な場合にだけ「はい」とか「いいえ」とか答えるだけです。

(こういうかのじょのやりかたは、わたしにたいしてしょうきょくてきにはんこうしているこころをあらわし、)

こういう彼女のやり方は、私に対して消極的に反抗している心を現わし、

(わたしをきょくどにぶべつするいをしめそうとするものであるとしか、わたしには)

私を極度に侮蔑する意を示そうとするものであるとしか、私には

(おもえませんでした。「じょうじさん、あたしがいくられいたんだって、あなたは)

思えませんでした。「譲治さん、あたしがいくら冷淡だって、あなたは

(おこるけんりはないわよ。あなたはあたしからとれるものだけとっているんじゃ)

怒る権利はないわよ。あなたはあたしから取れる物だけ取っているんじゃ

(ありませんか。それであなたはまんぞくしているじゃありませんか」わたしは)

ありませんか。それであなたは満足しているじゃありませんか」私は

(かのじょのまえへでると、そういうめつきでにらまれているようなきがしました。)

彼女の前へ出ると、そう云う眼つきで睨まれているような気がしました。

(そしてそのめはややともすると、)

そしてその眼は動ともすると、

(「ふん、なんといういやなやつだろう。まるでこいつはいぬみたようにさもしいおとこだ。)

「ふん、何と云うイヤな奴だろう。まるで此奴は犬みたようにさもしい男だ。

(しかたがないからがまんしてやっているんだけれど」)

仕方がないから我慢してやっているんだけれど」

(と、そんなひょうじょうをむきだしにしてみせるのでした。)

と、そんな表情をムキ出しにして見せるのでした。

(けれどもかかるじょうたいがながもちをするはずがありません。ふたりはたがいにあいてのこころに)

けれどもかかる状態が長持ちをする筈がありません。二人は互に相手の心に

(さぐりをいれ、いんけんなあんとうをつづけながら、いつかいちどはそれがばくはつすることを)

捜りを入れ、陰険な暗闘をつづけながら、いつか一度はそれが爆発することを

(うちうちかくごしていましたが、あるばんわたしは、)

内々覚悟していましたが、或る晩私は、

(「ねえ、なおみや」)

「ねえ、ナオミや」

(と、とくにいつもよりやさしいくちょうでよびかけました。)

と、特にいつもより優しい口調で呼びかけました。

(「ねえ、なおみや、もうおたがいにつまらないいじっばりはよそうじゃないか。)

「ねえ、ナオミや、もうお互につまらない意地ッ張りは止そうじゃないか。

(おまえはどうだかしらないが、ぼくはとうていたえられないよ、このころのような)

お前はどうだか知らないが、僕は到底堪えられないよ、この頃のような

(こんなひややかなせいかつには。・・・・・・・・・」)

こんな冷ややかな生活には。・・・・・・・・・」

(「ではどうしようっていうつもりなの?」)

「ではどうしようッて云う積りなの?」

(「もういちどなんとかしてほんとうのふうふになろうじゃないか。おまえもぼくも)

「もう一度何とかしてほんとうの夫婦になろうじゃないか。お前も僕も

(やけはんぶんになっているのがいけないんだよ。まじめになってむかしのこうふくを)

焼け半分になっているのがいけないんだよ。真面目になって昔の幸福を

(よびもどそうと、どりょくしないのがわるいんだよ」)

呼び戻そうと、努力しないのが悪いんだよ」

(「どりょくしたって、きもちというものはなかなかなおってこないとおもうわ」)

「努力したって、気持と云うものはなかなか直って来ないと思うわ」

(「そりゃあそうかもしれないが、ぼくはふたりがこうふくになるほうほうがあるとおもうよ。)

「そりゃあそうかも知れないが、僕は二人が幸福になる方法があると思うよ。

(おまえがしょうちしてくれさえすりゃあいいことなんだが、・・・・・・・・・」)

お前が承知してくれさえすりゃあいいことなんだが、・・・・・・・・・」

(「どんなほうほう?」)

「どんな方法?」

(「おまえ、こどもをうんでくれないか、ははおやになってくれないか?ひとりでもいいから)

「お前、子供を生んでくれないか、母親になってくれないか?一人でもいいから

(こどもができれば、きっとぼくらはほんとうのいみでふうふになれるよ、)

子供が出来れば、きっと僕等はほんとうの意味で夫婦になれるよ、

(こうふくになれるよ。おねがいだからぼくのたのみをきいてくれない?」)

幸福になれるよ。お願いだから僕の頼みを聴いてくれない?」

(「いやだわ、あたし」)

「いやだわ、あたし」

(と、なおみはそくざにきっぱりといいました。)

と、ナオミは即座にきっぱりと云いました。

(「あなたはあたしに、こどもをうまないようにしてくれ。いつまでもわかわかしく、)

「あなたはあたしに、子供を生まないようにしてくれ。いつまでも若々しく、

(むすめのようにしていてくれ。ふうふのあいだにこどものできるのがなによりもおそろしいって、)

娘のようにしていてくれ。夫婦の間に子供の出来るのが何よりも恐ろしいッて、

(いったじゃないの?」)

云ったじゃないの?」

(「そりゃ、そんなふうにおもったじだいもあったけれども、・・・・・・・・・」)

「そりゃ、そんな風に思った時代もあったけれども、・・・・・・・・・」

(「それじゃあなたは、むかしのようにあたしをあいそうとしないんじゃないの?)

「それじゃあなたは、昔のようにあたしを愛そうとしないんじゃないの?

(あたしがどんなにとしをとって、きたなくなってもかまわないというきなんじゃないの?)

あたしがどんなに年を取って、汚くなっても構わないと云う気なんじゃないの?

(いいえ、そうだわ、あなたこそあたしをあいさないんだわ」)

いいえ、そうだわ、あなたこそあたしを愛さないんだわ」

(「おまえはごかいしてるんだ。ぼくはおまえをともだちのようにあいしていた、だがこれからは)

「お前は誤解してるんだ。僕はお前を友達のように愛していた、だがこれからは

(しんじつのつまとしてあいする。・・・・・・・・・」)

真実の妻として愛する。・・・・・・・・・」

(「それであなたは、むかしのようなこうふくがもどってくるとおもうのかしら?」)

「それであなたは、昔のような幸福が戻って来ると思うのかしら?」

(「むかしのようではないかもしれない、けれどもしんのこうふくが、・・・・・・・・・」)

「昔のようではないかも知れない、けれども真の幸福が、・・・・・・・・・」

(「いや、いや、あたしはそれならたくさんだわ」)

「いや、いや、あたしはそれなら沢山だわ」

(そういってかのじょは、わたしのことばがおわらないうちにはげしくかぶりをふるのでした。)

そう云って彼女は、私の言葉が終らないうちに激しく冠を振るのでした。

(「あたし、むかしのようなこうふくがほしいの。でなけりゃなんにもほしくはないの。)

「あたし、昔のような幸福が欲しいの。でなけりゃなんにも欲しくはないの。

(あたしそういうやくそくであなたのところへきたんだから」)

あたしそう云う約束であなたの所へ来たんだから」

(なおみがどうしてもこどもをうむのがいやだというなら、わたしのほうには)

十九 ナオミがどうしても子供を生むのが厭だというなら、私の方には

(またもうひとつしゅだんがありました。それはおおもりの「おとぎばなしのいえ」をたたんで、)

又もう一つ手段がありました。それは大森の「御伽噺の家」を畳んで、

(もっとまじめな、じょうしきてきなかていをもつといういちじです。ぜんたいわたしは)

もっと真面目な、常識的な家庭を持つと云う一事です。全体私は

(しんぷる・らいふというびめいにあこがれて、こんなきみょうな、はなはだじつようてきでもない)

シンプル・ライフと云う美名に憧れて、こんな奇妙な、甚だ実用的でもない

(えかきのあとりえにすんだのですが、われわれのせいかつをじだらくにしたのは)

絵かきのアトリエに住んだのですが、われわれの生活を自堕落にしたのは

(このいえのせいもたしかにあるのです。こういういえにわかいふうふがじょちゅうもおかずに)

この家のせいも確かにあるのです。こう云う家に若い夫婦が女中も置かずに

(すまっていれば、かえっておたがいにわがままがでて、しんぷる・らいふが)

住まっていれば、却ってお互に我が儘が出て、シンプル・ライフが

(しんぷるでなくなり、ふしだらになるのはやむをえない。それでわたしは、)

シンプルでなくなり、ふしだらになるのは已むを得ない。それで私は、

(わたしのるすちゅうなおみをかんしするためにも、こまづかいをひとりとめしたきをひとり)

私の留守中ナオミを監視するためにも、小間使いを一人と飯焚きを一人

(おくことにする。しゅじんふうふとじょちゅうがふたり、これだけがすまえるような、いわゆる)

置くことにする。主人夫婦と女中が二人、これだけが住まえるような、所謂

(「ぶんかじゅうたく」でないじゅんにほんしきの、ちゅうりゅうのしんしむきのいえへひきうつる。いままで)

「文化住宅」でない純日本式の、中流の紳士向きの家へ引き移る。今まで

(つかっていたせいようかぐをうりはらって、すべてにほんふうのかぐにとりかえ、)

使っていた西洋家具を売り払って、総べて日本風の家具に取り換え、

(なおみのためにとくにぴあのをいちだいかってやる。こうすればかのじょのおんがくのけいこも)

ナオミのために特にピアノを一台買ってやる。こうすれば彼女の音楽の稽古も

(すぎさきじょしのできょうじゅをたのめばよいことになり、えいごのほうもはりそんじょうに)

杉崎女史の出教授を頼めばよいことになり、英語の方もハリソン嬢に

(でむいてもらって、しぜんかのじょががいしゅつするきかいがなくなる。このけいかくをじっこうするには)

出向いて貰って、自然彼女が外出する機会がなくなる。この計画を実行するには

(まとったかねがひつようでしたが、それはくにもとへそういってやり、すっかりおぜんだてが)

纏った金が必要でしたが、それは国もとへそう云ってやり、すっかりお膳立てが

(ととのうまではなおみにしらせないけっしんをおもんみて、わたしはひとりでしゃくやさがしやかざいどうぐの)

整うまではナオミに知らせない決心を以て、私は独りで借家捜しや家財道具の

(みつもりなどにくしんしていました。)

見積りなどに苦心していました。

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