谷崎潤一郎 痴人の愛 48

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
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谷崎潤一郎の中編小説です
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問題文

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(あんなににくらしかったおんなが、こんなにもこいしくなってくるとは?このきゅうげきな)

あんなに憎らしかった女が、こんなにも恋しくなって来るとは?この急激な

(こころのへんかはわたしじしんにもせつめいのできないことで、おそらくこいのかみさまばかりが)

心の変化は私自身にも説明の出来ないことで、恐らく恋の神様ばかりが

(しっているなぞでありましょう。わたしはいつのまにかたちあがって、へやをいったり)

知っている謎でありましょう。私はいつの間にか立ち上って、部屋を往ったり

(きたりしながら、どうしたらこのれんぼのじょうをいやすことができるだろうかと、)

来たりしながら、どうしたらこの恋慕の情を癒やすことが出来るだろうかと、

(ながいあいだかんがえました。と、どうかんがえてもいやすほうほうはみつからないで、ただただ)

長い間考えました。と、どう考えても癒やす方法は見付からないで、ただただ

(かのじょのうるわしかったことばかりがおもいだされる。かこごねんかんのきょうどうせいかつの)

彼女の美しかったことばかりが想い出される。過去五年間の共同生活の

(ばめんばめんが、ああ、あのときにはこういった、あんなかおをした、あんなめをしたと)

場面々々が、ああ、あの時にはこう云った、あんな顔をした、あんな眼をしたと

(いうふうに、あとからあとからとうかんできて、それがいちいちみれんのたねでないものは)

云う風に、後から後からと浮かんで来て、それが一々未練の種でないものは

(ない。ことにわたしのわすれられないのは、かのじょがじゅうごろくのむすめのじぶん、まいばんわたしが)

ない。殊に私の忘れられないのは、彼女が十五六の娘の時分、毎晩私が

(せいようぶろへいれてやってからだをあらってやったこと。それからわたしがうまになって)

西洋風呂へ入れてやって体を洗ってやったこと。それから私が馬になって

(かのじょをせなかにのせながら、「はいはい、どうどう」とへやのなかをはいまわって)

彼女を背中に乗せながら、「ハイハイ、ドウドウ」と部屋の中を這い廻って

(あそんだこと。どうしてそんなくだらないことがそんなにまでもなつかしいのか、)

遊んだこと。どうしてそんな下らない事がそんなにまでも懐かしいのか、

(じつにばかげていましたけれど、もしもかのじょがこのあともういちどわたしのところへ)

実に馬鹿げていましたけれど、若しも彼女がこの後もう一度私の所へ

(かえってきてくれたら、わたしはなによりまっさきにあのときのゆうぎをやってみよう。)

帰って来てくれたら、私は何より真っ先にあの時の遊戯をやって見よう。

(それができたらおれはどんなにうれしいかしれないと、まるでそのことをこのうえもない)

それが出来たら己はどんなに嬉しいか知れないと、まるでその事をこの上もない

(こうふくのようにくうそうしたりするのでした。いや、たんにくうそうしたばかりでなく、)

幸福のように空想したりするのでした。いや、単に空想したばかりでなく、

(いまもかのじょのからだがせなかへぐっとのしかかってでもいるかのように、へやをぐるぐる)

今も彼女の体が背中へぐッとのしかかってでもいるかのように、部屋をグルグル

(まわってみました。それからわたしは、ここにかくのもはずかしいことの)

廻ってみました。それから私は、此処に書くのも耻かしい事の

(かぎりですが、にかいへいって、かのじょのふるぎをひっぱりだして、それをなんまいも)

限りですが、二階へ行って、彼女の古着を引っ張り出して、それを何枚も

(せなかにのせ、かのじょのたびをりょうてにはめて、またそのへやをよつんばいになって)

背中に載せ、彼女の足袋を両手に嵌めて、又その部屋を四つン這いになって

など

(あるきました。)

歩きました。

(このものがたりをさいしょからよんでおられるどくしゃは、たぶんおぼえておられるでしょうが、)

この物語を最初から読んでおられる読者は、多分覚えておられるでしょうが、

(わたしは「なおみのせいちょう」とだいするいっさつのきねんちょうをもっていました。それはわたしが)

私は「ナオミの成長」と題する一冊の記念帖を持っていました。それは私が

(かのじょをふろへいれてやって、からだをあらってやっていたころ、かのじょのししがひましに)

彼女を風呂へ入れてやって、体を洗ってやっていた頃、彼女の四肢が日増しに

(はったつするさまをくわしくしるしておいたもので、つまりしょうじょとしてのなおみがだんだん)

発達する様を委しく記して置いたもので、つまり少女としてのナオミがだんだん

(おとなになるところを、ただそればかりをせんもんのようにかきとめていった)

大人になるところを、ただそればかりを専門のように書き止めて行った

(いっしゅのにっきちょうでした。わたしはそのにっきのところどころに、とうじのなおみの)

一種の日記帳でした。私はその日記のところどころに、当時のナオミの

(いろいろなひょうじょう、ありとあらゆるようだいのへんかをしゃしんにとってはっておいたのを)

いろいろな表情、ありとあらゆる容態の変化を写真に撮って貼って置いたのを

(おもいだし、せめてかのじょをしのぶよすがに、ながいあいだほこりにまみれてつっこんであった)

思い出し、せめて彼女を偲ぶよすがに、長い間埃にまみれて突っ込んであった

(そのちょうめんを、ほんばこのそこからひきずりだしてじゅんじゅんにぺーじをはぐってみました。)

その帳面を、本箱の底から引き摺り出して順々にページをはぐって見ました。

(それらのしゃしんはわたしいがいのにんげんにはぜったいにみせるべきものではないので、じぶんで)

それらの写真は私以外の人間には絶対に見せるべきものではないので、自分で

(げんぞうややきつけなどをしたのでしたが、おおかたみずあらいがかんぜんで)

現像や焼き付けなどをしたのでしたが、大方水洗いが完全で

(なかったのでしょう、いまではぽつぽつそばかすのようなはんてんができ、)

なかったのでしょう、今ではポツポツそばかすのような斑点が出来、

(ものによってはすっかりじだいがついてしまって、まるでふるめかしいがぞうのように)

物によってはすっかり時代がついてしまって、まるで古めかしい画像のように

(もうろうとしたものもありましたけれど、そのためにかえってなつかしさは)

朦朧としたものもありましたけれど、そのために却って懐かしさは

(ますばかりで、もうじゅうねんもにじゅうねんものむかしのこと、・・・・・・・・・おさないころの)

増すばかりで、もう十年も二十年もの昔のこと、・・・・・・・・・幼い頃の

(とおいゆめをでもたどるようなきがするのでした。そしてそこには、かのじょがあのじぶん)

遠い夢をでも辿るような気がするのでした。そしてそこには、彼女があの時分

(このんでよそおったさまざまないしょうやなりかたちが、きばつなものも、けいかいなものも、)

好んで装ったさまざまな衣裳やなりかたちが、奇抜なものも、軽快なものも、

(ぜいたくなものも、こっけいなものも、ほとんどあますところなくうつされていました。)

贅沢なものも、滑稽なものも、殆ど剰す所なく写されていました。

(あるぺーじにはびろうどのせびろふくをきてだんそうしたしゃしんがある。つぎをめくると)

或るページには天鵞絨の背広服を着て男装した写真がある。次をめくると

(うすいこっとん・ぼいるのぬのをみにまとって、ちょうぞうのごとくてきりつしているすがたがある。)

薄いコットン・ボイルの布を身に纏って、彫像の如く彳立している姿がある。

(またそのつぎにはきらきらひかるしゅすのはおりにしゅすのきもの、はばのせまいおびをむなだかにしめ、)

又その次にはきらきら光る繻子の羽織に繻子の着物、幅の狭い帯を胸高に締め、

(りぼんのはんえりをつけたようすがあらわれてくる。それからしゅじゅざったなひょうじょうどうさや)

リボンの半襟を着けた様子が現れて来る。それから種々雑多な表情動作や

(かつどうじょゆうのまねことのかずかず、めりー・ぴくふぉーどのえがおだの、)

活動女優の真似事の数々、メリー・ピクフォードの笑顔だの、

(ぐろりあ・すわんそんのひとみだの、ぽーら・ねぐりのたけりだったところだの、)

グロリア・スワンソンの眸だの、ポーラ・ネグリの猛り立ったところだの、

(びーぶ・だにえるのおつにきどったところだの、ふんぜんたるもの、しょうぜんたるもの、)

ビーブ・ダニエルの乙に気取ったところだの、憤然たるもの、竦然たるもの、

(こうこつたるもの、みるにしたがってかのじょのかおやからだのこなしはいちいちへんかし、いかにかのじょが)

恍惚たるもの、見るに随って彼女の顔や体のこなしは一々変化し、いかに彼女が

(そういうことにびんかんであり、きようであり、れいりであったかをかたらないものとては)

そう云うことに敏感であり、器用であり、怜悧であったかを語らないものとては

(ないのでした。)

ないのでした。

(「ああとんでもない!おれはほんとにたいへんなおんなをにがしてしまった」)

「ああ飛んでもない!己はほんとに大変な女を逃がしてしまった」

(わたしはこころもくるおしくなり、くやしまぎれにじだんだをふみ、なおもにっきを)

私は心も狂おしくなり、口惜しまぎれに地団駄を蹈み、なおも日記を

(くっていくと、まだまだしゃしんがいくしょくとなくでてきました。そのとりかたはだんだん)

繰って行くと、まだまだ写真が幾色となく出て来ました。その撮り方はだんだん

(びにいり、さいをほじって、ぶぶんぶぶんをおおうつしにして、はなのかたち、めのかたち、くちびるのかたち、)

微に入り、細を穿って、部分々々を大映しにして、鼻の形、眼の形、唇の形、

(ゆびのかたち、うでのきょくせん、かたのきょくせん、せすじのきょくせん、あしのきょくせん、てくび、あしくび、)

指の形、腕の曲線、肩の曲線、背筋の曲線、脚の曲線、手頸、足頸、

(ひじ、ひざがしら、あしのあしうらまでもうつしてあり、さながらぎりしあのちょうこくかならのぶつぞうかなにかを)

肘、膝頭、足の蹠までも写してあり、さながら希臘の彫刻家奈良の仏像か何かを

(あつかうようにしてあるのです。ここにいたってなおみのからだはまったくげいじゅつひんとなり、)

扱うようにしてあるのです。ここに至ってナオミの体は全く芸術品となり、

(わたしのめにはじっさいならのぶつぞういじょうにかんぺきなものであるかとおもわれ、それをしみじみ)

私の眼には実際奈良の仏像以上に完璧なものであるかと思われ、それをしみじみ

(ながめていると、しゅうきょうてきなかんげきさえがわいてくるようになるのでした。ああ、わたしは)

眺めていると、宗教的な感激さえが湧いて来るようになるのでした。ああ、私は

(いったいどういうつもりでこんなせいみつなしゃしんをとっておいたのでしょうか?これが)

一体どう云う積りでこんな精密な写真を撮って置いたのでしょうか?これが

(いつかはかなしいきねんになるということを、よかくしてでもいたのでしょうか?)

いつかは悲しい記念になると云うことを、予覚してでもいたのでしょうか?

(わたしのなおみをこうるこころはかそくどをもってすすみました。もうひがくれてまどのそとには)

私のナオミを恋うる心は加速度を以て進みました。もう日が暮れて窓の外には

(ゆうべのほしがまたたきはじめ、うすらさむくさえなってきましたが、わたしはあさのじゅういちじから)

夕の星がまたたき始め、うすら寒くさえなって来ましたが、私は朝の十一時から

(ごはんもたべず、ひもおこさず、でんきをつけるきりょくもなく、くらくなってくるいえのなかを)

御飯もたべず、火も起さず、電気をつける気力もなく、暗くなって来る家の中を

(にかいへいったり、かいかへおりたり、「ばか!」といいながらじぶんでじぶんのあたまを)

二階へ行ったり、階下へ降りたり、「馬鹿!」と云いながら自分で自分の頭を

(ぶったり、あきやのようにしんかんとしたあとりえのかべにむかいながら)

打ったり、空家のように森閑としたアトリエの壁に向いながら

(「なおみ、なおみ」とさけんでみたり、はてはかのじょのなまえをよびつづけつつゆかにひたいを)

「ナオミ、ナオミ」と叫んでみたり、果ては彼女の名前を呼び続けつつ床に額を

(こすりつけたりしました。もうどうしても、どうあろうともかのじょを)

擦りつけたりしました。もうどうしても、どうあろうとも彼女を

(ひきもどさなければならない。おれはぜったいむじょうけんでかのじょのまえにこうふくする。かのじょの)

引き戻さなければならない。己は絶対無条件で彼女の前に降伏する。彼女の

(いうところ、ほっするところ、すべてにおれはふくじゅうする。・・・・・・・・・が、)

云うところ、欲するところ、総べてに己は服従する。・・・・・・・・・が、

(それにしてもいまごろかのじょはなにしているだろう?あんなににもつをもっていったから、)

それにしても今頃彼女は何しているだろう?あんなに荷物を持っていったから、

(とうきょうえきからきっとじどうしゃでいっただろう。そうだとするとあさくさのいえへついてから)

東京駅からきっと自動車で行っただろう。そうだとすると浅草の家へ着いてから

(ごろくじかんはたっているはずだ。かのじょはじっかのひとびとにたいし、おいだされてきたりゆうを)

五六時間は立っている筈だ。彼女は実家の人々に対し、追い出されて来た理由を

(しょうじきにはなしたろうか?それともれいのまけずぎらいで、いちじのがれのでたらめをいい、)

正直に話したろうか?それとも例の負けず嫌いで、一時遁れの出鱈目を云い、

(あねやあにきをけむりにまいてでもいるだろうか?せんぞくちょうでいやしいかぎょうをしているじっか、)

姉や兄貴を煙に巻いてでもいるだろうか?千束町で卑しい稼業をしている実家、

(そこのむすめだといわれることをひどくきらって、おやきょうだいをむちなじんしゅのようにあつかい、)

そこの娘だと云われることをひどく嫌って、親兄弟を無智な人種のように扱い、

(めったにさとへかえったことのないかのじょ。このふちょうわないちぞくのあいだに、いまごろ)

めったに里へ帰ったことのない彼女。この不調和な一族の間に、今頃

(どんなぜんごさくがこうぜられているだろう?あねやあにきはもちろんあやまりにいけという、)

どんな善後策が講ぜられているだろう?姉や兄貴は勿論詫りに行けと云う、

(「あたしはけっしてあやまりになんかいくもんか。だれかにもつをとってきてくれろ」)

「あたしは決して詫まりになんか行くもんか。誰か荷物を取って来てくれろ」

(と、なおみはどこまでもつよきにでる。そしてほとんどしんぱいなどはしていないように、)

と、ナオミは何処までも強気に出る。そして殆ど心配などはしていないように、

(へいきなかおでじょうだんをいったり、きえんをはいたり、えいごまじりにまくしたてたり、)

平気な顔で冗談を云ったり、気焔を吐いたり、英語交りにまくし立てたり、

(はいからないしょうやもちものなどをみせびらかしたり、まるできぞくのおじょうさまが)

ハイカラな衣裳や持ち物などを見せびらかしたり、まるで貴族のお嬢様が

(ひんみんくつをおとずれたように、いばりちらしていやしないか。・・・・・・・・・)

貧民窟を訪れたように、威張り散らしていやしないか。・・・・・・・・・

(しかしなおみがなんといっても、とにかくじけんがじけんであるから、さっそくだれかが)

しかしナオミが何と云っても、とにかく事件が事件であるから、早速誰かが

(とんでこなければならないはずだが、・・・・・・・・・もしとうにんが「あやまりに)

飛んで来なければならない筈だが、・・・・・・・・・若し当人が「詫まりに

(なんかいかない」というなら、あねかあにきがかわりにやってくるところだが、)

なんか行かない」と云うなら、姉か兄貴が代りにやって来るところだが、

(・・・・・・・・・それともなおみのおやきょうだいはだれもしんみになおみのことを)

・・・・・・・・・それともナオミの親兄弟は誰も親身にナオミのことを

(あんじてなんぞいないのだろうか?ちょうどなおみがかれらにたいしてれいたんなように、)

案じてなんぞいないのだろうか?ちょうどナオミが彼等に対して冷淡なように、

(かれらもむかしからなおみについてはなんのせきにんもおわなかった。「あのこのことはいっさい)

彼等も昔からナオミに就いては何の責任も負わなかった。「あの児のことは一切

(おまかせします」と、じゅうごのむすめをこっちにあずけっぱなしにして、どうでもかってに)

お任せします」と、十五の娘を此方に預けッ放しにして、どうでも勝手に

(してくれというたいどだった。だからこんどもなおみのしたいほうだいにさせて、)

してくれと云う態度だった。だから今度もナオミのしたい放題にさせて、

(うっちゃらかしておくのだろうか?それならそれでにもつだけでもうけとりに)

打っちゃらかして置くのだろうか?それならそれで荷物だけでも受け取りに

(きそうなものではないか。「かえったらすぐにつかいをよこせ、にもつはみんな)

来そうなものではないか。「帰ったら直ぐに使を寄越せ、荷物はみんな

(わたしてやるから」とそういってやったのに、いまだにだれもこないというのは)

渡してやるから」とそう云ってやったのに、未だに誰も来ないと云うのは

(どうしたんだろう?きがえのいるいやてまわりのものはひととおりもっていったけれど、)

どうしたんだろう?着換えの衣類や手周りの物は一と通り持って行ったけれど、

(かのじょの「いのちからにばんめ」であるはれぎのいしょうはまだいくとおりものこっている。)

彼女の「命から二番目」である晴れ着の衣裳はまだ幾通りも残っている。

(どうせかのじょはあのむさくろしいせんぞくちょうにいちにちくすぶっているはずはないから、)

どうせ彼女はあのむさくろしい千束町に一日燻っている筈はないから、

(まいにちまいにち、きんじょどなりをおどろかしかすようなはでなふうぞくでであるくだろう。そうだとすれば)

毎日々々、近所隣を驚かすような派手な風/俗で出歩くだろう。そうだとすれば

(なおさらいしょうがひつようなわけだし、それがなくてはとてもしんぼう)

尚更衣裳が必要な訳だし、それがなくてはとても辛抱

(できないだろうに。・・・・・・・・・)

出来ないだろうに。・・・・・・・・・

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