谷崎潤一郎 痴人の愛 51

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数581難易度(4.5) 5602打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 すなぎも 5689 A 5.8 97.6% 961.4 5602 132 99 2024/11/21
2 ばぼじま 4823 B 4.9 96.6% 1108.6 5540 193 99 2024/09/25

関連タイピング

問題文

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(「それじゃとにかくしらべてみますよ」)

「それじゃとにかく調べて見ますよ」

(「それもどうか、なるべくしきゅうにおねがいしたいんですけれど、)

「それもどうか、成るべく至急にお願いしたいんですけれど、

(・・・・・・・・・もしできるのならきょうのうちにでもけっかをしらしてくださると、)

・・・・・・・・・若し出来るのなら今日の内にでも結果を知らして下さると、

(ひじょうにたすかるんですけれど、・・・・・・・・・」)

非常に助かるんですけれど、・・・・・・・・・」

(「ああ、そうですか、たぶんきょうじゅうにはわかるでしょうが、わかったらどこへ)

「ああ、そうですか、多分今日じゅうには分るでしょうが、分ったら何処へ

(おしらせしましょう?あなたはこのころ、やっぱりおおいまちのかいしゃですか?」)

お知らせしましょう?あなたはこの頃、やっぱり大井町の会社ですか?」

(「いや、このじけんがおこってから、かいしゃはずっとやすんでいるんです。まんいち)

「いや、この事件が起ってから、会社はずッと休んでいるんです。万一

(なおみがかえってこないもんでもないと、そんなきがするもんですから、なるたけ)

ナオミが帰って来ないもんでもないと、そんな気がするもんですから、成るたけ

(いえをあけないようにしているんです。それでなんともかってなはなしですけれど、)

家を空けないようにしているんです。それで何とも勝手な話ですけれど、

(でんわではちょっとぐあいがわるいし、おめにかかれればたいへんこうつごうなんですが、)

電話ではちょっと工合が悪いし、お目に懸れれば大変好都合なんですが、

(・・・・・・・・・どうでしょうか?ようすがしれたらおおもりのほうへきていただくことは)

・・・・・・・・・どうでしょうか?様子が知れたら大森の方へ来て戴くことは

(できないでしょうか?」)

出来ないでしょうか?」

(「ええ、かまいません、どうせあそんでいるんですから」)

「ええ、構いません、どうせ遊んでいるんですから」

(「ああ、ありがとう、そうしてくださればほんとうにぼくはありがたいんです!」)

「ああ、有難う、そうして下さればほんとうに僕は有難いんです!」

(さてそうなると、はまだのくるのがいっこくせんしゅうのおもいなので、わたしはなおも)

さてそうなると、浜田の来るのが一刻千秋の思いなので、私は尚も

(せかせかしながら、)

セカセカしながら、

(「じゃ、おいでになるのはたいがいなんじごろになるでしょうか?おそくもにじか)

「じゃ、おいでになるのは大概何時頃になるでしょうか?おそくも二時か

(さんじにはわかるでしょうか?」)

三時には分るでしょうか?」

(「さあ、わかるだろうとはおもいますが、しかしこいつはいちおうたずねてみてからで)

「さあ、分るだろうとは思いますが、しかし此奴は一往尋ねて見てからで

(なけりゃあはっきりしたことはいえませんねえ。さいぜんのほうほうをとっては)

なけりゃあハッキリしたことは云えませんねえ。最善の方法を取っては

など

(みますが、ばあいによったらにさんにちかかるかも)

見ますが、場合に依ったら二三日かかるかも

(しれませんから、・・・・・・・・・」)

知れませんから、・・・・・・・・・」

(「そ、そりゃしかたがありません、あしたになってもあさってになっても、ぼくは)

「そ、そりゃ仕方がありません、明日になっても明後日になっても、僕は

(きみがきてくださるまで、じっとうちでまっていますよ」)

君が来て下さるまで、じっと内で待っていますよ」

(「しょうちしました、くわしいことはいずれおめにかかってからおはなししましょう。)

「承知しました、委しい事はいずれお目に懸ってからお話しましょう。

(じゃさようなら。」)

じゃ左様なら。」

(「あ、もし、もし」)

「あ、もし、もし」

(でんわがきれそうになったとき、わたしはあわててもういちどはまだをよびだしました。)

電話が切れそうになった時、私は慌ててもう一度浜田を呼び出しました。

(「もし、もし、・・・・・・・・・あのう、それから、)

「もし、もし、・・・・・・・・・あのう、それから、

(・・・・・・・・・これはそのときのじじょうしだいでどうでもいいことなんですが、)

・・・・・・・・・これはその時の事情次第でどうでもいいことなんですが、

(きみがちょくせつなおみにおあいになるようだったら、そしてはなしをするきかいがあったら、)

君が直接ナオミにお会いになるようだったら、そして話をする機会があったら、

(そういっていただきたいんですがね。ぼくはけっしてかのじょのつみをせめようとは)

そう云って戴きたいんですがね。僕は決して彼女の罪を責めようとは

(しない、かのじょがだらくしたについてはじぶんのほうにもつみのあることがよくわかった。)

しない、彼女が堕落したに就いては自分の方にも罪のあることがよく分った。

(それでじぶんのわるかったことはいくえにもあやまるし、どんなじょうけんでも)

それで自分の悪かったことは幾重にも詫まるし、どんな条件でも

(ききいれるから、いっさいのかこはみずにながして、ぜひもういちど)

聴き入れるから、一切の過去は水に流して、是非もう一度

(かえってきてくれるように。それもいやなら、せめていっぺんだけぼくに)

帰って来てくれるように。それも厭なら、せめて一遍だけ僕に

(あってくれるように。」)

会ってくれるように。」

(どんなじょうけんでもききいれるというもんくのつぎに、もっとしょうじきなきもちをいうと、)

どんな条件でも聴き入れると云う文句の次に、もっと正直な気持を云うと、

(「かのじょがどげざをしろというなら、ぼくはよろこんでどげざします。だいちにほおを)

「彼女が土下座をしろと云うなら、僕は喜んで土下座します。大地に頬を

(こすりつけろというなら、だいちにほおをこすりつけます。どうにでもしてあやまります」)

擦りつけろと云うなら、大地に頬を擦りつけます。どうにでもして詫まります」

(と、むしろそういいたいくらいでしたが、さすがにそこまではいいかねました。)

と、寧ろそう云いたいくらいでしたが、さすがにそこまでは云いかねました。

(「ぼくがそれほどかのじょのことをおもっているということを、もしできるなら)

「僕がそれほど彼女のことを思っていると云うことを、若し出来るなら

(つたえていただきたいんですがね。・・・・・・・・・」)

伝えて戴きたいんですがね。・・・・・・・・・」

(「ああ、そうですか、きかいがあったらそれもじゅうぶんそういってみますよ」)

「ああ、そうですか、機会があったらそれも十分そう云って見ますよ」

(「それから、あのう、・・・・・・・・・あるいはああいうきしょうですから、)

「それから、あのう、・・・・・・・・・或はああ云う気象ですから、

(かえりたいにはかえりたくっても、いじをつっぱっているのじゃないかと)

帰りたいには帰りたくっても、意地を突ッ張っているのじゃないかと

(おもうんです。そんなふうなら、ぼくがひじょうにしょげているからとそうおっしゃって、)

思うんです。そんな風なら、僕が非常にショゲているからとそう仰っしゃって、

(むりにもとうにんをつれてきてくださるとなおいいんですが、・・・・・・・・・」)

無理にも当人を連れて来て下さると尚いいんですが、・・・・・・・・・」

(「わかりました、わかりました、どうもそこまではうけあいかねますが、)

「分りました、分りました、どうもそこまでは請け合いかねますが、

(できるだけのことはやってみますよ」)

出来るだけの事はやってみますよ」

(あまりわたしがしつっこいので、はまだもいささかうんざりしたようなくちょうでしたが、)

余り私がしつッこいので、浜田も聊かウンザリしたような口調でしたが、

(わたしはそこのじどうでんわで、がまぐちのなかのごせんどうかがなくなるまで、さんつうわほども)

私はそこの自動電話で、蟇口の中の五銭銅貨がなくなるまで、三通話ほども

(たてつづけにしゃべりました。おそらくわたしがなきごえをだしたり、ふるえごえを)

立て続けにしゃべりました。恐らく私が泣き声を出したり、顫え声を

(だしたりして、こんなにゆうべんに、こんなにずうずうしくしゃべったことは、)

出したりして、こんなに雄弁に、こんなにずうずうしくしゃべったことは、

(うまれてはじめてだったでしょう。が、でんわがすむと、わたしはほっとするどころでは)

生れて始めてだったでしょう。が、電話が済むと、私はほッとするどころでは

(なく、こんどははまだのきてくれるのが、むじょうにまちどおになりました。たぶん)

なく、今度は浜田の来てくれるのが、無上に待ち遠になりました。多分

(きょうじゅうにとはいったけれども、もしきょうじゅうにこないようなら、)

今日じゅうにとは云ったけれども、若し今日じゅうに来ないようなら、

(どうしたらいいだろう?いや、どうしたらというよりも、じぶんは)

どうしたらいいだろう?いや、どうしたらと云うよりも、自分は

(どうなってしまうだろう?じぶんはいま、いっしょうけんめいなおみをこいしたっているよりほか、)

どうなってしまうだろう?自分は今、一生懸命ナオミを恋い慕っているより外、

(なんのしごとももっていないのだ。どうすることもできずにいるのだ。ねることも、)

何の仕事も持っていないのだ。どうすることも出来ずにいるのだ。寝ることも、

(くうことも、そとへでることもできないで、いえのなかにじーっとこもって、)

食うことも、外へ出ることも出来ないで、家の中にじーッと籠って、

(あかのたにんがじぶんのためにほんそうしてくれ、あるほうどうをもたらしてくれるのを、)

あかの他人が自分のために奔走してくれ、或る報道を齎してくれるのを、

(てをつかねてまっていなければならないのだ。じっさいひとは、なにもしないでいるほどの)

手を束ねて待っていなければならないのだ。実際人は、何もしないでいる程の

(くつうはありませんが、わたしはそのうえにしぬほどなおみがこいしいのです。)

苦痛はありませんが、私はその上に死ぬほどナオミが恋しいのです。

(そのこいしさにみをじらしながら、じぶんのうんめいをたにんにゆだねて、とけいのはりを)

その恋しさに身を懊らしながら、自分の運命を他人に委ねて、時計の針を

(みつめているということは、かんがえてみてもたまらないことです。ほんの)

視詰めているということは、考えて見てもたまらないことです。ほんの

(いっぷんのあいだにしても、「とき」のあゆみというものがおどろくほどちちとして、むげんにながく)

一分の間にしても、「時」の歩みと云うものが驚くほど遅々として、無限に長く

(かんぜられます。そのいっぷんがろくじゅっかいでやっといちじかん、ひゃくにじゅっかいでやっとにじかん、)

感ぜられます。その一分が六十回でやっと一時間、百二十回でやっと二時間、

(かりにさんじかんまつものとしても、このしょざいない、どうにもこうにも)

仮りに三時間待つものとしても、このしょざいない、どうにもこうにも

(しようのない「いっぷん」を、せこんどのはりがちくたく、ちくたくと、えんをいっしゅうする)

しようのない「一分」を、セコンドの針がチクタク、チクタクと、円を一周する

(あいだを、ひゃくはちじゅっかいこらえねばならない!それがさんじかんどころではなく、)

間を、百八十回こらえねばならない!それが三時間どころではなく、

(よじかんになり、ごじかんになり、あるいははんにち、いちにちになり、ふつかにもみっかにも)

四時間になり、五時間になり、或は半日、一日になり、二日にも三日にも

(なったとしたら、まちどおしさとこいしさのあまり、わたしはきっとはっきょうするに)

なったとしたら、待ち遠しさと恋しさの余り、私はきっと発狂するに

(ちがいないようなきがしました。)

違いないような気がしました。

(が、いくらはやくてもはまだのくるのはゆうがたになるだろうと、かくごをきめて)

が、いくら早くても浜田の来るのは夕方になるだろうと、覚悟をきめて

(いたのでしたが、でんわをかけてからよじかんのあと、じゅうにじごろになって、おもてのよびりんが)

いたのでしたが、電話をかけてから四時間の後、十二時頃になって、表の呼鈴が

(けたたましくなり、つづいてはまだの、)

けたたましく鳴り、続いて浜田の、

(「こんにちは」)

「今日は」

(といういがいなこえがきこえたときには、わたしはおぼえず、うれしまぎれにとびあがって、いそいで)

という意外な声が聞えた時には、私は覚えず、嬉し紛れに飛び上って、急いで

(どーあをあけにいきました。そしてそわそわしたくちょうで、)

ドーアを開けに行きました。そしてソワソワした口調で、

(「ああ、こんにちは。いますぐここをあけますよ、かぎがかかっているもんですから」)

「ああ、今日は。今すぐ此処を開けますよ、鍵が懸っているもんですから」

(と、そういいながらも、「こんなにはやくきてくれようとはおもわなかったが、)

と、そう云いながらも、「こんなに早く来てくれようとは思わなかったが、

(ことによったらわけなくなおみにあえたんじゃないかな。あったらじきにはなしが)

事に依ったら訳なくナオミに会えたんじゃないかな。会ったら直きに話が

(わかって、いっしょにかのじょをつれてきてでもくれたんじゃないかな」と、ふと)

分って、一緒に彼女を連れて来てでもくれたんじゃないかな」と、ふと

(そんなふうにかんがえると、なおさらうれしさがこみあげてきて、むねがどきどき)

そんな風に考えると、尚更嬉しさが込み上げて来て、胸がドキドキ

(するのでした。)

するのでした。

(どーあをあけると、わたしははまだのうしろのほうにかのじょがよりそっているかとおもって、)

ドーアを開けると、私は浜田のうしろの方に彼女が寄り添っているかと思って、

(あたりをきょろきょろみまわしましたが、だれもいません。はまだがひとりぽーちに)

辺りをキョロキョロ見回しましたが、誰も居ません。浜田がひとりポーチに

(たっているだけでした。)

立っているだけでした。

(「やあ、さっきはしつれいしました。どうでしたかしら?わかりましたか?」)

「やあ、先刻は失礼しました。どうでしたかしら?分りましたか?」

(わたしはいきなりかみつくようなちょうしでたずねると、はまだはいやにおちつきはらって、)

私はいきなり噛み着くような調子で尋ねると、浜田はイヤに落ち着き払って、

(わたしのかおをあわれむがごとくながめながら、)

私の顔を憐れむが如く眺めながら、

(「ええ、わかることはわかりましたが、・・・・・・・・・しかしかわいさん、)

「ええ、分ることは分りましたが、・・・・・・・・・しかし河合さん、

(もうあのひとはとてもだめです、あきらめたほうがよござんすよ」)

もうあの人はとても駄目です、あきらめた方がよござんすよ」

(と、きっぱりいいきって、くびをふるのでした。)

と、きっぱり云い切って、首を振るのでした。

(「そ、そ、そりゃあどういうわけなんです?」)

「そ、そ、そりゃあどう云う訳なんです?」

(「どういうわけって、まったくはなしのほかなんですから、ぼくはあなたのためをおもって)

「どう云う訳ッて、全く話の外なんですから、僕はあなたの為めを思って

(いうんですが、もうなおみさんのことなんぞは、わすれておしまいになったら)

云うんですが、もうナオミさんのことなんぞは、忘れておしまいになったら

(どうです」)

どうです」

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