谷崎潤一郎 痴人の愛 59

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数400難易度(4.5) 5576打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
NGワードに引っかかってしまったので、”一物”のふりがなを、”いち・もつ”とさせていただいております
誠に遺憾。
”腹に一物あった”って慣用句の範囲だと思うんですけどねぇ、、、。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 berry 6983 S++ 7.1 97.5% 769.7 5511 136 99 2024/08/16
2 ばぼじま 5102 B+ 5.2 96.4% 1046.0 5541 204 99 2024/09/27

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(かのじょがまいばんたずねてくるのは、たんにわたしをからかうだけのきょうみではなく、まだ)

彼女が毎晩訪ねて来るのは、単に私をからかうだけの興味ではなく、まだ

(なにかしらもくろみがあるにちがいありません。まずともだちになっておいて、それから)

何かしらもくろみがあるに違いありません。先ず友達になって置いて、それから

(しだいにまるめこんで、じぶんのほうからこうさんをするけいしきでなくふたたびふうふになろうと)

次第に丸め込んで、自分の方から降参をする形式でなく再び夫婦になろうと

(いうのか?かのじょのしんいがそうであるなら、そんなめんどうなさくりゃくを)

云うのか?彼女の真意がそうであるなら、そんな面倒な策略を

(ろうしてくれないでも、わたしはわけなくどういしたでしょう。なぜならわたしのむねのなかには、)

弄してくれないでも、私は訳なく同意したでしょう。なぜなら私の胸の中には、

(かのじょとふうふになれるのであったらけっして「いや」とはいえないきもちが、)

彼女と夫婦になれるのであったら決して「いや」とは云えない気持が、

(もういつのまにかむらむらともえていたのですから。)

もういつの間にかムラムラと燃えていたのですから。

(「ねえ、なおみや、ただのともだちになったってないみじゃないか。そのくらいなら)

「ねえ、ナオミや、ただの友達になったって無意味じゃないか。そのくらいなら

(いっそもとどおりふうふになってくれないかね」)

いっそ元通り夫婦になってくれないかね」

(と、わたしはときとばあいによっては、じぶんのほうからそうきりだしてもいいのでした。)

と、私は時と場合に依っては、自分の方からそう切り出してもいいのでした。

(けれどもこんやのなおみのようすでは、わたしがまじめにこころをうちあけて)

けれども今夜のナオミの様子では、私が真面目に心を打ち明けて

(たのんだところで、てがるに「うん」とはいいそうもない。)

頼んだところで、手軽に「うん」とは云いそうもない。

(「そんなことはまっぴらごめんよ、ただのともだちでなければいやよ」)

「そんなことは真っ平御免よ、ただの友達でなければいやよ」

(と、こちらのはらがみえたとなると、いよいよずにのってちゃかすかもしれない。)

と、此方の腹が見えたとなると、いよいよ図に乗って茶化すかも知れない。

(わたしのせっかくのこころもちがそんなあつかいをうけるようではつまらないし、それにだいいち、)

私の折角の心持がそんな扱いを受けるようではつまらないし、それに第一、

(なおみのしんいがふうふになるというのではなく、じぶんはどこまでもじゆうの)

ナオミの真意が夫婦になると云うのではなく、自分は何処までも自由の

(たちばにいて、いろいろのおとこをてだまにとろう、そしてわたしをてだまのひとつに)

立場にいて、いろいろの男を手玉に取ろう、そして私を手玉の一つに

(くわえてやろうと、そういうこんたんだとすれば、なおさらうかつなことはいえない。げんに)

加えてやろうと、そう云う魂胆だとすれば、尚更迂闊なことは云えない。現に

(かのじょはそのじゅうしょをさえはっきりいわないくらいだから、いまでもだれかおとこがあると)

彼女はその住所をさえハッキリ云わないくらいだから、今でも誰か男があると

(おもわなければならないし、それをそのままずるずるべったりにつまにもったら、)

思わなければならないし、それをそのままずるずるべったりに妻に持ったら、

など

(わたしはまたしてもうきめをみるのだ。)

私は又しても憂き目を見るのだ。

(そこでわたしはとっさのあいだにしあんをめぐらして、)

そこで私は咄嗟の間に思案をめぐらして、

(「ではともだちになってもいいよ、きょうはくされちゃたまらないから」)

「では友達になってもいいよ、脅迫されちゃたまらないから」

(と、こっちもにやにやわらいながらそういいました。というのは、ともだちとして)

と、此方もニヤニヤ笑いながらそう云いました。と云うのは、友達として

(つきあっていれば、おいおいかのじょのしんいがわかってくるだろう。そしてかのじょに)

附き合っていれば、追い追い彼女の真意が分って来るだろう。そして彼女に

(まだすこしでもまじめなところがのこっていたら、そのときはじめてこっちのむねを)

まだ少しでも真面目なところが残っていたら、その時始めて此方の胸を

(うちあけて、ふうふになるようにとときつけるきかいもあるだろうし、いまよりゆうりな)

打ち明けて、夫婦になるようにと説きつける機会もあるだろうし、今より有利な

(じょうけんでつまにすることができるでもあろうと、わたしはわたしではらにいち・もつあったからです。)

条件で妻にすることが出来るでもあろうと、私は私で腹に一物あったからです。

(「じゃあしょうちしてくれたのね?」)

「じゃあ承知してくれたのね?」

(なおみはそういって、くすぐったそうにわたしのかおをのぞきこんで、)

ナオミはそう云って、擽ぐったそうに私の顔を覗き込んで、

(「だけどじょうじさん、ほんとうにただのともだちよ」)

「だけど譲治さん、ほんとうにただの友達よ」

(「ああ、もちろんさ」)

「ああ、勿論さ」

(「いやらしいことなんか、もうおたがいにかんがえないのよ」)

「イヤらしいことなんか、もうお互に考えないのよ」

(「わかっているとも。それでなけりゃおれもこまるよ」)

「分っているとも。それでなけりゃ己も困るよ」

(「ふん」)

「ふん」

(といって、なおみはれいのはなのさきでわらいました。)

と云って、ナオミは例の鼻の先で笑いました。

(こんなことがあってからあと、かのじょはますますあししげくでいりするようになりました。)

こんな事があってから後、彼女はますます足繁く出入りするようになりました。

(ゆうがたがいしゃからかえってくると、)

夕方会社から帰って来ると、

(「じょうじさん」)

「譲治さん」

(と、いきなりかのじょがつばめのようにとびこんできて、)

と、いきなり彼女が燕のように飛び込んで来て、

(「こんやごはんをごちそうしない?ともだちならばそのくらいのことはしてもいいでしょ」)

「今夜御飯を御馳走しない?友達ならばそのくらいの事はしてもいいでしょ」

(と、せいようりょうりをおごらせて、たらふくたべてかえったり、そうかとおもうと)

と、西洋料理を奢らせて、たらふく喰べて帰ったり、そうかと思うと

(あめのふるばんにおそくやってきて、しんしつのとをとんとんたたいて、)

雨の降る晩に遅くやって来て、寝室の戸をトントン叩いて、

(「こんばんは、もうねちまったの?ねちまったらばおきないでもいいわ。)

「今晩は、もう寝ちまったの?寝ちまったらば起きないでもいいわ。

(あたしこんやはとまるつもりでやってきたのよ」)

あたし今夜は泊る積りでやって来たのよ」

(と、かってにとなりのへやへはいって、ゆかをしいてねてしまったり、あるときなどは)

と、勝手に隣りの部屋へ這入って、床を敷いて寝てしまったり、或る時などは

(あさおきてみると、かのじょがちゃんととまりこんでいて、ぐうぐうねむっていたり)

朝起きて見ると、彼女がちゃんと泊り込んでいて、ぐうぐう眠っていたり

(することもありました。そしてかのじょはふたことめには、「ともだちだから)

することもありました。そして彼女は二た言目には、「友達だから

(しかたがないわよ」というのでした。)

仕方がないわよ」と云うのでした。

(わたしはそのじぶん、かのじょをつくづくてんぴんのいんぷであるとかんじたことがありましたが、)

私はその時分、彼女をつくづく天禀の淫婦であると感じたことがありましたが、

(それはどういうてんかというと、かのじょはもともとたじょうなせいしつで、おおくのおとこに)

それはどう云う点かと云うと、彼女はもともと多情な性質で、多くの男に

(はだをみせるのをへともおもわないおんなでありながら、それだけまた、へいそはひじょうに)

肌を見せるのを屁とも思わない女でありながら、それだけ又、平素は非常に

(そのはだをひみつにすることをしっていて、たといわずかなぶぶんをでも、けっして)

その肌を秘密にすることを知っていて、たとい僅かな部分をでも、決して

(ないみにおとこのめにはふれさせないようにしていたことです。だれにでもゆるす)

無意味に男の眼には触れさせないようにしていたことです。誰にでも許す

(はだであるものを、ふだんはひしかくしにかくそうとする、これはわたしに)

肌であるものを、不断は秘し隠しに隠そうとする、これは私に

(いわせると、たしかにいんぷがほんのうてきにじこをほごするしんりなのです。なぜなら)

云わせると、確かに淫婦が本能的に自己を保護する心理なのです。なぜなら

(いんぷのはだというものは、かのじょにとってなによりたいせつな「うりもの」であり、)

淫婦の肌と云うものは、彼女に取って何より大切な「売り物」であり、

(「しょうひん」であるから、ばあいによってはていじょがはだをまもるよりも、いっそうげんじゅうに)

「商品」であるから、場合に依っては貞女が肌を守るよりも、一層厳重に

(それをまもらねばならないわけで、そうしなければ、「うりもの」のねうちはだんだん)

それを守らねばならない訳で、そうしなければ、「売り物」の値打ちはだんだん

(げらくしてしまいます。なおみはじつにこのあいだのきびをこころえていて、かつてかのじょの)

下落してしまいます。ナオミは実にこの間の機微を心得ていて、嘗て彼女の

(おっとであったわたしのまえでは、なおさらそのはだをおしくくむようにするのでした。が、)

夫であった私の前では、尚更その肌を押し包むようにするのでした。が、

(ではぜったいにつつしみぶかくするのかというと、それがかならずしもそうではなく、)

では絶対に慎しみ深くするのかと云うと、それが必ずしもそうではなく、

(わたしがいるとわざときものをきがえたり、きがえるひょうしにずるりとじゅばんを)

私がいるとわざと着物を着換えたり、着換える拍子にずるりと襦袢を

(すべりおとして、)

滑り落して、

(「あら」)

「あら」

(といいながら、りょうてでらたいのかたをかくしてとなりのへやへにげこんだり、)

と云いながら、両手で裸体の肩を隠して隣りの部屋へ逃げ込んだり、

(ひとふろあびてかえってきて、きょうだいのまえではだをぬぎかけ、そしてはじめて)

一と風呂浴びて帰って来て、鏡台の前で肌を脱ぎかけ、そして始めて

(きがついたように、)

気が付いたように、

(「あら、じょうじさん、そんなところにいちゃいけないわ、あっちへいってらっしゃいよ」)

「あら、譲治さん、そんな所にいちゃいけないわ、彼方へ行ってらっしゃいよ」

(と、わたしをおいたてたりするのでした。)

と、私を追い立てたりするのでした。

(こういうふうにしてみせるともなくおりおりちらとみせられるなおみのはだの)

こう云う風にして見せるともなく折々ちらとみせられるナオミの肌の

(わずかなぶぶんは、たとえばくびのまわりとか、ひじとか、はぎとか、かかととかというほどの、)

僅かな部分は、たとえば頸の周りとか、肘とか、脛とか、踵とかと云う程の、

(ほんのちょっとしたへんりんだけではありましたけれども、かのじょのからだがまえよりも)

ほんのちょっとした片鱗だけではありましたけれども、彼女の体が前よりも

(なおつややかに、にくいくらいにうつくしさをましていることは、わたしのめにはけっして)

尚つややかに、憎いくらいに美しさを増していることは、私の眼には決して

(みのがせませんでした。わたしはしばしばそうぞうのせかいで、かのじょのぜんしんのころもを)

見逃せませんでした。私はしばしば想像の世界で、彼女の全身の衣を

(はぎとり、そのきょくせんをあかずにながめいることをよぎなくされました。)

剥ぎ取り、その曲線を飽かずに眺め入ることを余儀なくされました。

(「じょうじさん、なにをそんなにみているの?」)

「譲治さん、何をそんなに見ているの?」

(と、かのじょはあるとき、わたしのほうへせなかをむけてきがえながらいいました。)

と、彼女は或る時、私の方へ背中を向けて着換えながら云いました。

(「おまえのからだつきをみているんだよ、なんだかこう、せんよりみずみずしく)

「お前の体つきを見ているんだよ、何だかこう、先より水々しく

(なったようだね」)

なったようだね」

(「まあ、いやだ、れでぃーのからだをみるもんじゃないわよ」)

「まあ、いやだ、レディーの体を見るもんじゃないわよ」

(「みやしないけれど、きもののうえからでもたいがいわかるさ。せんから)

「見やしないけれど、着物の上からでも大概分るさ。先から

(でっちりだったけれど、このころはまたふくれてきたね」)

出ッ臀だったけれど、この頃は又膨れて来たね」

(「ええ、ふくれたわ、だんだんおしりがおおきくなるわ。だけどもあしはすっきりして、)

「ええ、膨れたわ、だんだんお臀が大きくなるわ。だけども脚はすっきりして、

(だいこんのようじゃなくってよ」)

大根のようじゃなくってよ」

(「うん、あしはこどものじぶんからまっすぐだったね。たつとぴたりと)

「うん、脚は子供の時分から真っ直ぐだったね。立つとピタリと

(くっついたけれど、いまでもそうかね」)

喰っ着いたけれど、今でもそうかね」

(「ええ、くっつくわ」)

「ええ、喰っ着くわ」

(そういってかのじょは、きものでからだをかこいながらぴんとたってみて、)

そう云って彼女は、着物で体を囲いながらピンと立って見て、

(「ほら、ちゃんとつくわよ」)

「ほら、ちゃんと着くわよ」

(そのときわたしのあたまのなかには、なにかのしゃしんでおぼえのあるろだんのちょうこくがうかびました。)

その時私の頭の中には、何かの写真で覚えのあるロダンの彫刻が浮かびました。

(「じょうじさん、あなたあたしのからだがみたいの?」)

「譲治さん、あなたあたしの体が見たいの?」

(「みたければみせてくれるのかい?」)

「見たければ見せてくれるのかい?」

(「そんなわけにはいかないわよ、あなたとあたしはともだちじゃないの。さ、)

「そんな訳には行かないわよ、あなたとあたしは友達じゃないの。さ、

(きがえてしまうまでちょいとあっちへいってらっしゃい」)

着換えてしまうまでちょいと彼方へ行ってらっしゃい」

(そしてかのじょは、わたしのせなかへたたきつけるようにぴしゃんとどーあをしめました。)

そして彼女は、私の背中へ叩きつけるようにぴしゃんとドーアを締めました。

(こんなちょうしで、なおみはいつもわたしのじょうよくをつのらせるようにばかりしむける、)

こんな調子で、ナオミはいつも私の情慾を募らせるようにばかり仕向ける、

(そしてきわどいところまでおびきよせておきながら、それからさきへはげんじゅうなせきを)

そして際どい所までおびき寄せて置きながら、それから先へは厳重な関を

(もうけて、いっぽもはいらせないのです。)

設けて、一歩も這入らせないのです。

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