中島敦 光と風と夢 11
部.落ってNGワードなんですね!?!?
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問題文
(あかつきがたのよじごろ、めがさめた。ほそぼそと、やわらかに、ふえのねがそとのやみから)
暁方の四時頃、眼が覚めた。細々と、柔らかに、笛の音が外の闇から
(ひびいてくる。こころよいねいろだ。なごやかに、あまく、きえいりそうな・・・・・・・・・)
響いてくる。快い音色だ。和やかに、甘く、消え入りそうな・・・・・・・・・
(あとできくと、このふえは、まいあさきまってこのじこくにふかれることに)
あとで聞くと、此の笛は、毎朝きまって此の時刻に吹かれることに
(なっているのだそうだ。いえのなかにねむれるものによきゆめをおくらんがために。)
なっているのだそうだ。家の中に眠れる者に良き夢を送らんが為に。
(なんたるゆうがなぜいたく!またーふぁのちちは、「ことりのおう」といわれたくらい、)
何たる優雅な贅沢!マターファの父は、「小鳥の王」といわれた位、
(ことりどものこえをあいしていたそうだが、そのちがかれにも)
小禽共[ことりども]の声を愛していたそうだが、其の血が彼にも
(つたわっているのだ。)
伝わっているのだ。
(ちょうしょくごてーらーとともにうまをはしらせてきとにつく。じょうばぐつがぬれて)
朝食後テーラーと共に馬を走らせて帰途に就く。乗馬靴が濡れて
(はけないのではだし。あさはうつくしくはれたが、みちはいぜんどろんこ。)
穿けないので跣足[はだし]。朝は美しく晴れたが、道は依然どろんこ。
(くさのためにこしまでぬれる。あまりかけさせたので、てーらーはとんさくのところで)
草のために腰まで濡れる。余り駈けさせたので、テーラーは豚柵の所で
(にどもうまからなげだされた。くろいぬま。みどりのまんぐろおヴ。あかいかに、かに、かに。)
二度も馬から投出された。黒い沼。緑のマングロオヴ。赤い蟹、蟹、蟹。
(まちにはいると、ぱて(きのこだいこ)がひびき、はなやかなふくをつけたどじんのむすめたちが)
街に入ると、パテ(木の小太鼓)が響き、華やかな服を着けた土人の娘達が
(きょうかいへはいっていく。きょうはにちようだった。まちでしょくじをとってから、きたく。)
教会へはいって行く。今日は日曜だった。街で食事を摂ってから、帰宅。
(じゅうろくのさくをとびこえてにじゅうまいるのきこう(しかもそのぜんはんはごううのなか)。ろくじかんの)
十六の柵を跳び越えて二十哩の騎行(しかも其の前半は豪雨の中)。六時間の
(せいろん。すけりヴぉあで、びすけっとのなかのこくぞうむしのようにちぢかんでいた)
政論。スケリヴォアで、ビスケットの中の穀象虫の様にちぢかんでいた
(かつてのわたしとは、なんというそういだろう!)
曾[かつ]ての私とは、何という相違だろう!
(またーふぁはうつくしいみごとなろうじんだ。われわれはさくや、かんぜんなかんじょうのいっちを)
マターファは美しい見事な老人だ。我々は昨夜、完全な感情の一致を
(みたとおもう。)
見たと思う。
(ごがつばつばつにち)
五月日
(あめ、あめ、あめ、まえのうきのふそくをおぎなうかのようにふりつづく。ここあのめも)
雨、雨、雨、前の雨季の不足を補うかのように降続く。ココアの芽も
(じゅうぶんすいぶんをすっていよう。あめのやねをたたくおとがやむと、きゅうりゅうのみずおとが)
充分水分を吸っていよう。雨の屋根を叩く音が止むと、急流の水音が
(きこえてくる。)
聞えて来る。
(「さもあしきゃくちゅう」かんせい。もちろん、ぶんがくではないが、こうせいかつめいかくな)
「サモア史脚註」完成。勿論、文学ではないが、公正且つ明確な
(きろくたることをうたがわず。)
記録たることを疑わず。
(あぴあでははくじんたちがのうぜいをこばんだ。せいふのかいけいほうこくがはっきりしないからだ。)
アピアでは白人達が納税を拒んだ。政府の会計報告がはっきりしないからだ。
(いいんかいもかれらをしょうかんするあたわず。)
委員会も彼等を召喚する能[あた]わず。
(さいきん、わがやのきょかんらふぁえれがにょうぼうのふぁあうまににげられた。)
最近、我が家の巨漢ラファエレが女房のファアウマに逃げられた。
(がっかりして、ほうばいのだれかれにいちいちきょうぼうのうたがいをかけていたようだが、)
がっかりして、朋輩[ほうばい]の誰彼に一々共謀の疑をかけていたようだが、
(いまはあきらめてあたらしいつまをみつけにかかっている。)
今はあきらめて新しい妻を見つけに掛かっている。
(「さもあし」のかんけつで、いよいよ、「でいヴぃっど・ばるふぉあ」に)
「サモア史」の完結で、愈々[いよいよ]、「デイヴィッド・バルフォア」に
(せんねんできる。「きっどなっぷと」のぞくへんだ。なんどかかきだしては、とちゅうで)
専念できる。「誘拐[キッドナップト]」の続篇だ。何度か書出しては、途中で
(ほうきしていたが、こんどこそさいごまでつづけえるみこみがある。)
放棄していたが、今度こそ最後迄続け得る見込がある。
(「れっかー」はあまりにていちょうだった。(もっとも、わりによく)
「難破船引揚業者[レッカー]」は余りに低調だった。(尤も、割に良く
(よまれているというからふしぎだが)「でいヴぃっど・ばるふぉあ」こそは)
読まれているというから不思議だが)「デイヴィッド・バルフォア」こそは
(「まぁすたあ・おヴ・ばらんとれえ」いらいのさくひんとなりえよう。でいヴぃせいねんに)
「マァスタア・オヴ・バラントレエ」以来の作品となり得よう。デイヴィ青年に
(たいするさくしゃのあいじょうは、ちょっとたにんにはわかるまい。)
対する作者の愛情は、一寸他人には解るまい。
(ごがつばつばつにち)
五月日
(ちーふ・じゃすてぃす・つぇだるくらんつがたずねてきた。)
C・J[チーフ・ジャスティス]・ツェダルクランツが訪ねて来た。
(どうしたかぜのふきまわしやら。うちのものとなにげないせけんばなしをしてかえっていった。)
どうした風の吹廻しやら。うちの者と何気ない世間話をして帰って行った。
(かれは、さいきんのたいむずのわたしのこうかいじょう(そのなかでかれをこっぴどくやっつけた)を)
彼は、最近のタイムズの私の公開状(その中で彼をこっぴどくやっつけた)を
(よんでいるはず。どういうりょうけんできたのだろう?)
読んでいる筈。どういう量見で来たのだろう?
(ろくがつばつにち)
六月日
(またーふぁのだいきょうえんにまねかれているので、あさはやくしゅっぱつ。)
マターファの大饗宴[だいきょうえん]に招かれているので、朝早く出発。
(どうこうしゃはは、べる、たういろ(いえのりょうりばんのははで、きんざいのぶらくのしゅうちょうふじん。)
同行者母、ベル、タウイロ(家の料理番の母で、近在の部.落の酋長夫人。
(ははとわたしとべると、さんにんをあわせたより、もうひとまわりおおきい・ものすごいたいくを)
母と私とベルと、三人を合せたより、もう一周り大きい・物凄い体躯を
(もっている。)つうやくのこんけつじされ・てーらー、ほか、しょうねんふたり。)
もっている。)通訳の混血児サレ・テーラー、外、少年二人。
(かぬーとぼーととにぶんじょう。とちゅうでぼーとのほうが、とおあさのしょうこのなかで)
カヌーとボートとに分乗。途中でボートの方が、遠浅の礁湖の中で
(うごかなくなってしまう。しかたがない。はだしになってきしまであるく。)
動かなくなって了う。仕方がない。跣足[はだし]になって岸まで歩く。
(やくいちまいる、ひがたのとしょう。うえからはかんかんてりつけるし、したはどろでぬるぬるすべる。)
約一哩、干潟の徒渉。上からはかんかん照付けるし、下は泥でぬるぬる滑る。
(しどにいからとどいたばかりのわたしのふくも、いそべるの・しろい・ふちとりのどれすも、)
シドニイから届いたばかりの私の服も、イソベルの・白い・縁とりのドレスも、
(さんざんのめにあう。ひるすぎ、どろだらけになって、)
さんざんの目に逢う。午過[ひるすぎ]、泥だらけになって、
(やっとまりえにつく。ははたちのかぬーぐみはすでについていた。もはや、せんとうぶようは)
やっとマリエに着く。母達のカヌー組は既に着いていた。最早、戦闘舞踊は
(おわり、われわれは、しょくもつけんのうしきのとちゅうから(といっても、たっぷりにじかんは)
終り、我々は、食物献納式の途中から(といっても、たっぷり二時間は
(かかったが)みることができただけだった。)
かかったが)見ることが出来ただけだった。
(いえのぜんめんのりょくちのしゅういに、やしのはや、あらめでかこわれたかりごやが)
家の前面の緑地の周囲に、椰子[やし]の葉や、荒布で囲われた仮小舎が
(ならび、おおきなくけいのさんぽうにどじんたちがぶらくべつにあつまっている。じつに)
並び、大きな矩形[くけい]の三方に土人達が部.落別に集まっている。実に
(とりどりなしきさいのふくそうだ。たぱをまとったもの、ばっち・わーくをまとったもの、)
とりどりな色彩の服装だ。タパを纏った者、バッチ・ワークを纏った者、
(こなをふったびゃくだんをあたまにつけたもの、むらさきのかべんをあたまいっぱいに)
粉をふった白檀[びゃくだん]を頭につけた者、紫の花弁を頭一杯に
(かざったもの・・・・・・・・・・・・)
飾った者・・・・・・・・・・・・
(ちゅうおうのあきちには、しょくもつのやまがしだいにおおきさをましていく。(はくじんにたてられた)
中央の空地には、食物の山が次第に大きさを増して行く。(白人に立てられた
(かいらいではない)かれらのこころからすいふくするしんのおうじゃへとおくられた・)
傀儡[かいらい]ではない)彼等の心から推服する真の王者へと贈られた・
(だいしょうしゅうちょうからのけんじょうひんだ。やくにんやにんぷがれつをなしてうたをうたいながら)
大小酋長からの献上品だ。役人や人夫が列をなして歌を唱[うた]いながら
(おくりものをつぎつぎにはこびいれる。それらはいちいちたかくふりあげてしゅうにしめされ、せっしゅうやくが)
贈物を次々に運び入れる。其等は一々高く振上げて衆に示され、接収役が
(ていちょうなぎしきてきこちょうをもって、ひんめいとぞうていしゃとをよびあげる。)
鄭重[ていちょう]な儀式的誇張を以て、品名と贈呈者とを呼び上げる。
(このやくにんはがんじょうなたいかくのおとこで、ぜんしんによくあぶらがぬりこんであるらしく、)
この役人は頑丈な体格の男で、全身に良く油が塗り込んであるらしく、
(てらてらひかっている。ぶたのまるやきをずじょうにふりまわしながら、たきのようなあせをながして)
てらてら光っている。豚の丸焼を頭上に振廻しながら、滝の様な汗を流して
(さけんでいるありさまは、そうかんである。われわれのじさんしたびすけっとのかんとともに、)
叫んでいる有様は、壮観である。我々の持参したビスケットの缶と共に、
(「ありい・つしたら・お・れ・ありい・お・まろ・ててれ」(ものがたりさくしゃしゅうちょう・)
「アリイ・ツシタラ・オ・レ・アリイ・オ・マロ・テテレ」(物語作者酋長・
(だいせいふのしゅうちょう)としょうかいされるこえをわたしはきいた。)
大政府の酋長)と紹介される声を私は聞いた。
(われわれのためにとくにもうけられたせきのまえに、ひとりのおいたるおとこが、みどりのはを)
我々の為に特に設けられた席の前に、一人の老いたる男が、緑の葉を
(あたまにのせてすわっている。すこしくらい・けんのあるそのよこがおは、だんてに)
頭に載せて坐っている。少し暗い・けんのある其の横顔は、ダンテに
(そっくりだ。かれは、このしまとくゆうのしょくぎょうてきせつわしゃのひとり、しかもそのさいこうけんいで、)
そっくりだ。彼は、此の島特有の職業的説話者の一人、しかも其の最高権威で、
(なをぽぽという。かれのそばには、むすこや、どうりょうたちがすわっている。われわれのみぎて、)
名をポポという。彼の傍には、息子や、同僚達が坐っている。我々の右手、
(かなりはなれて、またーふぁがすわっており、ときどきかれのくちびるがうごき、)
かなり離れて、マターファが坐っており、時々彼の脣[くちびる]が動き、
(てくびのじゅずだまのゆれるのがみえる。)
手頸の数珠玉の揺れるのが見える。
(いちどうはかヴぁをのんだ。おうがひとくちのんだとき、まったくおどろかされたことに、)
一同はカヴァを飲んだ。王が一口飲んだ時、全く驚かされたことに、
(ぽぽおやこがとてつもなくきみょうなほえごえをたてて、)
ポポ父子[おやこ]がとてつもなく奇妙な吠声[ほえごえ]を立てて、
(これをしゅくふくした。こんなふしぎなこえは、まだきいたことがない。おおかみのほえごえの)
之を祝福した。こんな不思議な声は、まだ聞いたことがない。狼の吠声の
(ようだが、「ついあつあばんざい」のいみだそうだ。やがてしょくじになった。)
様だが、「ツイアツア万歳」の意味だそうだ。やがて食事になった。
(またーふぁがくいおわると、またしてもきかいなほえごえがひびいた。このひこうにんの)
マターファが喰終ると、又しても奇怪な吠声が響いた。此の非公認の
(おうのめんじょうに、いっしゅん、わかわかしいほこりとやしんのいろがせいどうし、すぐにまたきえさるのを、)
王の面上に、一瞬、若々しい誇と野心の色が生動し、直ぐに又消去るのを、
(わたしはみた。らうぺぱとのぶんりいらい、はじめて、ぽぽおやこがまたーふぁのもとにきて)
私は見た。ラウペパとの分離以来、始めて、ポポ父子がマターファの許に来て
(ついあつあのなをたたえたからであろう。)
ツイアツアの名を讃えたからであろう。
(すでにしょくもつはんにゅうはすんだ。おくりものはじゅんじゅんにちゅういぶかくかぞえられ、きちょうされた。)
既に食物搬入は済んだ。贈物は順々に注意深く数えられ、記帳された。
(ふざけたせつわしゃが、ひんめいやすうりょうをいちいちへんなふしまわしでよびあげては、)
ふざけた説話者が、品名や数量を一々変な節廻しで呼上げては、
(ちょうしゅうをわらわせている。「たろいもすうせんこ」「やきぶたさんびゃくじゅうきゅうとう」)
聴衆を笑わせている。「タロ芋数千個」「焼豚三百十九頭」
(「おおうみがめさんびき」・・・・・・・・・・・・)
「大海亀三匹」・・・・・・・・・・・・
(それから、いまだみたこともないふしぎなじょうけいがあらわれた。とつぜん、ぽぽおやこが)
それから、未だ見たこともない不思議な情景が現れた。突然、ポポ父子が
(たちあがり、ながいぼうをてに、しょくもつのうずたかくつまれたにわにとびだして、)
立上り、長い棒を手に、食物の堆[うずたか]く積まれた庭に飛出して、
(きみょうなおどりをはじめた。ちちおやはうでをのばしぼうをまわしながらまい、むすこはちに)
奇妙な踊を始めた。父親は腕を伸ばし棒を廻しながら舞い、息子は地に
(かがまり、そのままなんともいえないかっこうでとびはね、このおどりのえがくえんは)
蹲[かが]まり、其の儘何ともいえない格好で飛び跳ね、此の踊の画く円は
(しだいにおおきくなっていった。かれらのとびこえただけのものは、かれらの)
次第に大きくなって行った。彼等のとび越えただけのものは、彼等の
(ものになるのだ。ちゅうせいのだんてがこつぜんとしてあやしげななさけないものに)
所有[もの]になるのだ。中世のダンテが忽然として怪しげな情ないものに
(かわった。このこしきの(また、ちほうてきな)ぎれいは、さすがにさもあじんのあいだにさえ)
変った。此の古式の(又、地方的な)儀礼は、流石にサモア人の間にさえ
(しょうせいをよびおこした。わたしのおくったびすけっとも、いきたいっとうのこうしも、)
笑声を呼起した。私の贈ったビスケットも、生きた一頭の犢[こうし]も、
(ぽぽにとびこえられてしまった。が、だいぶぶんのしょくもつは、いちどおのれのものなることを)
ポポにとび越えられて了った。が、大部分の食物は、一度己のものなることを
(せんしたうえで、ふたたびまたーふぁにけんじょうされた。)
宣した上で、再びマターファに献上された。