中島敦 光と風と夢 14

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数160難易度(5.0) 6124打 長文
中島敦の中編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 4979 B 5.3 93.9% 1144.7 6093 393 99 2024/12/03

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問題文

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(ふんいきびょうしゃのたいかたるかれは、じっせいかつにおいてじぶんのこうどうするばめんばめんが、)

雰囲気描写の大家たる彼は、実生活に於て自分の行動する場面場面が、

(つねに、かれのれいみょうなびょうしゃのふでにあたいするほどのものでなければ)

常に、彼の霊妙な描写の筆に値する程のものでなければ

(がまんがならなかったのである。ぼうじんのめににがにがしくうつったにちがいない・かれの)

我慢がならなかったのである。傍人の眼に苦々しく映ったに違いない・彼の

(むようのきどり(あるいはだんでぃずむ)のしょうたいは、ただしくここにあった。なんのために)

無用の気取(或いはダンディズム)の正体は、正しく此処にあった。何の為に

(よいぐるいにもろばなんかつれて、みなみふらんすのやまのなかを)

酔狂にも驢馬[ろば]なんか連れて、南仏蘭西の山の中を

(うろつかねばならぬか?なんのために、りょうけのむすこが、よれよれの)

うろつかねばならぬか?何の為に、良家の息子が、よれよれの

(ねくたいをつけ、ながいあかりぼんのついたふるぼうしをかぶって)

襟飾[ネクタイ]をつけ、長い赤リボンのついた古帽子をかぶって

(ほうろうしゃきどりをするひつようがあるか?なんだってまた、はのうくような・やにさがった)

放浪者気取をする必要があるか?何だって又、歯の浮くような・やにさがった

(ちょうしで「にんぎょうはうつくしいがんぐだが、なかみはのおがくずだ」などという)

調子で「人形は美しい玩具だが、中味は鋸屑[おがくず]だ」などという

(ふじんろんをべんじなければきがすまぬのか?にじゅっさいのすてぃヴんすんは、)

婦人論を弁じなければ樹が済まぬのか?二十歳のスティヴンスンは、

(きざのかたまり、いやみなならずもの、えでぃんばらじょうりゅうじんしの)

気障のかたまり、厭味な無頼漢[ならずもの]、エディンバラ上流人士の

(つまはじきものだった。きびしいしゅうきょうてきふんいきのなかにそだてられたはくめんびょうじゃくの)

爪弾き者だった。厳しい宗教的雰囲気の中に育てられた白面病弱の

(ぼっちゃんが、きゅうに、みずからのじゅんけつをはじ、はんや、ちちのやしきをぬけだして)

坊ちゃんが、急に、自らの純潔を恥じ、半夜、父の邸を抜け出して

(こうとうのちまたをさまよいあるいた。ヴぃよんをきどり、かさのヴぁをきどる)

紅灯の巷[ちまた]をさまよい歩いた。ヴィヨンを気取り、カサノヴァを気取る

(このけいはくじも、しかし、ただひとすじのみちをえらんで、これにおのれのよわいからだと、)

此の軽薄児も、しかし、唯一筋の道を選んで、之に己の弱い身体と、

(みじかいであろうせいめいとをかけるいがいに、すくいのないことを、よくしっていた。)

短いであろう生命とを賭ける以外に、救のないことを、良く知っていた。

(りょくしゅとしふんのせきのあいだからも、そのみちが、つねにこうこうと、)

緑酒と脂粉の席の間からも、其の道が、常に耿々[こうこう]と、

(やこぶのさばくでゆめみたひかりのはしごのようにたかくほしぞらまでとどいているのを、)

ヤコブの砂漠で夢見た光の梯子[はしご]の様に高く星空迄届いているのを、

(かれはみた。)

彼は見た。

(せんはっぴゃくきゅうじゅうにねんじゅういちがつばつばつにち)

十 一八九二年十一月日

など

(ゆうせんひとてべるとろいどとがきのうからまちへいってしまったあと、いおぶは)

郵船日とてベルとロイドとが昨日から街へ行って了ったあと、イオブは

(あしがいたくなり、ふぁあうま(きょかんのつまはふたたびけろりとしておっとのもとに)

脚が痛くなり、ファアウマ(巨漢の妻は再びケロリとして夫の許に

(もどってきた。)はかたにはれものができ、ふぁにいはひふに)

戻って来た。)は肩に腫物[はれもの]が出来、ファニイは皮膚に

(おうはんができはじめた。ふぁあうまのたんどくのおそれがあるから)

黄斑[おうはん]が出来始めた。ファアウマの丹毒の懼[おそれ]があるから

(しろうとりょうほうではだめらしい。ゆうしょくごきばでいしゃのところへいく。おぼろづきよ。むふう。)

素人療法では駄目らしい。夕食後騎馬で医者の所へ行く。朧月夜。無風。

(やまのほうでらいめい。もりのなかをいそぐと、れいのきのこのあおいあかりがちじょうにてんてんとひかる。)

山の方で雷鳴。森の中を急ぐと、例の茸の蒼い灯が地上に点々と光る。

(いしゃのところであしたのらいしんをたのんだあと、くじまでびーるをのみ、どいつぶんがくをだんず。)

医者の所で明日の来診を頼んだ後、九時迄ビールを飲み、独逸文学を談ず。

(きのうからあたらしいさくひんのこうそうをたてはじめる。じだいはせんはっぴゃくじゅうにねんごろ。)

昨日から新しい作品の構想を立て始める。時代は一八一二年頃。

(ばしょはらむまむーあのはーみすとんふきんおよびえでぃんばら。だいはみてい。)

場所はラムマムーアのハーミストン附近及びエディンバラ。題は未定。

(「ぶらっくすふぃーるど」?「うぃあ・おヴ・はーみすとん」?)

「ブラックスフィールド」?「ウィア・オヴ・ハーミストン」?

(じゅうにがつばつばつにち)

十二月日

(ぞうちくかんせい。)

増築完成。

(ほんねんどのyear billがまわってくる。やくよんせんぽんど。ことしは)

本年度のyear billが廻って来る。約四千磅[ポンド]。今年は

(どうやらしゅうしつぐなえるかもしれぬ。)

どうやら収支償えるかも知れぬ。

(よる、ほうせいをきく。えいかんにゅうこうせりと。まちのうわさでは、わたしがちかいうちに)

夜、砲声を聞く。英艦入港せりと。街の噂では、私が近い中に

(たいほごそうされることになっているらしい。)

逮捕護送されることになっているらしい。

(かっするしゃから「びんのあくま」と「ふぁれさのはまべ」とをあわせ、)

カッスル社から「壜[びん]の悪魔」と「ファレサの浜辺」とを合せ、

(「とりのやわ」としてだそうといってくる。このふたつはあまりにあじがちがいすぎて、)

「鳥の夜話」として出そうと言って来る。此の二つは余りに味が違い過ぎて、

(おかしくはないか?「こえのとり」と「ほうろうのおんな」をくわえてはどうかとおもう。)

おかしくはないか?「声の鳥」と「放浪の女」を加えてはどうかと思う。

(「ほうろうのおんな」をいれることには、ふぁにいがふふくだという。)

「放浪の女」を入れることには、ファニイが不服だという。

(せんはっぴゃくきゅうじゅうさんねんいちがつばつにち)

一八九三年一月日

(ひきつづいてびねつさらず。いじゃくもひどい。)

引続いて微熱去らず。胃弱も酷い。

(「でいヴぃっど・ばるふぉあ」のこうせいずり、いまだにおくってこない。どうしたわけか?)

「デイヴィッド・バルフォア」の校正刷、未だに送って来ない。どうした訳か?

(もうすくなくともはんぶんはでていなければならないはず。)

もう少くとも半分は出ていなければならない筈。

(てんこうはひどくわるい。あめ。しぶき。きり。さむさ。)

天候はひどく悪い。雨。飛沫[しぶき]。霧。寒さ。

(はらえるとおもっていたぞうちくひ、はんぶんしかはらえない。どうして、うちはこんなに)

払えると思っていた増築費、半分しか払えない。どうして、うちは斯んなに

(きんがかかるのか?かくべつぜいたくをしているともおもえないのに。ろいどとまいつき)

金がかかるのか?格別贅沢をしているとも思えないのに。ロイドと毎月

(あたまをしぼるのだが、ひとつあなをうめれば、ほかにむりができてくる。)

頭を絞るのだが、一つ穴を埋めれば、外に無理が出来てくる。

(やっとうまくいきそうなつきには、きまってえいこくぐんかんがにゅうこうししかんらのしょうえんを)

やっと巧く行きそうな月には、決って英国軍艦が入港し士官等の招宴を

(はらねばならぬようになる。めしつかいがおおすぎる、というひともある。)

張らねばならぬようになる。召使が多過ぎる、という人もある。

(やとってあるものは、そうたいしたにんずうではないが、かれらのしんるいやゆうじんが)

傭[やと]ってある者は、そう大した人数ではないが、彼等の親類や友人が

(しゅうしごろごろしているので、せいかくなかずはわからない。(それでもひゃくにんを)

終始ごろごろしているので、正確な数は判らない。(それでも百人を

(おおくはこさないだろう。)だが、これはしかたがない。わたしはぞくちょうだ、)

多くは越さないだろう。)だが、之は仕方がない。私は族長だ、

(ヴぁいりまぶらくのしゅうちょうなのだ。だいしゅうちょうは、そんなちいさなことにかれこれ)

ヴァイリマ部.落の酋長なのだ。大酋長は、そんな小さな事にかれこれ

(いうべきではない。それにじっさい、どじんがなにほどいてもそのしょくひは)

云うべきではない。それに実際、土人が何程いても其の食費は

(しれたものなのだから。うちのじょちゅうたちがとうみんのひょうじゅんよりはいくらか)

知れたものなのだから。うちの女中達が島民の標準よりは幾らか

(かおだちがよいとかで、ヴぁいりまをさるたんのこうきゅうにくらべたばかがいる。)

顔立ちが良いとかで、ヴァイリマをサルタンの後宮に比べた莫迦がいる。

(だからきんがかかるだろうと。あきらかにちゅうしょうのもくてきでいったにはちがいないが、)

だから金がかかるだろうと。明らかに中傷の目的で言ったには違いないが、

(じょうだんもいいかげんにするがいい。このさるたんはせいりょくぜつりんどころか、かろうじて)

冗談も良い加減にするがいい。このサルタンは精力絶.倫どころか、辛うじて

(いきながらえているやせおとこだ。どん・きほーてにくらべたり、)

生きながらえている痩男[やせおとこ]だ。ドン・キホーテに比べたり、

(はるん・ある・らしっどにしたり、いろんなことをいうやつらだ。いまに、)

ハルン・アル・ラシッドにしたり、色んな事をいう奴等だ。今に、

(せいぱおろになったり、かりぐらになったりするかもしれぬ。また、たんじょうびに)

聖パオロになったり、カリグラになったりするかも知れぬ。又、誕生日に

(ひゃくにんいじょうのきゃくをよぶのはぜいたくだというひともある。わたしは、そんなにたくさんの)

百人以上の客を招[よ]ぶのは贅沢だという人もある。私は、そんなに沢山の

(きゃくをよんだおぼえはない。むこうでかってにくるのだ。わたしに、(あるいは、すくなくとも)

客を招んだ覚えはない。向うで勝手に来るのだ。私に、(或いは、少くとも

(うちのしょくじに)こういをもってきてくれるいじょう、これもしかたがないではないか。)

うちの食事に)好意をもって来て呉れる以上、之も仕方が無いではないか。

(しゅくえんなどのさいにどじんをもよぶからいけない、などというにいたってはごんごどうだん。)

祝宴等の際に土人をも招ぶからいけない、などと言うに至っては言語道断。

(はくじんをことわってもかれらをよんでやりたいくらいだ。それなどすべてのひようをはじめから)

白人を断っても彼等を招んでやり度い位だ。其等凡ての費用を初めから

(けいさんにいれて、なお、けっこうやっていけるつもりだったのだ。なにしろこんな)

計算に入れて、尚、結構やって行ける積りだったのだ。何しろ斯んな

(しまのこととて、ぜいたくはしようにもできないのだから。とにかく、わたしはさくねんちゅうに)

島のこととて、贅沢はしようにも出来ないのだから。兎に角、私は昨年中に

(よんせんぽんどいじょうはかきまくった。それでなおたりないのだ。)

四千磅以上は書捲くった。それでなお足りないのだ。

(さー・うぉるたー・すこっとをおもう。とつぜんはさんし・ついでつまをうしない・たえず)

サー・ウォルター・スコットを思う。突然破産し・次いで妻を失い・絶えず

(さいきにせめられてきかいてきにださくをかきとばさねばならなかった・ばんねんの)

債鬼に責められて機械的に駄作を書き飛ばさねばならなかった・晩年の

(すこっとを。かれには、はかばのほかにきゅうそくはなかった。)

スコットを。彼には、墓場のほかに休息は無かった。

(またもせんそうのうわさ。じつににえきらないぽりねしあてきなふんそうだ。もえそうでいて)

又も戦争の噂。実に煮え切らないポリネシア的な紛争だ。燃えそうでいて

(もえず、きえかかっていて、なお、くすぶっている。こんども、)

燃えず、消えかかっていて、猶[なお]、くすぶっている。今度も、

(つついらのせいぶでしゅうちょうらのあいだにこぜりあいがあったばかりだから、)

ツツイラの西部で酋長等の間に小競合があったばかりだから、

(たいしたことはなかろう。)

大した事はなかろう。

(いちがつばつばつにち)

一月日

(いんふるえんざりゅうこう。うちじゅうほとんどやられる。わたしのばあいには)

インフルエンザ流行。うち中殆どやられる。私の場合には

(よけいなかっけつまでともなって。)

余計な喀血まで伴って。

(へんり(しめれ)がじつによくはたらいてくれる。がんらいさもあじんはごくいやしいものでも)

ヘンリ(シメレ)が実に良く働いて呉れる。元来サモア人は極く賤しい者でも

(おぶつをはこぶことをきらうのに、しょうしゅうちょうたるへんりがまいばんかんぜんとおぶつのばけつを)

汚物を運ぶことを嫌うのに、小酋長たるヘンリが毎晩敢然と汚物のバケツを

(さげてはかやをくぐってすてにいっていた。みんながたいていよくなったいま、)

提げては蚊帳をくぐって捨てに行っていた。みんなが大抵快[よ]くなった今、

(さいごにかれにかんせんしたらしく、ねつをだしている。ちかごろかれのことをたわむれに)

最後に彼に感染したらしく、熱を出している。近頃彼のことを戯れに

(でいヴぃ(ばるふぉあ)とよぶことにしている。)

デイヴィ(バルフォア)と呼ぶことにしている。

(びょうちゅう、またあたらしいさくひんをはじめた。べるにかきとらせる。えいこくにほりょとなった)

病中、又新しい作品を始めた。ベルに書取らせる。英国に捕虜となった

(いちふらんすきぞくのけいけんをかくのだ。しゅじんこうのながあんぬ・ど・さんと・いーヴ。)

一仏蘭西貴族の経験を書くのだ。主人公の名がアンヌ・ド・サント・イーヴ。

(それをえいごよみにして「せんと・あいヴす」とだいしようとおもう。)

それを英語読みにして「セント・アイヴス」と題しようと思う。

(ろーらんどそんの「ぶんしょうほう」と、せんはっぴゃくじゅうねんだいのふらんすおよびすこっとらんどの)

ローランドソンの「文章法」と、一八一年代の仏蘭西及びスコットランドの

(ふうぞくしゅうかん、ことにかんきんじょうたいについてのさんこうしょをおくってくれるよう、ばくすたあと)

風.俗習慣、殊に監禁状態に就いての参考書を送って呉れるよう、バクスタアと

(こるヴぃんとにたのんでやる、「うぃあ・おヴ・はーみすとん」にも)

コルヴィンとに頼んでやる、「ウィア・オヴ・ハーミストン」にも

(「せんと・あいヴす」にも、りょうほうにひつようだから。としょかんのないこと。ほんやとの)

「セント・アイヴス」にも、両方に必要だから。図書館の無いこと。本屋との

(こうしょうにてまどること。このふたつにはまったくへいこうする。きしゃにおいかけられる)

交渉に手間どること。此の二つには全く閉口する。汽車に追いかけられる

(わずらわしさのないのはよいが。)

煩わしさの無いのは良いが。

(せいむちょうかんも、ちーふ・じゃすてぃすもじしょくせつをつたえられながら、)

政務長官も、裁判所長[チーフ・ジャスティス]も辞職説を伝えられながら、

(あぴあせいふのむりなせいさくはいぜんかわらない。かれらは、ぜいをむりにとりたてるために、)

アピア政府の無理な政策は依然変らない。彼等は、税を無理に取立てるために、

(ぐんたいをぞうきょうしてまたーふぁをおいはらおうとしているようだ。せいこうするにしても、)

軍隊を増強してマターファを追払おうとしているようだ。成功するにしても、

(しないにしても、はくじんのふにんき、じんしんのふあん、このしまのけいざいてきひへいは)

しないにしても、白人の不人気、人心の不安、この島の経済的疲弊は

(くわわるいっぽうである。)

加わる一方である。

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