中島敦 光と風と夢 25
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | だだんどん | 6185 | A++ | 6.6 | 93.0% | 941.1 | 6289 | 468 | 97 | 2024/10/19 |
2 | すもさん | 5440 | B++ | 5.7 | 95.2% | 1144.5 | 6553 | 326 | 97 | 2024/09/26 |
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問題文
(みちのひだりがわには、きょだいなしだぞくのきょうこくをへだてて、ぎらぎらした)
道の左側には、巨大な羊歯族の峡谷を距[へだ]てて、ぎらぎらした
(ゆたかなみどりのはんらんのうえに、たふぁやまのいただきであろうか、とっこつたる)
豊かな緑の氾濫のうえに、タファ山の頂であろうか、突兀[とっこつ]たる
(すみれいろのりょうせんがまぶしいもやのなかからのぞいている。)
菫色の稜線[りょうせん]が眩しい靄[もや]の中から覗いている。
(しずかだった。かんしょのはずれのほか、なにもきこえなかった。わたしはじぶんの)
静かだった。甘蔗の葉摺[はずれ]の外、何も聞えなかった。私は自分の
(みじかいかげをみながらあるいていた。かなりながいこと、あるいた。ふと、みょうなことが)
短い影を見ながら歩いていた。かなり長いこと、歩いた。ふと、妙なことが
(たった。わたしが、わたしにきいたのだ。おれはだれだと。なまえなんかふごうにすぎない。)
起った。私が、私に聞いたのだ。俺は誰だと。名前なんか符号に過ぎない。
(いったい、おまえはなにものだ?このねったいのしろいみちにやせおとろえたかげをおとして、)
一体、お前は何者だ?この熱帯の白い道に痩せ衰えた影を落として、
(とぼとぼとあゆみいくおまえは?みずのごとくちじょうにきたり、やがてかぜのごとくに)
とぼとぼと歩み行くお前は?水の如く地上に来り、やがて風の如くに
(さりいくであろうなんじ、ななきものは?)
去り行くであろう汝、名無き者は?
(はいゆうのたましいがからだをぬけだし、けんぶつせきにこしをおろして、ぶたいのじぶんをながめているような)
俳優の魂が身体を抜出し、見物席に腰を下して、舞台の自分を眺めているような
(ぐあいであった。たましいが、そのぬけがらにきいている。おまえはだれだと。そしてしつように)
工合であった。魂が、其の抜けがらに聞いている。お前は誰だと。そして執拗に
(じろじろねめまわしている。わたしはぞっとした。わたしはめまいをかんじて)
じろじろ睨[ね]めまわしている。私はぞっとした。私は眩暈を感じて
(たおれかかり、あやうくきんじょのどじんのいえにたどりつき、やすませてもらった。)
倒れかかり、危うく近所の土人の家に辿りつき、休ませて貰った。
(こんなきょだつのしゅんかんは、わたしのしゅうかんのなかにはない。おさないころいちじわたしを)
こんな虚脱の瞬間は、私の習慣の中には無い。幼い頃一時私を
(なやましたことのあるえいえんのなぞ「われのいしき」へのぎもんが、ながいせんぷくきのあと、)
悩ましたことのある永遠の謎「我の意識」への疑問が、長い潜伏期の後、
(とつぜんこんなほっさとなってふたたびおそってこようとは。)
突然こんな発作となって再び襲って来ようとは。
(せいめいりょくのすいたいであろうか?しかしちかごろは、にさんかげつまえにくらべて)
生命力の衰退であろうか?しかし近頃は、二三ヶ月前に比べて
(からだのちょうしもずっとよいのだ。きぶんのなみのこうていはかなりあるにしても、)
身体の調子もずっと良いのだ。気分の波の高低はかなりあるにしても、
(せいしんのかっきもだいぶとりもどしているのだ。ふうけいなどをながめても、ちかごろは、)
精神の活気も大分取戻しているのだ。風景などを眺めても、近頃は、
(きょうれつなそれのしきさいに、はじめてなんかいをみたときのようなみりょくを(だれでもさんよんねん)
強烈な其の色彩に、始めて南海を見た時のような魅力を(誰でも三四年
(ねったいにすめば、それをうしなうものだ)ふたたびかんじているくらいだ。いきるちからが)
熱帯に住めば、それを失うものだ)再び感じている位だ。生きる力が
(おとろえているはずはない。たださいきんたしょうこうふんしやすくなったことはじじつで、)
衰えている筈はない。ただ最近多少昂奮し易くなったことは事実で、
(そういうとき、すうねんかんまるでぼうきゃくしていたすがたのあるじょうけいなどが、)
そういう時、数年間まるで忘却していた姿の或る情景などが、
(あぶりだしのえのように、とつぜんありありと、そのいろやにおいやかげまであざやかに)
焙[あぶ]り出しの絵の様に、突然ありありと、其の色や匂や影まで鮮やかに
(あたまのなかによみがえってくることがある。なんだかすこしきみがわるいくらいに。)
頭の中に蘇って来ることがある。何だか少し気味が悪い位に。
(じゅういちがつばつにち)
十一月日
(せいしんのいじょうなこうようと、いじょうなちんうつとが、こうごにおとずれる。それもひどいときは)
精神の異常な昂揚と、異常な沈鬱とが、交互に訪れる。それもひどい時は
(いちにちにすうかいくりかえして。)
一日に数回繰返して。
(きのうのごご、すこーるがすぎたあとのゆうがた、おかのうえをきじょうしていたとき、とつぜん、)
昨日の午後、スコールが過ぎたあとの夕方、丘の上を騎乗していた時、突然、
(あるこうこつたるものがこころをかすめたようにおもった。とたんに、みはるかす)
或る恍惚たるものが心を掠[かす]めたように思った。途端に、見はるかす
(がんかのもり、たに、いわおから、それなどがおおきくけいしゃしてうみにつづくまでのふうけいが、あめあがりの)
眼下の森、谷、巌から、其等が大きく傾斜して海に続く迄の風景が、雨あがりの
(らっきのなかに、みるみるせんめいさをくわえてうかびあがった。)
落暉[らっき]の中に、見る見る鮮明さを加えて浮かび上った。
(ごくえんぽうのやね、まど、じゅもくまでが、どうばんがのごときりんかくをもってひとつひとつはっきりと)
極く遠方の屋根、窓、樹木までが、銅版画の如き輪廓を以て一つ一つはっきりと
(みえてきた。しかくばかりではない。あらゆるかんかくきかんがいっときにきんちょうし、)
見えて来た。視覚ばかりではない。あらゆる感覚器官が一時に緊張し、
(あるちょうぜつてきなものがせいしんにやどったことを、わたしはかんじた。どんなさくざつした)
或る超絶的なものが精神に宿ったことを、私は感じた。どんな錯雑した
(ろんりのいきょくも、どんなびみょうなしんりのいんえいも、いまは)
論理の委曲も、どんな微妙な心理の陰翳[いんえい]も、今は
(みのがすことがあるまいとおもわれた。わたしはほとんどこうふくでさえあった。)
見遁[みのが]すことがあるまいと思われた。私は殆ど幸福でさえあった。
(さくや、わたしの「うぃあ・おヴ・はーみすとん」はおおいにはかどった。)
昨夜、私の「ウィア・オヴ・ハーミストン」は大いにはかどった。
(ところで、けさそのひどいはんどうがこた。いのあたりがにぶくおもくるしいかんじで、)
所で、今朝その酷い反動が来た。胃のあたりが鈍く重苦しい感じで、
(きぶんがさえなかった。つくえにむかってさくやのつづきをしごまいもかいたころ、)
気分が冴えなかった。机に向って昨夜の続きを四五枚も書いた頃、
(わたしのふではとまった。ゆきなやんでほおづえをついていたとき、ひょいと、ひとりのみじめな)
私の筆は止った。行悩んで頬杖をついていた時、ひょいと、一人の惨めな
(おとこのしょうがいのげんえいがあたまのなかをとおりすぎた。そのおとこは、ひどいおくびょうやみで、)
男の生涯の幻影が頭の中を通り過ぎた。その男は、ひどい臆病やみで、
(きばかりつよく、はなもちならないうぬぼれやで、きざなみえぼうで、さいのうもないくせに)
気ばかり強く、鼻持ならない自惚れやで、気障な見栄坊で、才能もないくせに
(いっぱしのげいじゅつかをきどり、よわいからだをこくししては、すたいるばかりでないようのない)
一ぱしの芸術家を気取り、弱い身体を酷使しては、スタイルばかりで内容の無い
(ださくをかきまくり、じっせいかつにおいては、そのこどもっぽいきどりのためことごとに)
駄作を書きまくり、実生活に於ては、其の子供っぽい気取のため事毎に
(ひとびとのちょうしょうをかい、かていのなかではとしうえのつまのためにたえずあっぱくをうけ、)
人々の嘲笑を買い、家庭の中では年上の妻のために絶えず圧迫を受け、
(けっきょくは、なんかいのはてで、なきたいほどほっぽうのこきょうをおもいながら、みじめにしんでいく。)
結局は、南海の果で、泣き度い程北方の故郷を思いながら、惨めに死んで行く。
(ちらりといっしゅん、せんこうのようにこうしたおとこのいっしょうのすがたがうかんだ。わたしははっと)
ちらりと一瞬、閃光のように斯うした男の一生の姿が浮かんだ。私ははっと
(みぞおちをつよくつかれたおもいがし、いすのうえにくずおれた。)
みぞおちを強く衝[つ]かれた思いがし、椅子の上にくずおれた。
(ひやあせがでていた。)
冷汗が出ていた。
(しばらくしてわたしはかいふくした。これはなにかからだのぐあいのせいだ。こんなばかなかんがえが)
暫くして私は回復した。之は何か身体の工合のせいだ。こんな莫迦な考が
(うかぶなんて。)
浮ぶなんて。
(しかし、じぶんのいっしょうのひょうかのうえに、ふと、さしたかげはなかなか)
しかし、自分の一生の評価の上に、ふと、さしたかげは中々
(ぬぐいされそうもない。)
拭い去れそうもない。
(ne suis-je pas un faux acord)
Ne suis-je pas un faux acord
(dans la divine symphonie?)
Dans la divine symphonie?
(かみのあやつるこうきょうがくのなかで)
神のあやつる交響楽の中で
(おれはちょうしのはずれたつるではないのか?)
俺は調子の外れた弦ではないのか?
(よるはちじ、すっかりげんきになった。うぃあ・おヴ・はーみすとんのいままで)
夜八時、すっかり元気になった。ウィア・オヴ・ハーミストンの今迄
(かきためたぶんをよみかえす。わるくない。わるくないどころか!)
書溜めた分を読みかえす。悪くない。悪くないどころか!
(けさはどうかしていたんだ。おれがくだらないぶんがくしゃだと?しそうがうすっぺらだの、)
今朝はどうかしていたんだ。俺が下らない文学者だと?思想がうすっぺらだの、
(てつがくがないのと、いいたいやつはかってにいうがいい。ようするに、ぶんがくはぎじゅつだ。)
哲学が無いのと、言い度い奴は勝手に言うがいい。要するに、文学は技術だ。
(がいねんでもっておれをけいべつするやつも、じっさいにおれのさくひんをよんでみれば、もんくなしに)
概念で以て俺を軽蔑する奴も、実際に俺の作品を読んで見れば、文句なしに
(みせられるにきまってるんだ。おれはおれのさくひんのあいどくしゃだ。かいているときは、)
魅せられるに決ってるんだ。俺は俺の作品の愛読者だ。書いている時は、
(すっかり、いやなきもちになり、こんなもののどこにかちがあるか、と)
すっかり、厭な気持になり、こんなものの何処に価値があるか、と
(おもえるときでも、よくじつよみかえしてみれば、おれはかならずおれのさくひんのみりょくに)
思える時でも、翌日読返して見れば、俺は必ず俺の作品の魅力に
(とらわれてしまう。したてやがいふくをたつぎじゅつにじしんをもつように、おれは、)
とらわれて了う。仕立屋が衣服を裁つ技術に自信を有つように、俺は、
(ものをえがくぎじゅつにじしんをもっていいのだ。おまえのかくものに、)
ものを描く技術に自信を有っていいのだ。お前の書くものに、
(そんなにつまらないものができるはずはないのだ。あんしんしろ!r・l・s・!)
そんなに詰まらないものが出来る筈はないのだ。安心しろ!R・L・S・!
(じゅういちがつばつばつにち)
十一月日
(しんのげいじゅつは(たとえ、るそーのそれのごときものではなくとも、なんらかのかたちで))
真の芸術は(仮令、ルソーのそれの如きものではなくとも、何等かの形で)
(じここくはくでなければならぬというぎろんを、ざっしでよんだ。いろいろなことを)
自己告白でなければならぬという議論を、雑誌で読んだ。色々な事を
(いうひとがあるものだ。じぶんのこいびとののろけばなしと、じぶんのこどものじまんばなしと、)
言う人があるものだ。自分の恋人ののろけ話と、自分の子供の自慢話と、
((もうひとつ、さくやみたゆめのはなしと)とうにんにはおもしろかろうが、たにんにとって)
(もう一つ、昨夜見た夢の話と)当人には面白かろうが、他人にとって
(これくらいつまらぬばかげたものがあるだろうか?)
之くらい詰まらぬ莫迦げたものがあるだろうか?
(ついきいったん、とこについてから、しゅじゅかんがえたすえ、みぎのかんがえを)
追記一旦、床に就いてから、種々考えた末、右の考を
(ややていせいせねばならなくなった。じここくはくがかけぬということは、)
稍々[やや]訂正せねばならなくなった。自己告白が書けぬという事は、
(にんげんとしてのちめいてきけっかんであるかもしれぬことにおもいいたった。(それがどうじに、)
人間としての致命的欠陥であるかも知れぬことに思い到った。(それが同時に、
(さっかとしてのけっかんになるか、どうか、これはわたしにとってひじょうにむずかしいもんだいだ。)
作家としての欠陥になるか、どうか、之は私にとって非常にむずかしい問題だ。
(あるひとびとにとってはきわめてかんたんなはくめいのもんだいらしいが。)はやいはなしが、)
或る人々にとっては極めて簡単な白明の問題らしいが。)早い話が、
(おれにでいヴぃっど・かぱぁふぃーるどがかけるか、どうか、かんがえてみた。)
俺にデイヴィッド・カパァフィールドが書けるか、どうか、考えて見た。
(かけないのだ。なぜ?おれは、あのいだいにしてぼんようなるだいさっかほど、じこの)
書けないのだ。何故?俺は、あの偉大にして凡庸なる大作家程、自己の
(かこのせいかつにじしんがもてないから。たんじゅんへいめいな、あのたいかよりも、はるかに)
過去の生活に自信が有てないから。単純平明な、あの大家よりも、遥かに
(しんこくなくのうをこえてきているとはおもいながら、おれはおれのかこに(ということは、)
深刻な苦悩を越えて来ているとは思いながら、俺は俺の過去に(ということは、
(げんざいに、ということにもなるぞ。しっかりしろ!r・l・s・)じしんがない。)
現在に、ということにもなるぞ。しっかりしろ!R・L・S・)自信が無い。
(ようねんしょうねんじだいのしゅうきょうてきなふんいき。それはおおいにかけるし、またかきもした。)
幼年少年時代の宗教的な雰囲気。それは大いに書けるし、又書きもした。
(せいねんじだいのらんちきさわぎや、ちちおやとのしょうとつ。これもかこうとおもえばかける。)
青年時代の乱痴気騒ぎや、父親との衝突。之も書こうと思えば書ける。
(むしろおおいに、ひひょうかしょくんをよろこばせるほど、しんこくに。けっこんのじじょう。これも)
むしろ大いに、批評家諸君を悦ばせる程、深刻に。結婚の事情。これも
(かけないことはないとしよう。(ろうねんにちかく、もはやおんなでなくなったつまを)
書けないことはないとしよう。(老年に近く、最早女でなくなった妻を
(まえにみながら、これをかくのはすこぶるつらいことにはちがいないが)しかし、)
前に見ながら、之を書くのは頗る辛いことには違いないが)しかし、
(ふぁにいとのけっこんをこころにきめながら、どうじにおれが、ほかのおんなたちになにをかたり)
ファニイとの結婚を心に決めながら、同時に俺が、他の女達に何を語り
(なにをなしていたかをかくことは?もちろん、かけば、いちぶのひひょうかは)
何を為していたかを書くことは?勿論、書けば、一部の批評家は
(よろこぶかもしれぬ。しんこくむひのけっさくあらわるとかなんとか。しかし、おれにはかけぬ。)
欣ぶかも知れぬ。深刻無比の傑作現るとか何とか。併し、俺には書けぬ。
(おれにはざんねんながらとうじのせいかつやこういがこうていできないから。こうていできないのは、)
俺には残念ながら当時の生活や行為が肯定できないから。肯定できないのは、
(おまえのりんりかんが、およそげいじゅつからしくもなくうすっぺらだからだ、という)
お前の倫理観が、凡そ芸術家らしくもなく薄っぺらだからだ、という
(みかたもあるのはしょうちしている。にんげんのふくざつせいをそこまでみきわめようとする)
見方もあるのは承知している。人間の複雑性を底まで見極めようとする
(そのみかたも、いちおうはわからぬことはない。(すくなくともたにんのばあいに、なら。))
其の見方も、一応は解らぬことはない。(少くとも他人の場合に、なら。)