中島敦 光と風と夢 26

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
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中島敦の中編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5335 B++ 5.6 94.8% 1181.6 6668 364 98 2024/12/05
2 difuku 3385 D 3.6 93.6% 1854.2 6732 455 98 2024/12/10

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問題文

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(だがけっきょく、ぜんしんてきにはわからぬ。(おれは、たんじゅんかったつをあいする。はむれっとより)

だが結局、全身的には解らぬ。(俺は、単純闊達を愛する。ハムレットより

(どん・きほーてを。どん・きほーてよりだるたにあんを。)うすっぺらでも)

ドン・キホーテを。ドン・キホーテよりダルタニアンを。)薄っぺらでも

(なんでも、おれのりんりかんは(おれのばあい、りんりかんはしんびかんとおなじだ。)それを)

何でも、俺の倫理観は(俺の場合、倫理観は審美感と同じだ。)それを

(こうていできぬ。では、とうじなぜそんなことをした?わからぬ。まったくわからぬ。)

肯定できぬ。では、当時何故そんな事をした?分らぬ。全く分らぬ。

(むかしは、よく、「べんかいはかみさまだけがごぞんじだ」とうそぶいたものだが、)

昔は、よく、「弁解は神様だけが御存じだ」と嘯[うそぶ]いたものだが、

(いまは、はだかになり、りょうてをつき、まんしんのあせをかいて、「わかりませぬ」ともうします。)

今は、裸になり、両手を突き、満身の汗をかいて、「分りませぬ」と申します。

(いったい、おれはふぁにいをあいしていたのか?おそろしいといだ。おそろしいことだ。)

一体、俺はファニイを愛していたのか?恐ろしい問だ。恐ろしい事だ。

(これもわからぬ。とにかくわかっているのは、わたしがかのじょとけっこんして)

之も分らぬ。兎に角分っているのは、私が彼女と結婚して

(いまにいたっているということだけだ。(そもそもあいとはなんだ?)

今に到っているということだけだ。(抑々[そもそも]愛とは何だ?

(これからしてわかっているのか?ていぎをもとめているのではない。じこのけいけんのなかから)

之からして分っているのか?定義を求めているのではない。自己の経験の中から

(すぐにひきだせるこたえをもっているか、というのだ。おお、まんてんかのどくしゃしょくん!)

直ぐに引出せる答を有っているか、というのだ。おお、満天下の読者諸君!

(しょくんはしっておられるか?いくたのしょうせつのなかでいくたのあいじんたちをえがいた)

諸君は知っておられるか?幾多の小説の中で幾多の愛人達を描いた

(しょうせつかろばぁと・るぅいす・すてぃヴんすんしは、なんと、よわいよんじゅうにして)

小説家ロバァト・ルゥイス・スティヴンスン氏は、何と、齢四十にして

(いまだあいのなにものなるかをげせぬということを。だが、おどろくことはない。)

未だ愛の何ものなるかを解せぬということを。だが、驚くことはない。

(こころみにこらいのあらゆるだいさっかをららっしきたって、めんとむかって)

試みに古来のあらゆる大作家を拉[らっ]し来って、面と向って

(このたんじゅんきまるしつもんをていしてみたまえ。みるとんもすこっともすうぃふとも)

此の単純極まる質問を呈して見給え。ミルトンもスコットもスウィフトも

(もりえーるもらぶれえも、さらにはしぇいくすぴあそれのひとさえもが、いがいにも、)

モリエールもラブレエも、更にはシェイクスピア其の人さえもが、意外にも、

(おどろくべきひじょうしき、ないし、みじゅくをばくろするにちがいないから。))

驚くべき非常識、乃至、未熟を曝露[ばくろ]するに違いないから。)

(ところで、もんだいはようするに、さくひんと、さくしゃのせいかつとのひらきだ。さくひんにくらべて、)

所で、問題は要するに、作品と、作者の生活との開きだ。作品に比べて、

(かなしいことに、せいかつが(にんげんが)あまりにひくい。おれは、おれのさくひんのだしがら?)

悲しいことに、生活が(人間が)余りに低い。俺は、俺の作品のだしがら?

など

(すうぷのだしがらのような。いまにしておもう。おれは、ものがたりをかくことしか)

スウプのだしがらの様な。今にして思う。俺は、物語を書くことしか

(いままでかんがえたことがなかった。そのひとつのもくてきにむかってとういつされたせいかつを)

今迄考えたことがなかった。その一つの目的に向って統一された生活を

(うつくしいとさえみずからかんじていた。もちろん、さくひんをかくことが、どうじに、)

美しいとさえ自ら感じていた。勿論、作品を書くことが、同時に、

(にんげんしゅぎょうにならなかった、とはいうまい。たしかに、なった。しかし、)

人間修業にならなかった、とはいうまい。確かに、なった。しかし、

(それいじょうに、にんげんてきかんせいにしするところのおおいみちはなかったか?)

それ以上に、人間的完成に資する所の多い途は無かったか?

((ほかのせかいこういのせかいはびょうじゃくなじぶんにたいしてとざされていたから、)

(他の世界行為の世界は病弱な自分に対して閉されていたから、

(などというのは、ひきょうなとんじであろう。いっしょうびょうしょうにいても、なお、)

などというのは、卑怯な遁辞[とんじ]であろう。一生病床にいても、猶、

(しゅぎょうのとはある。もちろん、そうしたびょうにんのたっせいするところのものは、あまりに)

修業の途はある。勿論、そうした病人の達成する所のものは、余りに

(かたよったものになりがちだが)じぶんはあまりにもものがたりどう(そのぎこうてきほうめん)にのみ)

偏ったものになりがちだが)自分は余りにも物語道(その技巧的方面)にのみ

(ぼつにゅうしすぎてはいなかったか?ばくぜんとしたじこかんせいのみをめざして)

没入し過ぎてはいなかったか?漠然とした自己完成のみを目指して

(せいかつにひとつのじっさいてきしょうてんをもたぬもの(そーろーをみよ)のきけんは、)

生活に一つの実際的焦点を有たぬ者(ソーローを見よ)の危険は、

(じゅうぶんこうりょにいれたうえで、このことをいっているのだ。かつてだいきらいだった・)

充分考慮に入れた上で、この事を言っているのだ。曾て大嫌いだった・

(これからもすきにはなれまい(というのは、いま、なんかいのわれがともしきしょこに)

之からも好きにはなれまい(というのは、今、南海の我が乏しき書庫に

(そのさくもつがいっさつもならんでいないからだが)あのわいまあるのさいしょうのことを、)

其の作物が一冊も並んでいないからだが)あのワイマアルの宰相のことを、

(ひょいとおもう。あのおとこは、すくなくともすうぷのだしがらではない。いや、ぎゃくに、)

ひょいと思う。あの男は、少くともスウプのだしがらではない。いや、逆に、

(さくひんがかれのだしがらなのだ。ああ!おれのばあいは、ぶんがくしゃとしてのめいせいが、)

作品が彼のだしがらなのだ。ああ!俺の場合は、文学者としての名声が、

(ふとうにも、おれのにんげんてきかんせい(もしくはみじゅく)をおいこしすぎたのだ。)

不当にも、俺の人間的完成(もしくは未熟)を追越し過ぎたのだ。

(おそるべききけんだ。)

恐るべき危険だ。

(ここまでかんがえてきて、みょうなふあんをおぼえる。いまのかんがえをてっていさせれば、おれのじゅうらいの)

ここ迄考えて来て、妙な不安を覚える。今の考を徹底させれば、俺の従来の

(さくひんのすべてをはいきしなければならなくなるのではないか。これはぜつぼうてきなふあんだ。)

作品の凡てを廃棄しなければならなくなるのではないか。之は絶望的な不安だ。

(いままでのおれのせいかつのぜったいせんせいしゃ「せいさく」よりもけんいあるものが)

今迄の俺の生活の絶対専制者「制作」よりも権威あるものが

(あらわれるということは。)

現れるということは。

(しかしいっぽう、ならい、せいとなった・あのもじをつらねることのれいみょうな)

しかし一方、習[ならい]、性となった・あの文字を連ねることの霊妙な

(やすしばしさ、きにいったばめんをびょうしゃすることのたのしさが、じぶんをすてさるとは、)

欣ばしさ、気に入った場面を描写することの楽しさが、自分を捨去るとは、

(ゆめゆめおもえない。しっぴつはいつまでもおれのせいかつのちゅうしんであろうし、また、)

ゆめゆめ思えない。執筆は何時迄も俺の生活の中心であろうし、又、

(そうあってさしつかえないのだ。けれどもいや、おそれることはない。おれには)

そうあって差支えないのだ。けれどもいや、恐れることはない。俺には

(ゆうきがあるはずだ。おれはおれのうえにたったへんかをおそれずにむかえねばならぬ。)

勇気がある筈だ。俺は俺の上に起った変化を懼[おそ]れずに迎えねばならぬ。

(さなぎががとなってとびまわるためには、いままでじぶんのおりなしたうつくしいまゆを)

蛹[さなぎ]が蛾となって飛廻るためには、今迄自分の織成した美しい繭を

(むざんにくいやぶらねばならぬのである。)

無残に喰破らねばならぬのである。

(じゅういちがつばつばつにち)

十一月日

(ゆうせんび、えでぃんばらばんぜんしゅうのだいいちかんとうちゃく。そうてい、ししつそのた、だいまんぞく。)

郵船日、エディンバラ版全集の第一巻到着。装幀、紙質その他、大満足。

(しょかん、ざっしとうをひととおりよみおわったあと、よーろっぱにいるひとたちと)

書簡、雑誌等を一通り読終った後、欧羅巴[ヨーロッパ]にいる人達と

(わたしとのあいだのかんがえかたのきょりがますますおおきくなってきていることをかんじる。)

私との間の考え方の距離が益々大きくなって来ていることを感じる。

(わたしがあまりつうぞく(ひぶんがくてき)になりすぎたか、あるいはほんらいかれらがあまりせまいかんがえかたに)

私が余り通俗(非文学的)になり過ぎたか、或いは本来彼等が余り狭い考え方に

(とらわれているか、どちらかだ。かつてわたしはほうりつなどをべんきょうするやからをわらった。)

捉われているか、どちらかだ。曾て私は法律などを勉強する輩を嗤った。

((そのくせわたしじしんべんごしのしかくをもっているのだから、おかしいが)ほうりつとは)

(そのくせ私自身弁護士の資格を有っているのだから、おかしいが)法律とは

(あるなわばりのなかにおいてのみけんいをもつもの。そのふくざつなきこうにつうぎょうすることを)

或る縄張の中に於てのみ権威をもつもの。その複雑な機構に通暁することを

(ほこってみたところで、それはふへんてきなにんげんてきかちをもつものではない、と)

誇って見たところで、それは普遍的な人間的価値をもつものではない、と

(かんがえたからだ。ところで、いま、わたしは、ぶんがくけんについても、それをいおうとおもう。)

考えたからだ。所で、今、私は、文学圏についても、それを言おうと思う。

(えいこくのぶんがく、ふらんすのぶんがく、どいつのぶんがく、せいぜいひろいところで、おうべい、ないし、)

英国の文学、仏蘭西の文学、独逸の文学、せいぜい広い所で、欧米、乃至、

(はくじんしゅのぶんがく。かれらはそういうなわばりをもうけ、じこのしこうをしんせいなる)

白人種の文学。彼等はそういう縄張を設け、自己の嗜好を神聖なる

(きそくのごときものにまでまつりあげ、ほかのせかいにはつうようしそうもないそのとくしゅな)

規則の如きものに迄祭上げ、他の世界には通用しそうもない其の特殊な

(せまいやくそくのもとにおいてのみ、ゆうえつをほこっているようにみえる。これははくじんしゅの)

狭い約束の下に於てのみ、優越を誇っているように見える。之は白人種の

(せかいのそとにいるものでなければわからない。もちろん、このことはぶんがくにだけ)

世界の外にいる者でなければ判らない。勿論、このことは文学にだけ

(かぎるのではない。にんげんやせいかつやのひょうかのうえにも、せいおうぶんめいは、あるとくしゅな)

限るのではない。人間や生活やの評価の上にも、西欧文明は、或る特殊な

(めやすをつくりあげ、それをぜったいふへんのものとしんじている。そういう)

標準[めやす]を作上げ、それを絶対普遍のものと信じている。そういう

(かぎられたひょうかほうしかしらないやつに、たいへいようのどちゃくみんのじんかくのびてんや、)

限られた評価法しか知らない奴に、太平洋の土着民の人格の美点や、

(そのせいかつのよさなど、てんでわかりっこないのだ。)

その生活の良さなど、てんで解りっこないのだ。

(じゅういちがつばつばつにち)

十一月日

(なんかいのしまからしまへとわたりあるくはくじんぎょうしょうにんのなかには、ごくまれに(もちろん、だいぶぶんは)

南海の島から島へと渡り歩く白人行商人の中には、極く稀に(勿論、大部分は

(がりがりのかんけつなしょうにんばかりだが)つぎのふたつのかたのにんげんを)

我利我利の奸譎[かんけつ]な商人ばかりだが)次の二つの型の人間を

(みだすことがある。そのひとつは、こがねをためて、くにへかえり)

見出すことがある。その一つは、小金を溜めて、故郷[くに]へ帰り

(よせいをあんらくにくらそうというようなりょうけん(これがふつうのなんようぎょうしょうにんのもくてきだ)を)

余生を安楽に暮らそうというような量見(之が普通の南洋行商人の目的だ)を

(ぜんぜんもちあわせず、ただ、なんかいのふうこう、せいかつ、きこう、こうかいをあいし、なんかいを)

全然持合せず、唯、南海の風光、生活、気侯、航海を愛し、南海を

(はなれたくないがためにのみ、いまのしょうばいをやめないといったようなにんげん。だいには、)

離れたくないがためにのみ、今の商売を止めないといった様な人間。第二は、

(なんかいとほうろうとをあいするてんではどうようだが、これはずっとすねたはげしいいきかたで、)

南海と放浪とを愛する点では同様だが、之はずっと拗ねた激しい行き方で、

(ぶんめいしゃかいをこいにはくがんしし、いわば、いきながらほねをなんかいのふううに)

文明社会を故意に白眼視し、いわば、生きながら骨を南海の風雨に

(さらしているとでもいったきょむてきなにんげん。)

曝[さら]しているとでもいった虚無的な人間。

(きょう、まちのさかばで、このだいにのかたのにんげんのひとりにであった。よんじゅっさいぜんごのおとこで、)

今日、街の酒場で、この第二の型の人間の一人に出遭った。四十歳前後の男で、

(わたしのとなりのてーぶるでひとりのんでいたのだ。(あしをくんだひざがしらのへんを)

私の隣の卓子[テーブル]で独り飲んでいたのだ。(足を組んだ膝頭の辺を

(がくがくふるわせながら。)みなりはひどいが、かおだちはするどく)

がくがく顫[ふる]わせながら。)服装[みなり]はひどいが、顔立は鋭く

(ちてきである。めのあかくにごっているのはあきらかにさけのせいだが、あれたひふに)

知的である。目の赤く濁っているのは明らかに酒のせいだが、荒れた皮膚に

(くちびるだけいやにあかいのはしょうしょうきもちがわるい。わずかいちじかんたらずの)

脣[くちびる]だけいやに紅いのは少々気持が悪い。僅か一時間足らずの

(かいわだったが、このおとこがえいこくいちりゅうのだいがくをでていることだけはたしかにわかった。)

会話だったが、此の男が英国一流の大学を出ていることだけは確かに分った。

(こんなみなとまちにはめずらしい・かんぜんなえいごである。ざっかぎょうしょうにんだといい、とんがから)

こんな港町には珍しい・完全な英語である。雑貨行商人だといい、トンガから

(きたが、つぎのふねでとけらうすへわたるという。(かれはもちろん、わたしがだれであるかを)

来たが、次の船でトケラウスへ渡るという。(彼は勿論、私が誰であるかを

(しりはしない。)しょうばいのことはなにもしゃべらない。しまじまにはくじんのいにゅうした)

知りはしない。)商売のことは何もしゃべらない。島々に白人の移入した

(あくしつのびょうきのことをすこしはなした。それから、じぶんにはなにもないこと。つまも、)

悪質の病気のことを少し話した。それから、自分には何もないこと。妻も、

(こも、いえも、けんこうも、きぼうも。なにがかれをこんなせいかつへはいらせたか、という)

子も、家も、健康も、希望も。何が彼をこんな生活へ入らせたか、という

(わたしのぐもんについては、なにといってなざせるような、しょうせつめいたげんいんなんか)

私の愚問に就いては、何といって名指せるような、小説めいた原因なんか

(ありませんよ。それに、こんなせいかつとおっしゃるが、いまのせいかつだって、)

ありませんよ。それに、こんな生活とおっしゃるが、今の生活だって、

(そうとくしゅなものでもないでしょう?にんげんというけいたいをとってうまれてきたという)

そう特殊なものでもないでしょう?人間という形態をとって生れて来たという

(いっそうとくしゅなじじょうにくらべればね、とわらいながら、かるいからせきをした。)

一層特殊な事情に比べればね、と笑いながら、軽い空咳[からせき]をした。

(これはあらがいがたきにひりずむである。いえにかえってねについてからも、このおとこの)

之は抗い難きニヒリズムである。家に帰って寝に就いてからも、此の男の

(ことばの・きわめてていねいな・しかしすくいのないちょうしがみみについてしかたがない。)

言葉の・極めて叮嚀な・しかし救いの無い調子が耳について仕方がない。

(strange are the ways of man.)

Strange are the ways of man.

(ここにていじゅうするまえ、すくーなーでしまじまをへめぐっていたあいだにも、わたしは)

此処に定住する前、スクーナーで島々を経廻[へめぐ]っていた間にも、私は

(じつにいろいろなにんげんにあった。)

実に色々な人間に遇った。

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