山本周五郎 赤ひげ診療譚 鶯ばか 四-1

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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りつ 4135 C 4.3 95.4% 1036.4 4499 213 65 2024/10/14

関連タイピング

問題文

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(ごろきちのかぞくはさっそざいをのんだのであった。いわみぎんざんしかじかのねずみとりと)

五郎吉の家族は殺鼠剤をのんだのであった。いわみ銀山しかじかの鼠捕りと

(いわれるもので、ふうふはどうやらたすかるもようだが、ばっしのいちはしに、のぼるが)

いわれるもので、夫婦はどうやら助かるもようだが、末子のいちは死に、登が

(いってみたときは、ほかのさんじもじゅうたいであった。へやのなかはいおうともののさんぱいした)

いってみたときは、他の三児も重態であった。部屋の中は硫黄と物の酸敗した

(ようなしゅうきがじゅうまんしていて、うっかりするとこっちがおうとしそうになった。)

ような臭気が充満していて、うっかりするとこっちが嘔吐しそうになった。

(「ごめんね」ちょうじはのぼるをみとめるとすぐに、ひどくしゃがれたこえで、)

「ごめんね」長次は登を認めるとすぐに、ひどくしゃがれた声で、

(とぎれとぎれにいった、「ごめんね、せんせい、かんにんしてくんなね」)

とぎれとぎれに云った、「ごめんね、先生、かんにんしてくんなね」

(「なにをあやまるんだ」のぼるはわらってみせながらいった、「なにもわるいことなんか)

「なにをあやまるんだ」登は笑ってみせながら云った、「なにも悪いことなんか

(してないじゃないか」 ちょうじはのどをつまらせて、「ぎんなん」とかすかに)

してないじゃないか」 長次は喉を詰まらせて、「ぎんなん」とかすかに

(いった。よくこえがでないらしい、のぼるはしょうねんのほうへみみをちかづけた。ぎんなんのみを)

云った。よく声が出ないらしい、登は少年のほうへ耳を近づけた。銀杏の実を

(あげるとやくそくしたのにうそをついてしまった、とちょうじはいった。かれはわすれたのでは)

あげると約束したのに嘘をついてしまった、と長次は云った。彼は忘れたのでは

(ない、ちゃんとおぼえていたのだが、かあちゃんがひきわり(むぎ)をかうのに)

ない、ちゃんと覚えていたのだが、かあちゃんが碾割(麦)を買うのに

(たりなかったので、ついみんなうってしまったのだ、といういみのことを)

足りなかったので、ついみんな売ってしまったのだ、という意味のことを

(いった。 「よせよ、ちょう」とのぼるはくびをふり、できるだけらんぼうにいった、「ぎんなん)

云った。 「よせよ、長」と登は首を振り、できるだけ乱暴に云った、「銀杏

(なんかすきじゃないし、おれはすっかりわすれていたくらいだ、そんなことをきに)

なんか好きじゃないし、おれはすっかり忘れていたくらいだ、そんなことを気に

(やむなんておとこらしくないぞ」 「こんどとったらあげるね」とちょうじはいった、)

病むなんて男らしくないぞ」 「こんど取ったらあげるね」と長次は云った、

(「ことしじゃなければらいねん、げんまんだよ」 「よし、げんまんだ」)

「今年じゃなければ来年、げんまんだよ」 「よし、げんまんだ」

(ふたりはみぎてのこゆびをからませてふった。ちょうじのゆびがひのようにあつく、けれどもちからの)

二人は右手の小指を絡ませて振った。長次の指が火のように熱く、けれども力の

(ないのがのぼるにかんじられた。らいねんだぞ、とこころのなかでのぼるはよびかけた。そのためには)

ないのが登に感じられた。来年だぞ、と心の中で登は呼びかけた。そのためには

(いきなければならない、がんばるんだぞちょう、こんなことでしんじゃあだめだぞ。)

生きなければならない、頑張るんだぞ長、こんなことで死んじゃあだめだぞ。

(のぼるはちょうざいすべきやくひんのなをかき、つかいにもたせてようじょうしょへやった。つかいのものには)

登は調剤すべき薬品の名を書き、使いに持たせて養生所へやった。使いの者には

など

(わけをはなして、こんやはこっちでとまるかもしれない、というでんごんもたのんだ。)

わけを話して、今夜はこっちで泊るかもしれない、という伝言も頼んだ。

(ごごよじころにろくさいのおみよがしに、ひがくれてからちょうなんのとらきちがしんだ。)

午後四時ころに六歳のおみよが死に、日が昏れてから長男の虎吉が死んだ。

(しぬとすぐに、ほかのものにはわからないようにちゅういして、したいをさはいのいえへ)

死ぬとすぐに、他の者にはわからないように注意して、死躰を差配の家へ

(はこんだ。のこったこどもはちょうじだけになったが、ごろきちやにょうぼうのおふみは、これらの)

運んだ。残った子供は長次だけになったが、五郎吉や女房のおふみは、これらの

(ことをしっているらしいのに、どちらもなにもいわなかった。ようじょうしょからとどいた)

ことを知っているらしいのに、どちらもなにも云わなかった。養生所から届いた

(くすりを、のぼるはじぶんでちょうごうし、せんじてのませた。ちょうじはまったくうけつけ)

薬を、登は自分で調合し、煎じてのませた。長次はまったく受けつけ

(なかったし、ふうふはだまってきょぜつした。 「みんながこんなにしんぱいしてくれて)

なかったし、夫婦は黙って拒絶した。 「みんながこんなに心配してくれて

(いるのがわからないのか」のぼるはしまいにほんきでどなった、「こんなめいわくをかけた)

いるのがわからないのか」登はしまいに本気でどなった、「こんな迷惑をかけた

(うえに、みんなのしんぱいをむにするつもりか」 それでようやく、ごろきちも)

うえに、みんなの心配を無にするつもりか」 それでようやく、五郎吉も

(おふみもあたえられたくすりをのんだ。 ひがくれてからまもなく、のはらこうあんという)

おふみも与えられた薬をのんだ。 日が昏れてからまもなく、野原考庵という

(いしゃがみまいにきた。しじゅうがらみのこえたおとこで、そこにいるのぼるにはかまわず、)

医者がみまいに来た。四十がらみの肥えた男で、そこにいる登には構わず、

(ふうふとちょうじをざっとしんさつし、しぶいかおをしながらかえっていった。まもなくさはいの)

夫婦と長次をざっと診察し、渋い顔をしながら帰っていった。まもなく差配の

(うへえが、「ばんめしをあがってください」とむかえにきた。のぼるもくうふくになっていた)

卯兵衛が、「晩めしをあがって下さい」と迎えに来た。登も空腹になっていた

(ので、てつだいにきているきんじょのにょうぼうたちにあとをたのみ、うへえといっしょにかれの)

ので、手伝いに来ている近所の女房たちにあとを頼み、卯兵衛といっしょに彼の

(いえへいった。むぎめしに、にざかなとみそしる、こうのものというしょくじであった。うへえも)

家へいった。麦飯に、煮魚と味噌汁、香の物という食事であった。卯兵衛も

(いっしょにたべながら、そのひのできごとをかたった。 あさのしちじころ、ごろきちは)

いっしょに喰べながら、その日の出来事を語った。 朝の七時ころ、五郎吉は

(さいしをつれて、「せんそうじへさんけいにいってくる」とことわり、とじまりをしてでて)

妻子を伴れて、「浅草寺へ参詣にいって来る」と断わり、戸閉まりをして出て

(いった。べつにかわったようすはなかった。そもそもかぞくそろってせんそうじへ)

いった。べつに変わったようすはなかった。そもそも家族そろって浅草寺へ

(いく、ということがつねにないことなので、なにかかわったようすがあったと)

いく、ということが常にないことなので、なにか変わったようすがあったと

(しても、きんじょのひとたちがきづかなかったのはとうぜんであろう。 「あさくさへいくと)

しても、近所の人たちが気づかなかったのは当然であろう。 「浅草へ行くと

(いったのはうそで、すぐにもどってきたんですな」とうへえはいった、「もどってきた)

云ったのは嘘で、すぐに戻ってきたんですな」と卯兵衛は云った、「戻ってきた

(のも、うちへはいったのもみたものはありません、りょうどなりのものも)

のも、うちへはいったのも見た者はありません、両隣りの者も

(しらなかったんですが、そのじぶんはいどばたがにぎやかで、うちにいるものはすくない)

知らなかったんですが、そのじぶんは井戸端が賑やかで、うちにいる者は少ない

(もんですから、そのつもりになれば、ひとのめにつかずにうちへはいるのもそう)

もんですから、そのつもりになれば、人の眼につかずにうちへはいるのもそう

(むずかしいことじゃありません」 ひるすぎに、となりのおけいというにょうぼうが、)

むずかしいことじゃありません」 午すぎに、隣りのおけいという女房が、

(ごろきちのいえでへんなうめきごえや、こどものあばれるようなものおとをききつけ、それから)

五郎吉の家でへんな呻き声や、子供の暴れるような物音を聞きつけ、それから

(おおさわぎになったのであった。 「しかしどうして」とのぼるがはしをおきながら)

大騒ぎになったのであった。 「しかしどうして」と登が箸を置きながら

(きいた、「きゅうにそんな、いっかしんじゅうなどをするきになったのだろう」)

訊いた、「急にそんな、一家心中などをする気になったのだろう」

(「わかりませんな」とうへえはあっさりこたえた、「こういうくらしをしている)

「わかりませんな」と卯兵衛はあっさり答えた、「こういうくらしをしている

(にんげんは、しにたくなるようなりゆうをやまほどしょってますからな、まったくひどい)

人間は、死にたくなるような理由を山ほど背負ってますからな、まったくひどい

(もんです、ちょっとしたきっかけさえあれば、すぐにでもしにそうなにんげんが)

もんです、ちょっとしたきっかけさえあれば、すぐにでも死にそうな人間が

(いくらもいますよ」 のぼるはしょくじのれいをのべて、たとうとしてふとおもいだした。)

幾らもいますよ」 登は食事の礼を述べて、立とうとしてふと思い出した。

(「あのこうあんといういしゃはここへよらなかったろうか」 「よりました」)

「あの考庵という医者はここへ寄らなかったろうか」 「寄りました」

(とうへえはかおをしかめた、「やくれいはだれがはらうかって、たしかめにきたんですが、)

と卯兵衛は顔をしかめた、「薬礼は誰が払うかって、たしかめに来たんですが、

(びょうにんのことはなんにもいわねえ、やくれいはこれこれ、いつだれがはらうかってね、)

病人のことはなんにも云わねえ、薬礼はこれこれ、いつ誰が払うかってね、

(きゅうばでしょうがねえからたのんだんだが、ーーさじかげんはへたくそだが、)

急場でしょうがねえから頼んだんだが、ーー匙かげんはへたくそだが、

(ぜにかんじょうだけはうめえって、このへんではひょうばんのいしゃなんです」 「そんなことは)

銭勘定だけはうめえって、この辺では評判の医者なんです」 「そんなことは

(ない、いいてあてだった」とのぼはいった、「あれだけのしょちをてばやくやれるのは)

ない、いい手当だった」と登は云った、「あれだけの処置を手早くやれるのは

(めずらしい、わるくいうのはまちがいだよ」 のぼるはそとへでた。そらはくもって、はだざむいかぜが)

珍しい、悪く云うのは間違いだよ」 登は外へ出た。空は曇って、肌寒い風が

(ふいていた。ながやのおおくはとをしめ、もれてくるあかりもまばらで、あるいていく)

吹いていた。長屋の多くは戸を閉め、もれてくる灯も疎らで、歩いていく

(どぶいたのなるおとが、おどろくほどたかくひびいた。ごろきちのいえのすこしてまえまで)

どぶ板のなる音が、おどろくほど高く響いた。五郎吉の家の少し手前まで

(いったとき、のぼるはぞっとしながらたちどまった。ーーむこうのほうから、まるでげんじつの)

いったとき、登はぞっとしながら立停った。ーー向うのほうから、まるで現実の

(ものとはおもえないような、ひどくくぐもった、ぶきみなこえがきこえてきたので)

ものとは思えないような、ひどくくぐもった、ぶきみな声が聞えてきたので

(ある。それはいんきなひびきをもって、じめんのしたのほうから、)

ある。それは陰気な響きをもって、地面の下のほうから、

(だれかによびかけているようにきこえた。)

誰かに呼びかけているように聞えた。

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