悪霊 江戸川乱歩 8

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数623難易度(4.5) 6558打 長文
江戸川乱歩の短編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 6096 A++ 6.3 96.4% 1038.2 6574 245 98 2024/11/01

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問題文

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(さんにんのはんざいだんはそれいじょうはってんしなかった。せんせいはたばこをふかしながら)

三人の犯罪談はそれ以上発展しなかった。先生は煙草をふかしながら

(なにかかんがえこんでいられるし、おくさんはぽつりぽつりあねざきさんの)

何か考え込んでいられるし、奥さんはポツリポツリ姉崎さんの

(おもいでばなしのようなことをおはなしなすったが、それもとぎれがちで、なんとなく)

思出話の様なことをお話なすったが、それも途切れ勝ちで、何となく

(ざがしらけているところへ、もうじかんとみえてつぎつぎとかいいんがやってきた。)

座が白けている所へ、もう時間と見えて次々と会員がやって来た。

(いちばんはやくきたのはそのだぶんがくしで、このひとはぼくよりはいちねんせんぱいなのだが、そつぎょういらい)

一番早く来たのは園田文学士で、この人は僕よりは一年先輩なのだが、卒業以来

(ずっとくろかわせんせいのけんきゅうしつにいて、せんせいのじょしゅのようにしてじっけんしんりがくに)

ずっと黒川先生の研究室にいて、先生の助手の様にして実験心理学に

(ぼっとうしている、どのつよいきんがんきょうをかけて、いつでもねくたいがまがっているような、)

没頭している、度の強い近眼鏡をかけて、いつでもネクタイが曲っている様な、

(どうにもがくしゃくさいおとこだ。(くろかわはかせのせんこうはしんれいがくにはまったくえんどおい)

如何にも学者くさい男だ。(黒川博士の専攻は心霊学には全く縁遠い

(じっけんしんりがくであって、こういうみょうなかいをしゅさいしていられるのは、せんせいのどうらくに)

実験心理学であって、こういう妙な会を主宰していられるのは、先生の道楽に

(すぎないことを、きみもたぶんしっているとおもう))

過ぎないことを、君も多分知っていると思う)

(そのつぎにはつちのくんがはいってきた。つちのくんはだいがくとはかんけいのないしろうとの)

その次には槌野[つちの]君が入って来た。槌野君は大学とは関係のない素人の

(ねっしんかで、ぞくにいっすんぼうしというふぐしゃなのだ。さんじゅうごさいだというのにせは)

熱心家で、俗に一寸法師という不具者なのだ。三十五歳だというのに背は

(じゅういちにのこどもくらいで、それにふつうのおとなよりはおおきなあたまがのっかっている。ひじょうに)

十一二の子供位で、それに普通の大人よりは大きな頭が乗っかっている。非常に

(びんぼうなひとりもので、にかいがりをしれひっこうかなんかでせいかつして、れいかいのことばかり)

貧乏な独り者で、二階借りをしれ筆稿かなんかで生活して、霊界のことばかり

(かんがえているかわりものだ。いつもじみなもめんじまのきものにちゃいろのこくらのはかまをはいて、)

考えている変り者だ。いつも地味な木綿縞の着物に茶色の小倉の袴を穿いて、

(ぼうずあたまにちょびひげをはやした、しかめつらしいかおでだまりこくっている。)

坊主頭にチョビ髭を生やした、しかめつらしい顔で黙りこくっている。

(そのふたりがくわわってしばらくざつだんをかわしているところへ、くまうらしがやってきた。ゆうめいな)

その二人が加わって暫く雑談を交している所へ、熊浦氏がやって来た。有名な

(ようかいがくしゃだからきみもなはきいているだろう。むかしようかいはかせとあだなされた)

妖怪学者だから君も名は聞いているだろう。昔妖怪博士と渾名された

(めいぶつがくしゃがあった。あらゆるふかしぎげんしょうにげんじつてきなしんりがくてきかいしゃくをくわえて)

名物学者があった。あらゆる不可思議現象に現実的な心理学的解釈を加えて

(ぼうだいなちょじゅつをのこしたのでしられている。くまうらしはそのひとの)

尨大[ぼうだい]な著述を残したので知られている。熊浦氏はその人の

など

(こうけいしゃのようにいわれ、おなじ「ようかい」というあだなをつけられているが、むかしの)

後継者の様に云われ、同じ「妖怪」という渾名をつけられているが、昔の

(ようかいはかせとはちがって、はかせのかたがきなどもたないしがくでのみんかんがくしゃで、)

妖怪博士とは違って、博士の肩書など持たない私学出の民間学者で、

(ようかいとしんりがくをむすびつけるのではなくて、ようかいそのものにしんすいしている)

妖怪と心理学を結びつけるのではなくて、妖怪そのものに心酔している

(ちゅうせいてきしんぴかなのだ。)

中世的神秘家なのだ。

(くまうらしはくろかわはかせとはどうきょうのおさななじみだときいているが、げんざいではちいも、)

熊浦氏は黒川博士とは同郷の幼馴染だと聞いているが、現在では地位も、

(きょうぐうも、せいかくもひどくちがっている。くろかわはかせはぜんとのあかるいかんがくのきょうじゅで、)

境遇も、性格もひどく違っている。黒川博士は前途の明るい官学の教授で、

(おやからゆずられたしさんがあってせいかつもゆたかだし、ひとがらはじょせいてきでじょさいのない)

親から譲られた資産があって生活も豊かだし、人柄は女性的で如才のない

(しゃこうかであるのにかえして、くまうらしはただじあなりすてぃっくなきょめいを)

社交家であるのに反して、熊浦氏はただジアナリスティックな虚名を

(もっているほかには、ちいもなくしさんもなく、さいしさえないまったくのこどくもので、)

持っている外には、地位もなく資産もなく、妻子さえない全くの孤独者で、

(わずかにちょさくのしゅうにゅうでせいかつしているのだ。せいかくもいんうつでえんじんてきで、)

僅かに著作の収入で生活しているのだ。性格も陰欝で厭人[えんじん]的で、

(ひろいあばらやにめしつかいのろうばとたったふたりですんでいて、ひとをたずねたり)

広い荒屋[あばらや]に召使の老婆とたった二人で住んでいて、人を訪ねたり

(たずねられたりすることもほとんどないようなせいかつをしている。このしんれいがっかいに)

訪ねられたりすることも殆どない様な生活をしている。この心霊学会に

(しゅっせきするのがどうしのゆいいつのしゃこうせいかつではないかとおもわれる。)

出席するのが同氏の唯一の社交生活ではないかと思われる。

(しんれいがっかいのそうりつしゃはじつをいうとくろかわはかせではなくてくまうらしであったのだ。)

心霊学会の創立者は実を云うと黒川博士ではなくて熊浦氏であったのだ。

(くまうらしのねっしんと、どうしがはっけんしためずらしいれいばいとが、ついくろかわせんせいを)

熊浦氏の熱心と、同氏が発見した珍しい霊媒とが、つい黒川博士[せんせい]を

(うごかして、こういうかいができあがった。そのめずらしいれいばいというのは、せんにちょっと)

動かして、こういう会が出来上った。その珍しい霊媒というのは、先にちょっと

(ふれたりゅうちゃんというもうもくのむすめのことで、みつきほどまえまではくまうらしのてもとで)

触れた龍ちゃんという盲目の娘のことで、三月程前までは熊浦氏の手元で

(やしなわれていたのを、くろかわせんせいがひきとってせわをしているのだ。)

養われていたのを、黒川先生が引取って世話をしているのだ。

(くまうらしのようぼうふうさいは、かわりもののおおいかいいんのなかでもことさらにいようだ。)

熊浦氏の容貌風采は、変り者の多い会員の中でも殊更[ことさら]に異様だ。

(しはいつもいろのさめた、しかしていれのいきとどいたおりめただしいもーにんぐを)

氏はいつも色のさめた、併し手入れの行届いた折目正しいモーニングを

(ちゃくようして、なつでもしろいてぶくろをはめて、よくひかったくつをはいて、がいこつのにぎりの)

着用して、夏でも白い手袋をはめて、よく光った靴を穿いて、骸骨の握りの

(ついたすてっきをついて、すこしびっこをひきながらやってくる。からーはこふうな)

ついたステッキをついて、少しびっこを引きながらやって来る。カラーは古風な

(おりめのないかたいのをしようしているが、そのからーのうえにいちだんのもうはつのかたまりが)

折目のない固いのを使用しているが、そのカラーの上に一団の毛髪の塊りが

(のっかっているようにみえる。くまうらしはそれほどけぶかいのだ。あたまはさんすんほども)

乗っかっている様に見える。熊浦氏はそれ程毛深いのだ。頭は三寸程も

(のびたけをもじゃもじゃとしじまらせ、ぴんとはねたくちひげ、さんかくがたにかりこんだあごひげ、)

伸びた毛をモジャモジャと縮らせ、ピンとはねた口髭、三角型に刈込んだ顎髯、

(それがずっとめのしたまでみっせいして、かおのはだをうずめつくしている。)

それがずっと目の下まで密生して、顔の肌を埋[うず]め尽くしている。

(そのもうかいのまんなかにべっこうぶちのきんがんきょうがある。それが)

その毛塊の真中に鼈甲縁[べっこうぶち]の近眼鏡がある。それが

(そのだがくしいじょうにきょうどのものだ。)

園田学士以上に強度のものだ。

(くまうらしはかいごうにでると、こうせんがこわいというように、いつもでんとうからもっともとおいいすを)

熊浦氏は会合に出ると、光線が怖いという様に、いつも電燈から最も遠い椅子を

(えらぶくせがある。きょうもそのためにわざとのこしてあったすみっこのいすに)

選ぶ癖がある。今日もその為に態[わざ]と残してあった隅っこの椅子に

(ひとりはなれてこしかけて、しばらくだまっていちどうのかいわをきいていたが、とつぜんふとい)

一人離れて腰かけて、暫く黙って一同の会話を聞いていたが、突然太い

(しわがれごえでしゃべりだした。)

嗄声[しわがれごえ]で喋り出した。

(「どうも、こんどの、はんざいは、このしんれいけんきゅうかいに、ふかいいんねんがありそうだわい。)

「どうも、今度の、犯罪は、この心霊研究会に、深い因縁があり相だわい。

(くさい。わしにはそのにおいが、ぷんとくるようなきがする。れいこんふめつを、しんこうして、)

臭い。わしにはその匂が、プンと来る様な気がする。霊魂不滅を、信仰して、

(あのよのたましいと、あそんでいると、いのちなんて、さんもんの、)

あの世の魂と、遊んでいると、生命[いのち]なんて、三文の、

(ねうちもなくなるんだ。うふふふふふ・・・・・・、どうだい、つちのくん、)

値打もなくなるんだ。ウフフフフフ・・・・・・、どうだい、槌野君、

(そうじゃ、ないか」)

そうじゃ、ないか」

(くまうらしは、ゆっくりゆっくりちのそこからひびいてくるようなざらざらしたこえで)

熊浦氏は、ゆっくりゆっくり地の底から響いて来る様なザラザラした声で

(いうのだ。かれのつもりではこれがいっしゅのかいぎゃくらしいのだが、とてもじょうだんなどとは)

云うのだ。彼の積りではこれが一種の諧謔らしいのだが、迚も常談などとは

(おもえないおもおもしいしゃべりかただ。)

思えない重々しい喋り方だ。

(よびかけられたいっすんぼうしのつちのくんは、かれのくせでぱっとせきめんして)

呼びかけられた一寸法師の槌野君は、彼の癖でパッと赤面して

(ひろいおでこのしたから、うわめづかいにいちざをきょろきょろみまわして、)

広いおでこの下から、上眼遣いに一座をキョロキョロ見廻して、

(いたたまらない、ようすをした。かれはじょうだんにおうしゅうするすべをしらないのだ。)

居たたまらない、様子をした。彼は常談に応酬するすべを知らないのだ。

(「じつに、ぜっこうの、じっけんだからね。しんれいしんじゃが、しねば、すぐさま、れいかいつうしんの、)

「実に、絶好の、実験だからね。心霊信者が、死ねば、すぐ様、霊界通信の、

(じっけんが、はじめられるのだからね。みんな、あねざきふじんのすぴりっとを、)

実験が、始められるのだからね。みんな、姉崎夫人のスピリットを、

(よびだしたくて、うずうずして、いるんじゃ、ないかい」)

呼び出したくて、ウズウズして、いるんじゃ、ないかい」

(いつもじっけんのときのほかはまったくちんもくをまもっているくまうらしが、どうしてこんなに)

いつも実験の時の外は全く沈黙を守っている熊浦氏が、どうしてこんなに

(おしゃべりになったのかとふしぎであった。なにかよほどこうふんしているのにちがいない。)

お喋りになったのかと不思議であった。何かよほど昂奮しているのに違いない。

(「よしたまえ。つまらないことを」)

「止し給え。つまらないことを」

(くろかわせんせいが、ふゆかいでたまらないのをじっとがまんしているようすで、)

黒川先生が、不愉快で耐[たま]らないのをじっと我慢している様子で、

(つくったえがおでおっしゃった。)

作った笑顔でおっしゃった。

(「これは、じょうだんだ。だが、くろかわくん、こんどは、まじめな、はなしだが、ぼくは、)

「これは、常談だ。だが、黒川君、今度は、真面目な、話だが、僕は、

(ゆうべ、ひじょうにおそく、じゅうにじごろだった。このうらの、はちまんさまの、)

昨夜[ゆうべ]、非常に遅く、十二時頃だった。この裏の、八幡さまの、

(もりのなかを、あるいていて、あいつにでくわしたのだよ。にひゃくさんこうちに、)

森の中を、歩いていて、あいつに出くわしたのだよ。二百三高地に、

(やがすりのおばけにさ」)

矢絣のお化けにさ」

(それをきくとかいいんたちはみなはっとしてはなしてのひげづらをみたが、ことにくろかわせんせいは)

それを聞くと会員達は皆ハッとして話手の鬚面を見たが、殊に黒川先生は

(かおいろをかえてびくっとみうごきされた。ぼくもまっさおになるほどおどろいていたにちがいない。)

顔色を変えてビクッと身動きされた。僕も真青になる程驚いていたに違いない。

(くまうらしのあばらやはおなじなかのの、くろかわていからしちはっちょうへだたったさびしいばしょにあって、)

熊浦氏の荒屋は同じ中野の、黒川邸から七八丁隔った淋しい場所にあって、

(ちょうどそのちゅうかんのもりのふかいはちまんじんじゃがある。ぼくもそのはちまんじんじゃへは)

丁度その中間の森の深い八幡神社がある。僕もその八幡神社へは

(いったことがあって、よくしっていた。このようかいがくしゃは、てんじつを)

行ったことがあって、よく知っていた。この妖怪学者は、天日[てんじつ]を

(きらってひるまはあまりがいしゅつしないくせに、しんやひとのねしずまったときなどを)

嫌って昼間は余り外出しない癖に、深夜人の寝静まった時などを

(あるきまわるしゅみをもっているときいていたが、ゆうべもそのよるのさんぽを)

歩き廻る趣味を持っていると聞いていたが、昨夜もその夜の散歩を

(したのであろう。)

したのであろう。

(「それはほんとうですか」)

「それは本当ですか」

(ぼくがききかえすと、くまうらしはひげのおくでかすかにわらったようにみえたが、)

僕が聞返すと、熊浦氏は鬚の奥で幽[かす]かに笑った様に見えたが、

(「ほんとうだよ。ぼくがあるいていると、ひょっこり、しゃでんの、よこの、くらやみから、)

「本当だよ。僕が歩いていると、ヒョッコリ、社殿の、横の、暗闇から、

(とびだして、きたんだ。じょうやとうのでんきで、ぼんやり、ひさしがみと、やがすりがみえた。)

飛び出して、来たんだ。常夜燈の電気で、ボンヤリ、庇髪と、矢絣が見えた。

(だが、ぼくが、おやっと、きがついたときには、そいつは、もう、ひじょうないきおいで)

だが、僕が、オヤッと、気がついた時には、そいつは、もう、非常な勢で

(かけだしていたんだよ。わしは、あしが、わるいもんだから、とうてい、かなわん。)

駈け出していたんだよ。わしは、足が、悪いもんだから、到底、かなわん。

(おっかけたけれど、じきに、みうしなった。おそろしく、はやいやつだったよ。おんなのくせに、)

追っかけたけれど、じきに、見失った。恐ろしく、早い奴だったよ。女の癖に、

(まるで、かぜのようにはしりよった。あとで、けいだいを、ねんいりに、あるきまわってみたが、)

まるで、風の様に走りよった。あとで、境内を、念入りに、歩き廻って見たが、

(もうどこにも、いなかったがね」)

もうどこにも、いなかったがね」

(「ですが、そのへんなおんなは、あんがいはんざいにはなにのかんけいもない、きちがいなんかじゃ)

「ですが、その変な女は、案外犯罪には何の関係もない、気違いなんかじゃ

(ないでしょうか。きちがいならしりあいでなくったって、どこのいえへでも)

ないでしょうか。気違いなら知合でなくったって、どこの家へでも

(はいっていくでしょうし、よなかにもりのなかをさまようこともあるでしょうからね。)

入って行くでしょうし、夜中に森の中をさまよう事もあるでしょうからね。

(ぼくたちはすこしやがすりにこうでいしすぎてるんじゃないかしら。はんざいしゃが)

僕達は少し矢絣に拘泥[こうでい]し過ぎてるんじゃないかしら。犯罪者が

(わざわざ、そんなひとめにたちやすいふうぞくをするいわれがないじゃありませんか」)

態々、そんな人目に立ち易い風.俗をする謂れがないじゃありませんか」

(ぼくがそういうと、くまうらしはぼくのほうへ、きんがんきょうをきらりとひからせた。)

僕がそういうと、熊浦氏は僕の方へ、近眼鏡をキラリと光らせた。

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