『指』江戸川乱歩1【完】
前腕(ヒジから手首)の内側を走行する神経
小指・薬指半分の感覚を司っていると同時に、
手の細かい動作を担う筋肉の多くに命令を出している
※分かりやすくする為、表記等を一部改変しております
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ホルムアルデヒド | 6528 | S+ | 6.6 | 98.1% | 394.3 | 2624 | 50 | 52 | 2024/09/26 |
2 | 饅頭餅美 | 4611 | C++ | 4.9 | 93.6% | 530.2 | 2623 | 178 | 52 | 2024/11/05 |
3 | BE | 4010 | C | 4.3 | 92.4% | 603.6 | 2635 | 214 | 52 | 2024/11/08 |
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問題文
(かんじゃはしゅじゅつのますいからさめてわたしのかおをみた。)
患者は手術の麻酔から醒めて私の顔を見た。
(みぎてにはあつぼったくほうたいがまいてあったが、)
右手には厚ぼったく包帯が巻いてあったが、
(てくびをせつだんされていることは、すこしもしらない。)
手首を切断されていることは、少しも知らない。
(かれはなのあるぴあにすとだから、みぎてくびがなくなったことはちめいしょうであった。)
彼は名のあるピアニストだから、右手首が無くなったことは致命傷であった。
(はんにんはかれのめいせいをねたむどうぎょうしゃかもしれない。)
犯人は彼の名声をねたむ同業者かもしれない。
(かれはやみよのどうろで、とおりすがりのひとに、)
彼は闇夜の道路で、通りすがりの人に、
(するどいはものでみぎてくびかんせつのじょうぶからきりおとされて、きをうしなったのだ。)
鋭い刃物で右手首関節の上部から切り落とされて、気を失ったのだ。
(さいわいわたしのびょういんちかくでのできごとだったので、)
幸い私の病院近くでの出来事だったので、
(かれはしっしんしたまま、このびょういんにはこびこまれ、わたしはできるだけのてあてをした。)
彼は失神したまま、この病院に運びこまれ、私は出来るだけの手当てをした。
(「あ、きみがせわをしてくれたのか。ありがとう。)
「あ、君が世話をしてくれたのか。ありがとう。
(よっぱらってね、くらいとおりで、だれかわからないやつにやられた。)
酔っ払ってね、暗い通りで、誰か分からない奴にやられた。
(みぎてだね。ゆびはだいじょうぶだろうか」)
右手だね。指は大丈夫だろうか」
(「だいじょうぶだよ。うでをちょっとやられたが、なに、じきになおるよ」)
「大丈夫だよ。腕をちょっとやられたが、なに、じきに治るよ」
(わたしはしんゆうをらくたんさせるにしのびず、もうすこしよくなるまで、)
私は親友を落胆させるに忍びず、もう少しよくなるまで、
(かれのぴあにすととしてのしょうがいがおわったことを、ふせておこうとした。)
彼のピアニストとしての生涯が終わったことを、伏せておこうとした。
(「ゆびもかい。ゆびももとどおりうごくのかい」)
「指もかい。指も元通り動くのかい」
(「だいじょうぶだよ」わたしはにげだすように、べっどをはなれてびょうしつをでた。)
「大丈夫だよ」私は逃げ出すように、ベッドを離れて病室を出た。
(つきそいのかんごふにも、いましばらく、)
付き添いの看護婦にも、今しばらく、
(てくびがなくなったことはしらせないように、かたくいいつけておいた。)
手首が無くなったことは知らせないように、固く言いつけておいた。
(それからにじかんほどして、わたしはかれのびょうしつをみまった。)
それから二時間ほどして、私は彼の病室を見舞った。
(かんじゃはややげんきをとりもどしていた。)
患者はやや元気を取り戻していた。
(しかし、まだじぶんのみぎてをみてみるちからはない。)
しかし、まだ自分の右手を見てみる力はない。
(てくびがなくなったことはしらないでいる。)
手首が無くなったことは知らないでいる。
(「いたむかい」わたしはかれのうえにかおをだしてたずねてみた。)
「痛むかい」 私は彼の上に顔を出してたずねてみた。
(「うん、よほどらくになった」かれはそういって、わたしのかおをじっとみた。)
「うん、よほど楽になった」 彼はそう言って、私の顔をジッと見た。
(そして、もうふのうえにだしていたひだりてのゆびを、)
そして、毛布の上に出していた左手の指を、
(ぴあのをひくかっこうでうごかしはじめた。)
ピアノを弾くかっこうで動かし始めた。
(「いいだろうか。みぎてのゆびをすこしうごかしても。)
「いいだろうか。右手の指を少し動かしても。
(あたらしくさっきょくしたのでね。そいつをまいにちいちどやってみないときがすまないんだ」)
新しく作曲したのでね。そいつを毎日一度やってみないと気が済まないんだ」
(わたしははっとしたが、とっさにおもいついて、)
私はハッとしたが、とっさに思いついて、
(かんぶをうごかさないためとみせかけながら、)
患部を動かさないためと見せかけながら、
(かれのじょうわんのしゃっこつしんけいのところを、ゆびでおさえた。)
彼の上腕の尺骨神経の所を、指で圧さえた。
(そこをあっぱくすると、ゆびがなくても、)
そこを圧迫すると、指が無くても、
(あるようなかんかくを、のうちゅうすうにつたえることができるからだ。)
あるような感覚を、脳中枢に伝えることが出来るからだ。
(かれはもうふのうえにあるひだりてのゆびをきもちよさそうに、しきりにうごかしていたが、)
彼は毛布の上にある左手の指を気持ちよさそうに、しきりに動かしていたが、
(「ああ、みぎのゆびはだいじょうぶだね。よくうごくよ」と、つぶやきながら、)
「ああ、右の指は大丈夫だね。よく動くよ」 と、呟きながら、
(むちゅうになって、かくうのきょくをひきつづけた。)
夢中になって、架空の曲を弾き続けた。
(わたしはみるにたえなかった。)
私は見るにたえなかった。
(かんごふに、かんじゃのみぎうでのしゃっこつしんけいをおさえているように、)
看護婦に、患者の右腕の尺骨神経を圧さえているように、
(めくばせしておいて、あしおとをぬすんでびょうしつをでた。)
目くばせしておいて、足音を盗んで病室を出た。
(そしてしゅじゅつしつのまえをとおりかかると、ひとりのかんごふが、)
そして手術室の前を通りかかると、一人の看護婦が、
(そのへやのかべにとりつけてあるたなをみつめて、つったっているのがみえた。)
その部屋の壁に取り付けてある棚を見つめて、突っ立っているのが見えた。
(かのじょのようすはふつうではなかった。)
彼女の様子は普通ではなかった。
(かおはあおざめ、めはいようにおおきくひらいて、)
顔は青ざめ、目は異様に大きくひらいて、
(たなにのせてあるなにかをぎょうししていた。)
棚に載せてあるナニカを凝視していた。
(わたしはおもわずしゅじゅつしつにはいって、そのたなをみた。)
私は思わず手術室に入って、その棚を見た。
(そこにはかれのてくびをあるこーるづけにしたおおきながらすびんがおいてあった。)
そこには彼の手首をアルコール漬けにした大きなガラス瓶が置いてあった。
(ひとめそれをみると、わたしはみうごきができなくなった。)
一目それを見ると、私は身動きが出来なくなった。
(びんのあるこーるのなかで、かれのてくびが、いや、かれのごほんのゆびが、)
瓶のアルコールの中で、彼の手首が、いや、彼の五本の指が、
(しろいかにのあしのようにうごいていた。)
白いカニの脚のように動いていた。
(ぴあののきいをたたくちょうしで、しかし、じっさいのうごきよりもずっとちいさく、)
ピアノのキイを叩く調子で、しかし、実際の動きよりもずっと小さく、
(ようじのように、たよりなげに、しきりとうごいていた。)
幼児のように、頼りなげに、しきりと動いていた。