悪獣篇 泉鏡花 4
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | berry | 6956 | S++ | 7.0 | 98.2% | 694.6 | 4922 | 90 | 100 | 2024/08/28 |
2 | だだんどん | 6215 | A++ | 6.6 | 93.9% | 744.6 | 4949 | 321 | 100 | 2024/09/28 |
関連タイピング
-
プレイ回数2.9万歌詞1030打
-
プレイ回数74万長文300秒
-
プレイ回数25万長文786打
-
プレイ回数10万歌詞200打
-
プレイ回数1万313打
-
プレイ回数1683歌詞かな120秒
-
プレイ回数4.7万長文かな316打
-
プレイ回数10万長文1879打
問題文
(「だって、そうじゃありませんか、そのきみのわるい、いやなかんじ、」)
「だって、そうじゃありませんか、その気味の悪い、厭な感じ、」
(「でもせんせいは、ぐあいのいいとか、みょうなとか、おもしろいかんじってことは、)
「でも先生は、工合の可いとか、妙なとか、おもしろい感じッて事は、
(おいいなさるけれど、きみのわるいだの、いやなかんじだのって、そんなことは、)
お言いなさるけれど、気味の悪いだの、厭な感じだのッて、そんな事は、
(めったにおいいなさることはありません。」)
めったにお言いなさることはありません。」
(「しかしですね、つまらないばばをみて、ふるえるほどこわがった、)
「しかしですね、詰らない婆を見て、震えるほど恐がった、
(おばさんのふうったら・・・・・・ぐあいのいい、みょうな、おもしろいかんじがする、)
叔母さんの風[ふう]ッたら……工合の可い、妙な、おもしろい感じがする、
(といったら、おばさんはおこるでしょう。」)
と言ったら、叔母さんは怒るでしょう。」
(「あたりまえですわ、あなた。」)
「当然[あたりまえ]ですわ、貴郎[あなた]。」
(「だからこのばあいですもの。やっぱりいやなかんじだ。そのきみのわるいかんじと)
「だからこの場合ですもの。やっぱり嫌な感じだ。その気味の悪い感じと
(いうのが、けむしとおなじぐらいだとおもったらどうです。べつにふしぎなことは)
いうのが、毛虫とおなじぐらいだと思ったらどうです。別に不思議なことは
(ないじゃありませんか。けむしはきみがわるい、けれどもあやしいものでも)
無いじゃありませんか。毛虫は気味が悪い、けれども怪いものでも
(なんでもない。」)
何でもない。」
(「そういえばそうですけれど、だってばあさんの、そのめが、ねえ。」)
「そう言えばそうですけれど、だって婆さんの、その目が、ねえ。」
(「けむしにだって、にらまれてごらんなさい。」)
「毛虫にだって、睨まれて御覧なさい。」
(「もじゃもじゃとしらがが、あなた。」)
「もじゃもじゃと白髪が、貴朗。」
(「けむしというくらいです。もじゃもじゃどころなもんですか、たくさんけがある。」)
「毛虫というくらいです。もじゃもじゃどころなもんですか、沢山毛がある。」
(「まあ、あなたのいうことは、でんでんむしの)
「まあ、貴下[あなた]の言うことは、蝸牛[でんでんむし]の
(きょうげんのようだよ。」とさびしくわらったが、)
狂言のようだよ。」と寂しく笑ったが、
(「あれ、」)
「あれ、」
(てらでかんかんとかねをならした。)
寺でカンカンと鉦[かね]を鳴らした。
(「ああ、このみちのながかったこと。」)
「ああ、この路の長かったこと。」
(つりさおを、とかたにかけた、しょしあり。としのころ)
七 釣棹[つりざお]を、ト肩にかけた、処士あり。年紀[とし]のころ
(さんじゅうよんご。ごぶがりのなだらかなるが、こびんさきへすこしはげた、)
三十四五。五分刈のなだらかなるが、小鬢[こびん]さきへ少し兀[は]げた、
(ひたいのひろい、めのやさしい、まゆのふとい、ひきしまったくちの、)
額の広い、目のやさしい、眉の太い、引緊[ひきしま]った口の、
(ややおおきいのもりりしいが、ほおじしがあつく、こばなにえましげな)
やや大きいのも凛々しいが、頬肉[ほおじし]が厚く、小鼻に笑[え]ましげな
(しわふかく、したあごからみみのねへ、べたりとひげのあとのくろいのも)
皺深く、下頤[したあご]から耳の根へ、べたりと髯のあとの黒いのも
(にゅうわである。しろじにあいのたてじまの、ちぢみのしゃつをきて、)
柔和である。白地に藍の縦縞の、縮[ちぢみ]の襯衣[しゃつ]を着て、
(えりのこはぜもみえそうに、えもんをゆるくこんがすり、にさんどみずへはいったろう、)
襟のこはぜも見えそうに、衣紋を寛[ゆる]く紺絣、二三度水へ入ったろう、
(いろはうすくじもすいたが、のりだくさんのおりめだか。)
色は薄く地も透いたが、糊沢山の折目高。
(さつまげたのおぐらのお、ふといしっかりしたおやゆびで、まむしをこしらえねば)
薩摩下駄の小倉の緒、太いしっかりしたおやゆびで、蝮[まむし]を拵えねば
(ならぬほど、ゆるいばかりか、ゆがんだのは、みずにたいしていしのうえに、)
ならぬほど、弛いばかりか、歪んだのは、水に対して石の上に、
(これをだいにしていたのであった。)
これを台にしていたのであった。
(ときに、つれましたか、えものをいれて、かたてにひっさぐべきびくは、)
時に、釣れましたか、獲物を入れて、片手に提[ひっさ]ぐべき畚[びく]は、
(じっちゅうはっくしょうねんの、ようふくをきたのが、かわりにもって、つれだって、)
十中八九少年の、洋服を着たのが、代りに持って、連立って、
(うみからそよそよとふくかぜに、やまへ、さらさらとあしのはのあおくそろって、)
海からそよそよと吹く風に、山へ、さらさらと蘆[あし]の葉の青く揃って、
(にしゃくばかりなびくほうへ、きしづたいにゆうひをせな。みねをはなれて、)
二尺ばかり靡く方へ、岸づたいに夕日を背[せな]。峰を離れて、
(ひとはけのうすぐもをいでてたまのごとき、つきにむかってかえりみち、)
一刷[ひとはけ]の薄雲を出て玉のごとき、月に向って帰途[かえりみち]、
(ぶらりぶらりということは、このひとよりぞはじまりける。)
ぶらりぶらりということは、この人よりぞはじまりける。
(「けんくん、きみのやまごえのくわだては、たいそうかえりがはやかったですな。」)
「賢君、君の山越えの企ては、大層帰りが早かったですな。」
(しょうねんはにこやかに、)
少年は莞爾[にこ]やかに、
(「それでもひとかかえほどやまゆりをおってきました、かえってごらんなさい、)
「それでも一抱えほど山百合を折って来ました、帰って御覧なさい、
(そりゃきれいです。ははのへやへも、せんせいのとこのまへも、ちゃんといけるように)
そりゃ綺麗です。母の部屋へも、先生の床の間へも、ちゃんと活けるように
(いってきました。」)
言って来ました。」
(「はあ、それはありがたい。あさなんざがけにわくくものなかに)
「はあ、それは難有[ありがた]い。朝なんざ崖に湧く雲の中に
(ちらちらもえるようなのがみえて、もみじにあさぎりがかかったというぐあいでいて、)
ちらちら燃えるようなのが見えて、もみじに朝霧がかかったという工合でいて、
(なんとなくたかねのはなというかんじがしたのに、けんくんのたんせいで、つくえのうえに)
何となく高嶺の花という感じがしたのに、賢君の丹精で、机の上に
(いかったのはかんしゃする。)
活かったのは感謝する。
(はやくいってはいけんしよう、・・・・・・が、まただれか、だいどころのほうで、)
早く行って拝見しよう、・・・・・・が、また誰か、台所の方で、
(わたしのかえるのをまっているものはなかったですか。」)
私の帰るのを待っているものはなかったですか。」
(とこばなのさゆうのせんをふかく、びしょうをふくんでしょうねんを。)
と小鼻の左右の線を深く、微笑を含んで少年を。
(かおをみあわせてこなたもわらい、)
顔を見合わせて此方[こなた]も笑い、
(「はははは、まつがたいそうまっていました。せんせいのおさかなをいただこうとおもって、)
「はははは、松が大層待っていました。先生のお肴を頂こうと思って、
(おひるもひかえたっていっていましたっけ。」)
お午飯[ひる]も控えたって言っていましたっけ。」
(「それだ。なかなかひとがわるい。」ひろいひたいにてをくわえる。)
「それだ。なかなか人が悪い。」広い額に手を加える。
(「それに、ははも、せんせい。おみやげをたのしみにして、おなかをすかしてかえるからって、)
「それに、母も、先生。お土産を楽しみにして、お腹をすかして帰るからって、
(ことづけをしたそうです。」)
言づけをしたそうです。」
(「ますますきょうしゅく。はあ、で、おくさんはどこかへおでかけで。」)
「益々恐縮。はあ、で、奥さんはどこかへお出かけで。」
(「せんさんがいっしょだそうです。」)
「銑さんが一所だそうです。」
(「そうすると、そのつれのひとも、おなじくみやげをまつかたなんだ。」)
「そうすると、その連の人も、同じく土産を待つ方なんだ。」
(「もちろんです。きょうばかりはとちゅうでおばさんになんにもねだらない。)
「勿論です。今日ばかりは途中で叔母さんに何にも強請らない。
(いぬかわでかえってきて、せんせいのごちそうになるんですって。」)
犬川で帰って来て、先生の御馳走になるんですって。」
(とまたかおをみる。)
とまた顔を見る。
(このとき、せんせいがくぜんとしてうなじをすくめた。)
この時、先生愕然として頸[うなじ]をすくめた。
(「あかぬ!ほういこうげきじゃ、おそるべきだね。なかんずく、せんたろうなどは、)
「あかぬ!包囲攻撃じゃ、恐るべきだね。就中[なかんずく]、銑太郎などは、
(じぶんつりざおをねだって、あなたがなんです、とひとことのもとにおばごに)
自分釣棹をねだって、貴郎[あなた]が何です、と一言の下に叔母御に
(きょぜつされたうらみがあるから、そのたたり)
拒絶された怨[うらみ]があるから、その祟り
(よういならずとしるべし。」)
容易ならずと可知矣[しるべし]。」
(とあしのはずれにさおをたれて、おもわずかんねんのまなこをふさげば、)
と蘆の葉ずれに棹を垂れて、思わず観念の眼[まなこ]を塞げば、
(しょうねんはきのどくそうに、)
少年は気の毒そうに、
(「せんせい、かっていらっしゃい。」)
「先生、買っていらっしゃい。」
(「かう?」)
「買う?」
(「だっていっぴきもいないんですもの。」)
「だって一尾[ぴき]も居ないんですもの。」
(といまさらながらびくをのぞくと、つめたいいそのにおいがして、)
と今更ながら畚[びく]を覗くと、冷たい磯の香[におい]がして、
(ざらざらとすみにかたまるものあり、ほうじょうきにいわく、ごうなはちいさきかいをこのむ。)
ざらざらと隅に固まるものあり、方丈記に曰く、ごうなは小さき貝を好む。
(せんせいはみざるまねして、しょうねんがてにかたむけたくだんのびくをよこめに、)
八 先生は見ざる真似して、少年が手に傾けた件[くだん]の畚を横目に、
(「あいにく、はぜ、かいづ、こぶななどをあきなうさかなやがなくってこまる。)
「生憎、沙魚[はぜ]、海津、小鮒などを商う魚屋がなくって困る。
(おくさんはなにもしらず、せんたろうなおあざむくべしじゃが、あの、おまつというのが、)
奥さんは何も知らず、銑太郎なお欺くべしじゃが、あの、お松というのが、
(またわるくかじょうにつうじておって、ごうなかわえびで、あじやおぼこの)
また悪く下情に通じておって、ごうな川蝦[かわえび]で、鯵やおぼこの
(つれないことはこころえておるから。これでさかなやへよるのは、らくごのごんすけが)
釣れないことは心得ておるから。これで魚屋へ寄るのは、落語の権助が
(かわがりのみやげに、あやまってかまぼことめざしをかったよりいっそうのぐじゃ。)
川狩の土産に、過って蒲鉾[かまぼこ]と目刺を買ったより一層の愚じゃ。
(とくにえさのなかでも、ごちそうのかわえびは、あのまつがしんせつに、)
特に餌の中でも、御馳走の川蝦は、あの松がしんせつに、
(そこらですくってきてくれたんで、それをちぎってつるじぶんは、うきがすいめんに)
そこらで掬って来てくれたんで、それをちぎって釣る時分は、浮木が水面に
(とどくかとどかぬに、ちょろり、かいずめがさらってしまう。)
届くか届かぬに、ちょろり、かいず奴[め]が攫ってしまう。
(たいせつなえびいつつ、またたくまにしてやらてて、ごうなになると、)
大切な蝦五つ、瞬く間にしてやらてて、ごうなになると、
(いともうごかさないなどは、まことにはじいるです。)
糸も動かさないなどは、誠に恥入るです。
(わたしはけんくんがしっとるとおり、ただつりということにおもしろいかんじをもって)
私は賢君が知っとる通り、ただ釣という事におもしろい感じを持って
(やるのじゃで、つれようがつれまいが、とんとそんなことにとんちゃくはない。)
行[や]るのじゃで、釣れようが釣れまいが、トンとそんな事に頓着はない。
(しだいにこまったら、はりもつけず、えさなしにこころみていいのじゃけれど、)
次第に困ったら、針もつけず、餌なしに試みて可[い]いのじゃけれど、
(それではあまりけんじんめかすようで、きとがめがするから、)
それでは余り賢人めかすようで、気咎[きとがめ]がするから、
(なるべくえさもくっつけてつる。えもののありなしでおもしろみに)
成る可く餌も附着[くッつ]けて釣る。獲物の有無[ありなし]でおもしろ味に
(かわりはないで、またこのからびくをぶらさげて、あしのなかをつりざおを)
変[かわり]はないで、またこの空畚をぶらさげて、蘆の中を釣棹を
(かついだところも、ぐあいのいいかんじがするのじゃがね。)
担いだ処も、工合の可い感じがするのじゃがね。
(そのようすでは、しょくんにたいして、とてもこのまま、さおをふってはかえられん。)
その様子では、諸君に対して、とてもこのまま、棹を掉[ふ]っては帰られん。
(つりをこころみたいというと、おくさまがかぶんなどうぐをととのえてくだすった。)
釣を試みたいと云うと、奥様が過分な道具を調えて下すった。
(このななほんたけのつぎざおなんぞ、わたしにはもったいないとおもうたが、)
この七本竹の継棹[つぎざお]なんぞ、私には勿体ないと思うたが、
(こういうときはやくにたつ。)
こういう時は役に立つ。
(ひとつたたみこんでふところへいれるとしよう、けんくん。ちょっとそこへ)
一つ畳み込んで懐中[ふところ]へ入れるとしよう、賢君。ちょっとそこへ
(やすもうではないか。」)
休もうではないか。」
(とつきをみてたちどまった、やまのすそにおがわをひかえて、あしがはきだした)
と月を見て立停[たちどま]った、山の裾に小川を控えて、蘆が吐き出した
(ちゃみせがいっけん。)
茶店が一軒。