トカトントン3 太宰治
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問題文
(そんなにはたらいて、しんだようにねむって、)
そんなに働いて、死んだように眠って、
(そうしてよくあくるあさはまくらもとのめざましどけいのなるとどうじにはねおき、)
そうして翌あくる朝は枕元の目ざまし時計の鳴ると同時にはね起き、
(すぐきょくへでておおそうじをはじめます。)
すぐ局へ出て大掃除をはじめます。
(そうじなどは、おんなのきょくいんがすることになっていたのですが、)
掃除などは、女の局員がする事になっていたのですが、
(そのえんかきりかえのおおさわぎがはじまっていらい、)
その円貨切り換えの大騒ぎがはじまって以来、
(わたしのはたらきぶりにいようなはずみがついて、)
私の働き振りに異様なハズミがついて、
(なんでもかでもめちゃくちゃにはたらきたくなって、きのうよりはきょう、)
何でもかでも滅茶苦茶に働きたくなって、きのうよりは今日、
(きょうよりはあしたとものすごいかそくどをもって、)
きょうよりは明日と物凄い加速度を以て、
(ほとんどはんきょうらんみたいなししふんじんをつづけ、)
ほとんど半狂乱みたいな獅子奮迅をつづけ、
(いよいよきりかえのさわぎも、きょうでおしまいというひに、)
いよいよ切り換えの騒ぎも、きょうでおしまいという日に、
(わたしはやはりうすぐらいうちからおきてきょくのそうじをだいしゃりんでやって、)
私はやはり薄暗いうちから起きて局の掃除を大車輪でやって、
(ぜんぶきちんとすましてからわたしのうけもちのまどぐちのところにこしかけて、)
全部きちんとすましてから私の受持の窓口のところに腰かけて、
(ちょうどあさひがわたしのかおにまっすぐにさしてきて、)
ちょうど朝日が私の顔にまっすぐにさして来て、
(わたしはねぶそくのめをほそくして、それでもなんだかひどくとくいなまんぞくのきもちで、)
私は寝不足の眼を細くして、それでも何だかひどく得意な満足の気持で、
(ろうどうはしんせいなり、ということばなどをおもいだし、ほっとためいきをついたときに、)
労働は神聖なり、という言葉などを思い出し、ほっと溜息をついた時に、
(とかとんとんとあのおとがとおくからかすかにきこえたようなきがして、)
トカトントンとあの音が遠くから幽かに聞えたような気がして、
(もうそれっきり、なにもかもいっしゅんのうちにばからしくなり、)
もうそれっきり、何もかも一瞬のうちに馬鹿らしくなり、
(わたしはたってじぶんのへやにいき、ふとんをかぶってねてしまいました。)
私は立って自分の部屋に行き、蒲団をかぶって寝てしまいました。
(ごはんのしらせがきても、わたしは、からだぐあいがわるいから、)
ごはんの知らせが来ても、私は、からだ工合が悪いから、
(きょうはおきない、とぶっきらぼうにいい、)
きょうは起きない、とぶっきらぼうに言い、
(そのひはきょくでもいちばんいそがしかったようで、)
その日は局でも一ばんいそがしかったようで、
(もっともゆうしゅうなはたらきてのわたしにねこまれてじつにみんなこまったようすでしたが、)
最も優秀な働き手の私に寝込まれて実にみんな困った様子でしたが、
(わたしはしゅうじつうつらうつらねむっていました。)
私は終日うつらうつら眠っていました。
(おじへのごおんがえしも、こんなわたしのわがままのために、)
伯父への御恩返しも、こんな私の我儘のために、
(かえってまいなすになったようでしたが、)
かえってマイナスになったようでしたが、
(もはや、わたしにはせいこんこめてはたらくきなどはすこしもなく、)
もはや、私には精魂こめて働く気などは少しもなく、
(そのあくるひには、ひどくあさねぼうをして、)
その翌る日には、ひどく朝寝坊をして、
(そうしてぼんやりわたしのうけもちのまどぐちにすわり、あくびばかりして、)
そうしてぼんやり私の受持の窓口に坐り、あくびばかりして、
(たいていのしごとは、となりのおんなのきょくいんにまかせきりにしていました。)
たいていの仕事は、隣りの女の局員にまかせきりにしていました。
(そうしてそのよくじつも、よくよくじつも、)
そうしてその翌日も、翌々日も、
(わたしははなはだきりょくのないのろのろしていてふきげんな、つまりふつうの、)
私は甚だ気力の無いのろのろしていて不機嫌な、つまり普通の、
(あのまどぐちきょくいんになりました。)
あの窓口局員になりました。
(まだおまえは、どこか、からだぐあいがわるいのか)
「まだお前は、どこか、からだ工合がわるいのか」
(とおじのきょくちょうにきかれてもうすわらいして、)
と伯父の局長に聞かれても薄笑いして、
(どこもわるくない。しんけいすいじゃくかもしれんとこたえます。)
「どこも悪くない。神経衰弱かも知れん」と答えます。
(そうだ、そうだとおじはとくいそうに、)
「そうだ、そうだ」と伯父は得意そうに、
(おれもそうにらんでいた。おまえはあたまがわるいくせに、)
「俺もそうにらんでいた。お前は頭が悪いくせに、
(むずかしいほんをよむからそうなる。おれやおまえのように、あたまのわるいおとこは、)
むずかしい本を読むからそうなる。俺やお前のように、頭の悪い男は、
(むずかしいことをかんがえないようにするのがいいのだといってわらい、)
むずかしい事を考えないようにするのがいいのだ」と言って笑い、
(わたしもにがわらいしました。)
私も苦笑しました。
(このおじはせんもんがっこうをでたはずのおとこですが、)
この伯父は専門学校を出た筈の男ですが、
(さっぱりどこにもいんてりらしいおもかげがないんです。)
さっぱりどこにもインテリらしい面影が無いんです。
(そうしてそれから、(わたしのぶんしょうには、ずいぶん、)
そうしてそれから、(私の文章には、ずいぶん、
(そうしてそれからがおおいでしょう?)
そうしてそれからが多いでしょう?
(これもやはりあたまのわるいおとこのぶんしょうのとくしょくでしょうかしら。)
これもやはり頭の悪い男の文章の特色でしょうかしら。
(じぶんでもおおいにきになるのですが、)
自分でも大いに気になるのですが、
(でも、ついしぜんにでてしまうので、なきねいりです))
でも、つい自然に出てしまうので、泣寝入りです)
(そうしてそれから、わたしは、こいをはじめたのです。)
そうしてそれから、私は、コイをはじめたのです。
(おわらいになってはいけません。いや、わらわれたって、どうしようもないんです。)
お笑いになってはいけません。いや、笑われたって、どう仕様も無いんです。
(きんぎょばちのめだかが、はちのそこからにすんくらいのかしょにうかんで、)
金魚鉢のメダカが、鉢の底から二寸くらいの個所にうかんで、
(じっとせいしして、そうしておのずからみごもっているように、)
じっと静止して、そうしておのずから身ごもっているように、
(わたしも、ぼんやりくらしながら、いつとはなしに、)
私も、ぼんやり暮しながら、いつとはなしに、
(どうやら、はずかしいこいをはじめていたのでした。)
どうやら、羞ずかしい恋をはじめていたのでした。
(こいをはじめると、とてもおんがくがみにしみてきますね。)
恋をはじめると、とても音楽が身にしみて来ますね。
(あれがこいのやまいのいちばんたしかなちょうこうだとおもいます。)
あれがコイのヤマイの一ばんたしかな兆候だと思います。
(かたこいなんです。でもわたしは、そのおんなのひとをすきですきでしかたがないんです。)
片恋なんです。でも私は、その女のひとを好きで好きで仕方が無いんです。
(そのひとは、このかいがんのぶらくにたったいっけんしかないちいさいりょかんの、)
そのひとは、この海岸のぶらくにたった一軒しかない小さい旅館の、
(じょちゅうさんなのです。まだ、はたちまえのようです。)
女中さんなのです。まだ、はたち前のようです。
(おじのきょくちょうはさけのみですから、なにかぶらくのえんかいが、)
伯父の局長は酒飲みですから、何かぶらくの宴会が、
(そのりょかんのおくざしきでひらかれたりするたびごとに、)
その旅館の奥座敷でひらかれたりするたびごとに、
(きっとかかさずでかけますので、)
きっと欠かさず出かけますので、
(おじとそのじょちゅうさんとはおたがいこころやすいようすで、)
伯父とその女中さんとはお互い心易い様子で、
(じょちゅうさんがちょきんだのほけんだののようじでゆうびんきょくのまどぐちのむこうがわにあらわれると、)
女中さんが貯金だの保険だのの用事で郵便局の窓口の向う側にあらわれると、
(おじはかならず、おかしくもないちんぷなじょうだんをいって)
伯父はかならず、可笑しくもない陳腐な冗談を言って
(そのじょちゅうさんをからかうのです。)
その女中さんをからかうのです。
(このごろはおまえもけいきがいいとみえて、)
「このごろはお前も景気がいいと見えて、
(なかなかちょきんにもせいがでるのう。かんしんかんしん。いいだんなでも、ついたかな?)
なかなか貯金にも精が出るのう。感心かんしん。いい旦那でも、ついたかな?」
(つまらない)
「つまらない」
(といいます。そうして、じっさい、つまらなそうなかおをしていいます。)
と言います。そうして、じっさい、つまらなそうな顔をして言います。
(ヴぁんだいくのえの、おんなのかおでなく、きこうしのかおににたかおをしています。)
ヴァン・ダイクの画の、女の顔でなく、貴公子の顔に似た顔をしています。
(ときたはなえというなまえです。ちょきんちょうにそうかいてあるんです。)
時田花江という名前です。貯金帳にそう書いてあるんです。
(いぜんは、みやぎけんにいたようで、ちょきんちょうのじゅうしょらんには、)
以前は、宮城県にいたようで、貯金帳の住所欄には、
(いぜんのそのみやぎけんのじゅうしょもかかれていて、そうしてあかせんでけされて、)
以前のその宮城県の住所も書かれていて、そうして赤線で消されて、
(そのそばにここのあたらしいじゅうしょがかきこまれています。)
その傍にここの新しい住所が書き込まれています。
(おんなのきょくいんたちのうわさでは、なんでも、みやぎけんのほうでせんさいにあって、)
女の局員たちの噂では、なんでも、宮城県のほうで戦災に遭って、
(むじょうけんこうふくちょくぜんに、このぶらくへひょっこりやってきたおんなで、)
無条件降伏直前に、このぶらくへひょっこりやって来た女で、
(あのりょかんのおかみさんのとおいちすじのものだとか、)
あの旅館のおかみさんの遠い血筋のものだとか、
(そうしてみもちがよろしくないようで、)
そうして身持ちがよろしくないようで、
(まだこどものくせに、なかなかのすごうでだとかいうことでしたが、)
まだ子供のくせに、なかなかの凄腕だとかいう事でしたが、
(そかいしてきたひとで、)
疎開して来たひとで、
(そのとちのものたちのひょうばんのいいひとなんて、ひとりもありません。)
その土地の者たちの評判のいいひとなんて、ひとりもありません。
(わたしはそんな、すごうでなどということはすこしもしんじませんでしたが、)
私はそんな、凄腕などという事は少しも信じませんでしたが、
(しかし、はなえさんのちょきんもけっしてとぼしいものではありませんでした。)
しかし、花江さんの貯金も決して乏しいものではありませんでした。
(ゆうびんきょくのきょくいんが、こんなことをこうひょうしてはいけないことになっているのですけど、)
郵便局の局員が、こんな事を公表してはいけない事になっているのですけど、
(とにかくはなえさんは、きょくちょうにからかわれながらも、)
とにかく花江さんは、局長にからかわれながらも、
(いっしゅうかんにいちどくらいはにひゃくえんかさんびゃくえんのしんえんをちょきんしにきて、)
一週間にいちどくらいは二百円か三百円の新円を貯金しに来て、
(そうがくがぐんぐんふえているんです。)
総額がぐんぐん殖えているんです。
(まさか、いいだんながついたから、ともおもいませんが、)
まさか、いい旦那がついたから、とも思いませんが、
(わたしははなえさんのつうちょうににひゃくえんとかさんびゃくえんとかのはんこをおすたんびに、)
私は花江さんの通帳に弐百円とか参百円とかのハンコを押すたんびに、
(なんだかむねがどきどきしてかおがあからむのです。)
なんだか胸がどきどきして顔があからむのです。
(そうしてしだいにわたしはくるしくなりました。)
そうして次第に私は苦しくなりました。
(はなえさんはけっしてすごうでなんかじゃないんだけれども、)
花江さんは決して凄腕なんかじゃないんだけれども、
(しかし、このぶらくのひとたちはみんなはなえさんをねらって、)
しかし、このぶらくの人たちはみんな花江さんをねらって、
(おかねなんかをやって、そうして、)
お金なんかをやって、そうして、
(はなえさんをだめにしてしまうのではなかろうか。)
花江さんをダメにしてしまうのではなかろうか。
(きっとそうだ、とおもうと、)
きっとそうだ、と思うと、
(ぎょっとしてよなかにゆかからむっくりおきあがったことさえありました。)
ぎょっとして夜中に床からむっくり起き上った事さえありました。