トカトントン6 太宰治
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問題文
(いったい、あのおとはなんでしょう。)
いったい、あの音はなんでしょう。
(きょむなどとかんたんにかたづけられそうもないんです。あのとかとんとんのげんちょうは、)
虚無などと簡単に片づけられそうもないんです。あのトカトントンの幻聴は、
(きょむをさえうちこわしてしまうのです。)
虚無をさえ打ちこわしてしまうのです。
(なつになると、このちほうのせいねんたちのあいだで、)
夏になると、この地方の青年たちの間で、
(にわかにすぽーつねつがさかんになりました。)
にわかにスポーツ熱がさかんになりました。
(わたしにはたしょう、としよりくさいじつりしゅぎてきなけいこうもあるのでしょうか、)
私には多少、年寄りくさい実利主義的な傾向もあるのでしょうか、
(なんのいみもなくまっぱだかになってすもうをとり、)
何の意味も無くまっぱだかになって角力をとり、
(なげられておおけがをしたり、かおつきをかえてはしってだれよりもだれがはやいとか、)
投げられて大怪我をしたり、顔つきをかえて走って誰よりも誰が早いとか、
(どうせひゃくめーとるにじゅうびょうのくみでどんぐりのせいならべなのに、)
どうせ百メートル二十秒の組でどんぐりの背ならべなのに、
(ばかばかしい、というようなきがして、)
ばかばかしい、というような気がして、
(せいねんたちのそんなすぽーつにさんかしようとおもったことはいちどもなかったのです。)
青年たちのそんなスポーツに参加しようと思った事はいちども無かったのです。
(けれども、ことしのはちがつに、)
けれども、ことしの八月に、
(このかいがんせんのかくぶらくをぬってそうはするえきでんきょうそうというものがあって、)
この海岸線の各ぶらくを縫って走破する駅伝競走というものがあって、
(このぐんのせいねんたちがおおぜいさんかし、このaのゆうびんきょくも、)
この郡の青年たちが大勢参加し、このAの郵便局も、
(そのきょうそうのちゅうけいじょということになり、あおもりをしゅっぱつしたせんしゅが、)
その競争の中継所という事になり、青森を出発した選手が、
(ここでつぎのせんしゅとこうたいになるのだそうで、ごぜんじゅうじすこしすぎ、)
ここで次の選手と交代になるのだそうで、午前十時少し過ぎ、
(そろそろあおもりをしゅっぱつしたせんしゅたちがここへとうちゃくするころだというので、)
そろそろ青森を出発した選手たちがここへ到着する頃だというので、
(きょくのものたちはみな、そとへけんぶつにでて、)
局の者たちは皆、外へ見物に出て、
(わたしときょくちょうだけきょくにのこってかんいほけんのせいりをしていましたが、)
私と局長だけ局に残って簡易保険の整理をしていましたが、
(やがて、きた、きた、というどよめきがきこえ、)
やがて、来た、来た、というどよめきが聞え、
(わたしはたってまどからみていましたら、)
私は立って窓から見ていましたら、
(それがすなわちらすとへびーというもののつもりなのでしょう、)
それがすなわちラストヘビーというもののつもりなのでしょう、
(りょうてのゆびのももまたをかえるのてのようにひろげ、)
両手の指の股またを蛙の手のようにひろげ、
(くうきをかきわけてすすむというようなきみょうなうでのふりぐあいで、)
空気を掻き分けて進むというような奇妙な腕の振り工合で、
(そうしてまっぱだかにぱんつひとつ、もちろんはだしで、)
そうしてまっぱだかにパンツ一つ、もちろん裸足で、
(おおきいむねをたかくつきあげ、くもんのひょうじょうよろしくくびをそらしてさゆうにうごかし、)
大きい胸を高く突き上げ、苦悶の表情よろしく首をそらして左右にうごかし、
(よたよたよたとはしってきょくのまえまできて、ううんとひとこえうなってたおれ、)
よたよたよたと走って局の前まで来て、ううんと一声唸って倒れ、
(ようし!がんばったぞ!とつきそいのものがさけんで、それをだきあげ、)
「ようし! 頑張ったぞ!」と附添の者が叫んで、それを抱き上げ、
(わたしのみているまどのしたにつれてきて、よういのておけのみずを、)
私の見ている窓の下に連れて来て、用意の手桶の水を、
(ざぶりとそのせんしゅにぶっかけ、)
ざぶりとその選手にぶっかけ、
(せんしゅはほとんどはんしはんしょうのきけんなじょうたいのようにもみえ、)
選手はほとんど半死半生の危険な状態のようにも見え、
(かおはまっさおでぐたりとなってねている、そのすがたをながめてわたしは、)
顔は真蒼でぐたりとなって寝ている、その姿を眺めて私は、
(じつにいようなかんげきにおそわれたのです。)
実に異様な感激に襲われたのです。
(かれん、などとにじゅうろくさいのわたしがいうのもおもいあがっているようですが、)
可憐、などと二十六歳の私が言うのも思い上っているようですが、
(いじらしさ、といえばいいか、とにかく、ちからのろうひもここまでくると、)
いじらしさ、と言えばいいか、とにかく、力の浪費もここまで来ると、
(みごとなものだとおもいました。このひとたちが、)
見事なものだと思いました。このひとたちが、
(いっとうをとったってにとうをとったって、)
一等をとったって二等をとったって、
(せけんはそれにほとんどきょうみをかんじないのに、)
世間はそれにほとんど興味を感じないのに、
(それでもいのちがけで、らすとへびーなんかやっているのです。)
それでも生命懸けで、ラストヘビーなんかやっているのです。
(べつに、このえきでんきょうそうによって、)
別に、この駅伝競争に依って、
(いわゆるぶんかこっかをけんせつしようというりそうをもっているわけでもないでしょうし、)
所謂文化国家を建設しようという理想を持っているわけでもないでしょうし、
(また、りそうもなにもないのに、それでも、おていさいから、)
また、理想も何も無いのに、それでも、おていさいから、
(そんなりそうをくちにしてはしって、)
そんな理想を口にして走って、
(もってせけんのひとたちにほめられようなどともおもっていないでしょう。)
以て世間の人たちにほめられようなどとも思っていないでしょう。
(また、しょうらいだいまらそんかになろうというやしんもなく、)
また、将来大マラソン家になろうという野心も無く、
(どうせいなかのかけっくらで、たいむもなにももんだいにならんことは、)
どうせ田舎の駈けっくらで、タイムも何も問題にならん事は、
(よくしっているでしょうし、いえへかえっても、)
よく知っているでしょうし、家へ帰っても、
(そのかぞくのものたちにてがらばなしなどするきもなく、)
その家族の者たちに手柄話などする気もなく、
(かえっておとうさんにしかられはせぬかとしんぱいして、けれども、)
かえってお父さんに叱られはせぬかと心配して、けれども、
(それでもはしりたいのです。いのちがけで、やってみたいのです。)
それでも走りたいのです。いのちがけで、やってみたいのです。
(だれにほめられなくてもいいんです。ただ、はしってみたいのです。)
誰にほめられなくてもいいんです。ただ、走ってみたいのです。
(むほうしゅうのこういです。ようじのあぶないきのぼりには、)
無報酬の行為です。幼児の危い木登りには、
(まだかきのみをとってくおうというよくがありましたが、)
まだ柿の実を取って食おうという慾がありましたが、
(このいのちがけのまらそんには、それさえありません。)
このいのちがけのマラソンには、それさえありません。
(ほとんどきょむのじょうねつだとおもいました。それが、)
ほとんど虚無の情熱だと思いました。それが、
(そのときのわたしのくうきょなきぶんにぴったりあってしまったのです。)
その時の私の空虚な気分にぴったり合ってしまったのです。
(わたしはきょくいんたちをあいてにきゃっちぼーるをはじめました。)
私は局員たちを相手にキャッチボールをはじめました。
(へとへとになるまでつづけると、なにかだっぴににたさわやかさがかんぜられ、)
へとへとになるまで続けると、何か脱皮に似た爽やかさが感ぜられ、
(これだとおもったとたんに、やはりあのとかとんとんがきこえるのです。)
これだと思ったとたんに、やはりあのトカトントンが聞えるのです。
(あのとかとんとんのおとは、きょむのじょうねつをさえうちたおします。)
あのトカトントンの音は、虚無の情熱をさえ打ち倒します。
(もう、このころでは、あのとかとんとんが、いよいよひんぱんにきこえ、)
もう、この頃では、あのトカトントンが、いよいよ頻繁に聞え、
(しんぶんをひろげて、しんけんぽうをいちじょういちじょうじゅくどくしようとすると、とかとんとん、)
新聞をひろげて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、トカトントン、
(きょくのじんじについておじからそうだんをかけられ、めいあんがふっとむねにうかんでも、)
局の人事に就いて伯父から相談を掛けられ、名案がふっと胸に浮んでも、
(とかとんとん、)
トカトントン、
(あなたのしょうせつをよもうとしても、とかとんとん、)
あなたの小説を読もうとしても、トカトントン、
(こないだこのぶらくにかじがあっておきてかじばにかけつけようとして、)
こないだこのぶらくに火事があって起きて火事場に駈けつけようとして、
(とかとんとん、)
トカトントン、
(おじのおあいてで、ばんごはんのときおさけをのんで、もすこしのんでみようかとおもって、)
伯父のお相手で、晩ごはんの時お酒を飲んで、も少し飲んでみようかと思って、
(とかとんとん、)
トカトントン、
(もうきがくるってしまっているのではなかろうかとおもって、これもとかとんとん、)
もう気が狂ってしまっているのではなかろうかと思って、これもトカトントン、
(じさつをかんがえ、とかとんとん。)
自殺を考え、トカトントン。
(じんせいというのは、ひとくちにいったら、なんですか)
「人生というのは、一口に言ったら、なんですか」
(とわたしはさくや、おじのばんしゃくのあいてをしながら、ふざけたくちょうでたずねてみました。)
と私は昨夜、伯父の晩酌の相手をしながら、ふざけた口調で尋ねてみました。
(じんせい、それはわからん。しかし、よのなかは、いろとよくさ)
「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」
(あんがいのめいとうだとおもいました。そうして、ふっとわたしは、)
案外の名答だと思いました。そうして、ふっと私は、
(やみやになろうかしらとおもいました。)
闇屋になろうかしらと思いました。
(しかし、やみやになっていちまんえんもうけたときのことをかんがえたら、)
しかし、闇屋になって一万円もうけた時のことを考えたら、
(すぐとかとんとんがきこえてきました、)
すぐトカトントンが聞えて来ました、