トカトントン5 太宰治
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問題文
(くうくうばくばくたるものでした。ちょきんがどうだって、おれのしったことか。)
空々漠々たるものでした。貯金がどうだって、俺の知った事か。
(もともとたにんなんだ。ひとのおもちゃになったって、どうなったって、)
もともと他人なんだ。ひとのおもちゃになったって、どうなったって、
(ちっともそれはおれにかんけいしたことじゃない。ばかばかしい。はらがへった。)
ちっともそれは俺に関係した事じゃない。ばかばかしい。腹がへった。
(それからも、はなえさんはあいかわらず、いっしゅうかんかとおかめくらいに、)
それからも、花江さんは相変らず、一週間か十日目くらいに、
(おかねをもってきてちょきんして、もういまではなんぜんえんかのがくになっていますが、)
お金を持って来て貯金して、もういまでは何千円かの額になっていますが、
(わたしにはすこしもきょうみがありません。)
私には少しも興味がありません。
(はなえさんのいったように、それはおかみさんのおかねなのか、)
花江さんの言ったように、それはおかみさんのお金なのか、
(または、やっぱりはなえさんのおかねなのか、どっちにしたって、)
または、やっぱり花江さんのお金なのか、どっちにしたって、
(それはまったくわたしにはかんけいのないことですもの。)
それは全く私には関係の無い事ですもの。
(そうして、いったいこれは、どちらがしつれんしたということになるのかといえば、)
そうして、いったいこれは、どちらが失恋したという事になるのかと言えば、
(わたしには、どうしても、しつれんしたのはわたしのほうだというような)
私には、どうしても、失恋したのは私のほうだというような
(きがしているのですけれども、しかし、)
気がしているのですけれども、しかし、
(しつれんしてべつだんかなしいきもいたしませんから、)
失恋して別段かなしい気も致しませんから、
(これはよっぽどかわったしつれんのしかただとおもっています。そうしてわたしは、)
これはよっぽど変った失恋の仕方だと思っています。そうして私は、
(またもや、ぼんやりしたふつうのきょくいんになったのです。)
またもや、ぼんやりした普通の局員になったのです。
(ろくがつにはいってから、わたしはようじがあってあおもりへいき、)
六月にはいってから、私は用事があって青森へ行き、
(ぐうぜん、ろうどうしゃのでもをみました。)
偶然、労働者のデモを見ました。
(それまでのわたしはしゃかいうんどうまたはせいじうんどうというようなものには、)
それまでの私は社会運動または政治運動というようなものには、
(あまりきょうみがない、というよりは、ぜつぼうににたものをかんじていたのです。)
あまり興味が無い、というよりは、絶望に似たものを感じていたのです。
(だれがやったって、おなじようなものなんだまたじぶんが、)
誰がやったって、同じ様なものなんだまた自分が、
(どのようなうんどうにさんかしたって、)
どのような運動に参加したって、
(しょせんはそのしどうしゃたちの、めいよよくかけんせいよくののりかかったふねの、)
所詮はその指導者たちの、名誉慾か権勢慾の乗りかかった船の、
(ぎせいになるだけのことだ。なんのうたがうところもなくどうどうとしょしんをのべ、)
犠牲になるだけの事だ。何の疑うところも無く堂々と所信を述べ、
(わがことにしたがえばかならずやなんじじしんならびになんじのかてい、なんじのむら、なんじのくに、)
わが言に従えば必ずや汝自身ならびに汝の家庭、汝の村、汝の国、
(いなぜんせかいがすくわれるであろうと、おおみえをきって、)
否全世界が救われるであろうと、大見得を切って、
(すくわれないのはなんじらがわがことにしたがわないからだとうそぶき、)
救われないのは汝等がわが言に従わないからだとうそぶき、
(そうしてひとりのおいらんに、ふられてふられてふられとおして、)
そうして一人のおいらんに、振られて振られて振られとおして、
(やけになってこうしょうはいしをさけび、ふんぜんとしてびなんのどうしをなぐり、)
やけになって公娼廃止を叫び、憤然として美男の同志を殴り、
(あばれて、うるさがられて、たまたまくんしょうをもらい、)
あばれて、うるさがられて、たまたま勲章をもらい、
(ちゅうてんのいきをもってわがやにかけこみ、かあちゃんこれだ、)
沖天の意気を以てわが家に駈け込み、かあちゃんこれだ、
(ととくいまんめん、そのくんしょうのこばこをそっとあけてにょうぼうにみせると、)
と得意満面、その勲章の小箱をそっとあけて女房に見せると、
(にょうぼうはつめたく、あら、くんごとうじゃないの、せめてくんにとうくらいでなくちゃねえ、)
女房は冷たく、あら、勲五等じゃないの、せめて勲二等くらいでなくちゃねえ、
(といい、ていしゅがっかり、などというなにがなにやらまるではんきちがいのようなおとこが、)
と言い、亭主がっかり、などという何が何やらまるで半気狂のような男が、
(そのせいじうんどうだのしゃかいうんどうだのに)
その政治運動だの社会運動だのに
(ぼっとうしているものとばかりおもいこんでいたのです。)
没頭しているものとばかり思い込んでいたのです。
(それですから、ことしのしがつのそうせんきょも、)
それですから、ことしの四月の総選挙も、
(みんしゅしゅぎとかなんとかいってさわぎたてても、)
民主主義とか何とか言って騒ぎ立てても、
(わたしにはいっこうにそのひとたちをしんようするきがおこらず、)
私には一向にその人たちを信用する気が起らず、
(じゆうとう、しんぽとうはあいかわらずの)
自由党、進歩党は相変らずの
(とかとんとんととおくかすかにきこえて、もうそれっきりになりました。)
トカトントンと遠く幽かに聞えて、もうそれっきりになりました。
(またしゃかいとう、きょうさんとうは、いやにちょうしづいてはしゃいでいるけれども、)
また社会党、共産党は、いやに調子づいてはしゃいでいるけれども、
(これはまたはいせんびんじょうとでもいうのでしょうか、)
これはまた敗戦便乗とでもいうのでしょうか、
(むじょうけんこうふくのしかばねにわいたうじむしのようなふけつないんしょうをけすことができず、)
無条件降伏の屍にわいた蛆虫のような不潔な印象を消す事が出来ず、
(しがつとおかのとうひょうびにもわたしは、)
四月十日の投票日にも私は、
(おじのきょくちょうからじゆうとうのかとうさんにいれるようにといわれていたのですが、)
伯父の局長から自由党の加藤さんに入れるようにと言われていたのですが、
(はいはいといっていえをでてかいがんをさんぽして、それだけできたくしました。)
はいはいと言って家を出て海岸を散歩して、それだけで帰宅しました。
(しゃかいもんだいやせいじもんだいについてどれだけいいたてても、)
社会問題や政治問題に就いてどれだけ言い立てても、
(わたしたちのひびのくらしのゆううつはかいけつされるものではないとおもっていたのですが、)
私たちの日々の暮しの憂鬱は解決されるものではないと思っていたのですが、
(しかし、わたしはあのひ、あおもりでぐうぜん、ろうどうしゃのでもをみて、)
しかし、私はあの日、青森で偶然、労働者のデモを見て、
(わたしのいままでのかんがえはぜんぶまちがっていたことにきがつきました。)
私の今までの考えは全部間違っていた事に気がつきました。
(せいせいはつらつ、とでもいったらいいのでしょうか。)
生々溌剌、とでも言ったらいいのでしょうか。
(なんとまあ、たのしそうなこうしんなのでしょう。)
なんとまあ、楽しそうな行進なのでしょう。
(ゆううつのかげもひくつのしわも、わたしはひとつもみいだすことができませんでした。)
憂鬱の影も卑屈の皺も、私は一つも見出す事が出来ませんでした。
(のびていくかつりょくだけです。わかいおんなのひとたちも、)
伸びて行く活力だけです。若い女のひとたちも、
(てにはたをもってろうどうかをうたい、わたしはむねがいっぱいになり、なみだがでました。)
手に旗を持って労働歌を歌い、私は胸が一ぱいになり、涙が出ました。
(ああ、にほんがせんそうにまけて、よかったのだとおもいました。)
ああ、日本が戦争に負けて、よかったのだと思いました。
(うまれてはじめて、しんのじゆうというもののすがたをみた、とおもいました。)
生れてはじめて、真の自由というものの姿を見た、と思いました。
(もしこれが、せいじうんどうやしゃかいうんどうからうまれたこだとしたなら、)
もしこれが、政治運動や社会運動から生れた子だとしたなら、
(にんげんはまずせいじしそう、しゃかいしそうをこそだいいちにまなぶべきだとおもいました。)
人間はまず政治思想、社会思想をこそ第一に学ぶべきだと思いました。
(なおもこうしんをみているうちに、)
なおも行進を見ているうちに、
(じぶんのいくべきひとすじのひかりのみちがいよいよまちがいなしに)
自分の行くべき一条の光りの路がいよいよ間違い無しに
(しょくちせられたようなだいかんきのきぶんになり、なみだがきもちよくほおをながれて、)
触知せられたような大歓喜の気分になり、涙が気持よく頬を流れて、
(そうしてみずにもぐってめをひらいてみたときのように、)
そうして水にもぐって眼をひらいてみた時のように、
(あたりのふうけいがぼんやりみどりいろにけむって、)
あたりの風景がぼんやり緑色に烟って、
(そうしてそのはくめいのようようとうごいているなかを、しんくのはたがもえているありさまを、)
そうしてその薄明の漾々と動いている中を、真紅の旗が燃えている有様を、
(ああそのいろを、わたしはめそめそなきながら、しんでもわすれまいとおもったら、)
ああその色を、私はめそめそ泣きながら、死んでも忘れまいと思ったら、
(ふるくさいひとたちばかりのようでまるでもんだいにならず、)
古くさい人たちばかりのようでまるで問題にならず、