マスク3 菊池寛【終】

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問題文
(しがつとなり、ごがつとなった。)
四月となり、五月となった。
(さすがのじぶんも、もうますくをつけなかった。)
遉の自分も、もうマスクを付けなかった。
(ところが、しがつからごがつにうつるころであった。)
ところが、四月から五月に移る頃であった。
(また、りゅうこうせいかんぼうが、ぶりかえしたというきじが)
また、流行性感冒が、ぶり返したと云う記事が
(にさんのしんぶんにあらわれた。じぶんは、いやになった。)
二三の新聞に現われた。自分は、イヤになった。
(しがつもごがつもになって、まだじゅうぶんにかんぼうのきょういから、)
四月も五月もになって、まだ充分に感冒の脅威から、
(ぬけきれないということが、たまらなくふゆかいだった。)
脱け切れないと云うことが、堪らなく不愉快だった。
(が、さすがのじぶんも、もうますくをつけるきはしなかった。)
が、遉の自分も、もうマスクを付ける気はしなかった。
(にっちゅうは、しょかのたいようが、いっぱいにぽかぽかとてらしている。)
日中は、初夏の太陽が、一杯にポカポカと照して居る。
(どんなこうじつがあるにしろ、ますくをつけられるぎりではなかった。)
どんな口実があるにしろ、マスクを付けられる義理ではなかった。
(しんぶんのきじが、こころにかかりながら、)
新聞の記事が、心にかゝりながら、
(じこうのちからが、じぶんをゆうきづけてくれていた。)
時候の力が、自分を勇気付けて呉れて居た。
(ちょうどごがつのなかばであった。しかごのやきゅうだんがきて、)
ちょうど五月の半ばであった。市俄古の野球団が来て、
(わせだでしあいが、れんじつのようにおこなわれた。)
早稲田で仕合が、連日のように行われた。
(ていだいのしあいがあるひだった。)
帝大の仕合がある日だった。
(じぶんもひさしぶりに、やきゅうがみたいきになった。)
自分も久し振りに、野球が見たい気になった。
(がくせいじだいには、こうきゅうかのひとりであったじぶんも、)
学生時代には、好球家の一人であった自分も、
(このいちにねんほとんどみていなかったのである。)
この一二年殆ど見て居なかったのである。
(そのひはかいせいといってもよいほど、よくはれていた。)
その日は快晴と云ってもよいほど、よく晴れて居た。
(あおばにおおわれているめじろだいのたかだいが、みるめにさわやかだった。)
青葉に掩われて居る目白台の高台が、見る目に爽やかだった。
(じぶんは、しゅうてんででんしゃをすてると、うらみちをうんどうじょうのほうへいった。)
自分は、終点で電車を捨てると、裏道を運動場の方へ行った。
(このへんのちりはかなりよくわかっていた。)
此の辺の地理は可なりよく判って居た。
(じぶんが、ちょうどうんどうじょうのしゅういのさくにそうて、)
自分が、ちょうど運動場の周囲の柵に沿うて、
(にゅうじょうぐちのほうへいそいでいたときだった。)
入場口の方へ急いで居たときだった。
(ふと、じぶんをおいこしたにじゅうさんよんばかりのせいねんがあった。)
ふと、自分を追い越した二十三四ばかりの青年があった。
(じぶんはふと、そのおとこのよこがおをみた。)
自分はふと、その男の横顔を見た。
(みるとそのおとこはおもいがけなくも、)
見るとその男は思いがけなくも、
(くろいますくをかけているのだった。じぶんはそれをみたときに、)
黒いマスクを掛けて居るのだった。自分はそれを見たときに、
(あるふゆかいなしょっくをうけずにはいられなかった。)
ある不愉快な激動を受けずには居られなかった。
(それとどうじに、そのおとこにあきらかなぞうおをかんじた。)
それと同時に、その男に明かな憎悪を感じた。
(そのおとこが、なんとなくこにくらしかった。)
その男が、なんとなく小憎らしかった。
(そのくろくつきでているくろいますくから、)
その黒く突き出て居る黒いマスクから、
(いやなようかいてきなみにくさをさえかんじた。)
いやな妖怪的な醜さをさえ感じた。
(このおとこが、ふかいだっただいいちのげんいんは、)
此の男が、不快だった第一の原因は、
(こんなよいてんきのひに、このおとこによって、)
こんなよい天気の日に、此の男に依って、
(かんぼうのきょういをおもいおこさせられたことにちがいなかった。)
感冒の脅威を想起させられた事に違なかった。
(それとどうじに、じぶんが、ますくをつけているときは、)
それと同時に、自分が、マスクを付けて居るときは、
(たまにますくをつけているひとに、あうことがうれしかったのに、)
偶にマスクを付けて居る人に、逢うことが嬉しかったのに、
(じぶんがそれをつけなくなると、ますくをつけているひとが、)
自分がそれを付けなくなると、マスクを付けて居る人が、
(ふかいにみえるというじこほんいてきなこころもちもまじっていた。)
不快に見えると云う自己本位的な心持も交って居た。
(が、そうしたこころもちよりも、さらにこんなことをかんじた。)
が、そうした心持よりも、更にこんなことを感じた。
(じぶんがあるおとこを、ふかいにおもったのは、)
自分がある男を、不快に思ったのは、
(きょうしゃにたいするじゃくしゃのはんかんではなかったか。)
強者に対する弱者の反感ではなかったか。
(あんなに、ますくをつけることに、ねっしんだったじぶんまでが、)
あんなに、マスクを付けることに、熱心だった自分迄が、
(じこうのてまえ、それをつけることが、)
時候の手前、それを付けることが、
(どうにもきはずかしくなっているときに、)
どうにも気恥しくなって居る時に、
(ゆうかんにごうぜんとますくをつけて、すうせんのひとびとのあつまっているところへ、)
勇敢に傲然とマスクを付けて、数千の人々の集まって居る所へ、
(おしだしていくたいどは、かなりてっていしたきょうしゃのたいどではあるまいか。)
押し出して行く態度は、可なり徹底した強者の態度ではあるまいか。
(とにかくじぶんがせけんやじこうのてまえ、やりかねていることを、)
とにかく自分が世間や時候の手前、やり兼ねて居ることを、
(このせいねんはゆうかんにやっているのだとおもった。)
此の青年は勇敢にやって居るのだと思った。
(このおとこをふかいにかんじたのは、このおとこのそうしたゆうきに、)
此の男を不快に感じたのは、此の男のそうした勇気に、
(あっぱくされたこころもちではないかとじぶんはおもった。)
圧迫された心持ではないかと自分は思った。