マスク2 菊池寛

背景
投稿者投稿者ちえのわいいね0お気に入り登録
プレイ回数1難易度(4.0) 2318打 長文 かな

関連タイピング

問題文

ふりがな非表示 ふりがな表示

(じぶんは、きょくりょくがいしゅつしないようにした。)

自分は、極力外出しないようにした。

(つまもじょちゅうも、なるべくがいしゅつさせないようにした。)

妻も女中も、成るべく外出させないようにした。

(そしてあさゆうにはかさんかすいそすいで、うがいをした。)

そして朝夕には過酸化水素水で、含嗽をした。

(やむをえないようじで、がいしゅつするときには、)

止むを得ない用事で、外出するときには、

(がーぜをたくさんつめたますくをかけた。)

ガーゼを沢山詰めたマスクを掛けた。

(そして、でるときとかえったときにていねいにうがいをした。)

そして、出る時と帰った時に叮嚀に含嗽をした。

(それで、じぶんはばんぜんをきした。)

それで、自分は万全を期した。

(が、らいきゃくのあるのは、しかたがなかった。)

が、来客のあるのは、仕方がなかった。

(かぜがやっとなおったばかりで、まだせきをしているひとの、)

風邪がやっと癒ったばかりで、まだ咳をして居る人の、

(ほうもんをうけたときなどは、じぶんのこころもちがくらくなった。)

訪問を受けたときなどは、自分の心持が暗くなった。

(じぶんとはなしていたゆうじんが、はなしているあいだに、)

自分と話して居た友人が、話して居る間に、

(だんだんねつがたかくなったので、おくりきすと、)

段々熱が高くなったので、送り帰すと、

(そのあとからよんじゅうどのねつになったというほうちをうけたときには、)

その後から四十度の熱になったと云う報知を受けたときには、

(にさんにちはきみがわるかった。)

二三日は気味が悪かった。

(まいにちのしんぶんにでるしぼうしゃすうのぞうげんによって、じぶんはいっきいちゆうした。)

毎日の新聞に出る死亡者数の増減に依って、自分は一喜一憂した。

(ひごとにましていって、さんぜんさんびゃくさんじゅうななにんまでいくと、)

日ごとに増して行って、三千三百三十七人まで行くと、

(それをさいこうのきろくとして、わずかばかりではあったが、)

それを最高の記録として、僅かばかりではあったが、

(だんだんげんしょうしはじめたときには、じぶんはほっとした。)

段々減少し始めたときには、自分はホッとした。

(が、じちょうした。にがついっぱいはほとんど、がいしゅつしなかった。)

が、自重した。二月一杯は殆ど、外出しなかった。

(ゆうじんはもとより、つままでが、じぶんのおくびょうをわらった。)

友人はもとより、妻までが、自分の臆病を笑った。

など

(じぶんもすこししんけいすいじゃくのひぽこんでりあにかかっているとおもった。)

自分も少し神経衰弱の恐病症に罹って居ると思った。

(が、かんぼうにたいするじぶんのきょうふは、)

が、感冒に対する自分の恐怖は、

(どうにもまぎらすことのできないじっかんだった。)

どうにもまぎらすことの出来ない実感だった。

(さんがつに、はいってから、さむさがいちにちいちにちと、)

三月に、入ってから、寒さが一日々々と、

(ひいていくにしたがって、かんぼうのきょういもだんだんおとろえていった。)

引いて行くに従って、感冒の脅威も段々衰えて行った。

(もうますくをかけているひとはほとんどなかった。)

もうマスクを掛けて居る人は殆どなかった。

(が、じぶんはまだますくをのけなかった。)

が、自分はまだマスクを除けなかった。

(びょうきをおそれないで、でんせんのきけんをおかすなどということは、)

「病気を怖れないで、伝染の危険を冒すなどと云うことは、

(それはやばんじんのゆうきだよ。)

それは野蛮人の勇気だよ。

(びょうきをおそれてでんせんのきけんをぜったいにさけるというほうが、)

病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、

(ぶんめいじんとしてのゆうきだよ。)

文明人としての勇気だよ。

(だれも、もうますくをかけていないときに、)

誰も、もうマスクを掛けて居ないときに、

(ますくをかけているのはへんなものだよ。)

マスクを掛けて居るのは変なものだよ。

(が、それはおくびょうでなくして、ぶんめいじんとしてのゆうきだとおもうよ。)

が、それは臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ。」

(じぶんは、こんなことをいってともだちにべんかいした。)

自分は、こんなことを云って友達に弁解した。

(またこころのなかでも、いくぶんかはそうしんじていた。)

又心の中でも、幾分かはそう信じて居た。

(さんがつのおわりごろまで、じぶんはますくをすてなかった。)

三月の終頃まで、自分はマスクを捨てなかった。

(もう、りゅうこうせいかんぼうは、とかいのちをはなれて、)

もう、流行性感冒は、都会の地を離れて、

(さんかんへきちへいったというようなきじが、ときどきしんぶんにでた。)

山間僻地へ行ったと云うような記事が、時々新聞に出た。

(が、じぶんはまだますくをすてなかった。)

が、自分はまだマスクを捨てなかった。

(もうほとんどだれもつけているひとはなかった。)

もう殆ど誰も付けて居る人はなかった。

(が、たまにていりゅうじょうでまちあわしているじょうきゃくのなかに、)

が、偶に停留場で待ち合わして居る乗客の中に、

(ひとりくらいくろいぬのきれで、びこうをおおうているひとをみだした。)

一人位黒い布片で、鼻口を掩うて居る人を見出した。

(じぶんは、ひじょうにたのもしいきがした。)

自分は、非常に頼もしい気がした。

(あるしゅのどうしであり、ちきであるようなきがした。)

ある種の同志であり、知己であるような気がした。

(じぶんは、そういうひとをみつけだすごとに、)

自分は、そう云う人を見付け出すごとに、

(じぶんひとりますくをつけているという、)

自分一人マスクを付けて居ると云う、

(いっしゅのてれくささからすくわれた。)

一種のてれくさゝから救われた。

(じぶんが、しんのいみのえいせいいえであり、せいめいをきょくどにあいせきするてんにおいて)

自分が、真の意味の衛生家であり、生命を極度に愛惜する点に於て

(いっこのぶんめいじんであるといったような、ほこりをさえかんじた。)

一個の文明人であると云ったような、誇をさえ感じた。

問題文を全て表示 一部のみ表示 誤字・脱字等の報告

ちえのわのタイピング

オススメの新着タイピング

タイピング練習講座 ローマ字入力表 アプリケーションの使い方 よくある質問

人気ランキング

注目キーワード