マスク1 菊池寛

順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | subaru | 7450 | 光 | 7.8 | 95.6% | 554.3 | 4328 | 198 | 90 | 2025/03/06 |
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問題文
(みかけだけはふとっているので、たにんからはひじょうにがんけんにおもわれながら、)
見かけだけは肥って居るので、他人からは非常に頑健に思われながら、
(そのくせないぞうというないぞうがひとなみいかにぜいじゃくであることは、)
その癖内臓と云う内臓が人並以下に脆弱であることは、
(じぶんじしんがいちばんよくしっていた。)
自分自身が一番よく知って居た。
(ちょっとしたさかをのぼっても、いきぎれがした。)
ちょっとした坂を上っても、息切れがした。
(かいだんをのぼってもいきぎれがした。)
階段を上っても息切れがした。
(しんぶんきしゃをしていたとき、しょかんしょなどのおおきいたてもののかいだんをかけあげると、)
新聞記者をして居たとき、諸官署などの大きい建物の階段を駈け上ると、
(めざすひとのへやへとおされても、いきがはずんで、)
目ざす人の部屋へ通されても、息がはずんで、
(きゅうにははなしをきりだすことが、できないことなどもあった。)
急には話を切り出すことが、出来ないことなどもあった。
(はいのほうもあまりつよくはなかった。しんこきゅうをするつもりで、)
肺の方も余り強くはなかった。深呼吸をする積りで、
(いきをすいかけても、あるていどまですうと、すぐむなぐるしくなってきて、)
息を吸いかけても、ある程度迄吸うと、すぐ胸苦しくなって来て、
(それいじょうはどうしてもすえなかった。)
それ以上はどうしても吸えなかった。
(しんぞうとはいとがよわいうえに、きょねんあたりからいちょうをがいしてしまった。)
心臓と肺とが弱い上に、去年あたりから胃腸を害してしまった。
(ないぞうでは、つよいものはひとつもなかった。)
内臓では、強いものは一つもなかった。
(そのくせからだだけは、ふとっている。しろうとめにはいつもがんけんそうにみえる。)
その癖身体だけは、肥って居る。素人眼にはいつも頑健そうに見える。
(じぶんではないぞうのよわいことを、まんまんしょうちしていても、)
自分では内臓の弱いことを、万々承知して居ても、
(たにんから、「じょうぶそうだじょうぶそうだ。」といわれると、)
他人から、「丈夫そうだ/\。」と云われると、
(そういわれることから、いっしゅごまかしのじしんをもってしまう。)
そう云われることから、一種ごまかしの自信を持ってしまう。
(きりょうのわるいおんなでも、しゅういのものからなにかいわれるとじぶんでも)
器量の悪い女でも、周囲の者から何か云われると自分でも
(まんざらではないのか。とおもいだすように。)
「満更ではないのか。」と思い出すように。
(ほんとうにはよわいのであるがじょうぶそうにみえる。ということからくる、)
本当には弱いのであるが「丈夫そうに見える。」と云う事から来る、
(まちがったけんこうじょうのじしんでもあったときのほうがまだたのもしかった。)
間違った健康上の自信でもあった時の方がまだ頼もしかった。
(が、きょねんのくれ、いちょうをひどくこわして、いしゃにみてもらったとき、)
が、去年の暮、胃腸をヒドク壊して、医者に見て貰ったとき、
(そのいしゃから、かなりはげしいげんめつをあたえられてしまった。)
その医者から、可なり烈しい幻滅を与えられてしまった。
(いしゃは、じぶんのみゃくをさわっていたが、)
医者は、自分の脈を触って居たが、
(おやみゃくがありませんね。こんなはずはないんだが。と、)
「オヤ脈がありませんね。こんな筈はないんだが。」と、
(くびをかたむけながら、なにかをききいるようにした。)
首を傾けながら、何かを聞き入るようにした。
(いしゃが、そういうのもむりはなかった。)
医者が、そう云うのも無理はなかった。
(じぶんのみゃくは、いつからということなしに、びじゃくになってしまっていた。)
自分の脈は、いつからと云うことなしに、微弱になってしまって居た。
(じぶんでじっとながいあいだおさえていても、あるかなきかのごとく、)
自分でじっと長い間抑えて居ても、あるかなきかの如く、
(ほのかにかんずるのにすぎなかった。)
ほのかに感ずるのに過ぎなかった。
(いしゃは、じぶんのてをおさえたままいっぷんかんもじっとだまっていたあと、)
医者は、自分の手を抑えたまゝ一分間もじっと黙って居た後、
(ああ、あることはありますがね。めずらしくよわいですね。)
「あゝ、ある事はありますがね。珍しく弱いですね。
(いままで、しんぞうについて、いしゃになにかいわれたことはありませんか。と、)
今まで、心臓に就いて、医者に何か云われたことはありませんか。」と、
(ちょっとまじめなひょうじょうをした。)
ちょっと真面目な表情をした。
(ありません。もっとも、にさんねんらいいしゃにみてもらったこともありませんが。)
「ありません。もっとも、二三年来医者に診て貰ったこともありませんが。」
(と、じぶんはこたえた。)
と、自分は答えた。
(いしゃは、だまってちょうしんきを、きょうぶにあてがった。)
医者は、黙って聴診器を、胸部に当てがった。
(ちょうどそこにかくされているじぶんのせいめいのひみつを、)
ちょうどそこに隠されて居る自分の生命の秘密を、
(かぎだされるかのようにおもわれてきもちがわるかった。)
嗅ぎ出されるかのように思われて気持が悪かった。
(いしゃは、いくどもいくどもちょうしんきをあてなおした。)
医者は、幾度も/\聴診器を当て直した。
(そして、しんぞうのしゅういを、そとからあますところのないように、さぐっていた。)
そして、心臓の周囲を、外から余すところのないように、探って居た。
(どうきがたかぶったときにでもみなければ、)
「動悸が高ぶった時にでも見なければ、
(じゅうぶんなことはわかりませんが、どうもしんぞうのべんのへいごうがふかんぜんなようです。)
充分なことは分りませんが、どうも心臓の弁の併合が不完全なようです。」
(それはびょうきですか。と、じぶんはきいてみた。)
「それは病気ですか。」と、自分は訊いて見た。
(びょうきです。つまりしんぞうがかけているのですから、)
「病気です。つまり心臓が欠けて居るのですから、
(もうつぎたすこともどうすることもできません。)
もう継ぎ足すこともどうすることも出来ません。
(だいいちしゅじゅつのできないところですからね。)
第一手術の出来ない所ですからね。」
(いのちにかかわるでしょうか。じぶんは、おずおずきいてみた。)
「命に拘わるでしょうか。」自分は、オズ/\訊いて見た。
(いや、そうしていきていられるのですから、)
「いや、そうして生きて居られるのですから、
(だいじにさえつかえば、だいじょうぶです。)
大事にさえ使えば、大丈夫です。
(それに、しんぞうがすこしみぎのほうへおおきくなっているようです。)
それに、心臓が少し右の方へ大きくなって居るようです。
(あまりふとるといけませんよ。)
あまり肥るといけませんよ。
(しぼうしんになると、ころりとしょうしんしてしまいますよ。)
脂肪心になると、ころりと衝心してしまいますよ。」
(いしゃのいうことは、ひとつとしてよいことはなかった。)
医者の云うことは、一つとしてよいことはなかった。
(しんぞうのよわいことはかねて、かくごはしていたけれども、)
心臓の弱いことは兼ねて、覚悟はして居たけれども、
(これほどよわいとまではおもわなかった。)
これほど弱いとまでは思わなかった。
(ようじんしなければいけませんよ。)
「用心しなければいけませんよ。
(かじのときなんか、かけだしたりなんかするといけません。)
火事の時なんか、駈け出したりなんかするといけません。
(このあいだも、もとまちにかじがあったとき、)
この間も、元町に火事があった時、
(すいどうばしでしょうしんをおこしてしんだおとこがありましたよ。)
水道橋で衝心を起して死んだ男がありましたよ。
(よびにきたから、いってしんさつしましたがね。)
呼びに来たから、行って診察しましたがね。
(ひじょうにしんぞうがよわいくせにいえからじゅっちょうばかりもかけつづけたらしいのですよ。)
非常に心臓が弱い癖に家から十町ばかりも駈け続けたらしいのですよ。
(あなたなんかも、ようじんをしないと、いつころりといくかもしれませんよ。)
貴君なんかも、用心をしないと、いつコロリと行くかも知れませんよ。
(だいいちけんかなんかをしてこうふんしてはだめですよ。ねつびょうもきんもつですね。)
第一喧嘩なんかをして興奮しては駄目ですよ。熱病も禁物ですね。
(ちふすやりゅうこうせいかんぼうにかかって、)
チフスや流行性感冒に罹ゝって、
(よんじゅうどくらいのねつがさんよんにちもつづけばもうたすかりっこはありませんね。)
四十度位の熱が三四日も続けばもう助かりっこはありませんね。」
(このいしゃは、すこしもきやすめやごまかしをいわないいしゃだった。)
この医者は、少しも気安めやごまかしを云わない医者だった。
(が、うそでもいいから、もっときやすめがいってほしかった。)
が、嘘でもいゝから、もっと気安めが云って欲しかった。
(これほど、じぶんのしんぞうのきけんが、ろこつにのべられると、)
これほど、自分の心臓の危険が、露骨に述べられると、
(じぶんはいっしゅあじけないきもちがした。)
自分は一種味気ない気持がした。
(なにかよぼうほうとかようじょうほうとかはありませんかね。と、)
「何か予防法とか養生法とかはありませんかね。」と、
(じぶんがさいごのにげみちをもとめると、)
自分が最後の逃げ路を求めると、
(ありません。ただ、しぼうるいをくわないことですね。)
「ありません。たゞ、脂肪類を喰わないことですね。
(にくるいやあぶらっこいさかななどは、なるべくさけるのですね。)
肉類や脂っこい魚などは、なるべく避けるのですね。
(たんぱくなやさいをくうのですね。)
淡泊な野菜を喰うのですね。」
(じぶんはおやおや。とおもった。)
自分は「オヤ/\。」と思った。
(くうことが、だいいちのたのしみといってもよいじぶんには、)
喰うことが、第一の楽しみと云ってもよい自分には、
(こうしたようじょうほうは、ちめいてきなものだった。)
こうした養生法は、致命的なものだった。
(こうしたしんさつをうけていらい、)
こうした診察を受けて以来、
(せいめいのあんぜんがこくこくにおどやかされているようなきがした。)
生命の安全が刻々に脅やかされて居るような気がした。
(ことに、ちょうどそのころから、りゅうこうせいかんぼうがもうれつないきおいではやりかけてきた。)
殊に、ちょうどその頃から、流行性感冒が猛烈な勢いで流行りかけて来た。
(いしゃのことばにしたがえば、じぶんがりゅうこうせいかんぼうにかかることは、)
医者の言葉に従えば、自分が流行性感冒に罹ゝることは、
(すなわちしをいみしていた。)
即ち死を意味して居た。
(そのうえ、そのころしんぶんにひんぴんとのせられたかんぼうについての、)
その上、その頃新聞に頻々と載せられた感冒に就いての、
(いしゃのはなしのなかなどにも、しんぞうのきょうじゃくが、)
医者の話の中などにも、心臓の強弱が、
(しょうぶのわかれめといったような、いみのことが、いくどもくりかえされていた。)
勝負の別れ目と云ったような、意味のことが、幾度も繰り返されて居た。
(じぶんはかんぼうにたいして、おびえきってしまったといってもよかった。)
自分は感冒に対して、脅え切ってしまったと云ってもよかった。
(じぶんはできるだけよぼうしたいとおもった。)
自分は出来るだけ予防したいと思った。
(さいぜんのどりょくをはらって、かからないように、しようとおもった。)
最善の努力を払って、罹ゝらないように、しようと思った。
(たにんから、おくびょうとわらわれようが、かかってしんではたまらないとおもった。)
他人から、臆病と嗤われようが、罹って死んでは堪らないと思った。