トカトントン4 太宰治
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問題文
(けれどもはなえさんは、やっぱりいっしゅうかんにいちどくらいのわりで、)
けれども花江さんは、やっぱり一週間にいちどくらいの割で、
(へいきでおかねをもってきます。いまはもう、)
平気でお金を持って来ます。いまはもう、
(むねがどきどきしてかおがあからむどころか、)
胸がどきどきして顔が赤らむどころか、
(あんまりくるしくてかおがあおくなりひたいにあぶらあせのにじみでるようなきもちで、)
あんまり苦しくて顔が蒼くなり額に油汗のにじみ出るような気持で、
(はなえさんのとりすましてさしだすしょうしをはった)
花江さんの取り澄まして差出す証紙を貼った
(きたないじゅうえんしへいをいちまいにまいとかぞえながら、)
汚い十円紙幣を一枚二枚と数えながら、
(やにわにぜんぶひきさいてしまいたいほっさにおそわれたことがなんどあったかしれません。)
矢庭に全部ひき裂いてしまいたい発作に襲われた事が何度あったか知れません。
(そうしてわたしは、はなえさんにひとこといってやりたかった。)
そうして私は、花江さんに一こと言ってやりたかった。
(あの、れいのきょうかのしょうせつにでてくるゆうめいな、せりふ、)
あの、れいの鏡花の小説に出て来る有名な、せりふ、
(しんでも、ひとのおもちゃになるな!と、きざもきざ、)
「死んでも、ひとのおもちゃになるな!」と、キザもキザ、
(それにわたしのようなやぼないなかものには、とてもいいだしえないせりふですが、)
それに私のような野暮な田舎者には、とても言い出し得ない台詞ですが、
(でもわたしはおおまじめに、そのひとことをいってやりたくてしかたがなかったんです。)
でも私は大まじめに、その一言を言ってやりたくて仕方が無かったんです。
(しんでも、ひとのおもちゃになるな、ぶっしつがなんだ、きんせんがなんだ、と。)
死んでも、ひとのおもちゃになるな、物質がなんだ、金銭がなんだ、と。
(おもえばおもわれるということは、やっぱりあるものでしょうか。)
思えば思われるという事は、やっぱり有るものでしょうか。
(あれはごがつの、なかばすぎのころでした。)
あれは五月の、なかば過ぎの頃でした。
(はなえさんは、れいのごとく、すましてきょくのまどぐちのむこうがわにあらわれ、)
花江さんは、れいの如く、澄まして局の窓口の向う側にあらわれ、
(どうぞといっておかねとつうちょうをわたしにさしだします。)
どうぞと言ってお金と通帳を私に差出します。
(わたしはためいきをついてそれをうけとり、)
私は溜息をついてそれを受取り、
(かなしいきもちできたないしへいをいちまいにまいとかぞえます。)
悲しい気持で汚い紙幣を一枚二枚とかぞえます。
(そうしてつうちょうにきんがくをきにゅうして、だまってはなえさんにかえしてやります。)
そうして通帳に金額を記入して、黙って花江さんに返してやります。
(ごじごろ、おひまですか?わたしは、じぶんのみみをうたがいました。)
「五時頃、おひまですか?」私は、自分の耳を疑いました。
(はるのかぜにたぶらかされているのではないかとおもいました。)
春の風にたぶらかされているのではないかと思いました。
(それほどひくくすばやいことばでした。)
それほど低く素早い言葉でした。
(おひまでしたら、はしにいらして)
「おひまでしたら、橋にいらして」
(そういって、かすかにわらい、すぐにまたすましてはなえさんはたちさりました。)
そう言って、かすかに笑い、すぐにまた澄まして花江さんは立ち去りました。
(わたしはとけいをみました。にじすこしすぎでした。)
私は時計を見ました。二時すこし過ぎでした。
(それからごじまで、だらしないはなしですが、)
それから五時まで、だらしない話ですが、
(わたしはなにをしていたか、いまどうしてもおもいだすことができないのです。)
私は何をしていたか、いまどうしても思い出す事が出来ないのです。
(きっと、なにやらしんこくなかおをして、うろうろして、)
きっと、何やら深刻な顔をして、うろうろして、
(とつぜんとなりのおんなのきょくいんに、きょうはいいおてんきだ、)
突然となりの女の局員に、きょうはいいお天気だ、
(なんてくもっているひなのに、おおごえでいって、あいてがおどろくと、)
なんて曇っている日なのに、大声で言って、相手がおどろくと、
(ぎょろりとにらんでやって、たちあがってべんじょへいったり、)
ぎょろりと睨んでやって、立ち上って便所へ行ったり、
(まるであほうみたいになっていたのでしょう。)
まるで阿呆みたいになっていたのでしょう。
(ごじ、しち、はっぷんまえにわたしは、いえをでました。)
五時、七、八分まえに私は、家を出ました。
(とちゅう、じぶんのりょうてのゆびのつめがのびているのをはっけんして、)
途中、自分の両手の指の爪がのびているのを発見して、
(それがなぜだか、じつになきたいくらいきになったのを、いまでもおぼえています。)
それがなぜだか、実に泣きたいくらい気になったのを、いまでも覚えています。
(はしのたもとに、はなえさんがたっていました。)
橋のたもとに、花江さんが立っていました。
(すかーとがみじかすぎるようにおもわれました。)
スカートが短かすぎるように思われました。
(ながいはだかのあしをちらとみて、わたしはめをふせました。)
長いはだかの脚をちらと見て、私は眼を伏せました。
(うみのほうへいきましょうはなえさんは、おちついてそういいました。)
「海のほうへ行きましょう」花江さんは、落ちついてそう言いました。
(はなえさんがさきに、それからご、ろっぽはなれてわたしが、)
花江さんがさきに、それから五、六歩はなれて私が、
(ゆっくりうみのほうへあるいていきました。)
ゆっくり海のほうへ歩いて行きました。
(そうして、それくらいはなれてあるいているのに、ふたりのほちょうが、)
そうして、それくらい離れて歩いているのに、二人の歩調が、
(いつのまにか、ぴったりあってしまって、こまりました。)
いつのまにか、ぴったり合ってしまって、困りました。
(どんてんで、かぜがすこしあって、かいがんにはすなほこりがたっていました。)
曇天で、風が少しあって、海岸には砂ほこりが立っていました。
(ここが、いいわ)
「ここが、いいわ」
(きしにあがっているおおきいぎょせんとぎょせんのあいだにはなえさんは、)
岸にあがっている大きい漁船と漁船のあいだに花江さんは、
(はいっていって、そうしてすなじにこしをおろしました。)
はいって行って、そうして砂地に腰をおろしました。
(いらっしゃい。すわるとかぜがあたらなくて、あたたかいわ)
「いらっしゃい。坐ると風が当らなくて、あたたかいわ」
(わたしははなえさんがりょうあしをまえになげだしてすわっているかしょから、)
私は花江さんが両脚を前に投げ出して坐っている個所から、
(にめーとるくらいはなれたところにこしをおろしました。)
二メートルくらい離れたところに腰をおろしました。
(よびだしたりして、ごめんなさいね。)
「呼び出したりして、ごめんなさいね。
(でも、あたし、あなたにひとこといわずにはいられないのよ。)
でも、あたし、あなたに一こと言わずには居られないのよ。
(あたしのちょきんのこと、ね、へんにおもっていらっしゃるんでしょう?)
あたしの貯金の事、ね、へんに思っていらっしゃるんでしょう?」
(わたしも、ここだとおもい、しゃがれたこえでこたえました。)
私も、ここだと思い、しゃがれた声で答えました。
(へんに、おもっています。)
「へんに、思っています。」
(そうおもうのがとうぜんねといってはなえさんは、うつむき、)
「そう思うのが当然ね」と言って花江さんは、うつむき、
(はだかのあしにすなをすくってふりかけながら、)
はだかの脚に砂を掬って振りかけながら、
(あれはね、あたしのおかねじゃないのよ。)
「あれはね、あたしのお金じゃないのよ。
(あたしのおかねだったら、ちょきんなんかしやしないわ。)
あたしのお金だったら、貯金なんかしやしないわ。
(いちいちちょきんなんて、めんどうくさい)
いちいち貯金なんて、めんどうくさい」
(なるほどとおもい、わたしはだまってうなずきました。)
成る程と思い、私は黙ってうなずきました。
(そうでしょう?あのつうちょうはね、おかみさんのものなのよ。)
「そうでしょう? あの通帳はね、おかみさんのものなのよ。
(でも、それはぜったいにひみつよ。あなた、だれにもいっちゃだめよ。)
でも、それは絶対に秘密よ。あなた、誰にも言っちゃだめよ。
(おかみさんが、なぜそんなことをするのか、)
おかみさんが、なぜそんな事をするのか、
(あたしには、ぼんやりわかっているんだけど、でも、)
あたしには、ぼんやりわかっているんだけど、でも、
(それはとてもふくざつしていることなんですから、いいたくないわ。)
それはとても複雑している事なんですから、言いたくないわ。
(つらいのよ、あたしは。しんじてくださる?)
つらいのよ、あたしは。信じて下さる?」
(すこしわらってはなえさんのめがみょうにひかってきたとおもったら、それはなみだでした。)
すこし笑って花江さんの眼が妙に光って来たと思ったら、それは涙でした。
(わたしははなえさんにきすしてやりたくて、しようがありませんでした。)
私は花江さんにキスしてやりたくて、仕様がありませんでした。
(はなえさんとなら、どんなくろうをしてもいいとおもいました。)
花江さんとなら、どんな苦労をしてもいいと思いました。
(このへんのひとたちは、みんなだめねえ。)
「この辺のひとたちは、みんな駄目ねえ。
(あたし、あなたに、ごかいされてやしないかとおもって、)
あたし、あなたに、誤解されてやしないかと思って、
(あなたにひとこといいたくって、それできょうね、おもいきって)
あなたに一こと言いたくって、それできょうね、思い切って」
(そのとき、じっさいちかくのこやから、とかとんとんというくぎうつおとがきこえたのです。)
その時、実際ちかくの小屋から、トカトントンという釘打つ音が聞えたのです。
(このときのおとは、わたしのげんちょうではなかったのです。)
この時の音は、私の幻聴ではなかったのです。
(かいがんのささきさんのなやで、じじつ、おとたかくくぎをうちはじめたのです。)
海岸の佐々木さんの納屋で、事実、音高く釘を打ちはじめたのです。
(とかとんとん、とんとんとかとん、とさかんにうちます。)
トカトントン、トントントカトン、とさかんに打ちます。
(わたしは、みぶるいしてたちあがりました。)
私は、身ぶるいして立ち上りました。
(わかりました。だれにもいいません。)
「わかりました。誰にも言いません。」
(はなえさんのすぐうしろに、かなりたりょうのいぬのふんがあるのをそのときみつけて、)
花江さんのすぐうしろに、かなり多量の犬の糞があるのをそのとき見つけて、
(よっぽどそれをはなえさんにちゅういしてやろうかとおもいました。)
よっぽどそれを花江さんに注意してやろうかと思いました。
(なみは、だるそうにうねって、きたないほをかけたふねが、)
波は、だるそうにうねって、きたない帆をかけた船が、
(きしのすぐちかくをよろよろと、とおっていきます。)
岸のすぐ近くをよろよろと、とおって行きます。
(それじゃ、しっけい)
「それじゃ、失敬」